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エーデルベルグの雪 ──北部山岳任務録──  作者: 有凪いちほ
特殊情報収集班:訓練

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訓練の終わり


 朝、エレジが共有スペースへ降りると、リヒターはすでに朝食の準備を始めていた。窓の外には薄い雲が広がり、林の奥に残る雪にも、まだ日は差していない。


 エレジは五人分の器を出し、リヒターが焼いていた卵を受け取った。カイルとマティアスも降りてきたが、ヨナスの席だけは空いていた。


「ファルク大尉、まだですか」


「先に降りたと思ったんだけどな」


 マティアスが廊下の方を見たので、エレジも通信室にいるのかもしれないと思った。何かを調べていて、食事の時刻に気づかなかったことは前にもある。


 ヨナスが現れたのは、リヒターが最後の皿を机へ置いた時だった。手に端末を持っており、自分の席へ来る前にカイルへ声をかけた。


「ちょっと気になるセンサー反応があったので、外を見てきます」


「どこだ」


「北側の外周です。夜間の記録に残っていました。機器の状態と、周りを確認したいので」


 カイルは食事へ伸ばしかけた手を止め、ヨナスが開いた記録を見た。エレジの位置からは表示の細部までは読めなかったが、彼がいくつかの時刻を指しているのは分かった。


「侵入か」


「まだ分かりません。反応だけでは、何が通ったかまでは出せないです。不具合かどうか、先に確かめます」


「私も行くわ」


 リヒターが申し出ると、カイルは二人で確認するよう伝えた。最初は北側の機器とその周辺までにし、範囲を広げるなら連絡を入れることになった。


「朝食、残しておきますね」


 エレジが声をかけると、ヨナスは自分の席へ目を向け、用意されていた皿に気づいた。


「お願いします。戻ってから食べます」


 リヒターもパンを乾かさないよう頼み、ヨナスと共有スペースを出た。エレジは二人の皿を台所へ戻し、覆いをかけてから席についた。


「何か、いつもと違ったんでしょうか」


「ファルクが確かめてからだ」


 カイルはそう答え、二人が示した場所を手元の施設図で確認した。北側には林が近く、建物から外周の全部を見通せるわけではない。エレジも窓へ目を向けたが、席から見える景色に変わったところはなかった。


 三人で食事を始めてしばらくすると、ヨナスから、確認する範囲を少し外側へ広げたいと連絡が入った。カイルは場所と理由を聞き、戻る前に結果を伝えるよう答えた。


 マティアスも会話を聞いていたが、何が起きたのかを推測して話すことはしなかった。食べ終えた皿を台所へ運び、エレジが二人の朝食を残しているのを見ると、先にほかの器を洗っておくと言った。


 片づけが済む頃に、ヨナスとリヒターが戻ってきた。二人とも外で着ていた上着を脱ぎ、席へ着く前にカイルへ確認した範囲を伝えた。


「機器に明確な故障は見つかりませんでした。接続と電源も、今のところ問題はないです」


「周りは」


「柵を越えて入ったと分かるものは、見つからなかったわ。ただ、外側に少し気になる場所がある。古いものかもしれないから、今回の反応と同じとは言えない」


 リヒターが施設図を指したので、エレジもそちらを見た。ヨナスが示していた反応位置と近いが、同じところではない。彼女が外まで見たかったのは、その場所を確かめるためだったらしい。


「前にも、同じ反応はあったのか」


「そこをこれから見ます。今朝は直近の記録だけ確認したので」


 ヨナスが答えると、カイルは先に朝食を取るよう伝えた。温め直した皿を受け取る間にも、彼は端末へ目を向けかけたが、リヒターが机の端へ置くよう言った。


「食べ終わってからでも、記録は変わらないでしょう」


「そうですね」


 ヨナスが端末から手を離したので、エレジはパンも二人へ回した。何が起きたかは分からないままだったが、確認するものがあることは、今朝の短いやり取りでも分かった。


 カイルは予定していた共同訓練を変更し、午前中は記録と周辺の確認に使うと伝えた。施設管理側にも、夜間の作業や巡回があったかを照会するという。


「見つけたものを、同じ原因だと決めるな。分けて持って帰れ」


 エレジは返事をしてから、リヒターが指した場所を自分の地図にも写した。センサーが反応したところと、彼女が気にしたところには、それぞれ別の印をつけた。


     *


 食後、ヨナスは通信室で過去の記録を調べ、カイルは管理側への照会と、施設内に残す人員の調整を進めた。外へ出るのはエレジ、リヒター、マティアスの三人になった。


 エレジが上着を着て装備を確かめていると、マティアスは玄関で地図を開いていた。リヒターから聞いた範囲を確認しているらしく、こちらが来ると、施設の北側から回るのかと尋ねた。


