ハイスペックというよりお母さん
部屋の中に大きな水球がふよふよと漂っている。
(あと1分…)
水球の中にいる紗葉は心の中で時間をカウントする。
目標の5分まであと1分。
口の周りの風の膜に包まれた酸素も残り少ない。
(…くっ)
「…ブハァ!!」
割れた水球の水は、熱と風で細かな霧に散らされ、たちまち空気中に霧散して消えていく。
「や、やった!5分達成!」
(水と、火と、風同時にいろんな動き、むずいけど、なんか分かったかも!)
今の魔法には、水球ごと浮くことに火と風、水球の維持に風と水、呼吸も同じく。
複数の気を、さらに同時に別の動かし方をすることは今まで出来た試しがなくて諦めていたが、"ここ"での生活をするようになってから、修行をするゆとりが出来て、1ヶ月でここまで上達した。
「あぁ!魔法したでしょ?!お、俺いる時にしてってお願いしたのに…」
肩にかけたタオルで頭を拭きながら、墨俣がショックを受けた顔をしている。
ここは墨俣の家のリビングなので、普段は当然墨俣がいるが、私はあえてヤツがシャワーにいくタイミングで修行した。
(初めてする操作で失敗するとこ見られたくないし。)
墨俣は私の使い魔で、なぜか半人前どころか⅓人前くらいの私の魔法を毎度絶賛してくるので、そんなやつの前で無様な失敗をすることは、主人としての私のプライドが許さない。
「また今度ね。冷蔵庫のゆで卵食べていい?」
「それでもいいけど、おにぎりもさっき作ったやつあるよ?」
「やった!!」
台所にダッシュすると、シンク台の上に皿の上でラップされたおにぎりが綺麗に並んでいる。
どれにしようかな、と右端のやつを取る。
手に取って、白米に海苔を巻いてあるそれに迷いなくかぶりつく。
「?!…ツナマヨ!!コンビニのやつじゃないのにツナマヨ入ってる!!」
「うん、入れてみた。あ、何の魔法使ったかと、どのくらいお腹空いて疲れたか教えて。」
墨俣は髪が湿ったままなのに、リビングのローテーブルにタブレットを立てて操作を始める。
「んー、水と、火と、風を使った。」
「単純に3つを同じ操作したの?」
「いやぁ、全部違う。風は3つくらい違う動かし方同時にしたかな?」
「なるほど、空腹は?おにぎり何個分くらい?」
墨俣は私にあれこれ聞いてタブレットにあれこれ記録していく。
墨俣の家で暮らしはじめてから割とすぐに墨俣はこれを始めた。
本人曰く、とにかく魔法のことが細かく知りたいらしい。
(オタク気質ってやつなのか?)
「商品の在庫はあるし、製作はしないよね…。今日は夜ごはんのお弁当食べてからなら、占い4人までなら大丈夫だと思うよ。プロテインバー2本、鞄に入れておくね。お弁当はお店の冷蔵庫いれとくから。」
「はいはい」
墨俣はテキパキと台所とリビングを動き回り、今日の予定に合わせた準備をする。
(うちのお母さんより、お母さんなんだけど。)
墨俣は、本来実は世話好きだったのか、あるいは魔法オタク故の献身なのか、同居し始めてから、こんな感じで何かと私の身辺の世話を焼くようになった。
特に困ることもないのでとりあえず受け入れている。
(たまにウザいけど。)
私は2個目のおにぎりの最後の一口を飲み下すと、歯を磨きに洗面所に行くと、鏡の前で伸びた前髪を横に分けている墨俣。
「前髪長いし、切れば?」
「…美容院、苦手。」
「今までどうしてたわけ?」
「ギリギリまで耐えてから、諦めて行ってた。」
私は「あっそ。」と歯ブラシを取ってシャコシャコ歯磨きをする。
チラチラと視線を感じる。
「…観月さんが一緒なら。」
「嫌。」
鏡越しに、あからさまにシュンとした墨俣が洗面所から去っていく。
(甘やかしすぎてはいけないと書いてあったし、猫の飼育のサイトに。あとめんどい。)
第一、最近スーパーなどに1人で買い物にも行っているのだ。不可能なはずはない。
私が玄関で、スニーカーを履いていると、墨俣が慌ててリュックを背負ってくる。
今日の黒のワンピースはベロア素材でやや光沢がある。
(…なんか洒落てて悔しい。)
私のワンピースが3枚に増えた。
墨俣が買ったらしく、いつの間にか私に割り当てられたクローゼットのスペースに掛けられていた。1枚は今着てるやつ。もう1枚は少し薄手の黒いシャツワンピース。
バリエーションがあって、気が利いてるのが逆に腹立つが、着心地が良いので文句がつけられない。
自分は部屋着のスウェット以外、クタクタの白シャツに黒のチノパン一択のくせに。




