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エーデルベルグの雪 ──北部山岳任務録──  作者: 有凪いちほ
特殊情報収集班:任務

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休養日と医務


 エレジが共有スペースへ降りると、ヨナスは窓の近くで本を読んでいた。机には五人分の器が並び、台所からリヒターとマティアスの話す声が聞こえる。


「これ、全部焼いていいんですか」


「五人で食べる分ならね」


「俺が多く食べると思ってません?」


「食べないの?」


「食べますけど」


 エレジが入ると、マティアスは焼いたパンを皿へ移していた。リヒターから別の皿を渡され、二人で机へ運んだ。


 カイルも降りてきて、朝食の前に連絡を確認した。今日のうちに対応するものはないと言い、端末を片づけて席へついた。


「任務の準備は明日やる。今日は休め」


「少佐もですか」


「ああ」


「それならよかった」


 カイルに顔を向けられると、マティアスはパンを取る前に続けた。


「一人だけ作戦室にいるのかと思って」


「今日は行かない」


 エレジもその返事を聞いて席へ座った。昨日はハルデンの報告を終えてから次の資料を開いたが、今日は作戦室へ持っていくものがない。午前中はリヒターに紹介してもらった医務へ行く予定だった。


「ファルク大尉は何するんですか」


「持って帰った記録を少し見ようかと」


「仕事の?」


「岩の方です」


「そっちならいいんですね」


 マティアスがカイルへ尋ねると、彼は自分で休めるなら構わないと答えた。ヨナスも今日は通信機材を開かないと言い、窓際に置いた本へ目を向けた。


 朝食を終えると、リヒターがエレジへ出発の時間を伝えた。


「十時に玄関でいい? 私が車を出すから」


「はい。お願いします」


「終わったら連絡して。近くで待ってるわ」


 リヒターはマティアスへ顔を向けた。


「あなた、前に料理できるって言ってたわね?」


「え? まあ多少だけですけど、手伝う程度なら」


「昼の準備、野菜を切るところまでお願いしていい?」


「俺でいいんですか?」


「ええ。帰ったら私たちで仕上げるから」


 マティアスは彼女の返事を聞くと、それ以上は確かめずに頷いた。


「分かりました。切り方だけ教えてください」


「出る前に伝えるわ」


 エレジは頷いた。紹介してもらった医務室は近くの軍施設にあり、相談する時間も取ってもらっていた。自室へ戻って持ち物を揃えると、何を聞きたいかを小さな紙へ書いてから鞄に入れた。


     *


 車両を降りると、リヒターは医務室のある建物まで一緒に歩いた。受付で予約を確認し、エレジが案内を受けたところで廊下へ戻った。


「終わったら呼んでね」


「はい」


 待合の椅子へ座ると、エレジは渡された用紙を確かめた。体調や使っている薬について書く欄があり、分かるところから埋めていった。


 車内でリヒターに紹介を頼んだ時には、相談できる場所があると知っただけで安心していた。ここへ来ると、自分のこととして説明しなければならない。鞄の中のメモを一度読み返しているうちに名前を呼ばれ、エレジは用紙を持って診察室へ入った。


 軍医は記入したものを受け取り、今日はどのような相談かと尋ねた。


「避妊についてです。薬のことも聞きたくて」


「分かりました。今の状況から確認していきましょうか」


 エレジは聞かれたことへ答えた。カイルとのことを説明するのは恥ずかしかったが、軍医は必要なところを確かめると、体調や月経について質問した。どう答えればよいか迷ったところは、そのまま聞き返した。


 説明を受けると、薬を使うかどうかだけでなく、自分の体調や生活に合わせて考えることがあった。持ってきたメモにも目を通し、まだ聞いていなかったことを尋ねた。


「今日、ここで決めた方がいいですか」


「持ち帰って考えても構いません。分からないことが残れば、また相談してください」


 エレジは次の任務で施設を離れることも伝えた。今後の相談の仕方を確かめ、説明の用紙を受け取って診察室を出た。


 廊下へ戻ると、椅子へ座って聞いたことを読み返した。来る前には何から尋ねればよいかも分からなかったが、今はもう少し考えたいところがある。用紙を鞄へ収めてからリヒターへ連絡した。


     *


 リヒターが車両を寄せると、エレジは助手席へ乗り込んだ。


「待たせましたか」


「それほどでもないわ。昼食には間に合いそうね」


「はい」


 車が動き始めても、リヒターは何を話したか尋ねなかった。エレジは鞄へ置いた手を見てから、自分で伝えたいところを話した。


「今日は説明を聞いてきました。まだ決めてはいません」


「うん、それでいいんじゃないかしら」


「少佐とも話してから考えようと思います」


「ええ。また聞きたいことがあれば、相談できるものね」


 エレジは頷いて礼を言った。リヒターが行き先を確かめてくれたので、知らないところへ来ることより、何を相談したいかを考えていられた。


「昼は、マティアスが準備を始めてるはずよ」


「何を作るんですか」


 リヒターが決めておいた料理を説明すると、エレジは昨日冷蔵庫へ戻した食材を思い出した。任務先から持ち帰ったものも使えるようだった。


 施設へ着くと、台所からマティアスが顔を出した。


「言われたところまでは終わってます」


「ありがとう。あとは私たちでやるわ」


 エレジは二人へ声をかけ、自室へ鞄を置きに上がった。用紙を机へ出し、後でカイルと話す時に持っていけるよう揃えてから、リヒターと昼食を仕上げるために台所へ戻った。


     *


 昼食後、リヒターは共有スペースのソファへ座った。マティアスも隣へ来て、背もたれへ身体を預けた。


「今日は何も持ってこないんですね」


「休むつもりだから」


「いいですね」


 そう言う彼も手には何も持っていなかった。リヒターが何をして過ごすのか尋ねると、今は座っていたいと答えた。


「昼、少し作ったから?」


「それもありますけど。明日はまた準備でしょう」


「そうね」


「だから今日は、もう少しここにいます」


 リヒターもほかの場所へ移るつもりはなかった。マティアスが黙って目を閉じると、自分も窓の外へ目を向けた。


 少し前なら、会話が途切れたところで本を取りに行っていたかもしれない。今日は彼が隣にいるままでも落ち着いて座っていられた。何か話したくなれば声をかければよく、今すぐその言葉を探す必要はなかった。