「先に、朝見つけた場所を見ます。その後で、周りから何が見えるかを確かめたいです」


「分かった。二人が下を見てる間は、俺が周りを見ておくんで」


 リヒターもその分担を聞き、確認したい場所をもう一度地図で示した。三人で外へ出ると、建物の北側は日陰になっており、朝食前に見た窓の景色よりも地面が湿っていた。


 柵の内側を歩いている間、エレジは林の切れ目と、施設へ続く道の位置を確かめた。普段は建物へ出入りする側から見ていたため、外周に沿って角度を変えると、同じ道でも見える区間が違った。


 リヒターが朝見つけた場所は、柵の外にある木立のそばだった。三人は許可された出入口から外側へ回り、道路からそこまでの地面も見ながら近づいた。


「ここ」


 彼女が示したところには、草が周りより低くなり、土が一部露出している場所があった。エレジは足を置かずに手前で止まり、どの範囲が変わっているかを見た。


「人が立っていたんですか」


「その可能性はある。ただ、いつのものかまでは分からない。ここだけで、何をしていたとも言えないわ」


 靴の形がはっきり残っているわけではなく、人数も分からなかった。エレジは写真を撮ってから、地図の印を現地の位置に合わせた。


 マティアスは少し離れたところで道路の方を見ていた。こちらの作業へ顔を向けた後、近くまで来ずに声をかけた。


「普通に通る人でも、寄れそうな場所だな」


「はい。道から遠くはないです」


 エレジは返答してから、その場所に立ったつもりで施設へ目を向けた。木の間から建物の一部が見えるが、窓の中や玄関までは追えない。一方、車両が通る進入路には、見通せる区間があった。


「ここからだと、出入りする車両は見えそうです。建物の中までは分かりません」


「ずっと見えるのか」


「道の途中で一度隠れます。でも、施設へ向かうものか、戻るものかは分かると思います」


 エレジは少し角度を変え、道路から来る側も確かめた。通行中に偶然立ち止まったとしても景色を見ることはできる。施設を観察するために選んだ場所だとも、今の情報だけでは言えなかった。


 カイルへ連絡し、リヒターの所見と見通しを伝えると、周辺に同じような場所があるかを確認して戻るよう指示された。エレジは建物がよく見える場所だけを探すのではなく、道沿いに自然に留まれるところも見ていった。


 ほかにも施設の一部が見える場所はあったが、同じように人が留まったと思える変化は見つからなかった。ただ、地面の状態が違い、痕跡が残りにくいところもある。エレジは何もなかったとは書かず、確認した範囲と、見つからなかったものを記録した。


 戻る途中、マティアスが先ほどの場所を振り返った。三人で外を歩いている間、近くへ来た人間も車両もなかったが、それで昨夜の反応を説明できたわけではない。


「今朝は、特に誰も来てないな」


「はい。昨夜のことは、記録と合わせないと」


 エレジが答えると、彼は頷き、前へ目を戻した。誰かを見つけることになっていたわけではないため、見つからなかったことを失敗だとは思わなかった。それでも、施設のすぐ外に、日常の出入りを見られる場所があると確かめたことは残った。


     *


 施設へ戻ると、ヨナスが作戦室で記録をまとめていた。三人の報告を聞き、エレジが撮った写真と地図を見てから、自分の調べた時刻を示した。


「過去にも、この辺りの反応はあります。ただ、昨夜と同じものかは分かりません。風や、ほかの条件と合わせて説明できるものもありますが、今回はそれだけでは決められないです」


「機器の不具合は?」


 マティアスが尋ねると、ヨナスは確認済みの項目を見せた。


「少なくとも、今調べたところでは見つかってません。昨夜だけ一時的に起きた可能性まで、全部消せたわけではないです」


 エレジはその返答を聞き、地図の二つの印を見た。反応の記録があり、近くに人が留まった可能性のある場所もある。しかし、つながりを示すものはまだ見つかっていなかった。


 カイルが管理側からの返答を持って来たのは、その時だった。該当する時間と場所で、予定された作業はなかったという。巡回の記録にも、今回の反応を説明できるものはなかった。


