出発前
五人は作戦室へ集まっていた。机にはリートハーフェンの地図が広げられ、カイルが出発前に照会していた資料も届いていた。エレジは以前のものと並べ、貨物地区の出入口に書き足された印を確かめた。
「東側の門は、今も使われてる。北側は工事で通行が制限されているそうだ」
「夜もですか」
「ああ。ただ、作業車両が入ることはある。閉まっているものとして扱うな」
エレジは北側の門へ書き込もうとしていた線を止め、通行に制限があることだけを記した。通常の車両が使わなくても、そこを見る必要がなくなったわけではなかった。
現地側が用意した観測場所は二か所あった。一方からは東側の門とそこへ続く道路が見え、もう一方からは川沿いの道路を通る車両を追える。どちらも地区の外にあり、使用については調整が済んでいた。
「建物の上から見られるんですね」
マティアスが資料の一枚を引き寄せた。現地の支援担当が使っている建物で、上階の部屋を借りられるという。窓から見える範囲は記されているが、停車する車両によって隠れる場所もある。
「まずはここを使う。別の場所が必要なら、現地側を通して調整する」
「車両は下へ置けますか」
「敷地内に置ける。出入りする経路も届いてるから、確認しておけ」
マティアスが地図を寄せると、ヨナスは建物にある設備の一覧を開いた。既存の回線を使える部分と、班で持ち込む機材が必要な部分を分けている。
「先にこちらで確かめておきます。向こうの回線だけに頼らず、連絡を残せるようにしたいので」
「予備も、ほかの四人が使えるようにしておいてくれ」
「はい。持つ人を変えても使える状態にします」
リヒターは滞在先と観測場所の間を指で追った。医療支援についての返答も届いており、夜間に連絡する先と移動手段が記されていた。
「救護の連絡先は昼夜で分かれてるわ。現地へ着いたら、実際に通れる経路も確認しておきたい」
「ああ。初日は場所と設備の確認を先にする」
カイルは五日間の予定を机へ置いた。夜間の観測が中心になるが、昼にしか確かめられないこともある。全員が同じ時間に起きているのでは、翌日の確認まで続けられなかった。
「着いたら、明るいうちに五人で現地を見る。夜は二人ずつ交代する。ファルクは通信の記録を取るが、朝まで一人で続けるつもりで組むな」
「記録だけ残せるところは、機材に任せます。人が見る必要のある時間を決めたいですね」
「現地側が動きを確認した時刻もある。それと合わせよう」
エレジは夜間の予定を読んだ。最初はカイルと自分、その後をリヒターとマティアスが引き継ぐ。翌日は昼の確認を分け、夜の順番も入れ替えることになっていた。
「交代する時に、滞在先へ戻る人と観測へ出る人が入れ替わるんですね」
「ああ。移動の時間も入れてある。ただ、現地でかかる時間を見てから直す」
「それなら、昼に経路を通っておきたいです」
エレジが伝えると、マティアスも同じところを見ていた。
「荷物を持って上がる時間も、確かめた方がよさそうですね」
「着いてからやる。今の予定に合わせるために、移動を急ぐ必要はない」
カイルの返答を聞き、エレジは確認する項目へ書き足した。建物の窓から何が見えるかだけでなく、交代する二人がどこを通るかも、現地で見ておきたかった。
*
資料の確認を終えると、五人は装備を出した。ハルデンで使ったものは収納してあったが、今回は建物の中で夜間に観測する。持ち出すものを同じにしてよいかは、一つずつ確かめる必要があった。
エレジは観測機材を並べ、使う位置が変わっても持ち替えられるようケースへ収めた。マティアスは車両へ積む順番を見ながら、到着してすぐに使うものを分けている。
「これ、奥に入れると最初に全部下ろすことになりますね」
「機材の確認に使うので、先に出せる方がいいです」
「じゃあ、こっちへ」
彼がケースの位置を変えると、ヨナスも接続に使うものを同じ方へ寄せた。持ち込んだ機材を広げる前に、現地の設備を確かめられるようにしておくという。
リヒターは救護に使うものを分け、誰か一人の荷物にまとめないよう渡した。エレジも自分が持つ分を受け取り、取り出す場所を確かめた。
「私が手を離せない時は、これを出してほしいの。使うものは、その時に伝えるわ」
「はい。この位置なら、ほかの人にも渡せます」
鞄を背負ってみると、重さはハルデンへ出た時と少し違った。エレジは肩のベルトを調整し、腕を動かすところまで確かめた。立っている時に収まっていても、身体をひねれば脇へ当たるものがあった。
「少佐、少し動いて確かめてもいいですか」
「ああ。訓練室を使おう」
*
訓練室へ入ると、マティアスがエレジの装備を見た。
「こっちへ回った時、そこが引っかかりそうですね」
「私も気になりました。位置を変える前に、一度確かめたいです」
カイルは二人が持っているものを確認し、接触する部分から硬いものを外させた。強く当てるための訓練ではなく、装備を身につけたまま動けるかを見ることになった。
マティアスが近づくと、エレジは腕を取られる前に向きを変えた。彼が追ってきた方へそのまま下がらず、空いている側へ足を置き直す。背負ったものが遅れて動いたが、足元を見るために顔を伏せることはなかった。
マティアスもすぐに向き直った。もう一度距離を詰めようとしたところで、エレジの手が彼の腕へ入り、進もうとした方を変えられた。
「そこまで」
カイルの声で二人が離れると、エレジは脇へ手を当てた。
「動けますけど、ここは当たります。もう少し後ろへ移します」
