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エーデルベルグの雪 ──北部山岳任務録──  作者: 有凪いちほ
特殊情報収集班:訓練

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夜の談話


 カイルは、翌日の訪問に備えて資料を確認していた。相互訓練の記録と外周の報告は揃っている。だが、訪問する人物については、任務の説明を受ける相手としてだけ考えるわけにはいかなかった。


 リヒターは、自分の直属の上官だと言った。以前からその人物の下で働いているなら、彼女がこちらへ明かせない指示も、そこから出ている可能性はある。ただ、直属の上官と、今回の別系統の指示を出した人物が同じとは、まだ確かめていなかった。


 リヒターが説明した範囲を守り、ヴァイスが止めれば終えることは、これまで見てきた。今後も課題のたびに監督する必要はないと判断したのは、その行動を確認できたからだった。彼女が誰から何を命じられ、こちらの指示と食い違った時にどう動くのかまで、分かったわけではない。


 実任務へ入れば、その不明な部分が班の判断に関わることもある。明日は、少なくとも任務中の指揮と報告をどう扱うのかは確認しておく必要があった。


 カイルは訪問者へ尋ねる項目を書き留めてから、資料を閉じた。今夜、五人で話す場でリヒターへ同じ説明を求めるつもりはない。彼女が明かせないと言ったことは、そこで問い直しても変わらないだろう。それとは別に、任務へ入る前に班で共有しておくべき事情があった。ヴァイスが自分の報酬の件をファルクへ話すことだ。すでに本人とも相談してある。カイルはその時間を取るため、共有スペースへ向かった。


     *


夕食の片づけを終えると、五人は共有スペースに集まった。翌日は上官が施設を訪れる予定になっており、カイルが夜のうちに少し話しておきたいと伝えていた。


 リヒターが用意した飲み物を机へ並べると、ヨナスは端末を開いて外周の記録について報告した。確認は続けているが、今夜のうちに原因が分かる見込みが立ったわけではないという。カイルはその報告を聞いてから、全員が座るのを待った。


「明日は、今後の任務についても説明を受ける。実任務へ入る前に、互いの判断に関わることで、まだ伝えていないことがあれば確認しておきたい」


 エレジは自分のカップを両手で包み、向かいのヨナスを見た。自分が狙われていることを今夜話すとは、夕食前にカイルと相談してある。班での行動が始まってからも、彼に何をどこまで伝えるかは、そのままになっていた。


 カイル、マティアス、リヒターは知っている。自分にとっては以前から続いている問題でも、ヨナスにとっては、説明されなければ分からない事情だった。


「一人ずつ何かを話せということではない。気になることがあれば、聞いてくれて構わない」


 カイルがそう続けたので、マティアスは、今すぐ思いつかなくても後でよいかと尋ねた。


「ああ。その時に伝えてくれ」


「分かりました」


 そのやり取りを聞いてから、エレジはカップを机へ置いた。話す順番を決められていたわけではないが、自分のことをほかの誰かに説明してもらうより、まず自分から伝えたかった。


「私から、一つあります」


 ヨナスがこちらへ顔を向けると、エレジはどこから話すかを考えた。報酬があるとだけ言えば、何を求められているのかは伝わらない。分かっている条件と、まだ分からない理由を、最初から分けて話すことにした。


「私には、報酬が懸けられています。生きたまま引き渡すという条件があるそうです」


 ヨナスはすぐには質問せず、エレジの言葉を聞いていた。ほかの三人が驚かなかったことで、初めて知るのは自分だけだと気づいたようだった。


「誰が出しているのか、なぜ私なのかは分かっていません。今も、情報の確認と警護は続いています」


「いつから分かっていることですか」


 エレジが答えられる範囲を伝えると、ヨナスはカイルへ目を向けた。事情そのものを知らなかったことより、今の班の動きにどこまで関わっているのかを確かめたいらしかった。


「ここでの警戒も、その件を含んでいるんですね」


「ああ。任務先でも必要な警護を引き継ぐ。まだ現地は決まっていないが、移動と支援の条件は確認する」


「分かりました。これまでの通信の記録も、必要なら見直します」


 その返答を聞き、エレジは少し肩の力を抜いた。理由を知らないと言えば、なぜなのかをもっと聞かれるかもしれないと思っていた。ヨナスは自分に答えのない説明を求めず、すでにある記録で何を確かめられるかを考えていた。


