キルヒバッハ
タンネックから戻って数日後、次の任務が決まった。
行き先はキルヒバッハにある工兵駐屯地だった。周辺では道路と橋梁の補修計画が進められており、それに合わせて、今後この一帯を部隊移動や補給、撤収に使えるか先行して確認することになっていた。
五人の担当は、主要経路と迂回路、通信状況、車両の通行条件、非常時の退路などを実地で調べることだった。
カイルから説明を受けたあとも、エレジは机に広げられた地図を見ていた。
キルヒバッハの周辺には大小の川があり、それに沿っていくつかの道が延びている。山へ近づくにつれて道は細くなり、途中には橋も多い。資料上では車両が通行できることになっていても、現在の路面や周囲の状態まで同じとは限らなかった。
「ここも歩くんですか」
エレジが地図上の細い道を指すと、カイルがその位置を見た。
「現地の話を聞いてからだな。迂回路として使う可能性はある」
「こっちの橋は?」
「補修候補に入ってる」
答えを聞き、エレジは橋の記号の横へ目を移した。川を越えた先には小さな集落があり、さらに北へ行けば林道へつながっている。
「この道が使えなかったら、かなり回りますね」
「だから確認する」
「なるほど」
タンネックでは一つの設備を調べていたが、今回は道路や橋、その周囲の地形まで見ながら、部隊がどこを通れ、どこで止まり、何かあった時にどう戻れるかまで確かめていく。地図で見ていた場所を実際に歩き、その違いを一つずつ拾っていくことが、エレジには面白そうに思えた。隣ではヨナスが工兵側から届いた資料を見ていた。
「この辺り、地盤はどうなんですか」
「川沿いは場所によりますね。山側は岩盤が出てるところもありますけど、低い方は雨が続くと崩れやすいです」
「橋そのものが大丈夫でも、前後の道が駄目になることもあります?」
「あります。むしろそっちの方が面倒な場合もありますね」
ヨナスが説明を始めると、エレジは地図と資料を交互に見ながら聞いた。途中で分からない言葉が出ればそのまま尋ね、ヨナスも図を指しながら説明を続ける。
マティアスが向かいから二人を見た。
「また始まったな」
「何がですか」
「ファルク大尉の講義」
「聞いたら面白いですよ」
「中尉は最後まで聞くからでしょ」
ヨナスは否定しなかった。
「質問してくれる人がいる方が話しやすいです」
「ほら」
マティアスに言われ、エレジは少し笑った。
出発は翌朝になった。
キルヒバッハまでは車両で数時間かかる。途中で運転を交代しながら南東へ進み、山間の道を抜けていく。
エレジは後部座席で地図を膝に広げ、窓の外と何度も見比べていた。
タンネック周辺より標高が低く、六月に入った今は道沿いにも草が多い。山の高いところにはまだ雪が残っているが、低い斜面には緑が広がり、川沿いには小さな集落も増えてきた。
「中尉、酔わないの」
隣のマティアスに聞かれ、エレジは地図から顔を上げた。
「大丈夫です」
「ずっと下見てるでしょ」
「でも、今どこを走ってるか分かるので」
「それが楽しいの?」
「はい」
エレジは窓の外を見た。
「地図だと真っすぐに見えるのに、実際は結構曲がってますね」
「縮尺が違いますから」
「分かってます。でも、実際に見ると面白いです」
前の席からヨナスが振り返った。
「この先でもう少し川に近づきますよ。古い道は川沿いなんですけど、何度か崩れて付け替えられてます」
「古い道も残ってるんですか」
「場所によっては」
「見られます?」
「調査区域に入ってれば」
その答えに、エレジはもう一度地図を見た。
キルヒバッハへ着いたのは昼を少し過ぎた頃だった。
工兵駐屯地はタンネックの通信施設よりずっと人が多かった。敷地内には大型車両や資材運搬用の車が並び、建物の脇には金属材や木材がまとめて置かれている。作業服姿の兵士が行き来し、離れたところでは機械音も聞こえていた。
「思ってたより大きいですね」
車両を降りながらエレジが言うと、カイルが周囲を見た。
「この辺りの工兵部隊の拠点だからな」
案内役の軍曹に連れられ、五人はまず管理棟へ向かった。
