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エーデルベルグの雪 ──北部山岳任務録──  作者: 有凪いちほ
特殊情報収集班:任務

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【特殊情報収集班:任務編】 ハルデン 


 エレジは荷物を持って一階へ降りた。共有スペースには、ヨナスが持ち込んだ機材のケースと、リヒターの医療装備が並んでいる。マティアスはそれらを車両へ運ぶ前に、一覧と数を照合していた。


「中尉の分は、それで全部?」


「はい。共用する観測機材は、こちらに入れました」


 エレジがケースを示すと、マティアスは持ち手の札を確かめ、自分の一覧にも印をつけた。誰かが使うものだから、その人だけが持つとは限らない。現地で荷物を分け直すことも考え、何がどこへ入っているかは共有しておく必要があった。


 ヨナスはカイルと通信機器を確認していた。リヒターは台所で残った食材をしまっており、エレジも荷物を置いてそちらへ向かった。


「何か残っていますか」


「冷蔵庫はもう大丈夫。こっちだけ、棚へ戻してもらえる?」


 渡された保存食品を収めると、調理台には何も残らなかった。数日間、ここで食事を作る人はいなくなる。エレジは流しと火元を見てから、リヒターと一緒に台所を出た。


 施設の警備と外周の確認は、管理側へ引き継がれている。夜間の反応について結論が出たわけではないが、五人が残って調べ続けることにはなっていなかった。


 カイルは引き継ぎの返答を確認し、全員が持ち出す装備を揃えたところで出発を伝えた。エレジは乗り込む前に、二階の窓へ目を向けた。自分の部屋には本も日用品も置いたままで、机の上には帰ってから使うものが残っている。


 施設へ来た時は、持ってきた荷物を全部部屋へ運んだ。今日は必要な分だけを持ち、数日後に仕事を終えたら戻る予定になっていた。


     *


 ハルデンへ向かう道は、しばらく林の間を通った。エレジは地図を開き、分岐を過ぎるたびに、今どの辺りを走っているかを確かめていた。


 施設の周辺では木立に隠れていた山が、進むにつれて広く見えるようになった。谷へ下りると道の脇に家が現れ、畑と小さな集落の間を車両が通っていく。高いところには雪が残っていたが、道路沿いでは地面が出ており、庭で作業をしている人も見えた。


「こっちは、家が多いですね」


 エレジが窓の外を見ながら言うと、運転していたカイルが、川沿いには集落が続いていると答えた。地図でも水の流れに沿って建物が記されているが、実際に走ってみると、その間にも小さな家や作業場があった。


 道が川へ近づくと、水面が木の間から見えた。エレジは橋を渡る間に上流へ目を向け、その先に山が重なっているのを見た。


「この川、ハルデンの方から来てるんですか」


「支流がいくつか合流してる。現地でも見えるだろう」


 カイルの答えを聞き、エレジは地図へ視線を戻した。今見た橋を確かめた後も、しばらく窓の外を見ていたかったため、地図は畳んで膝へ置いた。


 ヨナスは反対側の斜面を見ていた。道路を通すために地面が切られたところで、岩の色が周囲と違って見えたという。


「ファルク大尉、何か分かるんですか」


「車から見ただけだと、そこまでは。ただ、近くで見たら面白そうです」


「機材の置き場所じゃなくて?」


 マティアスが尋ねると、ヨナスはそちらへ顔を向けた。


「今は岩の話です」


「忙しいですね。まだ着いてないのに」


「見るものは、いろいろありますから」


 エレジもその返答を聞いて少し笑った。任務の資料には対象の施設と道路の写真が多く、この辺りの景色はほとんど載っていなかった。仕事で使うものを探しながらでも、ヨナスは別に気になったものを見ている。


 途中の休憩では、カイルとマティアスが運転を交代した。エレジは車を降り、道路から離れない範囲で谷の方を眺めた。窓越しに見ていた時より空気が冷たく、川の音は、車両の走る音が途切れると聞こえた。


「寒いか」


 カイルに尋ねられ、エレジは上着の前を確かめた。


「大丈夫です。施設の辺りとは、少し違いますね」


「谷の中へ入ると、また変わる」


「行ってから見たいです」


 彼が頷くと、エレジも車へ戻った。休憩の間に見た場所を写真に残そうかと思ったが、今は川の位置と山の形を覚えていたかった。


     *


 現地で使う施設は、対象の中継施設から離れた集落の端にあった。軍の支援拠点として使われている建物で、五人が滞在する区画のほかにも、担当者が仕事をする部屋と、車両を置く場所がある。


 到着すると、支援担当の軍曹が出迎えた。カイルは先に報告と連絡の扱いを確認し、ほかの四人も荷物を下ろして説明を聞いた。


「こちらの作業室と、二階の部屋を使ってください。台所も使えます。補給の要望は、ここへ出してもらえれば確認します」


 ヨナスは作業室へ入ると、機材を置く場所と連絡用の設備を見た。リヒターは医療支援について尋ね、必要な時に誰へ連絡するかを確かめている。


 エレジとマティアスは、先に共用するケースを運んだ。作業室は五人の施設より狭かったが、机へ地図を広げ、機材を並べる場所はあった。ケースを壁際へ寄せると、出入りするための幅も残せた。


