街での追跡・逆追跡
朝食の後、共有スペースの机に広げられていたのは、山の区域図ではなかった。
エレジは、自分の席に置かれた紙を見てから、向かいのリヒターへ目を向けた。通りの名前と建物の輪郭が印刷され、中央の広場を囲むように、訓練区域が線で示されている。机の上には同じ図が五枚あり、その隣には、出発と帰還の時刻を書いた予定表も置かれていた。
「今日は街でやるの。追跡する側と、される側を交代してもらうわ」
「五人で行くんですか」
「ええ。全員、一度は対象役になる。追う側にだけ慣れても、自分がどう見えてるか分からないでしょう」
街へ出られるとは思っていなかったため、エレジは返事をする前に、予定表の方まで読んだ。帰還は十六時になっている。移動と昼食の時間を除いても、午前と午後に何度か課題を行えるよう組まれていた。
「私も、外出していいんですか」
「今回は警護をつける条件で許可が出てる。応援も頼んであるわ」
リヒターは、班の外から来る要員が周辺の警戒を担当すると説明した。対象役にも追跡役にも入らず、訓練とは別に、エレジへの接近や区域内の異変を見ている。エレジが一人で移動する区間も、その体制を外すわけではないということだった。
カイルは手元の予定表を見ながら、説明を補った。
「俺にも実施許可と配置の連絡が来てる。区域を外れるな。訓練中でも、警護側から中止の連絡が入れば終わりだ」
「はい」
「対象を見失っても、探すために区域外へ出るな。最後に確認した位置を報告して、そこから判断する」
エレジは区域図へ戻り、端の通りと、集合場所になっている広場を確かめた。自分が行けるように、事前に人と許可が揃えられていたことは嬉しかった。ただ、今ここで礼を言うと、リヒターは訓練の説明へ戻したがるかもしれない。出発の準備を終えてから、改めて伝えようと思った。
マティアスは区域図より先に、予定表の昼食の欄へ関心を向けていた。
「飯も街で食うんですか」
「そのつもり。午前の課題が終わったらね」
「終わらなかったら?」
「あなたがいつまでも戻ってこなければ、遅くなるかもしれないわね」
「じゃあ、時間どおりに戻ります」
「対象役になった時も、それでお願い」
ヨナスは二人の話を聞きながら、区域の中にある細い道を指で辿っていた。図だけでは通れるか分からない箇所があるらしく、リヒターへ確かめると、現地で一度歩いてから始めると答えられた。
「街を出るのは十五時過ぎ。施設には十六時ごろ戻る予定よ。向こうで時間を延ばさないように」
エレジが了承すると、カイルも帰還時刻を確認した。リヒターは五人分の図を配り終え、現地で使う通信機と記録用紙を机へ並べた。
*
車を降りた場所から訓練区域までは、少し歩いた。
店が開き始めた通りには、荷物を運び込む車と、仕事へ向かう人が混じっている。山の施設で聞く音とは違い、扉が開く音や、台車の車輪、離れた場所の話し声が、同じ通りの中から重なって届いた。
エレジはリヒターの隣を歩きながら、区域図と建物を見比べた。紙では一つの輪郭になっていた建物にも、正面の入口と、脇へ回ったところの小さな扉がある。通りの先が見えていても、途中に停められた車の後ろまでは分からなかった。
「来られると思ってなかったので、嬉しいです。手配してくださって、ありがとうございます」
エレジが伝えると、リヒターは図から目を離して彼女を見た。
「街でやった方が分かることもあるから。今日は遊びに来たわけじゃないけど、昼食くらいはゆっくり取れるようにしてあるわ」
「はい」
「ほら、そこ。図だと抜けられそうに見えるでしょう」
示された道は、二軒の建物の間にあった。エレジには奥まで続いているように見えたが、近づくと、途中に門がある。脇の通りへ出られる道ではなかった。
ヨナスも同じところを確かめ、図の上へ小さく印を付けた。マティアスは門より、そこへ入る人がほとんどいないことを見ているらしかった。
「ここに入ったら、目立ちそうですね」
「人が少ないところなら見られない、とは限らないわね。先に、使える道を全部歩きましょう」
五人は広場を通り、店の並ぶ通りと、その裏側の道を一周した。建物の中へ入ってよい範囲も、その場で確認する。リヒターは、一般の人へ話しかけて協力を求めたり、店員に追跡者を遮ってもらったりはしないよう伝えた。