「ただし、予定がないことと、不審者がいたことは同じじゃない。報告には、そのまま書く」


 五人で情報を合わせ、カイルが提出する報告を作った。ヨナスは反応の時刻と確認した機器の状態を、リヒターは地面の所見を記した。エレジは見通しと位置関係をまとめ、マティアスは現地で確認した周辺の状況を加えた。


 文章にすると、分かっていないところもはっきりした。敷地内へ侵入した証拠はない。外側に人が留まった可能性はあるが、いつ、何のために来たかは不明。センサー反応との関係も確認できていない。


「この写真、場所が分かるものも添えた方がいいですね」


 エレジが近くから撮った地面の写真を見て言うと、ヨナスは周囲を含めたものと並べた。リヒターも、写真では見えにくいところを文で補った。


 カイルは全員の記述を読んだ後、観察した範囲と照会先を確かめた。今後の確認を続ける必要があることも添え、昼前に報告を提出した。


「午後はどうします?」


 マティアスが尋ねると、カイルは管理側の担当者が来る時刻を伝えた。ヨナスは設備の確認を引き継ぎ、リヒターも外側で見た場所を案内することになった。


「ほかは、午前の記録を整理しておけ。予定していた課題は今日はやらない」


 エレジは地図を閉じず、見通せる進入路の区間を書き足した。今日確認したものは、講評で終わる訓練の記録ではなかった。担当者が変わっても分かるように残す必要があり、自分が見た位置と、そこから見えた範囲を分けて記した。


     *


 午後に来た担当者へ引き継ぎを終えると、五人は一度共有スペースへ戻った。設備の確認と警戒は続けることになり、外周の異常について、その日のうちに結論は出なかった。


 エレジが昼に使ったカップを片づけていると、カイルが端末を持って入ってきた。ほかの四人が揃っているのを見て、報告への返答が来たと伝えた。


「二十四日に、予定どおり訪問するそうだ。今回の件も、その時に詳しく聞く」


「班の確認に来る方ですか」


「ああ。相互訓練の実施状況と、今後の任務について説明がある」


 エレジは、実務へ移る前に上から確認を受ける予定があることは聞いていたが、日付までは知らなかった。今回の報告に対応するためだけに来るのではなく、もともとの訪問で合わせて話すらしい。


 リヒターはカイルの手元を見て、訪問する人物を確かめた。短く頷いた後、エレジがそちらを向くと、自分の直属の上官だと説明した。


「リヒター大尉が、前から一緒に仕事をしていた方ですか」


「ええ。以前から、その方の下で仕事をしてきたの」


「どういう方なんですか」


 リヒターはすぐには答えず、エレジへ目を向けた。仕事の説明をする時なら、できることや必要なことを迷わず挙げる人だったが、今回は少し言葉を選んでいた。


「私には、信頼できる方よ」


 それ以上の説明はなかった。エレジは、仕事をよく知っているというだけではない関係なのかもしれないと思ったが、今ここで理由まで尋ねようとはしなかった。


 マティアスも会話を聞いていたが、普段のように冗談を挟まなかった。代わりに、訪問の日も朝から施設にいる予定でよいかをカイルへ聞いた。


「そうだ。詳しい時刻は、決まり次第伝える」


 ヨナスは、それまでに今回の設備確認をまとめておくと言った。エレジも地図を整えておくと伝えると、カイルは、今日の報告を出した後で分かったことがあれば、区別して残すよう答えた。


 夕食の準備を始める時には、リヒターの口調も普段に戻っていた。エレジが冷蔵庫を開けると、残してあったにんじんを使いたいと言われ、ほかの野菜と一緒に取り出した。


 五人で食べている間、明日の確認の分担や、担当者へ渡したものの話が出た。外周の異常は解決していなかったが、食事の後まで全員で窓の外を見続けるわけにもいかない。ヨナスは必要な確認を終えてから戻り、マティアスも自分の担当が済むと片づけへ加わった。


 エレジは食後、作戦室で地図をもう一度開いた。午前中に見た場所と、そこから見えた進入路の区間を確かめ、写真の番号を書き添えた。リヒターが確認した地面の所見は、自分の観測と混ざらないよう別に参照できる形にした。


 まとめ終えたものを見直すと、誰がいたのかも、施設を見ていたのかも、まだ分からないままだった。それでも、どこまで確認し、何が残っているかは説明できる。


 三日後に来る人物へ渡す資料と、明日の確認に使うものを分けてから、エレジは作戦室を出た。



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