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エーデルベルグの雪 ──北部山岳任務録──  作者: 有凪いちほ
特殊情報収集班:任務

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次の場所/山岳


 朝食の片づけを終えると、エレジはカイルに渡されていた資料を持って作戦室へ向かった。リートハーフェンで使った地図は机に広げてあり、ヨナスも保存した記録を開いている。帰還した日には持ち帰ったものを揃えるところで仕事を区切ったが、今日は照会を続ける項目を五人で合わせることになっていた。


 マティアスが隣へ座ると、エレジは川沿いの道路が描かれた地図を寄せた。彼が移動に使った道と、自分たちが車両を見ていた区間には別の印がある。現地では窓から見える範囲を何度も確かめたため、紙へ目を戻しても、建物の陰へ入るところまで思い浮かべられた。


 リヒターとカイルも席につくと、ヨナスは今回の記録と以前の調査資料を並べた。


「新しい回答は届いてるんですか」


 マティアスが尋ねると、カイルはまだ揃っていないと答えた。現地側で確認を続けている出入りもあり、撤収中に接触した相手についても、所属や目的を班へ伝えられるところまでは分かっていない。


「観測していた活動と関係があるかも、まだ確認中だ。こちらから渡すものは渡してある。追加で聞かれたことがあれば、その時に答える」


「現場へ戻る予定はないんですね」


「ああ。今は向こうの担当に任せる」


 エレジはカイルの返答を聞き、手元の資料へ目を向けた。通路で見た相手の動きは自分でも覚えているが、その後に調べられることまで班で引き受けるわけではなかった。五人が持ち帰った記録を使って、現地で続きを確かめてもらえるようにしてある。


 ヨナスは以前の資料の一部を示し、今回見つかった識別情報について説明した。


「前に調べた時には、こちらの記録に残っていました。今回も同じ情報があるので、利用していた側を確かめてもらっています」


「前に探していた人が、今も使っているかもしれないんですか」


「その可能性はあります。ただ、その人が自分で使っていたものかも、前の調査では分かっていません」


 エレジは二つの記録を見比べた。ヨナスが見覚えのある情報だと話した時には、以前の調査へつながるものが見つかったのだと思っていた。それでも、同じものが残っていることと、同じ人へたどり着けることは違うらしかった。


「別の人へ渡っていることもあるんですね」


「はい。前から複数の人が使っていたかもしれません。まず、どこで使われていたかを合わせたいです」


「記録の管理者を探す方も続けるのか」


 カイルに聞かれ、ヨナスは頷いた。今回の記録を以前の資料と照合することは依頼してあり、その結果を受け取る先も決まっている。今ここで同じ資料を見続けても、利用者について新しく分かるわけではなかった。


「こちらで説明できるところは揃えました。回答が来たら、今回の観測と合わせて見ます」


「ああ。それまではこのまま残しておこう」


 エレジも自分の用紙を確かめた。通信の記録と近い時刻に車両が出入りしていても、それだけで関係があるとは書いていない。門を通ったものと、川沿いの道路で見えなくなったものも分けてあった。


 ヨナスが資料を閉じると、カイルは地図を机の中央へ寄せた。照会の回答を待つ間に、班で使った場所や交代についても、次へ残すところを合わせておきたいという。


     *


 マティアスは観測場所と滞在先の間を指で追った。行く前には距離から移動の時間を考えていたが、現地で道を通ると、貨物車両が曲がる間に待つ交差点があった。


「最初に五人で通れてよかったですね。夜の交代で初めて行ってたら、あそこで待つ分は入れてなかったと思います」


「階段を上がる時間も見ておいたでしょう」


 リヒターが言うと、彼は観測場所の建物へ指を移した。車両を停めてから部屋へ入るまでにも時間はかかる。到着の時刻だけを合わせていたら、窓の前で話を聞く時間が短くなっていたかもしれなかった。


「少佐が交代を早めてくれたので、部屋で聞いてから入れました」


「移動は予定どおりにいかないこともある。次も、引き継ぐ時間まで含めて組もう」


 エレジも夜の観測を思い出し、昼に見た車体の色が、門の照明へ入ると分かりにくくなったことを伝えた。同じ窓から見ていても、道路から近づく間に追える特徴は違っていた。


「門へ入った時刻は残せますけど、昼に見た車両と同じかは、色だけでは決められませんでした」


「番号が読めない時もありましたね」


「はい。次に同じような車両が来ても、前の続きとして見ないようにしていました」


 ヨナスは彼女の記録へ目を向けた。見えた特徴が少ない車両も、そのために抜かれているわけではない。分からなかったところが残っているので、ほかの記録と合わせる時にも、何を確かめたのかを追えた。


「こちらも時刻を合わせておけたので、後から参照しやすかったです。人が見ていたところと、機材で残したところを分けて確認できました」


「ファルクが休む時間も取れたな」


「はい。ずっと機材の前にいる必要はありませんでした」


 カイルは五人の予定を開いた。昼に確かめる仕事と夜の観測を分け、機材に残せる部分は任せていた。現地で変えた時刻も書き足してあり、次に似た仕事が来た時には、出発前の予定だけでなくこちらも見られるようにしておく。


 リヒターは持ち出した装備の一覧を見ながら、救護に使うものを分けて渡していたことも続けたいと話した。誰かが別のところで手を使っていても、ほかの者から出せるようにしておきたいという。


