求められる夜
拠点へ戻ると、エレジはカイルと作業室へ入り、午後の記録を机に広げた。午前中のものはすでにヨナスがまとめており、リヒターとマティアスも加わって車両の特徴と時刻を合わせた。
前日と同じように午前は建物へ荷物が運ばれ、午後は別の車両へ運び出されている。ただ、同じ荷物が移されたかは分からない。エレジは確認できた回数と見えなかったところを伝え、リヒターが残した記録へ自分のものを並べた。
「通信の変化は、今日も車両が来ていない時間にあります」
ヨナスが時刻を示すと、カイルは観測の記録と見比べた。荷物の扱いと通信活動を合わせても、施設の用途を一つに決めるには足りなかった。
「搬入と搬出は二日続けて確認した。その先は未確認として出す。延長するかどうかは返答を待つ」
「荷物は、明日の分を残して収めていいですか」
マティアスが尋ねると、カイルは予定どおり帰る準備も進めるよう伝えた。使った機材を戻し、翌朝取り出すものを分けておけば、指示が変わっても対応できる。
エレジも共用のケースを閉じてから夕食の準備へ向かった。リヒターに頼まれた器を並べながら、今夜カイルの部屋へ行くことを思い出した。まだ自分の荷物をまとめる必要がある。先に済ませておけば、彼が待っているところへ遅れずに行けると思った。
*
夕食の片づけを終えると、エレジは自室へ戻って鞄を開いた。洗濯を済ませた衣類を収め、明朝着るものと身につける装備だけを残す。地図と記録は作業室にあり、自分が持ち帰るものはもう揃っていた。
準備が済むと、机に置いた時計を見た。カイルはまだ報告をまとめているかもしれない。少し待とうかと思ったが、仕事を終わらせておくと言ってくれたことを思い出し、そのまま部屋を出た。
彼の部屋をノックすると、すぐに返事があった。
「入れ」
扉を開けると、カイルは机のそばにいた。端末は閉じられ、明日の資料らしい紙も重ねてある。エレジが中へ入ると、彼は椅子から立った。
「準備は済んだか」
「はい。少佐も、もう終わりましたか」
「ああ。報告は送った」
エレジは扉を閉めた。彼に会うために来たのに、仕事のことを確かめる言葉が先に出てしまった。いつもなら隣へ座ってよいか尋ねられるが、今日はどこへ行けばよいかまで少し迷った。
カイルは彼女が扉のそばにいるのを見て、自分から近づいた。エレジも顔を上げたが、何か言う前に手を取られた。
「こっちへ来い」
引かれた方へ一歩進むと、腰へ腕が回った。思っていたより近くまで抱き寄せられ、エレジは彼の胸元へ手を置いた。
カイルはその顔を見た。ここへ来てくれたことは分かっていても、今触れてよいかは確かめたかった。それでも、彼女が何をしたいかだけを尋ねるつもりはなかった。
「キスしていいか」
「……はい」
返事をすると頬へ手が添えられた。顔を寄せてくる彼を見ていたかったが、唇が触れる前に目を閉じた。
短く離れた時、エレジは彼の上着へ指をかけた。今夜は一緒にいたいと言ってくれたことが、近くにいる彼の腕からも伝わってくる。もう一度してほしいと思ったところで、カイルが顔を寄せた。
次を頼まなくても触れてくれる。そのことが嬉しく、エレジは握った上着を離さずに応じた。
*
カイルは口づけを終えても、彼女を抱いた腕を緩めなかった。会いたいと思っていた相手が近くにいて、自分の上着を握っている。もう少し顔を見ようと離れると、エレジもこちらを見上げた。
「帰りの車で言ってくれた時、最初は仕事の話かと思いました」
「そう見えたかもな」
「でも、違うって言ってくれたので」
彼女が少し笑ったので、カイルは頬にかかった髪をよけた。仕事の用事として呼んだと思われたままでも、エレジは来てくれたかもしれない。それでも、今夜は自分が望んでいることを知っていてほしかった。
「一緒にいたかった。観測してる時から」
「……その時からですか」
「ああ」
エレジは自分が何も言わずに待っていた時間を思い返した。仕事の言葉しか返ってこなかった時にも、彼は同じように考えていたのだと分かると、上着を握る手に少し力が入った。