「走らない。区域から出ない。人の邪魔になる動きもしない。見失わせたいからって、車道へ急に出るのもなしね」
「追う方は、見つからなければいいんですか」
マティアスの問いに、リヒターは、何を記録するかまで説明した。対象の位置と移動、見失った時刻、追跡に気づかれたと思った場面。追われる側も、どこで相手に気づき、何を見てそう判断したかを残す。
「最後に比べるから、たぶん気づいた、でもいいわ。ただ、その時は何を見たか書いておいて」
カイルは通信を短く使うよう確認した。見えたことを報告するために話し続け、その間に対象を見失っては意味がない。五人がそれぞれ通信の聞こえ方を確かめると、リヒターは最初の対象役をマティアスに決めた。
*
マティアスが広場を出た後、エレジとヨナスは少し時間を置いて追跡を始めた。
最初に見つけたのはエレジだった。通りの向こうで店先を見ているが、その店に入るつもりはなさそうだった。顔の向きが何度か広場の方へ戻り、こちらから見ても、誰かを探していることが分かる。
「対象、広場の西側です。店の前。まだ移動してません」
「こちらからも見えます」
ヨナスの返答を聞いてから、エレジは自分の位置を少し変えた。二人が同じ方向から近づけば、マティアスにも見つけやすい。彼が歩き始めた時には、ヨナスが通りの反対側を使い、エレジは店先にいる人々との距離を見ながら進んだ。
マティアスは最初の角を曲がる前にも後ろを見た。エレジはそこで足を止めず、彼から見れば、まだ別の店へ向かっているような位置を保った。角の向こうへ消えてから、直前の場所を報告する。
「左へ曲がりました。今は見えません」
「その道は、先で北側の通りに出ます。途中から右へも行けます」
ヨナスは午前中に歩いた経路を覚えていた。二人で同じ角へ入るより、出られる側を分けた方がよさそうだったため、エレジは北側へ回ると伝えた。
図ではすぐ隣に見えた通りも、実際には建物を回る分だけ時間がかかる。間に合わなければ、その間にどちらへ行ったかは取れない。エレジは急ぎたくなるのを抑え、角を出たところから先を見た。
マティアスは通りへ出る手前で、ヨナスのいる側を確かめていた。そちらには追ってきた者がいないと思ったらしく、歩く速さを戻している。
エレジが向かい側の店の前へ出ると、彼も気づいた。視線が一度こちらに留まり、その後、何事もなかったように通りを進んだが、今度は曲がる前から、別の道を探しているようだった。
課題の終了を告げられるまで、二人は位置を分けて追った。マティアスを見失った区間はあったものの、どこで確認が途切れ、次にどこで見つけたかは残せた。
広場へ戻ると、マティアスは自分の経路を図へ書きながら、エレジに見つかったところを指した。
「中尉、こっちから来てましたよね。俺の後ろにはいなかったでしょう」
「ファルク大尉と分けました。最初の道の先で、また見えたので」
「俺は途中まで追ってました。その後は見えなくなりましたけど、曲がった道は分かってたので」
「そっちにいないから、離せたと思ったんですけど」
マティアスは、ヨナスが最後に見えた位置へ印を付けた。リヒターはその印と、エレジが見つけ直した位置の間を見て、マティアスへ聞いた。
「ここでは、後ろだけ見てた?」
「はい。横にいるとは思わなかったので」
「入った道から離れた後は、追う側も別の場所へ動けるわ。あなたが見えなかった時間と、二人が何も分からなかった時間は同じじゃないの」
カイルは、エレジとヨナスにも、確認できなかった区間を書き足させた。結果として見つけ直していても、その間を追えていたことにはしない。マティアスは二人の記録を見て、次は後ろばかり見ないと言った。
「見すぎてました?」
「曲がる前に、毎回こっちを見てました」
エレジが答えると、ヨナスも、二回目からは振り返る場所が分かったと付け足した。マティアスは少し不満そうだったが、記録にはそのことも書いていた。
*
次の対象役はヨナスで、カイルとマティアスが追うことになった。
エレジはリヒターと一緒に、二人の追跡が見える位置へ移った。ヨナスは広場を出ると、そのまま通りを進むのではなく、掲示板の前で足を止めた。
