星と石の話
夕食を終えて自室へ戻ると、エレジは上着を脱ぎ、しばらくベッドに座っていた。午後の訓練で痛めたところはなかったが、腕と肩には疲れが残り、何かを読もうとしても、文字を追う気になれなかった。
眠ればよいのかもしれない。それでも、横になって目を閉じると、腕を押さえられていた時の感覚を思い出しそうだった。
訓練の内容はリヒターと確認しており、今から考え直したいわけではない。ただ、部屋の中で一人で過ごすより、少しほかのものを見たかった。
エレジは上着を着直し、共有スペースへ向かった。廊下は静かだったが、外へ通じる扉が少し開いており、その先に人の姿が見えた。手すりの近くに置かれたベンチに座っていたのはヨナスで、機材も端末も持たず、背もたれへ身体を預けて空を見上げていた。
「ファルク大尉、何してるんですか」
ヨナスはエレジを見ると少し笑った。
「星を見てました。今日は雲が少ないので、結構見えますよ」
エレジが扉の外へ出ると、ヨナスはベンチの端へ少し寄り、隣を空けた。そこへ座って背もたれに身体を預けると、施設の周囲には市街地のような明かりがなく、山の黒い稜線の上に、小さな光まで見えている。冷たい空気が頬に触れたが、上着の前を閉じると、落ち着いて空を眺められた。
「ここ、こんなに見えるんですね」
「建物の明かりから少し離れるだけでも違います。目が慣れると、最初には見えなかったものも見えてきますよ。明るいところに戻ると、また慣れるまで時間がかかりますけど」
「じゃあ、もう少しここにいたら、今より増えて見えるんですか」
「はい。空を見るつもりで出てきたなら、ちょうどいいと思います」
エレジは両手を膝へ置き、ヨナスと同じ方を見上げた。部屋で本を開こうとした時より、続きを知りたい気持ちが自然に出てきた。
「星も詳しいんですか」
「少しです。観測を専門にしてるわけじゃないので、詳しい人に聞かれると困るところもあります。ただ、どうやって星ができるのかとか、何でできてるのかとか、そういう話は好きです」
「ファルク大尉の少しは、私が思う少しとは違いそうです。昨日、少佐とあれだけやり合ってたので」
「あれは少佐に負けましたよ」
「負けたかどうかじゃなくて、あそこまでできることが意外だったんです。星の話も、たぶん私が聞いたら、少しには思えないんだろうなって」
ヨナスは、自分がどの程度知っていれば「少し」ではなくなるのか考えているようだった。エレジにはその区別より、今、何を見ていたのかの方が気になった。
「何か決まった星を見てたんですか」
「最初は北の方を見てました。あの辺りです。明るい星だけを一つ覚えるより、周りの並びも一緒に見た方が、次に探しやすいので」
ヨナスが示した場所を見ても、エレジにはすぐには並びを捉えられなかった。いくつもの光の中から、どれを一緒に見ればよいのか迷っていると、ヨナスは目印になる星から順に説明した。
「今見てる空は、一晩ずっとこの位置にあるわけじゃないんです。地球が回ってるので、時間が経つと星の位置も変わります。北の空では、回転の軸に近いところを中心に、周りの星が回って見える。だから、今どこにあるかだけじゃなくて、どう動くかも知ってると探しやすいです」
「星がこっちの山から、あっちの山へ動くように見えても、私たちがいる地面の方が回ってるからなんですね。星の並びは同じままで、空の中の位置が変わる?」
「一晩くらいなら、そう考えて大丈夫です。星同士の位置関係は、人間が少し眺めてる時間ではほとんど変わりません。ただ、星そのものも動いてはいます。遠いので、小さな変化を見分けるには長い時間が必要になるんです」
「じゃあ、ここで何時間か見てたら分かる動きと、何年も記録しないと分からない動きが、別にあるんですか」
「そうです。そこを混ぜると、何を見てるのか分かりにくくなるんですよ。同じ時刻でも、季節が変われば見える空は変わりますし。それは地球が太陽の周りを回ってることも関係します」
