旧道
翌朝、五人は明るくなってからすぐに野営地点を出た。前日に入口だけ確認した旧道へ戻ると、エレジは地図を開き、最初の分岐までの距離と、その先で北側へ上がる古い経路を確かめた。
「ここから一・八キロで最初の分岐です。その先は、古い地図だと北へ上がる道と谷沿いに進む道に分かれてます。現行地図に残ってるのは谷沿いだけです」
「両方見る。まず谷沿いだ」
「はい」
道幅そのものは、前日に外から見た時よりも残っていた。両側から草は伸びているものの、人が歩くには問題がなく、ところどころには地面が露出している場所もある。二日前の雨で水が流れた跡に混じって、自然にできたものとは違う窪みも残っていた。
エレジは進みながら、それらを一つずつ見た。踏まれた草も、折れた枝も、それだけでは現在も使われている証拠にはならない。それでも、長い間まったく人が入っていない道ではなさそうだった。
「ここ、踏まれてます。昨日今日ではないと思いますけど、形は残ってます」
リヒターも地面と道脇を確かめた。
「人は入ってるでしょうね。ただ、頻度までは分からないわ」
「何人くらいです?」
マティアスに聞かれ、エレジはもう一度跡を見た。
「人数を出せるほど残ってないです」
カイルもそこで判断を増やさなかった。位置だけ記録するようヨナスへ伝え、五人はそのまま先へ進んだ。
地図上では緩い旧道になっているが、現地では路面の一部が雨で削られ、車両で通るなら速度をかなり落とす必要がある。それでも道そのものが消えているわけではなく、資料にある「利用なし」という言葉から想像していた状態とは違っていた。
一時間ほど進んだところで、大きな倒木が路面を横切っていた。斜面側から根ごと崩れたらしく、その周辺では土も流れている。車両がそのまま抜けるのは難しい。
マティアスが倒木の周囲を確認している間、リヒターは手前の路面を見ていた。呼ばれて近づくと、泥の中に幅のある窪みが残っている。雨でかなり崩れていたが、自然にできた形には見えなかった。
エレジはしゃがみ、痕跡の向きと道幅を確かめた。
「タイヤ痕だと思います。ただ、いつのものかは分かりません。少なくとも雨の前です」
「車種は?」
「そこまでは取れないです。ここまで車両が入ったことがある、というところまでだと思います」
カイルは倒木との位置関係も見た。
「今も使われていると言えるか」
「言えません。でも、使われていない道とも扱えないです。継続して入ってるかどうかは、この跡だけでは分かりません」
ヨナスが位置と路面の状態を記録し、リヒターも周囲に別の痕跡がないかを見た。誰が何のためにここへ入ったのかまで考えれば、いくらでも可能性は出せる。それでも今必要なのは、車両がここまで入った痕跡があるという事実だけだった。
倒木の脇は、人なら越えられないことはない。マティアスも同じことを考えたらしく、道の外側を確認していたが、エレジは少し戻った先の斜面へ目を向けた。
地図上では道になっていないものの、そこから上へ回れば、現行地図から消えている北側の経路へ接続できる可能性がある。
「ここを越えるより、少し戻って上から回った方がいいと思います。距離は増えますけど、斜面はそっちの方が安定してます」
マティアスは倒木を越える方を見た。
「こっちの方が早いですけどね」
「早いだけです」
エレジが答えると、マティアスはそれ以上言わずに笑った。カイルも上へ回る方を選び、五人は少し引き返してから斜面へ入った。
以前なら、早く抜けられる方へ意識が向いていたかもしれない。今は、少し距離が増えても、その先まで無理なく進める経路を選ぶ方が自然になっていた。
斜面を上がると、古い地図にだけ残っていた経路らしい平坦な帯が見つかった。幅は狭く、車両が通れるような道ではない。それでも人が歩くには十分で、斜面の形を見る限り、自然にできたものでもなさそうだった。
「これだと思います」
エレジが地図と現在地を合わせると、ヨナスも位置情報を確認した。
「現行地図からは完全に消えてますね」
「徒歩なら使えます。少なくともここまでは」
その先を北へ進むと、道脇に半分ほど土へ埋まった石標があった。表面には苔が付き、刻まれた番号も一部しか読めない。それでも、前日に見た古い資料と同じ形式だった。