少し読んで離れるのかと思ったが、しばらく動かない。エレジは、その位置からなら通りの一部が見えることを確かめた。追跡する二人の動きを待っているのかもしれないが、彼の顔は掲示物へ向けられたままだった。
「本当に読んでるんでしょうか」
「本人に聞かないと分からないわね。今は、止まってることだけ取っておいて」
マティアスは通りの向こうで足を止め、別の店先を見ていた。カイルはそこから少し離れ、同じ場所に留まらずに歩いている。エレジが二人の位置を確かめている間に、ヨナスは掲示板を離れた。
それまで動かなかった分、マティアスが次の動きに合わせるのは遅れた。ヨナスの後ろを追う距離が短くなり、途中で彼が店の前に止まると、マティアスも近くまで来てしまう。
ヨナスは店の窓を見てから、通りへ顔を向けた。マティアスがそこを通り過ぎると、今度はその先まで見ている。エレジには、少なくとも一人は気づかれたように見えた。
それでも、カイルの方はヨナスから見えにくい位置にいた。マティアスへ注意が向いている間に、対象の移動を確認し、次の通りへ先に回っている。
終了後、ヨナスはマティアスに気づいた場所を図へ書いた。
「ここまでは、近くにいたのは分かってました。ただ、追ってるのかどうかは、その次で分かりました」
「何でです?」
「俺が止まった後、もう一度こっちを見たので。同じ人が、さっきとは別の場所でも見てるのが分かりました」
「少佐は?」
「見つけられてません」
カイルが自分の位置を示すと、ヨナスはその時に見ていた方向を確かめた。マティアスがどこへ行ったかを追う間、反対側には注意が向いていなかった。
「ロートを見つけた後も、俺の位置は分からなかった。それで追跡者を全部取れたとは判断しなかったか」
「はい。ただ、ロートが離れた後、少しそちらを探しすぎました」
リヒターは二人の記録を並べ、ヨナスがマティアスに気づいた時刻と、カイルが場所を変えた時刻を確かめた。エレジの記録にも、その間の位置は残っていた。
マティアスは自分の記録を書き終えてから、どうしても気になっていたらしく、ヨナスに掲示板のことを聞いた。
「あれ、何を見てたんですか」
「催しの案内です」
「追跡を確かめてたんじゃなくて?」
「そこも見てましたけど、書いてあることも読んでました」
リヒターが笑い、マティアスは、それでは動き出すところが分からないと言った。ヨナスは、読む前からいつ終わるかは決められないでしょうと答え、自分の図をカイルへ渡した。
*
カイルが対象役になると、エレジはマティアスと追跡を組むことになった。
通りの中へ入った彼は、ヨナスのように長く立ち止まらず、人の流れに合わせて歩いていた。体格が大きく、離れても分かる。エレジは最初、その姿を取ること自体は難しくないと思った。
マティアスとは別の位置から追っているため、片方から見えにくくなっても、もう片方で取れる。その状態がしばらく続き、エレジは通りの先にある分岐へ注意を移した。
カイルがその先で曲がれば、自分はどちらへ進むか。向かいから荷物を運ぶ人が来ていたため、同じ側へ寄ると歩きにくくなる。エレジが先の道と人の位置を見ているうちに、彼の姿は通りから消えていた。
「対象、見えなくなりました。最後に見えたのは、右側の店の前です」
「こっちからも見えません。先へ行ったかもしれないです」
マティアスの返答を聞き、エレジは通りの奥を見た。人の間にいる可能性はあるが、そこへ進んだところは確認できていない。直前には、店の入口にも近かった。
「先へ進んだのは取れてません。私は店の方を見ます」
「じゃあ、俺は角まで行きます」
店の前へ近づくと、入口の向こうに何人か人がいた。カイルはその中で、棚のそばに立っている。見つけられたと思った時には、彼もこちらを見ていた。
エレジはその場で足を止めるのを避け、店先を通り過ぎてから位置を報告した。マティアスが戻ると、カイルもほどなく通りへ出てきたが、今度は二人のいる側を見てから歩き始めている。
追跡は続けられた。それでも、最初と同じように見つかっていないつもりでは動けなかった。エレジはカイルが自分を見る前にいた位置と、その後に変えた場所を記録した。