「これ、こっちでいい?」


「はい。使う時に取り出せれば大丈夫です」


 エレジが答えると、マティアスは積み重ねずに置き、蓋を開けられるよう向きを変えた。持ってきたものを全部広げる前に、今日使うものだけを出すことになった。


 居住区へ荷物を置いて戻ると、リヒターは台所を見終えていた。用意されている食材と、使える器具を確かめたらしい。


「今夜は、ここで簡単に作れるわ。明日からの分は、予定を決めてから考えましょう」


「食事を出してもらうこともできるんですよね」


「ええ。戻る時間が変わるかもしれないから、その辺りも相談しておく」


 エレジは自分も手伝うと伝えた。今夜何時に戻るかはまだ決まっていなかったが、台所で何が使えるかは、後で一緒に見ておきたかった。


 カイルが現地側との確認を終えると、五人は作業室へ集まった。出発前に考えていた観測候補を地図で見直し、今日は経路と見通し、通信を確かめるところまでにすると決めた。


「資料だけで位置を固定するな。使えるかを見てから、明日の配置を組む」


 エレジは二つの候補へ印をつけ、どちらで何を見たいかを伝えた。ヨナスも確認する項目を挙げ、リヒターは現地側から聞いた通行状況を補った。


 必要な装備を選び直してから、五人は最初の地点へ向かった。車両で移動するところと、降りて歩くところを分け、地図にあった経路が実際に使えるかも確かめながら進んだ。


     *


 最初の候補地へ着くと、エレジは写真と現地を見比べた。資料では建物の側面が広く写っていたが、同じ方向を見ると、手前の木が一部を隠している。撮影した位置が少し違うのか、写真からは分からなかったものがあるのか、まずその場から見える範囲を確かめる必要があった。


「ここでは、建物の左側が隠れます。道路へ出るところは見えますが、側面の出入口は確認できません」


「位置を変えれば見えるか」


「少し動いて確かめたいです。ただ、奥へ入ると足元が変わります」


 リヒターがそちらを見に回り、エレジも歩ける範囲を確かめた。わずかに位置をずらすと建物の一部は見えたが、道路の方が隠れる。どちらも同時に取れる場所とは限らなかった。


 ヨナスは通信を確かめ、今いる地点では使えると伝えた。エレジが建物を見やすい位置へ移った時には、もう一度確認したいという。


「観測だけなら、そっちの方がいいですか」


「建物を見るなら。でも、出入りする車両は最初の位置の方が見やすいです」


「なら、両方残しておきましょう。機材を置けるかも見ます」


 エレジは二つの位置を地図へ記し、それぞれ見えるものを分けて書いた。マティアスは、そこへ来る道と、交代する時に通れる範囲を確かめていた。


 カイルは五人の報告を聞き、もう一つの候補も見てから配置を決めるとした。現地へ来たばかりの一か所で、必要なものを全部取ろうとすることにはならなかった。


 二つ目の地点では、建物へ続く道路と、その手前の分岐が見えた。施設そのものは一部が隠れていたが、車両の移動を追うには、最初の候補より長い区間を見られる。


 エレジは双眼鏡を使い、道路沿いに停まっているものがないかを確かめた。ヨナスが通信の確認をしている間、マティアスは別の方向を見ており、リヒターも周辺の音と人の動きを拾っていた。


 建物の方から車両が出てきたのは、その時だった。エレジはまず時刻を確認し、道路へ出るところを見た。


「車両が一台、出ました」


 カイルへ伝えると、マティアスも自分の位置から見えるかを確かめた。エレジは車体の色と形を記録したが、番号は全部読めなかった。見えた部分だけを書き、進む方向へ目を戻した。


 車両は資料で主な経路として示されていた道を進まず、途中の分岐で脇へ入った。地図にも細い道が記されているが、その先は林に隠れ、ここからは追えない。


「脇の道へ入りました。この分岐です」


 エレジが位置を示すと、カイルも道路と地図を見比べた。


「その先は見えるか」


「見えません。ここから確認できるのは、入ったところまでです」


 ヨナスは自分の資料を開き、その道について詳しい情報があるかを確かめた。現地側から受け取ったものにも、通行の状況までは載っていなかった。


「今、追うんですか」


 マティアスが尋ねると、カイルは追跡へは切り替えないと答えた。道がどこまで通れるかも、相手の行き先も分かっておらず、今日は観測位置の確認を進める予定だった。


「入った時刻と、見えなくなった位置を残せ。道の方は戻って照会する」


 エレジは返事をして、車両が分岐へ入ったところを地図へ書き込んだ。建物から出たことは見ているが、その道を使う理由までは分からない。別の施設へ向かったのか、集落へ出る道なのかも、今は決められなかった。