現地側との打ち合わせでは、翌日から確認する区域について説明を受けた。周辺では道路と橋梁の補修が計画されているが、五人が確認するのは工事そのものではなく、その経路を今後の部隊移動や補給、非常時の撤収に使えるかどうかだった。
主要道路のほか、橋が使えなくなった場合の迂回路、車両が待避できる場所、通信の通りにくい区間、負傷者を搬送する場合に使える経路まで地図上で確認していく。
補修候補になっている橋は三か所あり、そのうち一つは現在、大型車両の通行を制限しているという。
「この橋は、小型車両なら今も使えるんですか」
エレジが尋ねると、現地担当の中尉が地図上の橋を指した。
「今のところは。ただ、西側から入る場合は手前のカーブが狭い。大型車両を通すなら、橋そのものより先にそこを確認してもらいたい」
「ここですね」
エレジは橋の西側へ延びる道を見た。すぐ近くに分岐があるが、資料では道幅までは分からない。
「もしここから入れなかった場合、迂回はこっちですか」
「一応は。ただ、その林道はしばらく大型車両を通していません」
「路面も確認した方がよさそうですね」
「ああ。それと、この谷に入ると無線が不安定になるという報告があります」
今度はヨナスが地図へ目を向けた。
「どの辺りから落ちます?」
「はっきりしていません。通る時と通らない時がある」
「じゃあ、移動しながら測ります。必要なら中継を置ける場所も見ます」
カイルは地図全体を確認した。
「橋が使えない場合の撤収経路は?」
「南へ回るこの道です。ただ、雨が続くと一部がぬかるみます」
リヒターがその経路を見た。
「負傷者を車両まで運ぶなら?」
「現状では同じ道です」
「徒歩だけなら、こっちへ抜けられそうね」
示された細い道をエレジも確認した。地図では短いが、等高線を見ると途中から勾配が急になっている。
「実際に歩いてみた方がいいですね」
「時間が取れれば確認する」
カイルが答えた。
エレジは地図へいくつか印を加えた。橋だけを見ればいいわけではない。その手前まで車両が入れるか、使えなくなった時にどこへ回れるか、通信が切れた時にどうつなぐか、負傷者が出た場合にどこから戻すかまで、一つの経路として見なければならない。
聞きたいことを一通り確認して地図を閉じる頃には、明日実際にその場所を歩いて確かめるのがますます楽しみになっていた。
打ち合わせの後、五人は宿泊区画へ案内された。
建物は古かったが、必要な設備は揃っている。男性用の部屋が並ぶ区画から少し離れたところに、女性用として使える部屋が二つ用意されていた。
「洗面とシャワーは、この廊下の奥です」
案内していた軍曹が言った。
「女性が常駐していないので、ほとんど使われてませんが、昨日確認はしてあります」
「ありがとうございます」
リヒターが答え、エレジも場所を確認した。
荷物を置いた後、カイルたちは翌日の車両や資料を確認するため、再び管理棟へ向かった。エレジとリヒターはその間に、二人で宿泊棟を出て食堂や集合場所を見ておくことにした。
「さっき外にあった車両、明日使うんでしょうか」
「たぶんそうでしょうね」
「思ったより大きかったです」
「工兵の車両は大きいものが多いから」
「橋の前まで入れるかを見るなら、あれで行った方が分かりやすそうですね」
「きっと少佐たちが確認してるわ」
リヒターの返事を聞きながら、エレジは廊下の窓から外を見た。資材置き場の向こうには低い山が見え、その間を道が伸びている。
「明日、あっちの方まで行きますかね」
「地図ではそうだったわね」
「楽しみです」
そう言ってから、エレジは食堂の位置を確認し、今度は反対側の通路へ向かった。
曲がり角を抜けたところで、向こうから来る男が足を止めた。エレジも相手を見て、顔を見た時点で誰なのかはすぐに分かった。
「ヴァイス中尉」
呼ばれ、エレジはその場で立ち止まった。リヒターも隣で足を止める。
数か月前と大きく変わってはいない。髪も、体格も、声も覚えていたものと同じだった。
「お久しぶりです」