「私も、一緒にいたかったです」
カイルは彼女の返事を聞き、もう一度引き寄せた。エレジが背中へ腕を回すと、顔を寄せて口づけた。今度はすぐには離れず、彼女が応じるたびに抱く腕へ力がこもった。
エレジは少し驚いて彼の肩をつかんだが、身体を離したいとは思わなかった。触れてほしいと言う前に近づいてくることも、抱かれる力が強くなることも嬉しかった。彼が本当にそうしたくて触れているのだと分かり、自分からもその近さを求めた。
唇が離れると、カイルは肩口へ額を寄せて息をついた。エレジは彼の髪へ触れ、少し乱れたところを指で撫でた。顔を上げた彼がその手を取ったので、指を握り返した。
手を引かれてベッドの端へ腰を下ろすと、カイルも隣へ座った。エレジが身体を向けるより先に、背中へ回った腕で近くへ寄せられた。
「もう近いです」
「まだだ」
エレジは笑って彼の肩へ手を置いた。自分で近づくと、カイルの手が背中を支えた。顔を見る距離も、触れるところも、今日は彼の方から決めてくれる。いつもなら何を頼もうか考えていたところで、今は彼に触れられている感覚をそのまま受け取れた。
カイルは彼女の頬へ口づけた。エレジが顔を向けると唇にも触れ、離れた後には耳元の髪を指でよけた。
「……今日は、少佐から触ってくれますね」
「嫌か」
「いいえ」
すぐに答えると、カイルも彼女を見た。エレジはその目を見ながら、恥ずかしくても伝えておきたくなった。
「嬉しいです。少佐からしてくれるの」
「いつも、待たせてたか」
「いえ。でも、少佐もそうしたいって、もっと分かりたい……というか」
カイルは彼女から求められるのを待っていた時のことを思い返した。応じる形ならためらわずに済んだが、その間にエレジが何を感じていたのかまでは分かっていなかった。
「こうしたくなかったわけじゃない」
カイルはエレジの手を取ると顔を寄せた。エレジも、何もせずに待つと決めたことを今も守り続けたいわけではなかった。彼が求めてくれたことが嬉しく、自分も触れたかった。
カイルは彼女の腰を抱き、身体を自分の方へ向けた。近くなった顔を見ると、まだ欲しいと思ったことを隠さずに伝えた。
「お前が欲しい」
エレジはすぐには返せなかった。望んでいた言葉でも、実際に向けられると顔が熱くなった。彼の肩へ置いている手をどう動かせばよいかまで分からなくなったが、カイルが目を逸らさずに見ていると、もっと近づきたいと思った。
「……少佐」
「ああ」
呼ぶと返してくれたので、エレジは彼の首へ腕を回した。言葉にするより先に顔を寄せると、カイルもそれを受けて口づけた。
彼女が触れ返すたびに、待っているだけでは足りなくなる。カイルは背中を支えたまま引き寄せ、エレジもその腕に応じた。抱かれる力に身体を預けても、自分から彼へ触れていられた。
口づけが終わると、エレジは肩へ額を寄せた。少し息を整えたかったが、離れたくはなかった。彼の手が背中にあることを確かめ、そのまま上着を握っていた。
「少し、このままでいてもいいですか」
「ああ」
カイルは髪へ唇を触れさせ、彼女が顔を上げるまで抱いていた。待ってもらうことを頼んでも、彼が求めてくれたものまで遠ざかるわけではない。それが分かると、エレジは肩へ置いていた手の力を少し抜いた。
顔を上げるとカイルもこちらを見ていた。今度はエレジから頬へ触れ、近づきたいと思ったまま口づけた。
「今夜は帰るな」
「……はい」
カイルは額へ口づけた。部屋へ来てほしいと言った時から望んでいたことを、彼女も選んでくれた。まだ触れていたい気持ちは変わらず、エレジが笑うとその口元へまた顔を寄せた。
ベッドの奥へ移ろうと伝えると、彼女は手を離さずに応じた。隣へ横になってからも、カイルは灯りをすぐには落とさなかった。こちらを向いた顔を見ていたかった。
「恥ずかしいか」
「恥ずかしいです。でも、やめてほしいわけじゃないです」
カイルは彼女の笑った顔へ口づけた。エレジも彼の肩へ手を伸ばし、近づいてくる身体を迎えた。今夜は自分だけが次を望んでいるのかと考えずに、彼が触れてくれることを喜べた。




