見覚えのある記録
エレジが記録を合わせる部屋へ入ると、ヨナスは端末の前に座っていた。昨夜の観測用紙も机へ広げてあるが、見ているのは車両が出入りした時刻の欄ではなかった。
カイルは向かいで現地側からの返答を読んでいた。エレジが自分の資料を取ると、ヨナスが端末から顔を上げた。
「少佐、先に一つ報告してもいいですか」
「何だ」
「通信の記録に、以前の調査で見たものがありました」
カイルは読んでいた資料を机へ置いた。エレジも紙を揃える手を止めたが、ヨナスはすぐに画面をこちらへ向けず、まず何を見つけたかを説明した。
「通信先を区別する識別情報です。使われた時間を整理していて、同じものが残っていることに気づきました」
「以前というのは、ここへ来る前か」
「はい。別の調査です。その時の資料を今持っているわけではないので、照合を頼みたいです」
カイルは報告するために必要なものを尋ねた。ヨナスは該当する部分を抜き出してあり、今回どこで得た記録かも示せるという。
「リヒターとロートも呼ぼう。その調査について、ここで話せるか」
「概要なら。詳しい資料は、確認してからになります」
カイルが二人へ連絡すると、ヨナスは画面の表示を整えた。エレジは自分の資料を机の端へ寄せ、彼が話す内容を聞くために椅子へ座った。
*
五人が揃うと、ヨナスは昨夜の記録に残っていた箇所を示した。エレジには、並んでいる文字や数字だけを見ても、ほかのものとどう違うかは分からなかった。
「以前、所在の分からない記録の管理者を調べたことがあります。その調査で確認した通信先の一つに、これがありました」
「管理者って、何を管理してたんですか」
マティアスが尋ねると、ヨナスは少し考えてから答えた。
「複数の関係先へ渡される記録です。詳しい内容は、俺が調べた範囲にはありませんでした」
「その人を探す仕事だったんですか」
「直接探していた担当は別です。俺は残っていた通信の記録から、どこへ連絡していたかを調べていました」
エレジは画面からヨナスへ目を戻した。今の班でも彼は、見えている動きと通信の記録を合わせている。その前にも、所在の分からない人について、残されたものから調べる仕事をしていたらしかった。
「その管理者は、見つかったんですか」
「俺が関わっている間には、見つかりませんでした。調査を渡した後の結果までは、確認していません」
ヨナスはそこで言葉を切った。見つからなかったとだけ答えれば、今も所在不明だと受け取られるかもしれない。自分が知っているのは、引き継ぐまでの状況だった。
カイルは今回の記録へ指を置いた。
「これは、その管理者が使っていたものか」
「そうとは言えません。その調査で出てきた通信先です。管理者本人を示すものではありません」
「今も同じ相手が使ってるかは?」
リヒターが聞くと、ヨナスはそちらへ顔を向けた。
「そこも確認が必要です。以前と同じ情報が残っていても、利用者が変わっている可能性はあります」
カイルはその説明を聞いて、今回の記録をどう渡すかを確かめた。以前の資料との照合と、その後に判明したことがあるかを問い合わせる。今の班で参照できる範囲も、報告先を通して確認することになった。
「俺から照会する。以前の調査を特定できる情報を出してくれ」
「はい」
「今の記録は、そのまま残しておけ。該当する部分だけでなく、前後も必要になるかもしれない」
ヨナスはすでに元の記録を保存してあると答えた。気づいた部分を取り出しても、それを見つけるまでに取ったものを消してはいなかった。
エレジは昨夜の観測用紙を開いた。通信が残った時刻には、門の前に車両がいたところも、出入りのなかったところもある。
「車両と関係があるかは、まだ分からないんですよね」
「はい。今見つけたものだけでは、どの動きに対応するかは決められません」
「では、車両の記録は今までどおり残します」
「ああ。今夜の観測も、予定した範囲で続ける」
カイルは五人へそう伝えた。識別情報に見覚えがあることは報告するが、そのために対象へ近づいたり、行き先を追ったりする任務へ変わったわけではない。
