川沿いの時間
観測を終えて滞在先へ戻ると、エレジはカイルと記録を合わせる部屋へ入った。ヨナスは機材から取り出したものを保存しており、二人が戻ったことを確かめてから、机の上を空けた。
エレジは持ち帰った紙を置き、番号を読めた車両と、途中までしか確認できなかったものを分けた。門の前で停まっていた時間も残してあるが、そばへ出てきた人とのやり取りは、今夜も分からないままだった。
「照会する分は、こちらへ置いておきます」
「ああ。細かく合わせるのは、起きてからにしよう」
カイルは終了した時刻を確認し、ヨナスにも作業を区切るよう伝えた。以前の資料については、まだ新しい返答がないという。
エレジは自分が使った地図を鞄へ戻した。気になるところをもう一度読めば、ほかにも聞きたいことは出てきそうだった。ただ、今は昨夜見たものを渡せている。カイルと食事を取り、午後に集まる時刻を確かめてから自室へ戻った。
*
目を覚まして部屋を出ると、廊下には昼の明るさが残っていた。エレジは顔を洗ってから資料を取り、五人で使っている部屋へ向かった。
机には、現地側から届いた回答が並んでいた。昨夜まで用件を確認できていなかった車両のうち、一台は荷物を受け取るために来たものだと分かったという。管理側が残した番号と、こちらから読めた部分も一致していた。
「この一台は、作業の記録と合わせられる。残っているものは、確認を続けてもらう」
カイルが示したところへ、エレジは回答の内容を書き足した。二日続けて近い時間帯に入った車両については、まだ説明が揃っていない。時刻は似ているが、車両の特徴は違っていた。
「今夜も、この時間は見るんですね」
「ああ。前後も含めて残す。ただ、同じ時刻に来るものだけを待つな」
「はい」
リヒターも川沿いの道路で見た内容を示した。北側へ続く道は夜も使われているが、その先でどこへ入ったかは見えない。現地側へ渡す時にも、門を通った車両の記録とは分けることになった。
ヨナスの照会については、以前の調査資料を確認しているという返答が来ていた。今回の識別情報と合わせた結果は、まだ届いていない。
「任務中に全部揃うとは限らない。帰ってからも確認できるようにしておく」
カイルが伝えると、ヨナスは今回の記録を保存した場所と、照会に使った資料を示した。ほかの四人も、何を待っているかは同じ紙で確かめられる。
エレジは自分の記録へ目を戻した。ここへ来た日に比べれば、作業として説明できる出入りは増えている。用件の分からないものについても、いつ、どの門から、どんな車両が入ったかを渡せるようになっていた。
カイルは今夜の担当を確かめ、明日の観測を終えた後に回収する機材についてもヨナスへ尋ねた。持ち帰るものと、現地側へ渡すものを先に分けておけば、最後に慌てて揃える必要はない。
話が終わると、マティアスは自分が持つ資料を鞄へ収めた。リヒターも出発までの時間を見てから席を立ち、ヨナスは端末の表示を閉じた。
エレジが机へ残す紙を揃えていると、カイルが隣から声をかけた。
「少し出るか」
「どこへですか」
「市街の川沿いだ。来る時に、歩けるか聞いてただろう」
エレジは紙から顔を上げた。今夜も後半の担当だが、出発まではまだ時間がある。予定表を見ようとすると、カイルが先に戻る時刻を示した。
「夕食までには戻る。その後も休める」
「行きたいです」
返答を聞くと、カイルは頷き、リヒターへ行き先と帰着の予定を伝えた。現地側にも市街で車両を置ける場所を確かめ、出ている間に連絡が必要なら呼んでもらうことにした。
エレジは資料を置き、自室へ上着を取りに戻った。机の本はまだ開いていなかったが、今日はその続きを読むより、川のそばへ行きたかった。
*
市街へ入ると、倉庫の続いていた道路から、店と住宅のある通りへ変わった。カイルが案内された場所へ車両を停め、エレジも鞄から必要なものだけを持って降りた。
歩道には買い物をしている人がおり、店の前で立ち止まると、後ろから来る人へ道を空ける必要があった。エレジはカイルと並び、到着した日に通った方を確かめた。
「あの辺りだったと思います。パンが見えた店は」
「橋より手前か」
