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エーデルベルグの雪 ──北部山岳任務録──  作者: 有凪いちほ
特殊情報収集班:任務

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次の任務


 エレジは朝食を終えると、作戦室へ入った。昨日持ち帰った地図と記録は机に揃えてあり、ヨナスが通信の資料を開いている。カイルからは、午前中にハルデンの報告を仕上げると聞いていた。


「ここ、時刻を確認してもらっていいですか」


 ヨナスが示したのは、三日目に荷物を運び込んだ車両が出発したところだった。エレジは自分の記録を開き、マティアスが道路側で残したものと合わせた。


「私の方は敷地を出たところです。脇道へ入ったのはこっちです」


「なら、両方残しますね」


 少し後にマティアスも入り、二人が見ていた記録へ顔を寄せた。時刻を確かめると、その間に車両を見失った区間があることも伝えた。


 カイルとリヒターが揃ってから、五人で報告への追加質問を確認した。建物へ運び込まれたものと午後に運び出されたものを、同じ荷物として扱えるかという問いがあった。


「大きさや色が似ているものはありました。でも、表示は読めていません」


 エレジが答えると、リヒターも四日目の記録を開いた。確認できた特徴はあるが、建物の中でどう扱われたかまでは見ていない。カイルは二日分の記述を並べ、同一の荷物とは確認できないと回答に加えた。


「一時保管や受け渡しに使っている可能性はある。ただ、そこは観測したこととは分けて出す」


 ヨナスも通信の変化について補足し、機材の確認結果を添えた。持ち帰った資料を読むと、現地で何を見ていたのかは説明できるようになっている。エレジは自分が見た範囲の記述をもう一度確かめ、カイルへ渡した。


 最後の回答を送ると、カイルはハルデンの資料を一つにまとめた。


「今回の報告はこれで区切る。問い合わせが来たら、その時に確認する」


「向こうで続けて見る人にも、使ってもらえるといいですね」


 マティアスが言うと、カイルは現地側へ渡した記録もあると答えた。エレジも地図を畳み、報告と一緒に収めた。明朝使うために手元へ残しておく必要は、もうなかった。


     *


 昼食の前に、カイルは次の任務について連絡が来ていると伝えた。午後に資料を開くことになり、エレジは台所でリヒターと野菜を切りながら、今度はどこへ行くのだろうと考えていた。


「次も泊まりになるんでしょうか」


「説明を聞いてからね。洗濯は先に済ませておいた方がよさそうだけど」


「昨日の分は、もう出しました」


「じゃあ、あとは乾いてからしまえるわね」


 エレジは切ったものを器へ移した。持ち帰った衣類をまた全部鞄へ入れるつもりはないが、次に使うものが決まれば選び直せる。


 リヒターは鍋を火にかけてから、声を少し落とした。


「それと、前に話した相談先は確認してあるわ。出発前に時間を取れるようにしておく?」


 エレジは車内で話したことを思い出して頷いた。任務中はそのままになっていたが、戻ってから紹介してもらうと頼んでいた。


「お願いします」


「分かった。詳しいことは、あとであなたに渡すわ」


 リヒターはそれ以上を台所で尋ねず、鍋の様子へ話を戻した。エレジも残っていた野菜を切り終え、いつもの棚から五人分の器を出した。


     *


 午後、作戦室の机にはハルデンとは別の地図が広げられた。川に沿って市街が続き、その外側に倉庫や貨物を扱う区画がある。エレジは地名を読んでから、施設の印と道路を目で追った。


「次はリートハーフェンへ行く。対象は東側の貨物取扱地区だ」


 カイルは届いた説明を五人へ渡した。夜間に出入りする車両が増え、使われる門と通信の状況にも変化があるという。現地側が持っている作業予定だけでは、その動きを説明しきれていなかった。


「ハルデンの車両と関係があるんですか」


 マティアスが尋ねると、カイルは今回は別の調査だと答えた。


「つながりがあるという情報は来ていない。こっちは地区の出入りと通信の使われ方を確かめる」


 エレジは地図の道路を見直した。ハルデンでは建物へ続く道を見ていたが、ここには地区へ入る道がいくつもある。倉庫の間には建物で隠れるところも多く、門を見られても、その先の行き先まで追えるとは限らなかった。


「最初は、どの門が使われているかを見たいです。同じ道へ出ても、地区の中では別のところから来ているかもしれないので」


「ああ。現地側の記録と合わせる。外から見られる範囲も、着いてから確かめることになる」


「一般の車両も多そうですね」


 マティアスが市街へ続く道を示した。カイルは通常の荷扱いも行われている地区だと説明し、仕事をしている人や通行する車両を妨げないことを確認した。


「地区の中へ入る任務ではない。接触を避けられない時は撤収する。使える場所は現地側と調整してある」


 ヨナスは通信の資料を読んでいた。対象の区画だけでなく、近くにある設備についても記載がある。


「この周りだと、こちらが見るものを先に絞りたいですね。地区の外で使われている通信もありますから」


「追加で必要な資料を挙げてくれ」


「使われている設備と、これまで確認した範囲がほしいです。今のものだけでは、何と比べて変わったのかが分かりにくいので」


 カイルが照会する項目へ加えると、リヒターは滞在先と医療支援について確認した。宿泊は現地の軍施設を使い、移動と補給も支援を受けられる。後送先の資料は届いていたが、時間帯によって使える移動手段が違うため、そこは改めて聞くことになった。


