撤収/襲撃
エレジが鞄へ地図を収めていると、廊下から部屋を出る音が聞こえた。時計を見れば、五人で集まる時刻が近い。机に残していた紙を取り、持ち帰るものと現地側へ渡すものを確かめてから部屋を出た。
記録を合わせる部屋には、ヨナスとマティアスが先に来ていた。机の端には機材を収めるケースが置かれ、ヨナスは中へ戻すものを一覧と合わせている。
「今夜、こちらも持っていくんですか」
「はい。最後に接続を外してから収めます。向こうで使っているものと、混ぜないようにしたいので」
エレジは自分が持つ鞄を隣へ置いた。観測用紙は途中まで整理してあり、今夜の分を加えれば持ち帰れる。マティアスも川沿いの場所で使った資料を揃え、現地側へ返すものを机へ出した。
カイルとリヒターが来ると、五人は新しく届いた回答を確認した。作業として説明できた出入りは増えたが、すべての用件が分かったわけではない。現地側でも確認を続けているものは、そのまま残して渡すことになった。
ヨナスの以前の調査についても、照合した結果はまだ揃っていなかった。
「帰ってから確認を続ける。今回の記録を参照できるよう、渡す先は決めてある」
カイルが伝えると、ヨナスは保存したものと照会の資料を示した。エレジも自分が残した車両の記録を確かめた。通信に見覚えのある情報があっても、どの出入りと関係するかは、今のところ分からない。
最後の観測は、これまでより早い時刻で終える予定だった。リヒターとマティアスが先に入り、エレジとカイルが後を引き継ぐ。終了に合わせて三人が機材を回収しに来るため、部屋を出る時には五人が揃う。
「川沿いの方は、現地側への返却も終わってる。今夜は東側だけだ」
カイルは終了後の順番を確かめ、ヨナスが接続を外す間に、ほかの四人で持ち出すものを揃えるよう伝えた。建物の担当者には鍵を返し、滞在先へ戻ってから最後の報告を合わせる。
エレジは予定へ目を通した。明日はここを離れるが、今夜も門へ来るものを見る仕事は残っている。持ち帰る準備を進めたからといって、最後の記録まで先に決められるわけではなかった。
*
後半の観測へ入った時には、門の前に待つ車両はいなかった。リヒターから直前の出入りを聞き、エレジは窓から現在の状態を確かめた。
「最後に出た車両は、番号まで残してあるわ。入った時の記録とは、まだ合わせてない」
「分かりました。先に今見えるものを残します」
リヒターが席を離れると、エレジは手元へ時刻を書いた。隣ではカイルが道路側を引き継ぎ、マティアスが最後に確認した区間を見ている。
二人が帰った後にも、車両は門へ来た。エレジは番号と特徴を残し、カイルが道路から追った内容を加えた。用件の分からない入場もあったが、予定と離れた時刻だったというだけでは、不審なものとは決められない。
終了が近づいた頃、リヒターたちが戻ってきた。ヨナスは机へケースを置き、記録が保存されていることを確かめる。マティアスは使わなくなった機材から収め、リヒターは借りたものを元の場所へ戻した。
カイルが現地側へ終了を伝える間、エレジは門を見続けていた。敷地の外に停まっている車両はなく、そばの小さな建物には明かりがついている。
「門は閉じています。手前にも人はいません」
「ああ。そこまで残してくれ」
エレジは終了した時刻を書き、双眼鏡を下ろした。窓際から離れると、ヨナスが接続を外した機材をマティアスへ渡している。
机に紙が残っていないことを確かめ、持ち帰る記録を鞄へ収めた。椅子を戻してから部屋を見直すと、初日に入った時と同じように、窓の前が空いていた。
階段を下り、下階にいた担当者へ鍵を返した。カイルが使用を終えたことを伝え、五人は車両を置いた敷地へ出た。
*
外へ出ると、道路を通る車両の音が建物の壁へ反響していた。入口の灯りは背後にあり、駐車場所へ続く通路は、その先ほど暗くなる。
エレジは鞄を肩へ掛け直し、前を歩くマティアスの少し後ろへ続いた。リヒターはヨナスとケースを持ち、カイルが建物の扉から離れたところで、通路の向こうに人が見えた。