「……お久しぶりです」
エレジが返すと、ケルナーは少し笑った。
「こんなところで会うとは思いませんでした」
「私もです」
「任務ですか」
「はい」
それ以上説明する必要はなかった。
ケルナーは隣のリヒターへ目を向けた。
「同じ班の方ですか」
「はい。リヒター大尉です」
紹介され、ケルナーが姿勢を正した。
「ケルナー曹長です」
「リヒターです」
リヒターはそれだけ返した。
エレジはケルナーを見た。
「今はこちらにいるんですか」
「ええ。少し前に異動になりまして」
「そうなんですね」
会話そのものは普通だった。ケルナーも近づいてはこないし、触れようともしない。以前のことを口にするわけでもなく、ただ久しぶりに顔を合わせた知人のように話している。
それでも、エレジはもうここで話し続ける必要はないと思った。
「では、失礼します」
「ええ。また」
その言葉には答えず、エレジはリヒターと歩き出した。
曲がり角を一つ越えても、リヒターは何も聞かなかった。そのことがありがたかった。
エレジはそのまま食堂とは別の方向へ少し歩いたが、さっきまで見ようと思っていた場所がどこだったのか、急にどうでもよくなっていた。
「……リヒター大尉」
「何?」
「戻りましょう」
リヒターはエレジを見た。
「もういいの?」
「はい。場所はだいたい分かったので」
本当はまだ見ていないところがあったが、今は続きを見て回るより、宿泊区画へ戻りたかった。
「分かったわ」
リヒターは理由を尋ねず、二人はそのまま来た道を戻った。
「明日は七時半でしたよね」
「ええ」
「朝食はその前に食堂で?」
「六時半からだそうよ」
「じゃあ、少し早めに行った方がよさそうですね」
エレジは予定の話を続けた。リヒターも普通に答えた。
それで会話は成り立っていた。
ただ、来る時には窓の外を見て、車両のことや明日の道のことを自分から話していた。その続きを、今はしたいと思えなかった。
宿泊区画へ戻ると、カイルたちもすでに戻っていた。
ヨナスは机の上に機材の一覧を広げ、マティアスは翌日の行程表を見ている。カイルは現地から渡された資料を確認していた。
エレジは入口で一度立ち止まり、今会っただけで何かをされたわけではないのだから、このまま言わなくてもいいのではないかと一瞬考えた。それでも、黙っておく理由はなかった。
「少佐」
カイルが顔を上げると、エレジは部屋へ入り扉を閉めた。
「ケルナーがいました」
その名前だけで、カイルとマティアスには誰のことか分かった。ヨナスは手元の機材一覧から顔を上げ、リヒターはエレジとカイルの反応を見比べている。
「どこで会った」
「宿泊棟の廊下です。リヒター大尉と一緒にいました」
「何かされたか」
「いえ。話しただけです」
そこまで答えると、カイルはすぐに詳しい経緯を聞こうとはしなかった。今この場所で新しく何かが起きたわけではないと分かれば、まずはそれで十分だったらしい。
リヒターは、先ほど廊下で会った男と今の名前がつながったようだった。
「さっきの人ね」
「はい」
「知り合いだったの?」
エレジはどう答えるか少し考えた。過去の出来事だけなら、自分のこととして必要な範囲に留めてもいい。ただ、これから同じ駐屯地で任務を続ける以上、リヒターとヨナスにも知っておいてもらった方がいいことはある。
カイルもそれを考えたらしく、説明を始める前にエレジへ確認した。
「ヴァイス。二人にも話していいか」
「はい。必要なことなら、全部大丈夫です」
「分かった」
カイルは机の上に置いていた資料を閉じた。
「ケルナーは、山岳特殊任務課程にいた訓練生だ。十二月の近接訓練で、一度接触位置について注意している。その後、準備室でヴァイスと二人になった時に、近接の動きを続ける中で接触があった」
ヨナスもリヒターも口を挟まずに聞いていた。
「最初の接触が訓練上必要なものだったのか、それ以外の意図があったのかは確認できていない。問題になったのはその後だ。ヴァイスは途中で止めると言った。離すようにも伝えた。それでもケルナーは拘束と接触を続け、退室しようとした時には腕を掴んでいる」