「出発は三日後。明日は休養にして、装備を揃えるのはその次の日にする」


「期間は?」


「現地での確認に五日を予定している。細かい時間割は追加資料を見てから組む」


 エレジは予定を書き留めた。今度は夜間の観測もあるため、昼に動く人と休む人を分ける必要がある。何を持っていくかを考える前に、五人でどう交代するかも知っておきたかった。


「配置は、まだ決めないんですね」


「ああ。使える場所と時間を合わせてからだ。今は、それぞれ必要な確認を出してくれ」


 エレジは地図の作成時期と、地区の出入口が現在も同じかを確認したいと伝えた。マティアスは車両を置ける場所と荷物を運ぶ経路を挙げ、ヨナスも通信の資料へ問い合わせたい箇所を記した。


 カイルはそれらをまとめると、今日の作業はここまでにすると言った。


「返答が来たら共有する。荷物はまだ詰めなくていい」


「もう詰め直すところでした」


 マティアスが言うと、リヒターは洗濯したものが乾いてからにしてねと返した。彼は自分の衣類を思い出したらしく、それは待ちますと答えた。


     *


 資料を片づける時、エレジは川沿いの市街をもう一度見た。道路を追うために開いていた地図だったが、今度は建物が並ぶ範囲の広さが気になった。


「ハルデンより、ずっと大きな町ですね」


「貨物地区だけでも広いですからね」


 ヨナスが隣から答えた。エレジが川を渡る橋を指で追うと、彼も地図を寄せた。


「町の両側を行き来するんですか」


「そうですね。ただ、こっちの橋は車両の通行に制限があるようです。今回使う道とは別になりそうですが」


「川沿いを歩けるところもあるんでしょうか」


「市街の方なら、あるかもしれません。俺もここは行ったことがないので」


 エレジは地図の端にある通りの名前を読んだ。任務で入る地区とは離れているが、滞在先からはそれほど遠くないようだった。


「中尉、もう行きたいところ探してる?」


 マティアスに聞かれ、エレジは少し笑った。


「地図を見ていたら気になったので」


「俺は店があるところがいいな」


「何の店ですか」


「食べる方です」


「まだ昼を食べたばかりでしょう」


 リヒターが返すと、マティアスは今食べたいという話ではないと答えた。


「行った時の話ですよ。大尉も何があるか気になりません?」


「それは、気になるわね」


「でしょう」


 エレジは二人のやり取りを聞きながら地図を閉じた。現地で自由に歩く時間が取れるかはまだ分からない。それでも、次に行く場所について任務以外の話もできるのは楽しかった。


 ヨナスは追加で聞きたいことだけを手元へ残し、ほかの資料をカイルへ渡した。五人が作戦室を出ると、マティアスは洗濯物を取りに行くと言って階段へ向かった。リヒターも自分の部屋へ戻り、ヨナスは通信室に端末を置いてから休むと話した。


 エレジは共有スペースで本を取った。昨日は荷物を戻して夕食を作り、夜に少し読んだだけだった。今日は続きへ戻る時間がある。


 カイルがカップを持って入ってきたので、エレジはソファで少し横へ寄った。


「ここ、座りますか」


「ああ」


 彼が隣へ座ると、エレジは本を膝へ置いた。


「少佐は、今度の町にも行ったことがありますか」


「ある。市街は通っただけだが」


「どんなところですか」


「川に近い方は古い建物が多い。貨物地区へ行くと道も建物も大きくなる」


「同じ町でも違うんですね」


「ああ。泊まるところへ入る時に、いくらか見えるだろう」


 エレジは地図にあった通りを思い浮かべた。ハルデンへ向かう時には山が広く見えるようになり、川沿いに家が続いていた。今度はまた違うところを通る。


「行ってみたいです」


「仕事の方もか」


「はい。門がいくつもあるので、どこから見るか考えたいです。でも、町も見たいです」


 カイルはその答えを聞いて少し笑った。


「そっちも分かってる」


 エレジも笑い、本を開き直した。次の任務の準備はまだ残っているが、今日確かめることはもう出した。隣ではカイルがカップを置き、ソファへ深く座り直している。


 彼の手が座面へ下りたので、エレジは本を持っていない方の手で触れた。カイルが指を握ると、そのまま隣で続きを読んだ。



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