一人は車両へ向かう道の中央に立ち、もう一人は壁のそばにいた。敷地で作業している人かと思ったが、こちらが近づいても道を空けず、中央の男が手を上げた。
「そこで止まれ」
カイルが歩みを止めると、ほかの四人も位置を保った。エレジは男の手元へ目を向けた。腕を上げた方とは別の手に、短い棒のようなものがある。壁際の男も、上着の前へ手を入れていた。
「何の用だ」
「荷物を置け。全員、そのまま動くな」
カイルは男だけでなく、駐車場所へ続く道も見ていた。車両までは遠くないが、その間を二人が塞いでいる。建物へ戻る方を確かめると、入口の脇から別の人影が出てきた。
エレジにも、そちらの男が刃物を持っているのが見えた。さらに奥にもう一人いる。誰がどこから来たのか、建物を出た時点では分からなかった。
「ファルク、連絡しろ」
「はい」
ヨナスがケースの持ち手をリヒターへ渡し、通信機へ手を伸ばした。壁際の男はその動きを見て、上着から拳銃を出した。
「触るな」
カイルはエレジたちへ下がるよう示し、建物の角へ位置を変えた。エレジもそこへ動きながら、入口側の男を見ていた。こちらが戻ろうとする道へ入り、刃物を下げたまま近づいてくる。
「通路を空けろ。こちらは離れる」
カイルの言葉に、中央の男は応じなかった。棒を持ち直し、マティアスの方へ進んだ。拳銃を持った男も、壁から離れてこちらを追おうとしている。
カイルは四人の位置を見てから、駐車場所の方へ顔を向けた。
「車両へ抜ける。止まるな」
エレジは左腰へ手を伸ばした。上着の裾の下に、革の鞘がある。いつも収まりを確かめていた柄へ指が届くと、入口側の男がヨナスへ距離を詰めていた。
*
リヒターはケースを地面へ置き、壁際の男が角を回るより先に動いた。拳銃を持つ腕がこちらへ向いたところで、二人の距離がなくなる。
その横を通ろうとした中央の男へ、マティアスが入った。棒が振られた場所から外れ、相手が次の動きを取る前に身体をぶつける。男が壁へ寄ったことで、駐車場所へ続く通路が一度空いた。
「前、通れます」
マティアスの声を聞き、ヨナスは現地側へ場所と接触を伝えた。エレジは入口側へ注意を残していた。刃物を持った男が通信機へ手を伸ばし、ヨナスの移動を止めようとしている。
「こちら、引き取ります」
エレジが間へ入ると、男は彼女へ向きを変えた。ヨナスが後ろを通る間隔では、銃を構えるより先に接触する。エレジは鞘からナイフを抜き、相手が近づく方へ身体を向けた。
男の腕が伸びてきたが、エレジはそこで力を受け止めなかった。相手がこちらを止めようとした位置から外れると、男も向きを変えて追ってくる。刃物の位置は見えていた。近くにある腕だけを見ず、ヨナスが抜ける側も残して動いた。
男がもう一度手を伸ばしたところで、エレジの刃がその腕へ触れた。相手の手が引かれ、足も止まる。エレジはそこへ続けて入らず、開いた間隔から離れた。
「ファルク大尉、行けます」
ヨナスがケースを取ると、入口の奥にいた男も動いた。エレジがそちらへ向こうとする前に、カイルの声が届いた。
「ヴァイス、前へ。そっちは俺が見る」
エレジは相手を追わず、駐車場所へ向きを変えた。背後ではカイルが男の進路へ入り、こちらへ来る動きを止めている。
リヒターも拳銃を持った男から離れた。男は壁際へ崩れ、武器はその手から落ちている。マティアスは通路の先へ移り、車両の周りに人がいないことを確かめた。
エレジがその後へ続くと、ヨナスの横へ中央の男が戻ってきた。棒は持っていないが、ケースの持ち手へ手を掛けている。ヨナスは引き合わず、一度持ち手を離した。
エレジは下がりかけたケースを右手で受け、ナイフを持つ左手をケースから遠ざけて車両の方へ運んだ。その間にヨナスは男の腕を外し、追ってくる身体を通路の端へ押し戻した。
「機材、こちらにあります」
「お願いします」
ヨナスが離れると、リヒターがその後ろを引き取った。カイルも入口側から戻り、五人が通路を抜けるところを見ていた。