ヨナスも、今夜は同じものがまた記録に残るかを確認したいと話した。カイルは必要な作業時間を聞き、休む時間を含めて予定へ加えた。
*
話が終わると、カイルはヨナスがまとめる照会の資料を待つ間に、現地側からの回答をほかの三人へ渡した。
昨夜まで作業を確認できなかった車両のうち、一台は別の担当が受け入れていたことが分かった。時刻と番号も合っている。ただ、そのほかは回答が揃っていない。
エレジは新しく分かった内容を書き足した。記録にないと思っていた出入りも、別のところに残されていれば説明できる。一方で、ヨナスが見つけた情報は、今の作業予定を確認するだけでは分からないものだった。
「少佐、照会は同じ報告に入れるんですか」
「関連する資料として出す。ただ、車両の用件を確認する方とは分ける。返答を待って、両方を合わせる必要があるか判断する」
エレジは頷いた。いくつかの記録が同じ机へ並んでいても、すぐに一つの説明へまとめる必要はなかった。自分が見たものはそのまま残し、ほかの資料から分かったことを後で加えられる。
リヒターは夜の交代を確かめた。今夜は先の時間に川沿いの場所を使い、後半は東側へ入る。二か所を同時に見続けるのではなく、これまで記録の少ない時間を分けて確認することになっていた。
「川沿いは、暗くなってから使うのは初めてね」
「ああ。昼と同じ範囲が見えるとは限らない。使えなければ連絡してくれ」
「分かった。着いてから確かめるわ」
マティアスも現地で通った経路を見直した。エレジは後半に使う東側の記録を揃え、二人が川沿いで確認した内容も引き継げるよう、用紙を分けておいた。
*
エレジが資料を戻していると、ヨナスが照会に使うものをカイルへ渡した。カイルは内容を読み、以前の調査について確認する項目を加えてから、報告先へ送った。
「送った。返答が来たら知らせる」
「お願いします」
ヨナスは端末を閉じたが、すぐには席を立たなかった。エレジが隣の椅子から鞄を取ると、彼は机に残した観測用紙へ目を向けた。
「何か、まだ確認することがありますか」
「今ここでできることは終わっています。ただ、以前の資料をもう一度見たいとは思ってます」
「覚えていたんですね。あの情報を」
「何度も見たので。今回出てくるとは思っていませんでしたが」
エレジは端末が閉じられた机を見た。自分には見分けられないものでも、彼には過去に調べた時の記憶がある。だからこそ、今の記録の中から拾えたのだろう。
「気になりませんか。その管理者が、どうなったのか」
「気になります。ただ、俺が知らないだけで、後から分かったことがあるかもしれません」
「引き継いだ後も、全部の結果が戻るわけではないんですね」
「そうですね。必要なところまでです」
ヨナスが答えると、エレジはハルデンで渡した記録を思い出した。自分たちが帰った後も調査は続いているが、その先をすべて聞くことになるとは限らない。ヨナスにも、結果を知らないまま離れた仕事があったのだろう。そのとき、廊下からマティアスが顔を出した。
「二人とも、まだ話してたんですか」
「ヴァイス中尉が聞いてくれるので、つい」
「中尉だと、長くなりますね」
「聞かれたことに答えているだけですよ」
ヨナスが返すと、マティアスは少し笑った。エレジは自分が続けて質問したことを思い返し、食堂が開いている時刻を確かめた。
「すみません。そろそろ行きますか」
「ええ。今できる確認は終わっていますし」
ヨナスが用紙を収めて立つと、マティアスも食堂へ行くところだったと言った。エレジは鞄を取り、二人と部屋を出た。
*
食堂では、リヒターが先に席へついていた。ヨナスが器を置くと、マティアスは隣へ座り、午後の話を続けるのではなく、今日出ている料理について尋ねた。
「これ、昨日とは違いますよね」
「違うわね。付け合わせも」
「毎日選べるの、助かりますね」
「同じものがいい時もあるけどね」
「夜に戻った時は、そうですね。何があるか分かってる方が取りやすいです」
エレジも昨夜戻ってから食べたものを思い返した。観測を終えた後は、温かいものを食べると少し落ち着けた。用意してある場所が分かっていたので、受け取ってカイルと座るまでに迷うこともなかった。
「今日は何にしたんですか」