「昨日の資料にあったものですね。最後の数字は三だと思います」
ヨナスが写真と位置を残し、エレジも自分の記録へ加えた。何のための番号だったのかは分からない。今回それを調べる必要もなく、古い経路と現地を照合する材料として残せれば十分だった。
ただ、その石標の先から北東方向へ、地図にない細い道が続いていた。
「これ、載ってないです」
エレジは周囲の斜面と道の幅を見た。獣道にしては一定しており、地面も人が通ることを前提に削られている。リヒターも少し先まで見てから戻った。
「古い道でしょうね。完全には消えてないわ」
「このまま行けば北東の尾根側に出ると思います。予定してた経路より少し内側です」
カイルは短く考えた後、その経路を使うことにした。
地図にない道を進むこと自体に、エレジは少し気持ちが上がっていた。任務として必要だから記録していることに変わりはない。それでも、知らなかった道を自分たちで見つけて、地図の空白を現地の情報で埋めていくことは単純に面白かった。
道は古かったが、危険な崩れ方はしていない。倒木を避けながら進めば一定の速度を保てた。途中には最近切られた枝や明確な足跡もなく、今も頻繁に使われているとは言えない。それでも、現在も徒歩で使える経路が現行地図に載っていないこと自体が、今回持ち帰るべき情報になる。
*
昼前には尾根に近い場所まで出た。
谷側では不安定だった通信も、高度が上がるにつれて安定し、ヨナスは機材を置いて複数方向の状態を確認した。
「ここは使えます。南側との通信も安定してます。中継地点の候補にはできますけど、もう少し北側も見たいです」
「位置を取っておけ。明日の経路でもう一度比べる」
「了解です」
ヨナスが記録している間に、エレジは西側から採石場の方向を確認した。木々の間に灰色の屋根が一部だけ見える。距離があり、進入路までは入らないが、もう少し北へ上がれば見通せる可能性はあった。
「ここからだと採石場の北側だけです。もう少し上なら、進入路まで入ると思います」
「今日は位置だけ取る。観測は明日だ」
「はい」
午前中だけでも、出発前には分からなかったことがいくつも増えていた。
廃止扱いの旧道には人が入った痕跡があり、車両の利用痕跡も残っている。現在の地図から消えた徒歩経路はまだ通行でき、古い石標も現存している。その先には地図にない人工的な道まで続いていた。通信に使える高所も一つ見つかった。
ただし、それぞれが誰によって使われているのかは分からない。古い道と車両痕が同じ利用者によるものだとも言えなかった。
休止に入ると、エレジは午前中の記録を整理した。旧道の欄には、「利用なしとは扱えない」と書いた。それ以上に踏み込める材料はまだない。
その下へ日付を書き込む。
六月二十四日。
数字を見てから、何かが引っかかった。少し考えて思い出す。
「今日、誕生日ですよね」
水を飲んでいたマティアスが、誰のことを言われたのか一瞬分からなかったらしい。
「俺ですか?」
「はい。日付を書いて気づきました」
「もう昼ですよ」
「すみません」
「謝ることでもないでしょう。俺も別に言ってなかったですし」
ヨナスも端末から顔を上げた。
「二十四日でしたね。日付は分かってましたけど、誕生日と結びついてませんでした」
「それ今気づいたって言うんですよ」
リヒターも、自分は何も用意していないと言った。任務中なのだから当然だとマティアスは気にしていなかったが、エレジは自分の荷物の中身を思い返した。
「知ってたら、何か持ってきたのに」
「いらないですよ。山の中で誕生日になったからって、急に欲しいものが増えるわけでもないですし」
本人が本当に気にしていないことは分かる。それでもエレジは、何も用意していないことを少し残念に思った。以前なら、誰かの誕生日を知っても、祝われたいかどうかを先に考えていたかもしれない。
今は、マティアスが必要としているかとは別に、自分が何かしたいと思っている。
五人で過ごす時間が増えてから、そういうことが少しずつ増えていた。エレジは地図を閉じ、午後もまだ移動が続くのを思った。
今日が終わるまでには、何か一つくらいできるかもしれないと思った。