「それで、課程から外されたんですか」
ヨナスの声から、普段の柔らかさが少し消えていた。
「ああ」
「その場にはいたんですか?」
「俺はいない。ロートが行った」
名前を向けられたマティアスは、必要なところだけを補った。
「俺が入った時には、中尉はもう離れようとしてた。ケルナーは腕を掴んでて、俺が声をかけたら離した」
それだけ言うと、マティアスは続きを足さなかった。普段なら会話を軽くするために何か言うこともあるが、この話でそうする気がないことはエレジにも分かった。
リヒターは一度カイルへ目を戻した。
「最初からそういう目的だったとは、判断してないのね」
「ああ。そこは分からない」
「でも、止めてと言われた後も続けたことは確認できてる」
「そこは事実だ」
リヒターは短く頷いた。
エレジは、自分が何も言わなくても大筋は伝わると思った。それでも、当時の自分がなぜすぐに止められなかったのかだけは、自分の言葉で補っておきたかった。
「最初は、私も分からなかったんです。近接の訓練だったので、どこまでが普通なのか、その場では判断できませんでした。不快ではあったんですけど、それだけで止めていいのかも分からなくて」
口にすると、当時の考え方は今でも簡単に思い出せた。生き残るための訓練なのだから、自分が嫌だと思う程度なら我慢すべきなのではないかと考えていた。
「でも、途中で止めるとは言いました。離してくださいとも言いました」
ヨナスもリヒターも、それ以上の細かな状況を聞こうとはしなかった。そのことに、エレジは少し安心した。
「今は同じ駐屯地に所属してるんですか」
「本人は、少し前に異動したと言ってました」
「今回の仕事に関わる可能性は?」
ヨナスが続けて確認すると、カイルは現地から受け取った担当表へ目をやった。
「今のところ名前はない。ただ、施設内で接触する可能性までは分からない。現地側へ確認する」
リヒターが気にしたのは、今回の配置とは別のことだった。
「課程から外された後は?」
「原隊へ戻ったところまでは把握してる。その後の異動までは知らない」
「それだけ?」
「俺が関与したのは課程からの除外までだ。それ以降の処分や配置は別系統になる」
「そう」
リヒターはそこで話を止めたが、納得したようには見えなかった。
エレジには、四人がそれぞれ違う形で腹を立てているのが分かった。カイルはすでに次の対応を考えており、マティアスは普段より明らかに口数が少ない。ヨナスは今の配置や接触の可能性を一つずつ確認し、リヒターだけは課程から外された後も普通に軍務を続けていること自体を気にしているらしかった。
誰も、今日何もされなかったのだから問題はないとは考えていない。それはありがたかったが、同時に、自分のことで四人の空気を変えてしまったことが気になった。
「大丈夫です。今日は何もされてませんし、仕事もできます」
少し早く言いすぎた自覚はあった。それでも、ケルナーがいるというだけで任務そのものから外されたくはなかった。
「私も、あの頃とは違いますから」
これは強がりだけではない。
以前は、自分が嫌だと思ったことをどこまで拒んでいいのか分からなかった。止めてほしいと伝えた後でさえ、自分の判断の方が間違っていたのではないかと考えた。
今なら、嫌なら離れていいし、止めてほしいと言ってもいい。それでも続けられたなら、自分が耐えるべきことではないと分かっている。
カイルはその意味を否定しなかった。
「そうだな」
「はい」
「でも、お前が以前と違うことと、何もしなくていいことは別だ」
エレジはそこで、自分がどこかで心配していたことを言い当てられたように感じた。
「お前が任務を続けることと、あいつを近づけないことは両立する。ケルナーがいるから、お前を宿泊区画へ残すつもりはない」
エレジは少し力を抜いた。ここにケルナーがいると分かった以上、一人で行動するなと言われたり、調査から外されたりする可能性を考えていた。
それでは以前と違うと言っても、自分だけが動けなくなることには変わりがない。
