タンネック
出発する朝、エレジは鞄へ地形図を収め、机に残した資料を見直した。現地側から届いた返答を合わせたことで、車両を置く場所と、最初に向かう中継地点は決まっている。山へ入る道についても説明はあったが、地図で追った斜面がどのように見えるかは、まだ分からなかった。
玄関へ降りると、マティアスがヨナスとケースを運んでいた。今回は車両へ残すものと、背負って山へ持ち込むものを分けてある。ヨナスが最後のケースを渡すと、マティアスは荷室へ置き、ほかのものを動かさずに出せるか確かめた。
「これが最初に使う分ですね」
「はい。残りは施設で使います。全部を山へ運ぶ必要はないので」
「助かります。昨日見た時は、まだ増えるのかと思いました」
「増えた分もありますよ」
「分かってます。だから聞いたんです」
エレジも自分の鞄を置き、座席で使う地図だけを手元へ残した。リヒターが玄関から来ると、ヨナスは現地側へ出発の連絡を入れた。カイルが道路の状況に新しい変更がないことを確かめ、五人は車両へ乗り込んだ。
最初はマティアスが運転し、エレジが隣で経路を見た。施設から離れる道は知っているが、途中の分岐を過ぎると、林の間から見える山の向きも変わった。道路脇の日陰には雪が残り、日が当たる斜面には草と地面の色が広がっている。
「次の分岐は、川を渡ってからです」
「橋の後ですね」
「はい。右へ入ります」
マティアスが返すと、エレジは前方へ目を戻した。地図では道が川に沿っていたが、車窓からずっと水が見えるわけではない。林の切れたところで流れを見つけ、橋へ近づくと、対岸の道が斜面へ上がっているのも分かった。
分岐を曲がった後は、道路が山の裾に沿って続いた。リートハーフェンへ行った時のように畑が広く見えるところは少なく、家は道の脇や、少し下の平らな土地へまとまっている。エレジは通り過ぎた集落の位置を地図で確かめ、先にあるタンネックまで道を追った。
「中尉、町はもう近いんですか」
「この山の先です。道が回り込んでいるので、まだ見えません」
「じゃあ、見えてからは早そうですね」
後ろからヨナスが、通信施設は町へ入る手前にあると付け加えた。現地側が送ってきた案内には入口の写真もあり、エレジが資料を開くと、マティアスも道から目を離さずに、曲がる場所を教えてほしいと答えた。
道路の向こうに家が増え始める頃には、カイルが現地側へ到着の予定を伝えた。エレジは窓から見える建物と写真を見比べ、敷地へ続く道を示した。
「ここです。左の建物の先に入口があります」
車両が曲がると、門の内側で待っていた担当者が手を上げた。マティアスは案内された場所へ停め、五人は荷物を取る前に車両から降りた。
*
施設には低い建物がいくつか並び、奥には整備に使う車両が置かれていた。エレジは敷地の向こうにある斜面へ目を向けた。林の上に尾根が見えるが、地図にあった中継地点がそこなのかは、ここからでは分からない。
カイルが到着の挨拶をすると、担当者は五人を建物へ案内した。滞在に使う部屋と機材を広げられる場所は用意してあり、山へ向かう時には現地の整備担当も同行するという。
「まず記録を見ていただきたいので、整備の者を呼んであります。荷物はこちらへ置いてください」
ヨナスは施設で使うケースを机のそばへ置き、マティアスも残りを運んだ。エレジが地図を出していると、整備担当の軍曹が入ってきた。彼はカイルたちへ挨拶をし、ヨナスが所属と担当を伝えると、持ってきた記録を机へ並べた。
「こちらが、通信が途切れた時の記録です。点検した内容も一緒にしてあります」
「ありがとうございます。今も起きていますか」
「昨日もありました。ただ、確認に行った時には戻っていました」
軍曹は日付と時刻を示し、その時に施設側で分かったことを説明した。すべての地点が同時に使えなくなったわけではなく、復旧した後も、どこで何が起きたかを記録だけでは絞れていないという。
ヨナスは資料を読み、点検した時に測ったものと、施設で続けて残していたものを尋ねた。軍曹が別の紙を出すと、彼は二つを並べて同じ時刻を探した。
「現地へ行った時には、そのまま使えていたんですね」
「はい。こちらでも何度か見ています。故障しているものが分かれば交換できますが、今のところそこまで届いていません」
軍曹の声には、同じ点検を繰り返している疲れが少しあった。エレジは地図を広げたまま二人の話を聞いていた。山へ行けば原因が見つかるという単純な話ではなく、見に行った時には何も起きていないことが、調べにくさになっているらしかった。
ヨナスもすぐには作業の順番を決めず、現地で誰がどの地点を見ていたかを聞いた。軍曹は同行した者の記録もあると答え、必要なら話を聞けるようにすると伝えた。
「点検していた間の施設側の記録も見たいです。その時に使えていたことも合わせて残しておきたいので」
「分かりました。そちらも出します」
カイルは二人の話が区切れたところで、明日入る場所について尋ねた。軍曹は机の地図へ寄り、町から山へ続く道路を指で追った。
「最初はこちらをお願いしたいです。車両でここまで入って、その先は歩きます」
エレジは示された地点を見た。施設で受け取った地形図にも印をつけた場所で、道路の終わりから尾根へ上がる道が続いている。
「下を通る道もありますね。普段はどちらを使うんですか」
「機材を持つ時はこちらです。下の道からも行けますが、途中が狭く、荷物を持って通るには使いにくいところがあります」
