占いしすぎにご注意
レジ台わりの机に座って、頬杖をついたままガラス戸の向こうを眺めている。
全然人が通らないまま、外はすっかり陽が落ちて暗くなっている。
スマホの時計を見ると、すでに時刻は17時半だった。
「ウミャ、ミャア〜(お客さん、今日は、あんまり来なかった…ね。)」
レジ台の上に鎮座した猫が耳を軽く伏せて、心なしか髭もへんにゃりと下を向いている。
「何言ってんの?3人も来たでしょ。今日は来た方だよ。」
「ニッ…(え…?)」
「よし、今日はもう閉める。あんたも帰っていいよ。まずは自分で人間に戻ってみな。」
私はレジ台を開けて今日の売り上げを取り出して、店の売り上げをいれるポーチにしまう。
植木鉢をしまいに店先に出ようとすると、後から猫墨俣が尻尾をゆらゆらさせながら追いかけてくる。
「ニャアニャャ(いつもお客さんこのくらいなの?)」
「だから今日は多いって。いつもは誰も来ないから。」
「ニ、ニャアー(そ、それで大丈夫なの?店舗のテナント代とか…)」
よっこいしょとハーブの植木鉢を片手に1つずつ両手に持って立ち上がる。
「…テナント代は進藤教授のコネで、だいぶ安くなってるから。あと、他の仕事で稼いでなんとか赤字にはなってないから。」
「ニャア?(他の仕事?)」
その後2回ほど往復して植木鉢を運び終えて、次の仕事のために、トランクから取り出した備品をトートバッグにしまう。
「そう。だからもう出なくちゃいけないから人間に戻すよ。」
私が猫墨俣を戻すために触れようと、手を伸ばして身を屈めると、するりと手からすり抜けて行った?
「なんなの?自分で戻れるの?」
「ニャアニャア(つ、次の仕事は俺はついて行かなくていいの?)」
「うん。」
即答すると、なぜか猫墨俣は口を半開きにして、瞳孔を丸くする。
「…ニャア(まだ猫でいるからついてっちゃだめ?)」
「え?…えー…うーん。」
なぜついてきたがるのかさっぱり分からんが、何か猫墨俣を連れていくメリットがあったかどうか思案する。
(そういえば、昨日お姉さんたち猫の話に食いつき良かったな…)
もしかしたら猫連れで行ったら、猫好き効果により、いつもよりさらに客入りがいいかも知れない。
「まぁ、そこまで言うならいいよ。猫のままなら。」
「ミャン!(分かった!)」
そういうことになったので、猫墨俣と一緒に次の仕事場である歓楽街に、歩いて向かったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
歓楽街に近づくにつれ、街がどんどん灯りが増えて、人通りも増えていく。
私の足元を歩きながら、猫墨俣は物珍しいものでも見るようにキョロキョロと首を忙しなく動かしている。
(引き篭もりのお坊ちゃんには、珍しい店も多いかもね。)
私は迷うことなく、ピンクと紫の電飾のついた看板が置いてある階段に近づいていく。
実は、昨晩お姉さんたちに紹介されて、今日からここで"仕事"ができることになったのだ。
階段を降りようとすると、ワンピースの裾に引っかかりを感じて足元を見る。
猫墨俣がワンピースの裾を口で引っ張っていた。
「なに?降りれないじゃん。」
「ウニャウニャ(仕事って、ここなの?!)」
「今までは、道端でやってたけど、今日から店で出来ることになったから。」
猫墨俣はまたも瞳孔を丸くして、口を開いて固まる。
私はワンピースが解放されたので、スタスタ階段を下っていく。
「ミミャア!(待って!)」
階段下のガラス扉を開けると、一気にアルコールとタバコと香水の匂いが漂ってくる。
薄暗い店内にはソファごとに、シャンデリアやスポットライトの明かりが点在している。
ガヤガヤした話し声と、メロディのよく分からないBGMの中「いらっしゃいませ〜」という声と共に、ボーイのお兄さんがやってくる。
