高く飛ぶ鳥
朝食を終えると、エレジは地形図を持って車両へ向かった。ヨナスとマティアスは、施設で使う機材を残し、山へ持っていくものを荷室へ収めている。昨日よりケースは少なくなっていたが、背負って歩く分はそれぞれに分けてあった。
「中尉のはこっちです」
マティアスが示した荷物を取り、エレジは背負った時の位置を確かめた。地図は歩いている間にも出せるところへ入れ、水も手の届く場所へ収める。ヨナスが持ち出すものを確認し終えると、カイルは軍曹へ声をかけた。
山側の道路には、まだほかの車両は入っていなかった。昨日見た待避場所を過ぎ、小屋のある空間へ着くと、マティアスは先に向きを変えてから車両を寄せた。
外へ出ると、林の中から鳥の声が聞こえた。エレジは荷室から自分の荷物を取り、昨日は入口から見ただけだった道へ目を向けた。木々の向こうは薄暗く、日が当たっているところにも、まだ地面の湿った色が残っている。
「準備できたか」
「はい」
カイルへ答えると、軍曹が先に道へ入った。エレジはその後ろへ続き、ほかの四人も間隔を取って歩き始めた。
*
初めの登りでは、道の先よりも足元を見る時間が長かった。木の根が出ているところを避け、石のある場所では置いた足が滑らないか確かめる。軍曹は分岐の前で足を止め、右側へ続く道を示した。
「こちらです。左へ入ると、下の道へ出ます」
エレジは地図と周囲を見比べた。昨日印をつけたところだったが、実際には左の道の方が広く見える。戻る時にも見つけられるよう、分かれ目のそばにある岩と、道が曲がる向きを覚えておいた。
少し上がると、登りが緩くなった。林の切れたところから向かいの斜面が見え、その下には車両で通ってきた道路が短く現れている。
「道、見えますね」
エレジが伝えると、後ろから来たマティアスもそちらを見た。
「さっき通ったところですか」
「たぶん曲がる前のところです。小屋はもう少し右なので」
「歩くとこっちから見えるんですね」
彼が道路を確かめている間に、ヨナスも追いついた。背負った荷物が木へ当たらないよう向きを変え、道の端を通ってくる。
「そこ、少し狭いです」
「上が通れると思ったんですけど、枝がありました」
「次は下を通った方がよさそうですね」
エレジが答えると、彼は戻る時にはそうすると頷いた。地図に道が載っていても、荷物を持った身体がどこを通れるかまでは分からない。軍曹が普段はこちらを使うと話していた理由も、歩くうちに少しずつ分かってきた。
尾根へ上がる手前には、道の脇に平らな場所があった。軍曹がここで一度休もうと言い、五人も荷物を下ろした。リヒターは木の陰へ腰を下ろし、マティアスも隣の空いたところへ座った。
「まだ先はありますか」
「ここまで来れば、もう遠くありません。次の登りを越えたところです」
軍曹の返答を聞き、ヨナスは水を飲んでから荷物へ目を向けた。
「着いてから広げるものは、上にしてあります」
「俺のも、ここから出せます」
マティアスが自分の荷物を示すと、カイルは設備の前で足元を塞がないよう、置く場所を決めてから出すよう伝えた。
エレジも水を飲み、林の向こうへ目を向けた。歩いている間には自分たちの足音が続いていたが、止まると、葉が擦れる音や鳥の声が近くに聞こえる。
昨日は地図で登る高さを見ていた。今は上がってきた方へ顔を向ければ、どの斜面を通ったかも思い出せる。もう少し先へ進めば何が見えるのか気になり、荷物を背負い直す時にも、次の登りへ目が向いた。
*
中継地点には、設備を収めた小さな建物があった。その前は木が少なく、荷物を置いても人が通れる広さがある。軍曹が扉を開けると、ヨナスは持ってきた機材を取り出した。
カイルは施設側へ到着を伝え、これから点検を始める時刻を合わせた。エレジは建物の周りを見てから、道を上がってきた方向へ戻った。入口から離れるとすぐに林へ隠れるため、ここで作業している人には、近づいてくる者が途中まで見えない。
マティアスも反対側を確かめて戻り、建物の裏には下へ続く踏み跡があると伝えた。軍曹に聞くと、設備の周囲を手入れする時に使っているものだという。
ヨナスが点検している間、施設との通信は続いていた。エレジは周りを見た内容を書き、カイルが受け取った返答も聞いていたが、途中で声が切れた。
カイルが呼び直しても、すぐには返答がなかった。ヨナスも顔を上げ、手元の表示と、軍曹が見ている設備を確かめた。
「今の時刻を残してください」
「書いてます」
エレジが答えた後、施設側から声が戻った。向こうでも一時的に通信が途切れたと伝えられ、カイルは前後の時刻を確かめた。
軍曹は設備へ目を戻した。昨日確認に来た時には起きなかったため、今の状態を見られたことには少し驚いているらしかった。
「こちらにいる時に起きたのは、久しぶりです」
「今は戻っていますが、その前から記録できています。向こうの分とも合わせて見ます」
ヨナスはそう答え、機材をそのまま動かしておきたいと伝えた。何が原因だったかは、まだ分からない。それでも、点検に来た時には使えていたという記録に加え、現地にいる間にも途切れたことを残せた。
