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エーデルベルグの雪 ──北部山岳任務録──  作者: 有凪いちほ
特殊情報収集班:任務

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記録にない出入り


 エレジが目を覚ますと、カーテンの隙間から日が差していた。時計を見てから身体を起こし、昨夜とは違う時刻に起きることを思い出した。廊下からは人の歩く音が聞こえ、施設の中ではすでに昼の仕事が進んでいる。


 顔を洗って食堂へ行くと、マティアスが先に座っていた。彼も起きたばかりらしく、エレジが隣の席へ器を置くと、眠れたかと尋ねた。


「朝に戻ってから、ちゃんと寝られました?」


「はい。カーテンを閉めたら、そのまま。マティアスは?」


「俺も寝ました。途中で一度起きたけど、まだ時間があったので」


 エレジは水を飲み、昼食に用意されたものを見た。朝に食べた後でも、眠って起きるとお腹は空いている。温かいスープを口へ運ぶと、マティアスも自分の器を寄せた。


「夜は、少佐とどうでした?」


「窓を替えたり、見るものを分けたりしていました。二台が同時に動くと、片方からは隠れるので」


「俺たちの時もありました。入る方を見てたら、出る方がその後ろを通るんですよ」


「記録にありましたね。表示の似た車両も」


「中尉たちが見たものかと思ったんですけど、番号が全部読めなくて」


 エレジは朝に並べた二つの記録を思い返した。同じ車両なら、地区の中にいた時間も分かる。ただ、今ある特徴だけで一つにすれば、その間ずっと中にいたことまで決めてしまう。


「また見られたら、もう少し合わせられるかもしれませんね」


「今夜は後の方でしょう。俺たちが先に残しておきます」


「お願いします」


 マティアスはその返事を聞いて食事へ戻った。昨夜は自分たちが先に渡し、今日は彼らが残したものを受け取る。エレジも交代の順番を確かめてから、午後に使う地図を出すため自室へ戻った。


     *


 記録を合わせる部屋では、カイルが現地側から届いた回答を読んでいた。ヨナスも機材の確認を終えており、五人が揃うと、昨夜の観測と照会の結果を並べた。


「予定に近い時刻に入った車両は、到着が遅れたものとして確認が取れた。こっちの一台は、当日追加された作業だ」


 カイルが示したところを、エレジは自分の記録で確かめた。予定の一覧には載っていなかったが、現地側が管理の記録を調べると、作業の変更が残っていたという。


「車両の番号も合っていますか」


「ああ。確認できたところは一致している」


 エレジは観測した記述を残し、その横へ照会で分かったことを書き足した。見た時には分からなかった用件も、現地側の記録と合わせれば説明できる。


 ただ、すべてに返答があったわけではなかった。後半に入った二台については、管理側でもまだ確認を続けている。


「載っていないから無断で入ったとは言えない。今は、作業を確認できていない車両として扱う」


「こちらでも門は開けてもらってたわ。そばにいた人とのやり取りまでは分からないけど」


 リヒターが補足すると、カイルはその内容も残した。門を通ったことと、どの作業に来たかが確認できることは同じではない。エレジは昨夜、車両のそばへ出てきた人を思い返したが、その人が何を確かめたかまでは見えていなかった。


 ヨナスの記録については、周辺の設備が使われた時間も届いていた。一部は観測した変化と重なるが、すべてを説明できるものではないという。


「まだ比べる記録が足りません。こちらの機材が同じ条件で取れていることは確認しています」


「分かった。今夜も続ける。昼は川沿いの方を見たい」


 カイルはエレジとマティアスへ、午後の確認を頼んだ。昨夜使った東側の場所とは違い、川沿いの道路と分岐を追える。ただ、北側の門そのものは見えないため、そこへ向かったと判断できる範囲も確かめておく必要があった。


「道路を見たものと、門へ入ったものを混ぜるな。見失った位置まで残してくれ」


「はい。昨日の地図にも、途中の分岐があります」


 エレジが示すと、マティアスも自分の資料へ書き込んだ。カイルは戻る時刻を確認し、二人が夜の担当に入るまでに休めるよう、午後の観測を区切った。


     *


 川沿いの建物へ着くと、エレジは昨日使った窓から道路を見た。川の向こうには大きな設備が並び、水面の近くを作業車両が通っている。手前の道路にも一般の車両と貨物車両があり、東側の門へ続く道より動きは多かった。


 マティアスが通信を確かめている間に、エレジは地図へ記した区間を見直した。川沿いを進んだ車両は、建物の角を過ぎると一度見えなくなる。その先で北側の門へ向かう道へ分かれるが、こちらから曲がるところを見られるのは、交差点の一部だけだった。