壁際の男が落とした拳銃へ手を伸ばしたため、カイルは拳銃を抜き、銃口をそちらへ向けた。
「手を離せ」
男が動きを止めた間に、リヒターとヨナスも車両へ着いた。エレジはケースを荷室へ収め、自分の鞄もその横へ入れた。
「積みました」
「乗れ」
マティアスはすでに運転席へ入っていた。リヒターが車両の後方を確かめ、ヨナスに続いて乗り込む。エレジも刃を人へ向けないよう下げたまま席へ入り、扉を閉めた。
カイルが最後に助手席へ乗ると、マティアスは車両を出した。敷地の出口は塞がれておらず、道路へ入った後も、後ろから出てくる車両は見えなかった。
*
ヨナスは現地側への連絡を続けていた。接触した場所と、武器を持つ相手がいたことを伝え、班は現場を離れたと報告する。
エレジは握っていたナイフへ目を落とした。刃には血がついている。隣のリヒターがそれを見て、鞄から取り出した布を渡した。
「まず収められるようにしましょう。手は切ってない?」
「はい。自分の手には当たっていません」
エレジは刃を拭い、鞘へ戻した。柄から指を離すと、握っていたところに力が残っていることが分かった。指を開き、左腰に収まったことを確かめてから、前へ目を向けた。
カイルはマティアスに進む道を伝え、現地側からの返答も聞いていた。敷地へ向かう人員は出たが、こちらが戻る必要はないという。
「そのまま滞在先へ戻る。負傷の確認を先にする」
エレジは了承した。男の腕へ刃が触れた時のことは覚えているが、その後にどこまで動けたかは見ていない。追わずに離れたため、分かるのは自分が対応したところまでだった。
リヒターはヨナスにも、引かれた腕が痛まないか尋ねた。彼は動かして確かめ、今は痛みがないと答えた。マティアスも運転を続けながら、壁へ寄せた時に腕が擦れた程度だと伝えた。
前の席でカイルがこちらを振り返った。
「ヴァイス」
「はい」
「戻ってから、肩も見てもらえ。鞄を引かれてた」
エレジは右肩へ手を添えた。入口側の男が手を伸ばした時、自分の鞄にも触れていた。今は痛まないが、動いている間には気づかなかったところがある。
「分かりました」
カイルは返答を聞いて前へ戻った。エレジも肩から手を下ろし、ヨナスが続ける報告を聞いていた。
*
滞在先へ着くと、現地の担当者が車両のそばへ来た。五人が揃っていることを確認され、カイルは相手の調査より先に、こちらの状態を見てもらいたいと伝えた。
機材と記録は室内へ運び、ヨナスがケースを開けた。エレジも観測用紙の入った鞄を置き、リヒターが用意した場所へ座った。
右肩を動かしても、強い痛みはなかった。上着を脱いで腕と手を見せると、リヒターは皮膚に傷がないことを確かめ、首や背中にも違和感がないか尋ねた。
「今は大丈夫です。肩は、触ると少し気になります」
「腫れは見えないわね。痛みが増えたり、動かしにくくなったら、すぐ言って」
「はい」
マティアスの腕には浅い擦り傷があり、リヒターが洗って処置した。ヨナスにも傷は見つからず、カイルは指の関節を少し擦っていた。手を差し出して処置を受ける間も、現地側から聞かれたことへ答えている。
相手が何人いたか、最初にどこへ立っていたか、どんな言葉を使ったか。五人はそれぞれが見た範囲を伝えた。荷物を置くよう言われたことは残したが、機材を奪うためだったのか、その場へ止めるためだったのかは分からない。
エレジも刃物を持った男への対応を説明した。自分がナイフを使い、腕へ刃が触れたことも伝える。現場へ向かった担当者が相手の状態を確認することになり、班にはここで待つよう返答があった。
ヨナスが記録を確認し、持ち帰った機材に不足がないと伝えた。観測用紙も揃っている。カイルはその内容を報告へ加え、今夜の接触と観測の成果をそれぞれ渡した。
確認を終える頃には、エレジの喉も渇いていた。机の水を取って飲むと、ケースを閉じたマティアスが向かいへ座った。
「中尉、持ち手を受けてもらえて助かりました」