「機材も、途中で持つ人を変えられましたからね」


 マティアスがヨナスへ目を向けると、彼も頷いた。撤収した時には持ち手を離して相手へ対応し、その間にエレジがケースを運んでいた。誰が持っているものか分かっていたため、車両へ着いてからも不足を確かめられた。


「次も、担当する人だけが運べる積み方にはしません。接続を外した後に、ほかの人へ渡せるところまで整えておきます」


「積む方も見ておきます。出す順番だけじゃなくて、戻す場所も」


 カイルは二人の返答を聞き、次にも使う項目へ書き足した。通路での動きを初めから説明し直す必要はなかったが、その前に用意していたものがどう役立ったかは、ここで残しておける。


 エレジも自分が使った地図を揃えた。観測場所から見える区間を記したものは、現地側へ渡した資料と合わせて保存する。次の場所へ同じ印を持っていくわけではないが、どこまで見えるかを先に確かめたことは、次にも使いたかった。


     *


 リートハーフェンの資料を閉じると、カイルは別の地図を机へ置いた。エレジが端を押さえ、マティアスも向こう側を広げる。今度は川沿いの市街ではなく、山の間を通る道路と、そこから分かれる細い道が描かれていた。


「次の任務についても話しておく。タンネックの通信施設から、現地調査の依頼が来てる」


 ヨナスは施設の名前を確かめ、カイルが渡した資料を開いた。エレジも地図の中からタンネックを探した。班の施設から南側にある町だが、調べる場所はそこだけではなく、山へ入った先にも印がある。


「町の施設で作業するんですか」


「そこを拠点にする。対象は山側の中継地点だ」


 カイルの説明では、複数の地点で通信が途切れることがあるという。現地の担当者も設備を点検しているが、いつも同じ状態になるわけではなく、まだ原因を絞れていなかった。


 ヨナスは記録へ目を通してから、現地で保存されているものをもう少し見たいと伝えた。送られてきた資料には障害が起きた時刻もあるが、それぞれの地点でどこまで記録しているかは揃っていない。


「設備だけ見れば分かるものではないんですか」


 マティアスに聞かれ、彼は地図の印へ目を戻した。


「分かるかもしれません。ただ、点検した時には使えていたところもあるので、同じ確認をもう一度するだけでは足りないと思います」


「俺たちは、周りを見るんですね」


「はい。機材の状態と、その時に現地で何が起きていたかを合わせたいです」


 カイルはヨナスの説明に続け、現地の整備担当と一緒に調べることになると伝えた。班だけで設備を引き受けるのではなく、山へ入る経路と周辺の状況を確かめ、必要な場所で観測する。妨害を受けているという結論が出ているわけではなかった。


「原因が分からないから、現地を見る。何か見つけるために、先に不審なものを決めるな」


 エレジは頷き、町から中継地点へ続く道を追った。途中までは道路があるが、その先には細い線しかない。地図の縮尺を見直すと、車両で近づけたとしても、すべてを一度に回れる距離ではなかった。


「ここから先は歩くんですか」


「その予定だ。ただ、車両をどこまで入れられるかは確認を頼んでる」


「地図の道が、今も通れるか見たいです」


「現地側の返答と合わせて経路を決めよう」


 マティアスも同じ道を見ていた。車両を置ける場所があっても、向きを変えられるか、機材を下ろしてから移れるかは別に確かめたいという。リヒターはその先から人を戻す経路を見ながら、町の施設で受けられる支援について尋ねた。


 カイルは届いている内容を説明し、まだ分からないところを照会の項目へ加えた。ヨナスも設備の型式と現地で使う機材を確かめる必要があり、持ち込むものは返答を受けてから揃えることになった。


「出るのはいつですか」


「日程は向こうと調整してる。返答が揃ったところで、滞在する日数も決める」


「じゃあ、先に地図を見ておきます」


 エレジが答えると、カイルは机の端から詳しい地形図を取った。広い範囲を見るための地図とは別に、中継地点へ近づく道が載っている。彼女へ渡すと、ヨナスも設備の資料を手元へ寄せた。


「こちらも、届いている分から見ておきます」


「ああ。今日はそこまでにしよう。追加で確かめたいことがあれば、まとめてくれ」


 マティアスは車両に関する項目を書き留め、リヒターも支援先について聞くことを揃えた。エレジは二人が使っていた地図を中央へ戻し、自分が受け取ったものを開いた。


 中継地点の周りには等高線が続いていた。道路から離れた後にどちらの斜面を通るかで、登る距離も変わる。リートハーフェンでは建物に隠れるところを見ていたが、今度は山の向こうへ見えなくなる場所を、自分たちで通って確かめることになる。


「何か気になるか」


 カイルに尋ねられ、エレジは町から続く道を示した。


「ここです。途中で尾根の方へ上がってますけど、下を通る道もあります。どちらを使っているのか知りたいです」


「現地側にも聞こう。向こうで道を使ってる者の話があるといいな」


「はい。自分でも見たいです」


 カイルは彼女が地図へ目を戻すのを見ていた。使える道を確かめたいというだけでなく、まだ知らない場所へ入ることも楽しみにしているらしい。その声を聞くと、現地で見るための時間も予定へ入れておきたいと思った。


 エレジは尾根へ上がる道から、その先の中継地点まで指で追った。今は紙の上で高さや距離を確かめているが、行けばどちら側に山が見え、どこから町が見えなくなるかも分かる。ヨナスが隣で機材を使う場所について尋ねたので、彼女も地図を二人の間へ寄せ、どこまで近づけそうか一緒に見始めた。



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