「曲がり始めるところは見えます。でも、向こうへ入った後は隠れます」


「こっちの窓なら、少し先まで見えますね」


 マティアスが別の窓へ入り、同じ道路を確かめた。二人で見る位置を分けると、車体が建物に隠れるまでの区間は増えた。ただ、その先には別の敷地へ入る道もある。


 エレジは地図で行き先を追い、そこで線を止めた。北側の門へ向かう道を使ったことは残せても、門を通ったことまでは言えなかった。


 大型の車両が一台近づくと、マティアスが川沿いの道路から追い、エレジは分岐へ入るところを見た。車体には汚れがあり、側面の表示は一部隠れている。


「曲がりました。こちらからも、もう少し見えます」


「番号、残してます」


 エレジは車両が建物の陰へ消えるまでを見届け、時刻と最後に見えた位置を記した。少し後には同じ道から出てくる車両もあったが、形も表示も違っていた。


「出てきた方は別ですね」


「ええ。入ったものが戻ったとは、まだ言えません」


 二人はそれぞれの記録を残し、カイルへ状況を伝えた。道路が現在も使われていることは確認できたが、工事の作業に来たものか、貨物地区の別の用件かは分からない。


 観測を続けている間にも、川沿いの道路をそのまま進む車両があった。エレジは分岐へ曲がるものだけに注意を寄せず、マティアスと範囲を交代しながら通行を記録した。


 戻る時刻が近づくと、二人で記録の抜けを確かめた。エレジが地図を畳む間はマティアスが道路を見ており、撤収を伝えてから機材を収めた。


     *


 滞在先へ戻った二人は、午後に確認した範囲をカイルへ渡した。北側へ続く道を使う車両はあるが、門への到着は未確認のまま残した。


 夕食の席では、エレジが川沿いの建物から見えた水面について話した。市街で見た岸の道とは違い、倉庫の近くでは水のそばまで作業用の敷地が続いている。


「歩けるところも、場所によって違うんですね」


「市街の方なら昨日車から見た道があるでしょう」


 ヨナスが答えると、マティアスも行きに通った辺りを思い出した。


「店もありましたね。帰るまでに一回近くで見たいな」


「まず交代の時間を見てからね」


 リヒターが返すと、彼は分かっていますと言いながら、エレジへ何の店だったか尋ねた。


「パンが置いてあったところですか」


「そうです。ほかにもありましたけど、あそこだけ覚えてます」


「食べるものだから?」


「それもあります」


 マティアスが笑ったので、エレジも笑った。自分も窓越しに見ただけではなく、その通りを歩いてみたいと思っていた。ただ、今日の午後に見た道路からそのまま寄れる場所ではなかった。


 カイルは夜の出発までの時間を確認し、食後はそれぞれ休むよう伝えた。リヒターとマティアスが先に出るため、エレジは次に起きる時刻を確かめて自室へ戻った。


 ベッドへ横になると、外ではまだ車両の音がしていた。昨夜より先に眠ろうとしているため、すぐには眠気が来ない。それでも本を開くことはせず、目を閉じたまま身体を休めた。


     *


 カイルと観測場所へ着いた時には、東側の門の前に車両が二台並んでいた。リヒターは先に停まっている方を見ており、マティアスが道路から来た二台目の特徴を残している。


「先の一台は、今から入るわ。後ろはまだ動いてない」


 リヒターの説明を聞きながら、エレジは窓へ入った。昨夜座っていた位置は同じだが、手前の車両に重なり、先にいる方の後部が見えにくい。


「入ったところから引き取ります」


「ええ。番号はここに残してある」


 先の車両が門を通ると、リヒターは記録を渡した。エレジは次の車両が動くまで門を見続け、カイルも道路側を引き継いだ。


 前半には、作業予定にある時間帯の出入りが続いていたという。予定から離れた時刻のものもあり、それは別に印をつけてあった。


 引き継ぎを終えると、マティアスがエレジへ眠れたかと尋ねた。


「少し。最初は、なかなか眠くならなかったです」


「俺も昨日そうでした。今は眠いんですけど」


「戻ったら休んでください。こちらで続けます」


 マティアスはお願いしますと答え、リヒターと部屋を出た。カイルが二人の帰還連絡を受ける間、エレジは道路も引き取り観測を続けた。


 連絡を終えたカイルが窓へ戻ると、エレジは前半の記録と現在の状況を分けて伝えた。二台目の車両もすでに中へ入り、門の前には誰もいない。


「後半は、出ていくものも増えるかもしれませんね」


「ああ。ただ、入った車両が全部今夜出るとは限らない。門へ現れたところから見る」


 エレジは出てくる車両を待つために双眼鏡を戻した。前半に入ったものの特徴は手元にあるが、それに合わせて見ようとすれば、似ているところばかり拾ってしまうかもしれない。まず見えたものを残してから比べることにした。