マティアスに尋ねられ、エレジは自分の器へ目を向けた。
「魚です。夜に戻った時にはなかったので」
「俺もそれにすればよかったな」
「まだ取れるわよ」
リヒターが言うと、彼は今あるものを食べてから考えると答えた。ヨナスも二人の会話を聞きながら食事を始め、先ほどの記録について、その場でまた話を戻そうとはしなかった。
カイルは少し遅れて合流した。席へつくと、照会を受け取ったという連絡が来たことを伝えたが、回答を待つために誰かが起き続ける必要はないという。
「急ぐものが来たら呼ばれる。予定どおり休んでいい」
エレジはその言葉を聞き、食後に使う時間を考えた。今夜も後半の担当なので、先に身体を休めておきたい。ヨナスが気づいたものは照会へ出され、自分が門の前で見た車両も記録に残っている。返答を待つ間に、同じ紙を何度も読み直す必要はなかった。
*
夜、リヒターとマティアスが川沿いの観測場所へ入ると、道路の分岐を見られることを報告してきた。昼より車両の特徴を読める区間は短いが、曲がるものと、そのまま進むものは分けて追えるという。
エレジは後半の担当に出る前に、二人が滞在先へ戻るのを待って記録を受け取った。北側へ続く道へ入った車両はあるが、門を通ったかは未確認のままだった。
「暗くなると、向こうの建物もほとんど見えませんね」
マティアスが地図を示した。最後に見えた位置は昼と近くても、車体の形を確かめられるのは手前の照明があるところだけだという。
エレジはその範囲を聞き、前日に使った地図に書き足した。リヒターが観測した時刻も確かめると、カイルは二人へ休むよう伝えた。
車両へ向かう途中で、エレジは彼の隣へ並んだ。午後に聞いた話が残っていて、いつもの出発より、今夜何を確かめるのかを意識していた。
「返答は、まだですか」
「ああ。以前の資料を確認しているところだ」
「では、今夜も同じところを見ますね」
「そうだ。ファルクの記録と合わせる時刻も、今までどおり残してくれ」
エレジは頷いて助手席へ入った。新しく分かったことがあっても、今夜自分が見る場所は変わらない。カイルも運転席へ入り、現地側へ出発を伝えてから車を出した。
市街の通りは昼より静かだった。車両が交差点へ近づくと、エレジは前方の道を確かめ、貨物地区へ向かう分岐を伝えた。カイルが曲がると、道路沿いには大きな建物と照明のついた敷地が続いた。
「川沿いの方とは、ここから離れるんですね」
「ああ。両方を使う時は、移動の時間も変わる」
「今夜の記録も合わせてから、明日の場所を決めるんですか」
「そのつもりだ。見えた範囲だけでなく、使い続けられるかも聞く」
エレジはリヒターたちが残した紙を鞄へ収めた。今夜は道路の分岐が見えたが、それだけで、ほかの場所よりよいと決められるわけではない。観測する時間と、取りたい情報を合わせて選ぶことになる。
*
東側の部屋へ入ると、エレジは前に使った椅子を窓へ寄せた。カイルが道路側へ入り、滞在先との連絡を確かめる間は、門と手前の道路を見ていた。
門の前にはまだ車両がない。そばの小さな建物には明かりがついており、人が一度出てきてから中へ戻った。
「今は待っている車両もありません」
「ああ。道路側も見える。始めよう」
エレジは時刻を残し、双眼鏡を構え直した。ヨナスが見つけた情報を思い浮かべても、目の前の門から分かることが増えるわけではない。ここへ来た車両の特徴と、入る時刻を一つずつ確かめることにした。
しばらくして車両が近づくと、カイルがこちらへ曲がったことを伝えた。エレジは門の前へ進むところを追い、停まった位置から番号を読んだ。
「番号は全部見えます。残します」
「門を見てる」
カイルの返答を聞いてから、エレジは手元へ書きつけた。記録を終えて顔を上げると、彼がその間の動きを伝えた。
「人が出てきた。まだ門は開いてない」
「はい。戻りました」
カイルは道路側へ注意を戻した。エレジも門を見る範囲を引き取り、車両が中へ進むまで見続けた。
用件はまだ分からない。ただ、入った車両については、後で照合できる番号と時刻を残せた。エレジは次の動きへ目を向け、隣のカイルも道路から来るものを追っていた。