「いらっしゃいませ?…もしや新しいキャストの子?んん?ね、猫連れてんの?」
お兄さんは私の足元で身を伏せて、尻尾を身体に巻きつけた猫墨俣をめざとく見つけたようで、驚いている。
「あー、ほんとに来たぁ!オーナーに話通してあるよぉ?こっちおいで〜」
奥から占いの常連のお姉さんが、セクシーなドレスを着て出迎えてくれる。
なんとこのお姉さんの紹介で、店内で占いをしていいことになったのだ。
お客さんのほとんどはこの店のキャストのお姉さんだったらしい。
オーナーもお姉さんたちの調子を上げてくれる占い屋に興味を持ち、店内でお姉さんたちの仕事の合間にやって構わないということになったらしい。
お客さんも希望者があれば占ってお金を貰っていいし、店舗代もいらないと。
素晴らしい。
奥の扉から、お姉さんに連れられてオーナーらしき40代くらいのオールバックのおじさんがやってくる。
「あー、君ねぇ。聞いてるよ。今日からよろしくね〜。…ん?」
これまたオーナーもめざとく猫墨俣を見つける。
「猫?君、猫連れて占いやるの?猫占い?」
「えー、今までは手相とか、ダウンジングみたいなのだったよね?」
「ダメですか?」
オーナーは猫墨俣を見て、渋面になる。
どうやらオーナーは猫好きではないようだ。
「動物はなぁ、アレルギーとかなぁ。」
「なんでぇー、猫可愛いじゃん!」
お姉さんがオーナーの腕に豊かな胸を押し付けつつおねだりしてくれる。
いいぞ、もっとやれ、と心の中で声援を送る。
「ニャアニャアうるさいとかないの?」
疑わしそうな目を猫墨俣に向ける。
「静かですよ。とても賢くて言うことも聞けます。墨俣、お座り。」
猫墨俣が慌ててお座りらしき態勢になると、おぉ〜とオーナーとお姉さんが歓声をあげる。
続けて、伏せとお手もした。チンチンはぷいとそっぽを向いたので、オーナーとお姉さんは手を叩いて大爆笑して、店内にいることをOKしてくれた。
店内の隅の1人掛けのソファの前に簡易机を置かせてもらい、早速何人かのお姉さんの占いをした。
今まで路肩でやってた時は訪れたことのなかった人も面白がって来てくれた。
「え〜と、来年までに100万貯まってるかなー?」
私は丸い怪しげな柄の描いたシートの上で紐のついた水晶を吊るすように持って構えている。
持ち上げたままの腕が疲労でプルプルしてくると、自動的に水晶が揺れる。
「"メイビー"、おそらくだそうです。」
「えー、そんなの誰でもそうじゃん!もうちょっと具体的に!」
「うーん、ちょっと待ってくださいね。あ、1?ん?2かな?1、2年後か、1、2ヶ月後か、あ!もしかしたら12年後ってこと?」
「…びっくりするほど適当すぎ〜。」
「ニャア〜…(ほんとに…)」
私は猫墨俣を睨みつける。
お姉さんの方は「猫ちゃんもそう思うー?!すごいすごいこの猫ちゃん賢い〜」と私の占いへの猜疑心が消し飛んだようなので、まぁ許す。
「お姉さん、私の占いは当たらないかもしれませんが、良くない気を吹き飛ばすことに関しては自信がありますよ。」
「え〜?ほんとー?」
お姉さんは猫墨俣を抱っこして持ち上げて、股間を確かめようとしている。
私は先ほどの無礼な発言もあるので放っておいたが、猫墨俣は自力で腕から逃れて私の椅子の下に逃げ込んできた。
「そうですね、お姉さんは鎖骨あたりに良くない気が見えますから、試しに払ってあげましょう。初回は無料でいいですよ。」
「まぁタダなら…」
少し顎を上げてもらって鎖骨に触れる。
このお姉さんは初めて見た時から鎖骨の辺りに輪郭のブレが見えていた。
おそらくこれだけブレが大きいと本人も不調を感じているはずだ。
(初めてだから、ゆっくりと柔らかく緩めるようにしてから、解していこう…)
首の下辺りでぐちゃぐちゃに毛玉のようになっていた気脈がゆっくりと解けて、数本の真っ直ぐな線になっていく。