エレジはヨナスの示した並びをもう一度見た。最初より探しやすくなっており、彼が言っていた、周りも一緒に覚えるという意味が少し分かった。
ヨナスの説明は続いていたが、急いで返事をする必要はなかった。途中で自分の理解を確かめても、話を止めたことを気にしなくてよい。エレジが空を探している間には、ヨナスも次へ進まず、同じ場所を示して待っていた。
「星が何でできてるかっていうのは、遠くにあっても分かるんですか」
「光を調べるんです。見た目では一つの光に見えますけど、分けて調べると、そこにどんな物質があるかの手掛かりが出ます。温度や、こっちへ近づいてるか離れてるかも、光から調べられることがあるんですよ」
「そこへ行って石を取ってくるみたいなことはできなくても、届いた光の中に、その星の情報があるってことですか」
「はい。ただ、光を見れば何でも分かるわけじゃないです。見えたものと、そこから考えたものは分けないといけない。俺が好きなのは、それでも遠くにあるものを調べられるところです。手が届かないのに、何も分からないわけじゃないので」
「光の色を見る、というだけではないんですね。もっと細かく分けて、何が違うかを調べて」
「そうです。見た目の色も手掛かりになりますけど、それだけよりずっと多くの情報を取れます」
ヨナスが話す時には、専門の言葉を出す前に、エレジが何を知っているか確かめることがあった。知らないと答えても、そこから説明し直してくれる。エレジは、分かる言葉だけを拾って曖昧に頷かずに済むことが心地よかった。
「星ができるところも、光で見られるんですか」
「見られるところもあります。ただ、星ができる場所にはガスや塵が多いので、普通の目で見える光では隠れてることもあるんです。別の種類の光で調べると、中の様子が分かることがあります」
「できる前から、光ってるんですか」
「今見えてる星と同じように光る前にも、調べられるものはあります。星は、宇宙にあるガスが重力で集まってできるんです。集まるにつれて中心が熱くなって、十分に温度が上がると核融合が始まる。それで長い間、エネルギーを出せるようになります」
エレジは学校で習った核融合という言葉を思い出した。内容までは詳しく覚えていなかったが、ヨナスは水素からヘリウムができることと、その際にエネルギーが出ることを、話の順番を変えずに説明した。
「火がついて燃えてるのとは違うんですね。ガスが集まって熱くなって、その中で別のものができる時に、光を出す?」
「ええ。焚き火と同じ燃え方ではないです。星の中では、条件によってさらに別の元素も作られます。どこまで作るか、最後にどうなるかは、星の重さによっても違いますけど」
「その作られたものは、星の中に残るんですか」
「残るものもありますし、外へ出るものもあります。星が一生を終える時に、周りへ放出されることもある。そうして出たものが、また次の星や、その周りにできる惑星の材料に混ざるんです」
そこまで聞いて、エレジは自分が最初に思い浮かべていた星の姿を考え直した。光っているものが一つずつ空にあるだけではなく、できる前の材料も、終わった後に外へ出るものもある。
「じゃあ、新しくできた星や惑星の中に、もっと前にあった星で作られたものが入ってるんですか。全部が新しく作られるんじゃなくて」
「そうです。地球にある物質にも、そういうものが含まれてます。鉄とか、炭素とか。俺たちの身体にあるものも、宇宙の中で作られてきた物質です」
「石に入ってるものも?」
「もちろん。石を作ってる元素も、最初から今の石の形であったわけじゃありません。元素がどこでできたかという話と、それがどう集まって鉱物や岩石になったかという話は、また別にあるんですけど」
石の話が出ると、ヨナスの説明は少し細かくなった。エレジは湖で彼が拾った石を思い出し、あれも山で見つかる石とは違うのかと聞いた。
「違うこともあります。同じ場所にあっても、そこでできたとは限らないので。湖で話したみたいに、水や氷に運ばれてきたものもありますし、山にある岩石も、今の場所でできたとは限りません」