集合場所で図を広げると、カイルは二人へ、見失った後の行動を聞いた。
「私は、店に入った可能性があると思いました。先へ進んだかどうかは確認できてなかったので」
「俺は、先の角を見に行きました。中尉から連絡が来たので戻りました」
「見つけ直した時は」
「こちらも見られました。入口へ近づいた時です」
カイルは、エレジが書いた位置を確かめてから、自分が二人に気づいたところも示した。マティアスが角から戻る動きも、店の中から見えていたという。
「ヴァイス。見つけ直した後、同じ位置には残らなかったな」
「はい。そこから追い続けたら、また見えると思ったので」
「ああ。ただ、移った先も一度は見えた」
エレジは新しい位置へ印を付けた。自分からは棚と入口しか見えなかったが、カイルから見える範囲はそれより広かったらしい。
リヒターは、二人が店と通りを分けて探したことについて、どの時点で決めたかを確認した。見つけ直せたという結果だけでなく、その前に何を取れていたかまで比べると、エレジが思っていたより、通りの中には短い見落としが多かった。
*
昼食を取る店には、少し早めに入った。
リヒターが指定していた席で、五人は上着を脱ぎ、通信機を邪魔にならない位置へ置いた。近くに警護要員がいることは分かっていたが、班の席へ来る者はいない。カイルは一度連絡を受けてから、午後も予定どおり行うと伝えた。
料理が来るまでの間、区域図を机へ並べる。マティアスの記録には、見つかったと思った場所がいくつか書かれていたが、エレジの記録には、その前から彼を見ていた時刻がある。
「中尉、ここでも見てたんですか」
「はい。マティアスが私を見たかどうかは分からなかったです」
「俺は全然気づいてないです」
ヨナスも自分の記録を寄せ、同じ時刻にどこにいたかを示した。マティアスは、自分が二人から同時に見られていた場面があることを知ると、午後にもう一度やりたいと言い出した。
「先に、まだ対象役をやってない二人ね。時間が残れば考えるわ」
リヒターの返答で、エレジは午後の自分の順番を確かめた。食事を終えて少し休んでから始める。最後はリヒターを四人で追い、十五時過ぎには区域を出る予定だった。
料理が揃うと、図は一度片づけられた。マティアスは自分の皿を見て、午前中に間に合ったから普通に食べられると満足そうだった。ヨナスは、最初に掲示板で見た催しについて、近くの施設で行われるものらしいと話し始めた。
「それ、本当に内容まで覚えてるんですね」
「読んでましたから」
「俺が、大尉がいつ動くか待ってた時に?」
「待ってる間、ずっと後ろを見てるわけにはいかないでしょう」
ヨナスは案内に書かれていた展示の内容を説明し、エレジが一つ聞くと、どんなものが展示されるのかも話した。彼には訓練中に見ただけで気になるものが残っていたらしく、今度来る機会があれば中も見たいと言う。
エレジもその話を聞きたかったが、今日は午後の課題がある。昼食を終える頃には、最初に街へ着いた時の緊張も薄れ、午前中に歩いた通りを、図を見なくても思い出せるようになっていた。
*
午後はエレジが対象役になった。
広場を離れる前に、リヒターはもう一度、使ってよい範囲と、終了の連絡が入った時の集合場所を確認した。エレジは地図をしまい、午前中に歩いた道へ向かった。
追うのはカイルとヨナスだった。どちらが先に近づくかは知らされていない。最初の通りでは、後ろを確かめても二人の姿は見えなかった。
マティアスが何度も振り返っていたことを思い出し、エレジは見るためだけに足を止めないようにした。ただ、止まらずに歩けば、後ろのどこまで取れたかは曖昧になる。通りへ出る前に周囲を見た時、離れたところにカイルがいた。
彼がこちらを見ていたかどうかまでは分からない。その後、別の位置でも同じ姿が見えたため、エレジは追跡していると判断した。
ヨナスはまだ見つからなかった。カイルが見える側へ注意を向けすぎると、もう一人がどこにいるかを探せなくなる。エレジは通りを曲がり、午前中に確認した店の前を通ったが、その先でカイルも見えなくなった。
離せたかもしれないと思った。それでも、自分から見えなくなっただけで、彼がこちらを取れていないとは限らない。ヨナスの位置も分からないままだった。