「後ろへ寄せると、今度は取れなくならないか」
マティアスに言われ、エレジは鞄を下ろす前に自分で手を伸ばした。届く範囲を確かめ、少しだけ位置を変えることにした。
カイルが留め具を見ている間に、マティアスはヨナスへ顔を向けた。
「大尉の方は?」
「一度動いておきたいです。これを持った状態では、まだ確かめていないので」
ヨナスは肩へかけた機材の位置を直し、マティアスと向き合った。エレジは以前、二人が組み合った時の動きを覚えていた。今日は機材を持っているため、同じように身体を動かせるかを見ていた。
腕を取られると、ヨナスはその位置に留まらず自分から距離を変えた。マティアスの足が止まったところで、機材を挟まない側へ抜ける。肩のベルトは少しずれたが、荷物が相手へ当たることはなかった。
「今の、もう一回いいですか」
マティアスが言うと、ヨナスは肩のベルトを確かめながら答えた。
「装備の方なら」
「動きの方です」
「ロート、それは帰ってからにしろ」
カイルに止められると、マティアスは笑って手を下ろした。
「分かりました。帰ってからお願いします」
「覚えていれば」
「俺が覚えておきます」
ヨナスも少し笑い、機材を外した。ベルトがずれたところを直す必要はあるが、持っているために動きを止めることはなかった。
リヒターが二人の身体に問題がないことを確かめると、カイルは短い確認を終えた。
「向こうで接触するために行くわけじゃない。離れられるなら、そのまま離れる。荷物を守るために留まるな」
エレジも頷いた。相手へ対応できることと、その場で対応し続ける必要があることは違う。手元の装備を直すために、鞄を床へ置いた。
*
午後には積み込みまで済ませ、翌朝使うものだけを手元へ残した。カイルが現地側へ到着予定を伝えると、五人は玄関で出発の時刻を確認した。
「朝食の後に出る。道の状況は、出る前にも確認する」
「途中で昼を取るんですか」
「ああ。現地へ入るのは午後になる」
マティアスが分かったと答え、ヨナスも自分の荷物を見直した。リヒターは到着してすぐに取り出すものが車両へ収まっていることを確認し、先に施設へ戻った。
エレジは作戦室で地図を閉じた。現地へ着いてから見る項目は書き出してあり、今ここで考えても分からないところまで埋める必要はなかった。携行する資料を鞄へ収めると、机に残ったものを棚へ戻した。
共有スペースへ出ると、マティアスがヨナスに、先ほどの動きについて聞いていた。
「前に教わった時と、抜ける方が違いましたよね」
「機材があるので、同じ方へは動けませんでした」
「じゃあ、俺が逆の腕を取ってたら?」
「それも帰ってから試しますか」
「お願いします。前のやつも、もう一回見てほしいです」
「練習してたんですか」
「してましたよ。少佐にも相手を頼んで」
ヨナスはそれならどこまでできるか見たいと答えた。マティアスが椅子を引いて座り、練習した時にうまくいかなかったところを話し始めると、エレジもそばへ寄った。以前、三人が教え合っていた時の動きが浮かび、今の話も聞いておきたかった。
リヒターが通りかかると、帰ってからやることが増えたわねと声をかけた。マティアスはまだ二つですと答え、ヨナスへ話の続きを戻した。
*
夕食後、エレジは自室で明朝着るものを揃えた。鞄の中はもう確かめてあり、出発する前に慌てて入れるものはない。机の本を手に取ると、栞を挟んだところを開いてから、持っていくか少し考えた。
夜間の観測があれば、昼は眠る時間になる。ハルデンと同じように過ごせるとは限らないが、少し読める時があれば続きを開きたかった。鞄の空いているところへ本を入れると、扉がノックされた。
カイルは廊下に立っていた。明朝の道路について新しい連絡があったわけではなく、荷物がまとまったかを尋ねた。
「はい。本も入れました」
「読む時間があるといいな」
「眠る時間は、ちゃんと取ります」
「それならいい」
エレジは彼の返答に笑った。仕事のために何を持っていくかは午後までに決めたが、自分が過ごすためのものも選べた。カイルが部屋の中へ目を向けたので、入るかと尋ねた。
「ああ。少しだけ」
彼が椅子へ座ると、エレジもベッドの端へ腰を下ろした。
「明日は、どの辺りから町が見えるんですか」
「川へ近づけば、建物が増える。貨物地区へ入る前に市街を通るから、そこでも見えるだろう」
「ハルデンへ行く道とは、だいぶ違いそうですね」
「ああ。道も広くなる」
エレジは地図にあった橋と、川沿いの通りを思い浮かべた。行ったことのない町だが、明日には建物の大きさも道の幅も自分で見られる。
「楽しみです。夜に見るのも、初めてなので」
「昼に確かめた場所でも、暗くなると違って見えるぞ」
「はい。それも見たいです」
カイルは彼女の返事を聞き、少し表情を緩めた。任務について知りたいことと、知らない場所へ行きたい気持ちが、今はどちらも彼へ伝わっていた。
エレジが手を伸ばすと、カイルも椅子から少し近づき、その指を取った。彼女は握り返してから、明朝鞄を持ってこの部屋を出ることを考えた。
「少佐と一緒に行くのも、楽しみです」
「同じ班だからな」
「それだけじゃないです」
「分かってる」
そう返されたので、エレジは笑って彼の手を少し引いた。カイルが隣へ座ると、肩へ寄り、しばらくそのまま過ごした。
彼が自分の部屋へ戻った後、エレジは時計を見て灯りを落とした。明日は早くから移動することになっていた。