「ただ、今回の外周の反応と関係があるかは、まだ分からない」


 カイルが補足すると、ヨナスも頷いた。


「そこは、今聞こうと思っていました。関係する可能性を考えて調べることと、同じ件として扱うことは分けます」


「そうしてくれ」


 エレジは作戦室に残した地図を思い返した。センサーが反応した範囲と、リヒターが地面の変化を見つけた場所には、別々の印をつけてある。自分に報酬が懸けられていると知ったことで、その二つまで一つにつながったわけではなかった。


「外で確認した場所からは、施設へ続く道の一部が見えました。でも、そこへ来た人が施設を見ていたかどうかは分かりません」


「地面の変化が、いつできたかも分からないわ」


 リヒターが続けると、マティアスも、三人で確認していた間には近くへ来た人間も車両もなかったと伝えた。ただ、それで夜間の反応を説明できるわけではないことも添えた。


 ヨナスはそれぞれの話を聞き、自分が調べた機器の状態と照らし合わせていた。今夜新しく知った事情があっても、見つかっていない証拠まで増えることはない。その扱い方が変わらなかったので、エレジも自分が確認した範囲を落ち着いて話せた。


「移動中に通信が切れた場合は、どう扱いますか」


 ヨナスがカイルへ尋ねた。


「先に決めた連絡時刻と、最後に確認できた位置を使う。切れたことだけで接近や襲撃と決めず、機器と地形も確かめる。ただ、理由が分からないまま予定を続けるつもりはない」


「所在を確認する順番も、現地の経路と合わせて決めたいです。通信を戻すために一人だけ移動すると、別の問題ができるので」


「ああ。ヴァイスが単独になる配置にはしない。班だけで足りないところは、現地の支援も使う」


 エレジは二人の話を聞きながら、相互訓練で通信が不安定になった時のことを思い出した。自分が見通しのよいところへ上がれば、それで済むとは限らなかった。機材を使う方法も、全員で経路を変える方法もある。警護が必要だからといって、ほかの判断をすべて止めることにはならないのだろう。


「不審な連絡が来た場合は、少佐へ報告でよいですか」


「そうだ。相手が何を知っているか分からないから、こちらから情報を足さずに残してくれ。急ぐ時は、その場にいる班員へ先に伝えていい」


「私に直接来た場合も、同じですね」


 エレジが確かめると、カイルはこちらを見た。


「ああ。一人で応じる必要はない」


「分かりました」


 それは以前にも聞いていたことだったが、五人の前で確認すると、誰へ伝えればよいかが少し違って感じられた。カイルがいなければ彼が戻るまで待つのではなく、その場にいる相手へ話してよい。ヨナスも同じ情報を持ったことで、伝える時に最初から説明し直す必要はなくなった。


 ヨナスはしばらく考えた後、今の時点で聞きたいことは以上だと言った。エレジは彼が机の端の端末へ目を向けるのを見て、自分の話が、これから彼の扱う情報の一つになるのだと思った。


「ファルク大尉」


「はい」


「私のことで、班の動きに条件が増えます。先に話しておくべきでした」


 ヨナスが答える前に、マティアスがこちらを見た。


「知らないまま動く方が困るでしょう。今分かったなら、これから考えられるし」


「ええ。通信の組み方も変わります」


 ヨナスはマティアスの言葉を受け、エレジへ続けた。


「連絡できればいい、だけではなくなるので。予備の手段をどこに持つか、誰が使えるようにしておくかも、先に決められます」


 エレジは、負担がないと言われたわけではないことに気づいた。必要な条件が増えるのは事実で、その分、準備も変わる。それでも、彼らは自分に気にしなくていいとだけ言うのではなく、具体的に何を考えられるかを返してくれた。


「私も、分かったことは伝えます」


「分かったことだけじゃなくてもいいわ」


 リヒターがカップを置き、エレジへ顔を向けた。


「気になるけど理由が分からない、でも話して。何が気になったのかを、後から一緒に確かめられるから」


「確かめてからの方が、説明しやすいと思ってしまいます」


「全部確かめるまで待ってたら、動く時刻も過ぎるでしょう」


 そう言われると、エレジには覚えがあった。自分で整理できていないことを口にすると、相手へ判断を渡してしまう気がする時がある。けれど、班で動くようになってからは、自分だけでは見えないものが残ることも分かっていた。


「確かめるために一人で動く前に、伝えてくれ」


 カイルの言葉に、エレジは頷いた。


「はい。まだ分からないことも、そのまま話します」


 マティアスはその返答を聞くと、残っていた飲み物を一口飲んだ。エレジが彼の方を見ると、以前のように、自分が無理をするのではないかと確かめている顔ではなかった。今夜話したことを受け取り、その上で次に何をするか考えているように見えた。


