帰る前に
翌朝、五人が作業室へ揃ったところで、現地基地側からケルナーについて途中経過が伝えられた。
今回提出された映像と音声だけで処理するのではなく、北部山岳特殊任務課程に在籍していた時の処置記録と聞き取り内容も合わせて上級部門へ送ることになったという。ケルナーは引き続き通常勤務から外され、結論が出るまでは元の配置へ戻さない。
「今回のことだけで処分を決めるわけじゃないのね」
説明を聞いたリヒターが確認すると、現地側の担当者は、過去の記録も含めて判断すると答えた。
「異動させて終わり、という扱いには?」
「なりません。今回提出された記録も含めて、軍務を継続させることが適当か、その点まで上で審査されます」
「そう」
それを聞くと、リヒターはそれ以上尋ねなかった。ケルナーをこの基地から遠ざけるだけでは別の場所へ問題を移すことになると考えていたため、軍務を続けさせるかどうかまで判断されるなら、自分が求めていたところまでは話が進んだことになる。
正式な結論はまだ出ていないため、カイルはその点だけ確認すると今日の予定へ話を戻した。
「分かった。こっちは予定どおり進める」
エレジもケルナーについて何か聞くことはなかった。もう自分たちの近くへ戻ってこないことは分かっており、今回の記録が課程中のことと一緒に扱われるなら、自分から離れた後のことまで組織が確認するのだと理解できた。それ以上については、今の自分が考えても決められない。
五人は予定していた最後の確認箇所へ向かった。
*
この日は、主経路から外れた補助路と、通信設備を置く候補地を二か所確認することになっていた。
最初の補助路は、地図上では主経路へ戻れるようになっていたが、実際には斜面側の路肩が狭く、途中から車両のすれ違いが難しくなる。エレジは道幅と傾斜を見ながら車両を入れた場合に使える退避箇所を地図へ記し、一台を寄せられる場所はあるが、その先は大型車両には厳しいと判断した。
「小さい車なら通れそうですけど、大きいのは厳しいですね」
「雨が続いた後は、さらに使いにくいだろうな」
マティアスとカイルも路肩と斜面の状態を確認し、現状では通れても、常に使える補助経路としては扱えないという結論になった。
次の候補地へ移る途中、エレジは道路脇にある古い排水設備に気づいた。前日に見たものとは形が少し違っていたため、同じ時期のものなのかヨナスへ尋ねると、彼は構造を見てから、元の部分は古そうだが一部が補修されていると説明した。
「どこで分かるんですか」
「継ぎ足してるところです。ここの材質が違うでしょう」
説明された部分を見ると、確かに表面の色と継ぎ目が違っていた。
「ここだけ新しくしたんですか」
「たぶん。水の流れが変わったか、傷んだか。記録があれば理由までは分かるかもしれません」
エレジはもう少し聞きたかったが、今は設備の年代を調べるために来ているわけではなかったので、必要な確認を終えてから続きを聞こうと思い、そのまま移動した。
午後には二か所目の通信候補地へ入り、ヨナスが機材を置いた状態で接続を確かめた。最初の候補より高い位置にある分、通信は安定していたが、車両から機材を運ぶ距離が長くなる。
「通信だけなら、こっちの方がいいです」
「設置まで含めると?」
「一つ目の方が早いです。ただ、長く使うならこっちですね」
ヨナスの説明を聞き、カイルは用途によって候補を分けて報告することにした。
その後、徒歩で使う退避経路の最後の分岐を確認した。地図には道が残っているが、途中から木が増え、負傷者を運ぶ場合には使いにくい。マティアスが実際に通れる幅を見て、エレジも迂回できるところを探したものの、搬送に使えるだけの幅を保ちながら距離を縮められる道はなかった。
「歩くだけなら使えますけど、搬送は難しいですね」
「そのまま出そう。緊急時の退避には使えるが、搬送経路には向かない」
カイルの判断で記録をまとめると、今回の任務で予定していた確認箇所は一通り埋まった。
*
車両へ戻る途中も、エレジは地図を開いたまま歩いていた。
ここ数日で何度も通った道は、最初に見た時よりずっと分かりやすくなっている。主経路がどこを通り、補助路がどこで分かれ、川がどちらへ流れているのかも、今なら地図上の線と実際の景色を結びつけて考えられた。
車両へ乗ってからも地図を閉じずにいると、カイルが気づいた。
「まだ何かあるか」
「あ、任務のことじゃないです。この辺りって、上から谷を見られるところありますか」
「見たいのか」
「はい。ずっと下を通ってたので、上から見たらどう見えるのかなと思って」