「海の近くでできたものが、山まで運ばれることもあるんですか」
「運ばれる場合もあります。でも、もっと大きく地面そのものが変わって、昔は海底だった地層が持ち上がることもあるんです。そういう場所なら、山で海の生き物の化石が見つかることもあります」
エレジは、星から暗い山の輪郭へ目を移した。昼間は雪と岩の色を見分けられる斜面も、今は一つの黒い形になっている。
「山ができる前は、そこに海があって、その底に積もったものが山になったんですか」
「そういう山もあります。全部が同じでき方ではないですけど。地面の大きな動きで押されて、曲がったり、重なったり、持ち上がったりする。この山がどうできたかは、地質を調べないと断定できません」
「その時に、海底にいた生き物も一緒に残ったんですね。山の中で見つかっても、そこで泳いでたわけじゃなくて」
「そうです。化石が残る条件もいろいろありますけど、どんな環境だったかを調べる手掛かりになります。石の種類や地層の並びと合わせて見るんです」
エレジが、持ち上がった後の山はどうなるのか聞くと、ヨナスは水や氷によって削られることも説明した。湖で聞いた氷河の話にも戻り、氷が動くことで石を運ぶだけでなく、地形を変えることがあると続ける。
話を聞いている間に、エレジの頭の中はすっきりしていくようだった。
「すみません。さっきの、氷が岩を運ぶところ、もう少し聞いてもいいですか。水なら流れるから分かるんですけど、氷の中に入るんですか」
「入ることもありますし、底で引きずられることもあります。氷河の上に岩が落ちて、そのまま運ばれる場合もあるので、どこにあるかで違います」
ヨナスは一つの運ばれ方だけで説明せず、岩が氷のどこにあるかを分けて話した。エレジが、それなら同じ氷河で運ばれても石に残る跡は違うのかと聞くと、今度は傷や形の話になった。
質問をするたびに話が広がったが、エレジには長すぎるとは感じられなかった。途中で分からなくなればそこへ戻れたし、自分が聞きたいことを、そのまま聞けた。
「……結構長く話してますね、俺」
ヨナスが気づいたように言ったので、エレジは話が終わるのかと思って彼を見た。まだ聞きたいことはあったし、部屋へ戻って何かをするつもりもなかった。
「まだ聞いていたいです。ファルク大尉は、戻りたいですか」
「俺は構いません。ただ、寒くないですか」
「少し。でも、もう少しここにいたいです」
「じゃあ、寒くなったら言ってください。話し始めると、俺の方が気づかないことがあるので」
エレジは上着の前を閉じ直し、袖の中へ指先を入れた。ヨナスが続きを話し始めるのを待った。
「さっきの石の話、続きを聞いてもいいですか。氷に運ばれた時の傷って、見れば分かるんですか」
「分かるものもあります。ただ、傷があるだけで氷に運ばれたとは決められません。ほかの石や、見つかった場所も一緒に調べるんです。湖で拾った石一つだけなら、言えることは限られます」
「その石がどこから来たか調べるには、似た石がある場所を探したり、周りにどういう石があるかも見たりするんですね」
「そうです。石そのものを調べるのも面白いですけど、周りまで見ると、どうしてそこにあるのか考えられる。俺はそっちも好きです」
エレジがさらに質問すると、ヨナスは湖岸にあった石と、山の斜面で見つかる石の違いを説明した。話の途中で地層という言葉が出たため、エレジは海底に積もったものが山になる話へ戻り、持ち上がる時に石も変わるのかと聞いた。
ヨナスはすぐには答えず、どの変化から説明すればよいか考えていた。その間、エレジも返答を待ちながら空を見上げた。最初に教えてもらった星の並びは、今も自分で見つけられる。ヨナスが話を再開すると、隣にいる彼の声を聞きながら、その周りの小さな光も探した。
山の上に広がる空を、二人は並んで見ていた。エレジが時々、自分の理解を言葉にして確かめると、ヨナスは頷き、必要なところから説明を続けた。続きを急がずに聞いていられることが心地よく、エレジはもうしばらく彼の隣にいた。