     *


 エレジの話が一段落すると、ヨナスは機材について、ほかの四人へ伝えておきたいことがあると言った。


「完全に使えなくなる前に、いつもと違うと思ったところを教えてください。接続が一度切れたとか、表示が戻るのに時間がかかったとか。その時は使えても、後で調べる時に役立つので」


「直っても?」


 マティアスが尋ねると、ヨナスはすぐに答えた。


「直ったように見えても、です」


「自分で何かした場合は?」


「何をしたかも教えてください」


「何もしてないのに戻った時は、何もしてないって?」


「はい。それも必要です」


 マティアスは、話すことが増えるなと言いながらも、面倒そうにはしていなかった。ヨナスも、自分がどこまで報告してほしいと思っているか、普段の作業では伝えきれていなかったらしい。エレジは、機器を使える状態へ戻せば終わりだと思うことが、自分にもあったと気づいた。


「身体の方も同じね」


 リヒターが話へ加わった。


「痛みが続いているとか、いつもの動きで息が上がるとか。作業を終えるまで黙っているより、先に言ってもらった方が対応しやすいわ」


「訓練は続けられても、ですか」


 エレジが聞くと、リヒターはこちらを見て答えた。


「続けられるかどうかを決めるためにも、先に聞きたいの。今は動けるから問題ない、とは限らないでしょう」


「分かりました」


 自分が動けるうちは、相手へ知らせるほどではないと思うことがある。エレジはそれをすぐに変えられるとは言い切れなかったが、班員が何を知りたいのかは、今聞いておけた。


 マティアスは、二人とも早めに言ってほしいのだと分かると、ヨナスへ顔を向けた。


「じゃあ、食事に来ない時も、早めに呼んだ方がいいですか」


「お願いします」


「調べてる途中でも?」


「区切れるところまで進めることはありますけど、呼んでもらえれば時刻には気づけるので」


「呼ばないと気づかないことがあるんですね」


「あります」


 ヨナスが迷わず認めたので、リヒターは少し笑った。


「作業を始める前に、何時に食べるかも確かめておいてね」


「そうします」


 エレジもそのやり取りを聞いて笑った。先ほどまで話していたことが軽くなったわけではない。それでも、事情を伝えた後に、食事へ来る時刻の話もできる。自分のことだけで、今夜の会話が終わらなかったのが嬉しかった。


 カイルはほかに確認したいことがないかを聞き、翌日の資料について話を移した。訪問者へ見せるものは作戦室に揃えてあり、先に提出した報告の後で分かったことは別にまとめてある。


「明日、説明していて足りないところがあれば補ってくれ。自分が見たこと以外まで答えなくていい」


 エレジは返事をしてから、地図と写真の置き方を思い返した。どの位置を説明する時に何を見せるかは、朝にもう一度確かめておきたかった。


 ヨナスも機器の確認結果を用意しておくと言い、マティアスは、現地で見た周辺の状況を聞かれたら自分が答えると伝えた。リヒターは訪問者の分も食事を用意するため、朝のうちにできるところまで準備するという。


「私も手伝います」


 エレジが言うと、リヒターは、先に報告資料を確かめてから戻ってきてくれればよいと答えた。明日も、自分がする仕事は変わらずある。その順番を一緒に決められることが、今夜は少し心強かった。


     *


話を終えると、ヨナスは机の端から端末を取った。通信室へ戻る前に、エレジへ声をかけた。


「ヴァイス中尉、明日の地図は、写真の番号も入れたものを使いますか」


「はい。場所を示しながら、写真も見てもらえるようにしてあります」


「なら、こちらの記録にも番号を合わせておきます。位置の説明は、中尉にお願いしていいですか」


「はい。私が説明します」


 ヨナスは分かったと答え、翌朝、作戦室で表示を確かめることになった。狙われている事情を聞いた後でも、彼が自分へ頼むことは、現地で見た位置を説明することだった。


 エレジは、自分の事情を話したことで班の中での役割まで変わったわけではないのだと思った。必要な警戒を考えてもらい、自分も見たものを返す。その両方を、同じ五人で行っていける。


 共有スペースを出る前に、カイルが翌朝の集合時刻をもう一度伝えた。エレジも確認し、マティアスと廊下へ出た。階段へ向かう途中で彼が明日の来客の食事も楽しみだと言ったので、エレジは先に食べるつもりではないかと聞いた。


「違いますよ。俺の分もあるでしょう」


「ありますけど、説明が終わってからです」


「中尉まで言う?」


 昼食の時刻を待てない人のように扱われ、マティアスが笑ったので、エレジも笑いながら階段を上がった。自室へ戻ったら、翌朝使うものを揃えて休もうと思った。明日は五人で、ここまで行ってきたことを説明する日だった。


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