お姉さんの口から、無意識と思われるうっとりしたようなため息が零れ落ちる。
「お終いです。」
お姉さんは驚いた顔をして、仕切りに首を左右に振っている。
「え?嘘。すごい!私凝ってたのかな?めちゃくちゃ軽い。あと何かすごいフワフワして気持ち良かった〜!」
「良くない気が溜まりやすい人はまた溜まりますよ。私も毎日出来るわけではないので、コチラを持ち歩いてもらえれば、溜まりにくくなります。」
私はトートバッグから魔法陣の刺繍されたお守り袋を取り出す。
「えー?怪しいー!でも結構可愛いねぇ。いくら?」
「今なら初回マッサージを受けてくれた方への特典で本来7000円の物がなんと5000円です。」
「えー?ぼったくり〜!でもマッサージ気持ち良かったから買うよ〜。」
「ウミュ〜(うぅ…)」
その後も何人か占い兼マッサージをして、本日の目標額は稼げたので、帰り支度をしていると、常連のお姉さんの1人が声を掛けてくれる。
「ねぇー、進藤先生は来ないの?」
進藤教授は腹立たしいことにこの店に来たことがあるらしい。
(金持ちスケベェおやじめ…)
以前占いの最中にたまたま大学の話題で発覚した。
「私、腹黒そうなスキンヘッドなおじさんって大好きぃ。」
進藤教授のことを聞いてきたお姉さんはどうやら、非常にマニアックな好みの持ち主らしく、ことあるごとに進藤教授を連れてきてと私に頼む。
「わたしはー、お金持ってて臭くない人はみんな好き!」
「私はお金が好きです!」
「それもう人間じゃないじゃーん。紗葉ちゃんは女子大生なんだから彼氏作って恋愛しなよ〜」
「彼氏でお腹は満たされませんから」
足元の猫がでピクっと動いた気配がして、少し忘れかけていた墨俣の存在を思い出した。
今日は占いも大繁盛だったせいか、気脈の操作を今までにないくらいした。
意識するとドッと疲労が押し寄せてくる。
(思い出したらお腹も減ってきた。)
「じゃあ、今日は失礼します。」
私はオーナーに頭を下げて、店をあとにする。
まだ日付も跨いでいない時間なので、むしろ店はこれからという感じで通り過ぎたソファは入店した時に比べてかなり埋まっていた。
(やばいかも…)
私が力のない足取りで帰路についていると、足元をちょこまかと着いてくる猫墨俣が心配そうな顔で私を見上げている。
(猫の顔で心配そうってどゆこと?あー、…こいつ、戻さないといけないんだった。)
「ちょっと待ってて」
私は途中にあるコンビニに入店し、苦渋の思いで栄養ゼリーを買う。
コンビニを出てその場で栄養ゼリーを一気飲みする。
(あー、全然足りない、けど、戻すくらいなら、いけるか?)
「おし、物陰に行くよ。」
「ニャッ?!(なんで?!)」
「人に戻すから、今度こそ帰んな。」
「ウニャアン(で、でも)」
私がウニャウニャ言って動かない猫墨俣を抱え上げて、強制的に物陰に行こうとすると、顔の頬っぺたに、てし!っと肉球が触れた。
「ウニャア〜ニャア(…ひどい顔色だよ。俺今日はこのままでいい。)」
確かに栄養ゼリーで多少回復したとはいえ、たぶん気脈操作で生体エネルギーを使いすぎた気がするし、この感じだとたぶんクマが浮いて土気色の顔でもしていることだろう。
「あ、そ、…」
もう疲れすぎて考えるのも億劫になってきて、私は猫墨俣を地面に降ろすと、再び自宅でもある魔法屋まで歩き始めた。
いつもより遅かったせいか、着いたのは日付が変わるような時間帯だった。
私は施錠して、次の日のスマホのアラームだけかけると、トランクから引っ張り出した寝袋の上に倒れ込んで、そのまま意識を手放した。
着いてきていたであろう猫墨俣のことは、歩いている途中ですっかり意識から抜け落ちていた。
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