カイルが予定を確かめ、昼までここで様子を見ることにした。エレジも用紙へ時刻を書き足し、林の向こうから人が来ていないことを確認した。
*
持ってきた食事を摂る頃には、設備の前にも日が当たっていた。ヨナスは機材が記録を続けていることを確かめ、軍曹と交代して外へ出てきた。
マティアスが空いた場所を示すと、彼はそこへ腰を下ろした。エレジは食事を取りながら、建物の向こうに見える尾根へ目を向けていた。道を歩いている間は木々に隠れていたが、ここからは山の上に空が広く見える。
ヨナスが途中で手を止め、そちらを見上げた。
「鳥がいますね」
エレジも顔を上げたが、すぐには見つからなかった。彼が指で示した方へ目を向けると、尾根の上に小さな影がある。
「あれですか」
「はい。今、右へ回っているところです」
鳥は翼を広げたまま、ゆっくりと向きを変えていた。エレジは双眼鏡を取り、空へ向けた。目で見た時よりも姿が大きくなり、左右に広げた翼と、その間にある身体がはっきり分かった。
「大きいですね」
「猛禽ですね。少し見せてもらえますか」
エレジが渡すと、ヨナスはしばらく鳥を追った。空の上では、こちらの見ている間にも輪を描く位置が変わっている。翼を動かしたようには見えないのに、尾根からは少しずつ高く離れていた。
「羽ばたかなくても上がれるんですか」
「上へ流れる空気を使っているんです。自分で羽ばたき続けるより、力を使わずに飛べます」
ヨナスはそう答えて双眼鏡を返した。エレジがもう一度見ると、鳥は翼を少し傾け、山のこちら側へ回ってきた。
カイルも食事から顔を上げていた。エレジが双眼鏡を差し出すと、彼は受け取り、彼女が教えた方へ向けた。
「見えますか」
「ああ。よく見つけたな」
「ファルク大尉が教えてくれました」
ヨナスは空を見たまま、動くものが目に入ったのだと答えた。マティアスも目を細めて探していたが、鳥が向きを変えると、見つけたらしく顔を上げた。
「あれか。思ったより上でした」
「下に山が見えると、もっと近くにいるように感じますね」
エレジが言うと、彼も頷いた。カイルから双眼鏡を受け取り、今度は鳥が回る先を追っている。リヒターも肩越しに空を見てから、手元の食事を置いた。
「気持ちよさそうに飛ぶわね」
「俺たちは、ここまで歩いてきたんですけどね」
「あなたも、あそこまで上がりたいの?」
「上がったら戻るのが大変そうなので、見てるだけでいいです」
彼の返答にリヒターが笑った。エレジも笑ってから、また空へ目を戻した。自分たちが通ってきた道は林の中にあり、ここからではほとんど見えない。鳥はその上を、道の曲がり方には関係なく横切っていく。
大きく回っていた影が、今度は尾根に沿って進み始めた。マティアスが双眼鏡を下ろしたので、エレジも目で追った。遠くなるにつれて山肌と重なり、一度は見失ったが、尾根を越えたところでまた空に現れた。
「向こうへ行きますね」
「ああ」
カイルの声を聞きながら、エレジは影が見えなくなるまで追っていた。マティアスから双眼鏡を受け取ると、エレジは手元へ戻した。
「また、こういうところで見られますか」
「見られると思います。いつもいるとは限りませんけど」
「じゃあ、時々見ておきます」
食事へ目を戻すと、まだ半分ほど残っていた。エレジは続きを食べ、カイルも水を取った。軍曹が建物から出てくると、ヨナスは立ち上がり、今度は自分が記録を見てくると伝えた。
*
午後の確認を終えると、ヨナスは保存した記録を確かめてから機材を収めた。通信が途切れたのは一度だけで、その後は施設側とも話せていた。軍曹は帰ってから向こうの記録も出すと伝え、建物の鍵を閉めた。
荷物を分けて背負い、五人は来た道を戻った。エレジは前を歩く軍曹に続き、休憩した場所と、途中で狭くなったところを確かめる。ヨナスも枝の下を通り、今度は荷物を当てずに抜けられた。
林の切れたところでは、朝に見た道路がまた現れた。エレジはその位置を確かめてから、向かいの尾根へ目を向けた。鳥は見えなかったが、昼に飛んでいった方も、ここからなら追えそうだった。
分岐へ着くと、エレジは小屋へ戻る道を示した。朝は広い方へ目が向いたが、今は岩の位置からも、どちらを通ってきたかが分かった。
車両のあるところまで下りると、マティアスが先に荷室を開けた。エレジも荷物を渡し、水を取ってから道の入口へ目を戻した。上にいた時には小屋が見えず、ここへ来れば中継地点も見えない。それでも、木々の向こうへ続く道を、朝より詳しく思い浮かべられた。
「帰ったら、今日の分を合わせる」
カイルの声にエレジは頷いた。ヨナスと軍曹が持ち帰る記録を確かめ、リヒターも全員が揃ったことを見てから車両へ入った。
助手席へ座ると、エレジは地図を開いた。朝につけた印のそばへ、途中で確かめたことを書き足す。施設へ戻れば、通信が途切れた時刻も向こうの記録と合わせられる。
軍曹の車両が先に道路へ出ると、マティアスも続いた。エレジは曲がる場所を伝え、木々の間から空が見えた時には少し顔を上げた。あの鳥はもう見えなかったが、次に山へ入った時にも、道だけでなく空を見てみたいと思った。