カイルが前の席のヨナスへ現地の地形について聞くと、基地へ戻る道から大きく外れないところに古い観測地点のような場所があり、道路から少し歩けば谷を見られるはずだと答えた。
「橋も見えますか」
「角度によりますけど、たぶん」
エレジはそれを聞いてカイルを見た。
「行ってもいいですか」
「時間はある」
帰る前に寄るなら今日しかないとリヒターも賛成し、マティアスにも異論はなかったため、五人はそのまま展望地点へ向かった。
*
車両を置いて少し斜面を上がると木々の間が開け、下には細く続く川と、その上を横切る橋が見えた。橋の先から道路が斜面に沿って曲がり、その向こうにはここ数日何度も通った集落の一部まで見えている。
「少佐、あれ、最初の日に通った橋ですよね」
「ああ」
「こんなに下にあったんですね」
地図で高さの違いは分かっていたが、実際に上から見ると、橋が谷底に近いところへ架かっていることがよく分かる。エレジは場所を少し変えながら道路を目で追い、北側の道や補助路の位置も一つずつ確かめた。
「あっちが北側の道じゃないですか」
マティアスも同じ方向を見た。
「そうですね。あの曲がってるところ、昨日通ったところだと思います」
「じゃあ、その先が補助路ですね」
「たぶん。木で隠れてますけど」
ヨナスは谷の向こう側を見ながら、川が長い時間をかけて地形を削ったことで道路を通せる位置も限られており、橋が現在の場所にあるのも谷幅と斜面の勾配が関係していると説明した。
「もっと上流なら、橋は短くできますか」
「場所によります。ただ、道路をそこまで上げる必要が出ます」
「じゃあ、橋だけ短くても意味ないんですね」
「そういうことです」
エレジは説明を聞きながら谷を見直した。任務中は道路なら道路、橋なら橋、通信地点なら通信地点として必要なところだけを見ていたが、こうして上から見ると、それぞれがなぜその位置にあるのかまで少し分かる。
「本当に好きね、こういうの」
少し離れたところから見ていたリヒターに言われ、エレジは振り返った。
「面白いです」
「見れば分かるわ」
昨日、自分へ抱きついてきた時とはまるで違う顔で地図と谷を見比べている。それでもリヒターには、今の方が安心できた。ケルナーのことを忘れたわけではなくても、そのことでエレジが自分から見たいと思うものまで失ったわけではない。
カイルも、この数日間エレジが必要な場所へ行き、必要なものを見続けたことを思い返していた。途中でケルナーと再会し、その後の接触まであったが、最後には任務とは別に、自分から見たい場所を選んでいる。
十分に景色を見たらしく、エレジが地図を閉じたところでカイルが尋ねた。
「もういいか」
「はい。見たかったものが見られたので」
エレジはもう一度だけ谷の方を見てから、四人と一緒に車両へ戻った。
*
基地へ戻ってから、五人は今回の記録をまとめた。
主経路は大型車両を含めて使用できるが、工事の状況によって通行条件が変わる。補助路は小型車両なら使える区間があるものの、斜面側の状態によっては継続使用に向かない。通信候補地は二か所あり、設置の早さを優先するなら低い位置、安定性を優先するなら高い位置が適している。徒歩の退避経路は使用できても、負傷者の搬送には向かない。
確認できたことと条件によって変わるところを分けて書き、カイルが最終報告をまとめた。ヨナスは通信の記録を添え、マティアスとエレジは経路図の修正を確認した。
作業が終わる頃には、翌朝の出発準備もほとんど済んでいた。ケルナーについて新しい連絡はなく、軍務継続の審査へ進むことだけが決まっている。それでも、この基地で五人が彼と再び顔を合わせることはない。
エレジは使い終えた地図を畳む前に、今日立った展望地点をもう一度探した。
「あ、ここだったんですね」
隣で記録を片づけていたヨナスも地図を見た。
「そうです。上から見ると分かりやすかったでしょう」
「はい。下を歩いてる時は、橋と道があんなふうにつながってると思ってなかったです」
「地図だけでも分かりますけど、実際に見ると覚えやすいですね」
「また違う場所でも見てみたいです」
机の向こうにいたマティアスがそれを聞いて顔を上げた。
「次の任務でも展望探すんですか」
「時間があれば」
「仕事より増えそうですね」
「仕事はちゃんとします」
「分かってますよ」
エレジは笑いながら地図を畳んだ。明日にはここを離れるが、任務で必要な場所を確認するだけではなく、最後には自分が見たかった景色まで見ることができた。
「行けてよかったです」
誰か一人へ向けた言葉ではなかったが、近くにいた四人には聞こえていた。エレジは畳んだ地図をケースへ戻し、翌朝持ち出す荷物のところへ重ねた。