軍曹は二つの道が分かれるところを示した。地図の上では下側の方が短く見えていたが、距離だけで選べるわけではなかった。エレジが普段使う道へ印をつけると、彼は冬の後に通った者からも話を聞いてあると付け加えた。
「今日は車両を置くところまで案内できます。その先も入口は見られますが、山へ上がるのは明日でよろしいですか」
「ああ。今日は経路と駐車場所を見たい」
カイルが答えると、マティアスも車両を停めた後に向きを変えられるか尋ねた。軍曹は作業車両が使っている場所だと答えたが、持ち込んだ車両でどこへ入るかは、実際に見て決めることになった。
リヒターは山から戻る場合の連絡先と、現地で受けられる支援を聞いた。軍曹が施設の担当者にも確認する間、ヨナスは明日持ち出す機材を選ぶため、記録へ目を戻した。
「俺も一緒に道を見ておきたいです。持って歩く分は決めていますが、途中で広げられる場所も知りたいので」
「ああ。五人で行こう」
エレジはカイルの返答を聞き、机へ広げていた地図を畳んだ。町へ着くまでに見た斜面と、今から通る道がどこでつながるかは、まだ紙の上でしか追えていない。軍曹が案内を用意する間に、車両で使う分を手元へ揃えた。
*
施設を出る前に食事と休憩を取り、五人は軍曹の車両に続いて山側の道へ入った。今度はカイルが運転し、エレジが助手席から分岐を確かめる。町の家並みはすぐに後ろへ隠れ、道の片側には林の斜面が続いていた。
道幅が狭くなると、前の車両も速度を落とした。途中には対向車を待てる場所があり、エレジはその位置も見ておいた。施設からの距離は長くないが、曲がり角の先が見えないため、戻る時にも同じ速さでは進めそうになかった。
「作業の車両も通るんですよね」
「ああ。向こうの予定と合わせる。ここで行き違うなら、待てるところを知っておきたいな」
カイルが答えると、マティアスも後ろから道路の端を見ていた。大きな車両がすれ違えるほどの幅はなく、停まる場所によっては機材を下ろす人も通りにくくなる。
軍曹の車両が広くなった場所へ入ると、カイルも続いて停めた。片側には資材を置く小屋があり、その先へ歩く道が伸びている。エレジが降りると、町で見たものより冷たい空気が頬へ当たった。
軍曹は車両を置く範囲を示し、小屋の前は空けておいてほしいと伝えた。マティアスは荷室へ回り、ケースを下ろす場所と、道路へ戻る時に使う空間を見ていた。
「ここなら、先に向きを変えて置けますね」
「そうだな。明日は作業の邪魔にならないところへ寄せよう」
カイルが返すと、ヨナスも車両から歩く道までの間を確かめた。荷物を背負う前に並べられる場所はあるが、小屋の入口を塞ぐわけにはいかない。軍曹へ使ってよい場所を尋ね、明日そこで持ち出すものを分けることにした。
リヒターは施設との連絡が通ることを確かめ、軍曹から道の途中にある分岐について聞いていた。戻る時には同じ道を使う予定だが、別の地点へ向かう道もあるため、初めて入る者には分かりにくいところがあるという。
エレジは道の入口で地形図を開いた。木々の間から斜面は見えるが、その先の尾根までは追えない。紙に描かれた線を見てから顔を上げると、思っていたより早いところで道が曲がっているのが分かった。
「ここから、ずっと登るんですか」
「初めはそうです。上がった先で、少し斜面に沿って歩きます。尾根へ出る手前に、荷物を下ろして休めるところがあります」
軍曹の説明を聞き、エレジはその場所を地図で示してもらった。途中の様子を知っている人がいると、距離だけを見ていた時より、どこで足を止められるかも考えられる。
ヨナスが隣へ来ると、彼女は地図を見せた。機材を持って歩くため、軍曹が使っている道を通ることと、途中で荷物を下ろせる場所を伝える。彼は中継地点の印から戻る方へ指を動かし、作業に使うものをどこまで背負うか考えていた。
「明日は、現地へ着いたら先に設備を見ますか」
「はい。ただ、着くまでの状態も残したいです。施設側で記録してもらう時間と合わせます」
「こちらも、どこを通ったか残しておきます」
「お願いします。俺が機材を見ている時に、周りを見てもらえると助かります」
エレジは頷き、地図を自分の方へ戻した。ヨナスが作業する場所へ着けば終わりではなく、そこまでの道と、作業している間に見えるものも、自分たちが持ち帰る情報になる。
軍曹が小屋の戸締まりを見ている間に、カイルが道の入口へ来た。エレジが地図を開いているのを見ると、隣から同じ斜面へ目を向けた。
「思ってた道と違うか」
「下からだと、尾根が見えると思ってました。木が多くて、ここからは見えませんね」
「上がれば見えるところもあるだろう」
「はい。さっき、途中で斜面に沿って歩くと聞きました。そこからどちら側が見えるのか、気になります」
カイルは彼女が示した道を追った。地図では斜面の向きも分かるが、林がどこまで続いているかは現地で見なければ分からない。今は中継地点を目指して歩く経路を確かめているが、エレジはその途中も見たいらしかった。
「明日、通りながら確かめよう」
「はい」
エレジは返事をしてから、もう一度道の先へ目を向けた。今日はここから戻るため、木々の向こうまで見に行くことはできない。それでも、入口を自分で見たことで、明日どこから歩き始めるかは分かった。
軍曹に呼ばれると、五人は車両へ戻った。エレジは助手席へ入り、畳んだ地図を膝へ置いた。カイルが車両を道路へ向ける間も、窓から道の入口が見えている。
明日はここで荷物を取り、あの道へ入る。曲がった先が見えなくなるまで目で追ってから、エレジは施設へ戻る経路を開いた。