次の角へ来た時、後ろを歩いていた人物が、同じ方向へ曲がった。
班員ではない。手に買い物の袋を持ち、距離も特に近くはなかったが、自分と同じ道を使った理由は分からない。エレジは予定していた細い道を見てから、広場へ続く通りに進路を変えた。
訓練区域の中で、どこへ行くかは自分が決められる。今は追跡者を見失わせることより、周囲を見られる場所へ出たかった。
「予定していた道を変えます。班員ではない人が同じ方向へ来たので、広場へ向かいます」
「了解。そのまま区域内で続けて」
リヒターの声が入り、エレジは広場へ出た。そこなら、近くにいる人の位置が分かる。先ほどの人物は通りの途中で店へ入り、その後はこちらへ来なかった。
広場の向こうにはカイルがいた。自分の移動に合わせて位置を変えたのか、最初からそこにいたのかは分からない。エレジはそのことを覚えておき、残りの時間は、彼の姿を確かめられる区間と、見えなくなる区間を分けて考えた。
終了後、リヒターは進路を変えた場所を図で示すよう求めた。
「この道へ入るつもりでした。でも、後ろにいた人も同じ角を曲がったので、先に広場へ出ました」
「その人が追ってきたかは?」
「分かりません。買い物かもしれなかったですけど、細い道へ入ってから確かめるのはやめました」
「分かった。警護側でも確認してる。あなたへの接近ではなかったわ」
エレジはその返答を聞いてから、図へ広場までの経路を書き足した。リヒターは課題を外れたとは言わず、その変更の前後で、カイルとヨナスの位置をどこまで取れていたかを聞いた。
「少佐は二回見ました。ファルク大尉は、最後まで見つけられてません」
「俺はこの辺りにいました。広場へ出る前にも、一度こちらを見てましたけど」
ヨナスが示した場所には覚えがあった。しかし、その時は通りの先と、一般の人の動きを見ており、彼の姿までは取れていない。
カイルは、エレジが自分を確認した後にどちらへ顔を向けたか、近くで見えていた場面を説明した。エレジには見る先を変えたつもりでも、カイルの位置を気にして、何度か同じ側へ注意を戻していたらしい。
マティアスは、彼女が広場へ出た時、自分たちからはどう見えたかを付け加えた。五人の記録を合わせると、エレジがカイルを見つけた時間より、カイルが彼女を見ていた時間の方がずっと長かった。
*
最後にリヒターが対象役になると、残った四人は広場の端で役割を決めた。
四人で追うなら、同じ通りに固まる必要はない。カイルは最初に対象を見る位置をエレジへ任せ、ヨナスには区域図を使って別の道へ回れる位置にいるよう伝えた。マティアスは、対象が曲がった後を引き継ぐ側へ入る。
リヒターが出発する時、エレジは午後に入って少し増えた人通りを確かめていた。彼女は特に速く歩かず、店先を見ながら通りへ入っていく。上着も髪も分かっているため、最初は見失うことはなかった。
「対象、南側の通りです。右側の店の前で止まってます」
報告すると、マティアスから、次の角が見える位置へ入ったと返答があった。エレジはそのままリヒターを見るつもりだったが、彼女は店へ入らず、もう一度歩き始めた。
角の手前で止まり、向かいから来る人が通り過ぎるのを待っている。エレジが通りの反対側へ移ると、リヒターはそれから角を曲がった。
「右へ入りました。こちらからは見えません」
「見えました。今、通りの奥へ進んでます」
マティアスへ引き継げたことで、エレジは次に出られる場所へ向かった。途中でヨナスから別の道の状況が入り、どちらへ移ればよいか確かめている間に、マティアスの報告が変わった。
「対象、見えなくなりました。建物の前まで取れてました」
「入ったか」
「そこは見てません」
カイルが最後に見えた位置を確認させる。エレジは角の先へ出たが、リヒターの姿はない。店から出てきた人の中に似た色の上着を見つけても、顔と髪を確認する前に別の人に遮られた。
「似た上着の人がいます。まだ対象かは確認できてません」
「位置だけ送れ」
エレジが場所を伝えると、カイルが別の側から確かめた。その人はリヒターではなかった。