「落ちそうだったので」
ヨナスの言葉へ答えると、マティアスも荷室まで運ばれていたケースを見た。
「積む時、もう一つ来ると思って空けてました」
「こちらも、その場所が空いていて助かりました」
エレジが返すと、彼は頷いて水を飲んだ。今夜はそれ以上軽口を続けず、リヒターに処置された腕を机の端へ置いていた。
*
現地側との確認が区切られると、カイルは五人へ、帰還に使う装備だけを整えてから休むよう伝えた。出発する時刻については、現場の確認が進んだところで、改めて現地側と合わせることになった。
エレジはナイフの手入れを済ませ、革の鞘へ戻した。刃を拭った時とは違い、今度は明るいところで状態を確かめられる。リヒターに見てもらってから収めると、彼女は頷き、使った道具を片づけた。
ほかの三人が部屋を出た後、エレジは鞄へ地図を戻した。カイルは送った報告を閉じ、彼女が持つものを揃えるまで待っていた。
「肩はどうだ」
「さっきと同じです。動かしても痛くはありません」
「ああ。明日起きた時にも確かめろ」
「はい」
エレジは鞄を置き直し、彼の手へ目を向けた。指の関節には処置した跡がある。
「少佐の手は?」
「物を持つのに支障はない」
「でも、傷はありますよね」
エレジは近くへ寄った。手を取ろうとしてから、触ると痛む場所があるかもしれないと思い、指先を止めた。
カイルはその手を自分から取った。擦ったところへ当たらないよう持ち直すと、エレジも握り返した。
「今、何か気になることはあるか」
「相手のことは気になります。でも、ここで考えても分からないですよね」
「ああ。確認は現地側へ渡した」
「身体は、今は大丈夫です」
エレジはそう答えてから、握られた手へ目を落とした。部屋の中で彼と話していると、通路で動いていた時より、今夜起きたことを順に思い返せる。
「道が空いた時、すぐ行こうと思いました。ファルク大尉も通れたので」
「見えてた。俺の方からも、お前が前へ出たのは確認できた」
カイルは、彼女が戦ったことより、必要なところで離れたことを先に思い出していた。相手へ注意を向けながらも、班が動けるところへ戻っていた。それを見ていたから、自分も入口側の相手を引き取れた。
「こちらへ任せて動いてくれてよかった」
「少佐が見ると言ってくれたので」
「ああ」
カイルは返事をした後も手を離さなかった。報告では彼女が動けていたことも、負傷の確認を終えたことも残したが、今はその声を近くで聞き、自分でも無事を確かめていたかった。
「少し、抱きしめてもいいか」
「はい」
カイルが腕を回すと、エレジも鞄から手を離し、彼へ身体を寄せた。肩へ強く力がかからないよう抱かれていることが分かり、胸元へ頬を預けた。
通路では、誰が次の相手を見るかを伝え、返答を聞いて動いていた。今は何かを引き取る必要がなく、彼の上着へ手を置いたままでいられる。
「少佐も、戻ってきてよかったです」
「ああ。五人で戻れた」
「はい」
カイルは少し腕を緩め、彼女の顔を見た。まだ話したいことがあるなら聞くつもりだったが、エレジは離れずにそばへ残っている。
「部屋まで一緒に行くか」
「お願いします」
彼が鞄を取ろうとすると、エレジは自分で持てると伝えた。カイルは頷き、隣へ並んで廊下へ出た。
自室の前で別れる時、エレジは彼の手をもう一度見た。明日起きたら、肩のことだけでなく、彼の手の状態も聞こうと思った。
「おやすみなさい」
「ああ。何かあったら呼べ」
エレジは頷いて部屋へ入った。持ち帰る鞄を置き、身につけていたナイフを鞘ごと外す。収まっていることを確かめ、ほかの装備と一緒に置いた。
着替えて横になると、通路で相手が近づいたところが浮かんだ。それでも、その先には車両へ乗ったことも、五人で記録を確かめたこともある。
エレジは掛け物を直し、右肩に痛みが増えていないことを確かめた。最後にカイルが抱きしめてくれた時の重さを思い出すと、今はここで休めるのだと分かり、目を閉じた。