「はい。角を曲がる前に見えたので」
車内から看板を読めなかった店も、歩いて近づけば、窓の上に書かれた名前を確かめられた。エレジはそこで足を止め、カイルへ顔を向けた。
「ここです」
「ああ。入ってみるか」
扉を開けると、焼いたパンの匂いがした。棚には大きなものを切り分けたパンと、小さな丸いものが並んでいる。エレジは窓際に置かれたものを見てから、店の奥にある棚も確かめた。
カイルはほかの客が通れる場所へ少し寄り、彼女が選ぶ間もそばにいた。エレジが一つを指して中に何が入っているか尋ねると、店の人は果物を煮たものだと説明した。
「それにします。少佐は?」
「こっちの、小さい方にする」
「甘いものじゃなくていいんですか」
「ああ。お前のを少しもらえばいい」
エレジは彼を見てから、自分が選んだパンへ目を戻した。一人で全部食べるつもりだったが、分けるなら、もう一つ気になっていたものも選べそうだった。
「じゃあ、こちらも買っていいですか。少しずつ食べたいので」
「いいぞ」
持ち帰る分も選ぶと、店の人が別の袋へ入れてくれた。マティアスが気にしていた店だと話すと、カイルも大きさを見て、五人で分けられるものを加えた。
店を出て川の方へ向かう途中、エレジは手にした袋の中をもう一度見た。車で通った時には、何の店か確かめるだけで終わっていた。今は自分で選んだものを持ち、歩きたかった道へ向かっている。
「マティアス、店の名前も聞きそうですね」
「覚えてるか」
「はい。今度は読めました」
カイルが少し笑うと、エレジも袋を持ち直した。
*
川沿いの道へ出ると、建物の間を歩いていた時より風が通った。水面の向こうには家が並び、橋を渡る車両も見える。岸の道には、二人と同じように歩いている人や、ベンチへ座って話す人がいた。
エレジは手すりのそばへ寄り、川の流れる方を見た。観測場所から見ていた岸には作業用の建物が続いていたが、ここでは木の下を通りながら水面を眺められる。
「あちらから見た川と、同じなんですよね」
「上流と下流で使い方も違うからな」
「こちらは、家のすぐ前まで歩ける道があるんですね」
向こう岸の建物を示すと、カイルも同じ方へ顔を向けた。窓の下には細い道が続き、人が一人、橋の方へ歩いている。
エレジはその人を目で追いかけそうになり、途中で水面へ視線を戻した。今は通った時刻も、どこで見えなくなったかも残さなくてよい。川の幅や、岸に並ぶ建物を、自分が見たい順に眺めていられた。
カイルは近くを通る人へ目を向けてから、道の先を確かめた。エレジも人とすれ違う時には手すりから離れ、二人が並べる幅へ戻った。
少し歩くと、木のそばに空いているベンチがあった。カイルが腰を下ろすかと尋ねたので、エレジは頷き、彼と隣り合って座った。
袋を開けてパンを出すと、果物の入ったものは思っていたより柔らかかった。エレジは包んである紙の上で二つに分け、片方をカイルへ渡した。
「少し崩れました」
「食べられる」
「そちらの方が大きいかもしれません」
「替えるか」
「いえ、そのままでいいです」
カイルが受け取って食べると、エレジも自分の分を口へ運んだ。中の果物には酸味があり、表面についている甘いところと一緒に食べるとおいしかった。
彼が選んだパンも分けてもらい、二つの味を確かめているうちに、袋の中は少し軽くなった。持ち帰る方はまだ包んだままで、エレジはそれを鞄へ収めた。
「誘ってもらえて、嬉しかったです」
カイルは手元の紙を畳んでから、彼女へ顔を向けた。
「来たかったんだろう」
「はい。でも、少佐から言ってくれたので」
エレジは膝の上へ手を置いた。川沿いに出られたことも嬉しいが、彼がこちらの言葉を覚え、自分から一緒に行こうと考えてくれたことを伝えたかった。
カイルは彼女の手へ自分の手を重ねた。エレジが顔を上げると、その指を取り、握り返せるよう手のひらを向けた。
「俺も、一緒に来たかった」
エレジは彼の指へ力を返した。任務の予定が空いていたから連れてきてくれただけではなく、彼もこの時間を過ごしたかったのだと分かると、握られている手を少し持ち直した。
「それなら、よかったです」
「ああ」