「分かりました」
「俺から現地の責任者へ話す」
「お願いします」
カイルが席を立つと、マティアスも続こうとしたが、彼はその必要はないと止めた。
「俺一人でいい。明日の行程を詰めておいてくれ」
「了解です」
カイルが部屋を出た後、マティアスは再び行程表へ目を落とした。ヨナスも機材一覧へ戻ったものの、さっきまでと同じように作業を続ける気分ではないらしく、一度確認した頁をもう一度見直している。
「ヴァイス中尉」
「はい」
「今のところ、ケルナー曹長の名前は明日の担当表にはありません。ただ、施設内で会う可能性までは消せませんね」
「そうですね」
「機材を取りに行く時とか、必要なら誰かと一緒に動けばいいと思います。ずっと、という意味じゃなくて」
最後を付け加えたのは、エレジがどう受け取るかを考えたからだろう。自分一人では何もできないから付き添うと言われるより、その言い方の方が受け入れやすかった。
「分かりました」
マティアスも行程表を見たまま会話へ加わった。
「中尉、明日の資料取りに行く時は俺も行く」
「はい」
「一応言っとくけど、護衛じゃないから。俺も必要だから行く」
「分かってます」
エレジが少し笑うと、マティアスもそれで十分だというように行程表へ戻った。
リヒターは三人のやり取りを聞いていたが、まだケルナーのことを考えているらしかった。エレジが廊下で会った時には何も尋ねなかったのに、事情を知った今も、自分へ直接何かを聞いてくることはない。その代わり、先ほどの「それだけ?」という言葉だけが、リヒターの中に残っているように見えた。
しばらくして、カイルが戻ってきた。
「現地側には伝えた。ケルナーは今回の業務には関わらせない。ヴァイスとの不要な接触も避けるように配置を確認するそうだ」
「詳細まで話したんですか」
「停止要求の後も拘束を続けたことと、課程から除外したことまでは伝えた」
「向こうは知ってたんですか」
「除外されたこと自体は記録にあった。ただ、理由の詳細までは把握してなかった」
エレジは、それなら今回の任務中は関わらずに済むだろうと思った。少なくとも、基地側が事情を知らないまま一緒に仕事を割り振る可能性はなくなった。
「じゃあ、これで大丈夫ですね」
「ひとまずはな。施設内では完全に動線を分けられない。しばらくは単独で動く必要がある時だけ一声かけろ」
「はい」
「お前だけじゃない。全員だ」
エレジは少し意外に思ってカイルを見た。
「全員?」
「初めて入る駐屯地だ。設備も配置もまだ分からない。単独で動く理由がない」
ケルナーのためだけに自分へ制限を加えるのではなく、今の任務条件として全員へ同じ基準を置いている。そのことが分かると、エレジにも受け入れやすかった。
「分かりました」
話が一段落すると、五人は翌日の行程へ戻った。
エレジも地図を開き、朝から最初の橋へ向かい、西側の進入路を確認した後、川沿いを北へ進む予定を追っていく。地図には、到着前から気になっていた道や、実際に見てみたいと思っていた分岐がまだ残っていた。
ケルナーがいると分かったことで、さっきまでとまったく同じ気持ちではいられない。それでも、この場所全部を嫌なものにしたくはなかった。
「明日は、最初にこの橋からですか」
「ああ。西側から入る」
「じゃあ、この分岐も見られますね」
「そうなるな」
地図上の道を追ううちに、明日の仕事へ少しずつ意識が戻ってきた。
その時、リヒターがカイルへ声をかけた。
「少佐。一つだけ聞いていい?」
「何だ」
「課程から外して、その後はそれで終わったんですか」
さっきも似たことを聞いていたが、今度は事実確認だけではなかった。カイルもその違いには気づいたらしく、地図から注意を移した。
「俺が把握しているのはそこまでだ」
「そう」
リヒターはそれ以上何も言わなかった。
エレジは再び地図へ目を戻した。明日は予定どおり調査へ出る。そのことに変わりはなかったが、向かいにいるリヒターだけは、ケルナーの件をまだ終わったものとして扱っていないようだった。