 その後もしばらく道路を見たが、同じ分岐へ入る車両はなかった。ほかの交通と、対象の建物から出たものを混ぜずに記録し、カイルが戻る時刻を伝えたところで観測を区切った。


 ヨナスも二つ目の地点で通信が使えることを報告した。ただ、機材を長く置くなら、到着した時とは別に確認する必要があるという。


 五人は見えた範囲と、交代に使える経路を合わせてから撤収した。観測点を選ぶために来たつもりでも、現地で見た車両の動きは、その日の報告へ加える情報になっていた。


     *


 拠点へ戻ると、エレジは作業室で地図を開き、現地で書いた位置を整理した。ヨナスも通信の結果をまとめ、リヒターとマティアスは経路と周辺の状況を補った。


 カイルは現地側へ脇の道について照会し、以前からある道路だと確認した。ただ、現在どの区間まで通れるかは、すぐには返答が得られなかった。


「古い道でも、使ってる車両はあるんですね」


 エレジが言うと、カイルは今日見た一台についてはそうだと答えた。


「それが普段の経路かは、まだ分からない」


「はい。明日は、この分岐も見たいです」


 既存の写真には分岐の先が写っておらず、行き先を確かめるには別の情報が必要だった。エレジは翌日の確認項目へ加え、観測位置によって見えるものが違ったことも並べて残した。


 ヨナスは、その道を使う車両の動きと、通信の記録を照合できるようにしておくと話した。カイルは初日の報告を送り、翌日の配置と交代を五人で決めた。


 食事の準備へ移る頃には、窓の外が少し暗くなっていた。エレジが台所へ行くと、リヒターは使う鍋を確かめており、隣に並べた二つを見比べていた。


「いつものとは違いますね」


「少し小さいの。これだと余裕がないわね」


 エレジも中を見て、こちらの深い方なら入りそうだと答えた。五人分の量を考える時に、以前使った鍋を思い出せるようになっていた。


 料理を始めると、調味料も器具も、いつもの場所にはなかった。エレジは棚を一度確かめてから、使うものを手元へ出した。リヒターも必要なものを探しながら進めており、ここでは彼女も最初から全部を知っているわけではなかった。


 マティアスが食器を取りに来た時には、鍋を火にかけられた。彼は棚の中を見て、五人分の器を選んでから机へ運んだ。


「いつもの方が、出すのは楽ですね」


「置いてあるところが分かってるからでしょう」


 リヒターが返すと、彼は、明日にはここでも分かると言った。エレジも、鍋がどこへ収まるかを覚えながら、使い終えたものを片づけていった。


 食事には五人が揃い、初日に確認したことだけでなく、移動中の景色の話も出た。ヨナスは道路沿いで見た岩について、地図にある地形と合わせて、後で調べたいと言った。


「任務の資料と一緒にするなよ」


 カイルが言うと、ヨナスは別にしていると答えた。マティアスが、もう調べるものを増やしたのかと聞いたため、彼は気になったところを残しただけだと返した。


 エレジはそのやり取りを聞きながら、途中で渡った橋を思い返した。車を降りた場所から聞こえた川の音も、まだ覚えていた。


「帰る時にも、あの川のところを見たいです」


「どこだ」


 カイルに尋ねられ、エレジは休憩した場所だと答えた。観測の経路とは違うため、今開いている任務の地図には印をつけていなかった。


「時間が合えば、また止まれるだろう」


「はい。今度は少し、写真も撮りたいです」


「俺も撮ろうかな。中尉と同じ写真になりそうですけど」


 マティアスが口を挟むと、エレジは彼が見たいところは違うかもしれないと返した。ヨナスも上流側を見てみたいと言ったので、リヒターは休憩が長くなりそうだと笑った。


 帰りの日程は、まだ現地の状況で変わる可能性がある。それでも、戻る時にもう一度見たい場所を話すことはできた。エレジは食べ終えた器を寄せ、明日も使う調味料をリヒターと確かめた。


 片づけの後に作業室へ戻ると、カイルは追加の返答を確認していた。脇の道については、さらに資料を照会することになっている。今夜のうちに新しい行き先が分かったわけではなく、エレジも今日見たところまでを記録に残した。


 借りた部屋へ上がると、窓から谷の向こうが見えた。昼間は山の形を追えたが、今は集落の灯りと、その上に暗く残る斜面が分かる程度だった。


 エレジは翌日使う装備を揃え、地図の二つの観測点を読み直した。最初の位置では建物の一部が隠れ、二つ目からは道路の分岐が見えた。そこで何を続けて見るかを、五人で決めている。


 車両が脇の道へ入った時刻を確かめてから地図を閉じ、出発前に取り出せるところへ置いた。明日の朝は、今日より早く現地へ向かう予定になっていた。



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