     *


 しばらくすると、門の内側に車両の灯りが現れた。エレジは建物の陰から出てくるところを追い、車体が照明の下へ入った時に特徴を伝えた。


「出てきます。前半の三台目に似ています」


「番号は」


「まだ隠れています。門を出れば見えそうです」


 カイルは道路へ曲がるところを追う位置へ身体を寄せた。車両が進むと、エレジの窓から番号が見え、前半の記録と照合できた。


「合っています。同じ車両です」


「ああ。こっちでも確認した」


 エレジは入った時刻と出た時刻を並べた。地区に入ってから出てくるまでの時間は残せるが、その間にどこへ停まり、何を扱ったかまでは分からない。


 次の車両は番号を全部読めなかった。形が似ていても同じものとしてつなげず、出ていった特徴を別に残した。


 カイルがその記録を確かめると、エレジは少し目を離して、双眼鏡の位置を直した。窓へ寄って見続けていたため、肩に力が入っている。


「眠気はどうだ」


「今は大丈夫です。肩が少し疲れました」


「代わる。動かしておけ」


 エレジは門の状態を伝え、席を離れた。立って腕を下ろすと、同じ姿勢でいたところが伸びる。無理に動かすのではなく、肩を回してから水を飲んだ。


 カイルは彼女が戻るまで両方の窓を使っていた。エレジが椅子へ座った時、手元の記録を寄せ、今見たものを短く伝えた。


「一台、道を通った。門へは来てない」


「分かりました。戻れます」


 カイルは彼女が双眼鏡を構えたことを確かめてから、自分の位置へ戻った。エレジは彼が見ていた門を引き取り、机に残された時刻も確認した。離れていた短い間の動きが分かると、その前から続けている記録へ戻れた。


 出入りが途切れた後、門へ向かう車両がまた現れた。カイルが道路から追い、エレジは照明の下へ入ったところを見た。


 停まった位置は昨夜と同じだったが、車体の色は違い、側面の表示もなかった。番号を残してから時刻を見ると、作業をまだ確認できていない昨夜の入場と近い時間だった。


「昨日、照会したものに近い時刻です」


「ああ。特徴は別に残せ。車両は違う」


「はい」


 門のそばへ人が出てきて、少し後に車両は中へ進んだ。昨夜と同じように門を開けてもらっているが、それだけで同じ用件とは言えない。


 エレジは記録を終えてから、二日分の時刻を並べた。近い時間帯に入る車両があることは分かる。作業予定との関係は、今夜の変更も含めて確認する必要があった。


 カイルはその箇所を読み、現地側へ渡す項目へ加えた。彼女が気づいた時刻の重なりを残しながら、車両の違いも同じ紙で確認できるようにした。


     *


 空が少し明るくなると、門の奥にある建物の壁が見え始めた。昨夜には一つの暗い面に見えていたところも、窓と壁の境目を分けられる。エレジは双眼鏡を下ろし、交代ではなく終了の時刻が近づいていることを確かめた。


 カイルが滞在先へ連絡する間、最後に門の状態を残した。敷地の外に待つ車両はなく、人も見えていない。終了した時刻を書き、機材を収めてから窓を離れた。


 階段を下りると、外には朝の冷たい空気が入っていた。エレジは上着の前を閉じ、カイルと車両へ向かった。来た時より道路が見え、昨日には暗くて確かめられなかった建物の入口も分かる。


「朝まで見ると、また違いますね」


「ああ。明るくなる時刻も残しておいたか」


「はい。番号が見やすくなったところから書いてあります」


 カイルは機材が収まったことを確かめ、車を出した。エレジは記録を鞄へ入れ、窓の外へ目を向けた。歩道には出勤するらしい人が増え、店の前で荷物を下ろしているところもある。


 自分たちはこれから休むが、町では昼の仕事が始まっている。昨夜閉まっていた窓に明かりがついているのを見ると、夜の間も続いていた貨物地区とは違う時刻で暮らす人がいるのだと感じられた。


     *


 滞在先へ戻ると、カイルは持ち帰った記録をヨナスへ渡し、食事を取ってから短く内容を合わせた。リヒターとマティアスの前半分はすでに揃っており、二人は先に休んでいる。


 エレジは番号を照合できた車両を示し、入場と出場の時刻をつなげた。照合できなかったものは別のまま残し、昨夜に近い時刻で入った車両についても伝えた。


「同じ車両ではありません。表示も違いました」


「分かった。作業の確認を追加で頼む」


 カイルは現地側へ照会する内容をまとめた。午後に川沿いから見た車両も番号を残してあるが、北側の門を通ったことは未確認だった。


 東側の出入りだけでは、地区へ来る車両のすべてを説明できない。北側へ続く道路も使われている以上、そちらの作業記録と、観測する時間も合わせて考えることになった。


 ヨナスは通信の記録が取れていることを伝え、細かく見るのは休んだ後にすると言った。カイルも必要な報告を先に送り、返答が来たら共有すると伝えた。


 エレジは部屋へ戻る前に、自分が午後から動く予定を確かめた。カイルが同じ紙を見ているところへ顔を向けると、彼もこちらを見た。


「寝る時間は残してある。起きてから聞けばいい、俺もこれを送ったら終わる」


 エレジは分かりましたと答え、鞄を持った。カイルが作業を終えるまでそばにいることもできたが、今は互いに休んで、次に動けるようにしておきたかった。


 自室へ入ると、机に置いた本は昨日のままだった。今日は開けるかもしれないと思いながらも、先にカーテンを閉めて着替えた。ベッドへ横になると、門を通った車両の番号が一度浮かんだが、紙へ残したことを思い出して目を閉じた。



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