「大尉、俺が寝たら、夕食の時には起こしてください」


「そんなに寝るつもりなの?」


「分かりません。先に頼んでおこうと思って」


 リヒターは少し笑い、分かったと答えた。彼は安心したように座り直し、自分もそのまま隣にいた。


     *


 エレジがカイルの部屋を訪ねると、彼は本を読んでいた。入ってよいと言われて扉を閉めると、カイルは机へ本を置いた。


「少し、話してもいいですか」


「ああ」


 エレジは椅子へ座り、持ってきた用紙を膝へ置いた。


「午前中、医務へ行ってきました。リヒター大尉に紹介してもらって」


「何かあったのか」


「体調が悪いわけじゃないです。避妊のことを相談したくて」


 カイルは彼女の言葉を聞き、用紙へ目を向けた。


「そうか」


「薬のことも聞きました。ただ、今日は説明を聞いただけです」


「見てもいいか」


 エレジが渡すと、カイルは隣へ椅子を寄せて読んだ。午前中に聞いたことを話し、まだ決めていないところも伝えた。彼に説明しようとすると曖昧にしか覚えていないことがあり、そこはもう一度聞きたいと言った。


「俺も、そこは確認したい」


「じゃあ、次に聞いてきます」


「ああ。必要なら俺も行く」


 カイルは用紙を机へ置いた。エレジが自分で相談に行ったことはよかったと思うが、そのまま彼女だけに考えさせるつもりはなかった。


「薬を使うかどうかは、お前の体調も含めて決めることだろう。俺の方でできることもある」


「はい」


「お前が使えば、それで全部済むとは思ってない」


 エレジは彼の顔を見た。午前中に聞いたことを伝えれば、どうするのか尋ねられるかもしれないと思っていた。カイルも自分のこととして考えてくれると分かり、まだ迷っているところを話しやすくなった。


「決めたら話すつもりでしたけど、先に持ってきてよかったです」


「決まってなくてもいい」


「また聞きたいことがあったら、少佐にも話します」


「ああ」


 エレジは用紙を重ねた。今日ここで答えを出したわけではないが、一人で読み返していた時より、次に確かめたいことがはっきりしていた。


 カイルは椅子から立ち、机の端のカップを取った。


「コーヒー飲むか」


「はい」


「下で淹れる。一緒に行くか」


 エレジは用紙を自室へ置いてから行くと伝えた。カイルが廊下で待っていると言ったので、すぐに置いてくると答えて部屋を出た。


     *


 共有スペースへ降りると、マティアスはまだソファにいた。リヒターは隣で本を開いている。二人が来たのを見て彼が身体を起こすと、カイルは寝ていたのかと尋ねた。


「少しだけです」


「よく休んだな」


「休養日ですから」


 カイルは頷いて台所へ入った。エレジもそばに行くと、カイルが準備をしながら笑った。


「あっちで待ってていいぞ」


 エレジも笑うと、椅子に座ってカイルの姿を見ていた。

 コーヒーを運んできたカイルは隣へ座り、自分が読んでいた本も置いた。エレジが題名を読むと、彼はどこまで読んだかを話した。自分の本とは違う内容だったが、気になったところを尋ねると少し説明してくれた。


 エレジも棚から読みかけの本を取り、カイルの隣で開いた。その後はしばらく二人で読んでいた。エレジが前のページへ戻っていると、カイルが何か見つけたのかと聞いた。


「最初に読んだ時には、ここまで関わると思ってなかったので」


 開いていたところを見せ、前の場面とのつながりを話した。カイルがそこも読むと、エレジは自分がどう考えたかを続けた。


「先が分かったら、戻って読みたくなるんです」


「それで進まないのか」


「進んでますよ。少しずつですけど」


 カイルが笑ったので、エレジも笑って本へ戻った。次の任務の準備は明日でよく、今は続きを読んでいられた。


 窓際ではヨナスが本を二冊広げていた。ソファから立ったマティアスが何を調べているのか尋ねると、ハルデンへ向かう道で見た岩の話が始まった。


「帰りに見てたところですか」


「そちらとは別です。行く時に道路の脇で見えたところですね」


「ああ。機材の置き場所かって聞いた方」


「そうです」


「岩の話だって言われましたね」


 ヨナスが本の図を示すと、マティアスも椅子を寄せて見ていた。エレジは二人の声を聞きながらコーヒーを飲み、カップを置いて次のページを開いた。


 夕方、リヒターが夕食の支度を始めると言った。エレジは読みかけのところへ栞を挟み、隣のカイルにも声をかけた。


「続き、少し進みました」


「戻った分もか」


「そこも読みました」


 彼が笑うと、エレジも本を閉じた。午前中には話しにくいこともあったが、カイルへ伝えた後は、こうして一緒に過ごせたのが嬉しかった。明日また考えることは机に置いてあり、今日読んだところには栞が挟まっている。


 エレジは本を棚へ戻し、リヒターに何を作るのか尋ねながら台所へ向かった。



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