カイルは彼女が笑ったことを確かめ、川へ目を戻した。エレジも同じ方を見たが、手は離さなかった。
しばらくは、橋を通る車両と水面を見ながら座っていた。向こう岸の窓に日が当たっていることをエレジが話すと、カイルもどの建物かを確かめた。観測の時とは違い、指したものを二人でゆっくり見てから、また別のところへ目を向けられた。
エレジはもう少しこのままでいたかったが、帰ってから休む時間も残しておきたい。時計を見て彼へ顔を向けると、カイルもそろそろ戻るかと尋ねた。
「はい。また歩きながら戻りたいです」
「来た道でいいか」
「はい。店の前も、もう一度見たいので」
カイルは握っていた手を離して立ち、エレジが鞄を持つのを待った。二人で道へ戻ると、今度は橋を背にして歩いた。
*
滞在先へ戻ると、マティアスは持ち帰った袋を見て、店へ行ったのかと尋ねた。
「はい。川沿いも歩いてきました」
「どうでした?」
「窓から見えたもの以外にも、いろいろありました。これは皆で分けられるものです」
エレジが袋を机へ置くと、彼は中を確かめてから、店の場所と名前を聞いた。通りの角と橋の位置を説明すると、到着した日に聞いたところだと思い出したらしかった。
「やっぱり、あそこで合ってたんですね」
「はい。今度は名前も読めました」
「ありがとうございます。夜に戻ってから食べようかな」
リヒターも袋を見て、受け取ったものを置いておける場所を確かめた。ヨナスは夕食の後に少し食べると言い、マティアスもそれなら自分もと答えた。
カイルは帰着したことを現地側へ伝え、出ている間に急ぐ連絡がなかったことを確認した。今夜の予定は変わっておらず、リヒターとマティアスが先に観測へ出る。
夕食を終えると、エレジも後半の担当に備えて自室へ戻った。持ち帰ったパンのうち、自分が後で食べる分は包んだまま机へ置いた。今は本を開かずに上着を脱ぎ、次に起きる時刻を確かめてから横になった。
目を閉じると、ベンチでカイルに取られた手の感覚が残っていた。自分からお願いしなくても、彼が一緒に来たかったと言ってくれた。その言葉を思い返しているうちに、外を通る車両の音も遠くなった。
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夜の観測では、前半に残された記録を受け取ってから、エレジは門へ向いた。リヒターとマティアスが部屋を出ると、カイルも道路側の状況を確かめた。
これまで作業を確認できていない出入りと近い時間帯に、車両が一台来た。番号は読めたが、前に見たものとは違っている。エレジは特徴と停まった位置を残し、人がそばへ出てきてから門が開くまでを見届けた。
「時間帯は近いです。番号は別ですね」
「ああ。今夜の作業も確認してもらう」
カイルの返答を聞くと、エレジは前の記録へ合わせず、今見た車両の欄を作った。その後も二人で見る範囲を交代し、出入りが途切れたところで順に休んだ。
空が明るくなる頃には、門の前を歩く人の姿も確かめやすくなった。エレジは最後の状態を書き、カイルが終了を伝えてから機材を収めた。
滞在先へ戻ると二人は記録を渡し、食事の後に今夜の観測を終えた後の予定を確かめた。最後の観測を終えたら、使った場所から機材を回収する。現地側へ残す資料もあるため、持ち帰るものとは分けておくことになった。
「起きてから、自分が持つ分を確認してくれ。今は休んでいい」
「はい。地図もその時に揃えます」
カイルが頷くと、エレジは鞄を持って部屋を出た。廊下の途中まで一緒に歩き、それぞれの部屋へ向かうところで彼へ顔を向けた。
「昨日は、ありがとうございました」
「川の方か」
「はい。一緒に行けてよかったです」
「俺もだ。おやすみ」
エレジも挨拶を返し、自室へ入った。
机には、昨夕置いたパンが包んだまま残っていた。起きてから食べることにして、鞄を下ろし、カーテンを閉めた。
ベッドへ横になると、窓越しではなく、カイルの隣で見た川を思い出した。向こう岸の建物も、二人で分けたパンの味も覚えている。彼が握ってくれた方の手を掛け物の中へ入れると、エレジは次に起きる時刻を気にし続けず、そのまま目を閉じた。