ヨナスは、最後に見えた建物から使える道を挙げた。どちらも午前中に歩いているが、リヒターがそこを通ったとは分からない。四人は分かれて見たものの、通りのどこにも、確実に彼女だと言える姿を取れなかった。
その後、一度だけカイルがリヒターを見つけた。広場へ続く道を横切ったところだった。エレジもそちらへ注意を移したが、自分の位置からは建物に遮られている。近づく前に、また確認が途切れた。
予定の終了時刻が近づき、リヒターから集合場所へ戻るよう連絡が入った。
広場へ着くと、彼女はすでにベンチのそばで記録を書いていた。マティアスはその姿を見て、途中からずっとそこにいたのではないかと聞いた。
「そんなに早くは戻ってないわよ。少佐には最後に見られたでしょう」
「俺たちの位置は、いつから分かってたんですか」
「最初はヴァイス中尉だけ。ロートは、角を曲がった後ね。全員をずっと見てたわけじゃないわ」
エレジは自分が最初から気づかれていたと聞き、出発した時の位置を図へ書いた。リヒターは、どの時に彼女を見たかを示し、その後、マティアスがどこから現れたかも続けて説明した。
マティアスは、自分がリヒターを見つけた時には、まだ気づかれていないと思っていたらしかった。彼女の記録には、その時刻より前に、彼を見た場所が書かれている。
「見つけた時には、もう見られてたんですか」
「あなたがどこから来るかは、少し前に分かったの。だから、そこで待った」
「俺が気づいたから動いたんじゃなくて?」
「動くところを見てもらってから、どっちへ来るか確かめたの」
エレジはマティアスから連絡を受けた後、自分がどこへ向かったかを見直した。リヒターの動きを聞いて追っているつもりだったが、彼女からすれば、その連絡の後に誰が現れるかを見ることもできたのだった。
カイルは四人の図を並べ、二度確認が途切れたところを確かめた。最初にマティアスが見失った後、リヒターは建物の中へ入っていた。二度目にはカイルが取った位置から別の道へ移り、集合場所へ戻っている。
ヨナスが回っていた道については、リヒターにも見えていなかった。
「そこにいたの?」
「はい。こちらへ出る可能性もあったので。ただ、最後に少佐が見たところからは、間に合わなかったです」
「私、その場所までは確かめてなかったわ。こっちへ出てたら、また見られたかもしれないわね」
リヒターは自分の図へヨナスの位置を書き足した。四人の場所を全部知った上で動いていたわけではないと分かると、エレジには、彼女が途中で何を見ようとしていたかが、少し考えやすくなった。
それでも、自分なら同じように動けたかは分からない。最初の店先で止まったところだけでも、エレジは対象が動き始めることを待ち、リヒターはその間に、こちらがどこへ移るかを見ていた。
カイルは終了時刻を確認し、残った記録は帰ってから揃えると区切った。警護側との連絡も済ませると、五人は区域を離れ、車を置いた場所へ戻った。
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帰りの車では、マティアスが最初の自分の動きについて、まだ考えていた。
「次は、普通に歩いてるように見せたいです。後ろを見なければいいんですかね」
「見なくて済むわけじゃないでしょう。俺たちがどこにいるか、分からなくなりますよ」
ヨナスに返され、マティアスは、確かめるとすぐ分かるのが困るのだと言った。リヒターは二人の話を聞いてから、振り返ったことだけで追跡への警戒が分かったのではなく、その前後の動きも見られていたと説明した。
エレジは隣で区域図を開き、最後にリヒターを見失った場所をもう一度見ていた。朝、五人で歩いた時には、ただの店先だった。入口の向こうまで見なければ、通りにいる人から何が見えるかも分からない。
車の窓から街の建物が遠ざかっていく。今日歩いた道は、その中にもう見つけられなかったが、図の上なら、自分がいた場所も、リヒターが止まったところも残っていた。
施設へ戻ったのは、十六時に少し届かない頃だった。カイルが帰還の連絡を入れ、リヒターは夕食までに記録を揃える時間を伝えた。
エレジは車を降りる前に図を畳んだ。次に街へ出た時には、あの店の前をもう一度歩き、自分がリヒターからどう見えていたのかも確かめてみたかった。




