夜のピッキング
夕食が進んでも、マティアスとヨナスは前日の格闘技の話を続けていた。
「結局、あの抜け方って最初に肩をずらすんですか。それとも腰ですか」
「相手の体重がどこに乗ってるかで変わります」
「また条件次第ってやつですか」
向かいで二人の話を聞いていたエレジは、昨日より遠慮のなくなったやり取りを面白く感じていた。
マティアスはもう、階級差を意識して質問を選んではいないし、ヨナスも自分の説明を途中で遮られることを気にしていない。
カイルも時々会話へ入り、昨日ヨナスから教わった動きを実戦で使うならどう変えるかを話している。リヒターだけはしばらく食事を続けていたが、区切りのついたところで口を開いた。
「このあと、ちょっとやりたい訓練があるんだけど」
三人の話が止まった。
「何をやるんですか」
最初に聞いたのはマティアスだった。リヒターは短く答える。
「解錠」
「解錠?」
「鍵がない状態で、施錠されたものをどう扱うか。基礎だけ」
ヨナスの表情が、格闘技の話をしていた時とは別の意味で変わった。エレジには、それだけで興味を持ったのが分かった。
「どの形式です?」
「いくつか。普通のものから、少し構造が違うものまで」
「もう用意してあるんですか」
「まだ。食事の片づけが終わったら並べる。準備できたら訓練室に呼ぶから、それまでは好きにしてて」
マティアスが少し笑った。
「結構本格的ですね」
「大量にあるから、見たらたぶんそう思うわよ」
「大量に?」
「訓練用。全部今日やるわけじゃないけど」
「中が見えるやつもあります?」
「ある」
「分解できるものは?」
「今日はしない」
「まだ何も言ってません」
「顔に書いてある」
ヨナスは否定しなかった。
エレジはそのやり取りを聞きながら、リヒターについてまだ知らないことが多いのだと改めて思った。救護や護衛、追跡だけでも十分に幅が広いのに、解錠まで当たり前のように訓練として出てくる。
「リヒター大尉、そういうのも専門なんですか」
「専門っていうほどじゃない。ただ、必要になることはあるから」
「どんな時に?」
「鍵がない時」
「それは分かります」
マティアスが言うと、リヒターは少し笑った。
「じゃあ続きはあとで」
夕食の片づけが終わると、リヒターは訓練室の準備へ向かった。
エレジは一度部屋に行ってから共有スペースへ戻ると、マティアスとヨナスはさっきと同じテーブルで格闘技の話を続けていた。ヨナスは紙の端に簡単な図まで描き始めていて、マティアスがその横から何度も口を挟んでいる。
少し離れた厨房では、カイルがコーヒーを淹れていた。
エレジがそちらへ近づくと、カイルが二つ目のカップを出した。
「飲むか」
「はい」
それ以上やり取りする必要もなく、エレジは自分の分が用意されるのを待った。カイルは先に自分のカップを持ち、エレジも受け取ると、マティアスたちから少し離れたソファへ向かった。
二人で隣に座る。共有スペースの中には、ヨナスの説明と、それに対してマティアスが返す声が続いていた。近くではないが、何を話しているかはだいたい分かる。
エレジは一口飲んでから、カイルを見た。
「今日の、どうでした?」
「何がだ」
「夕食です。鶏肉」
「うまかった」
エレジは少し笑った。
「ファルク大尉には、昨日と違うってすぐ分かられました」
「そういうところ細かいからな」
「少佐も分かりました?」
「分かった」
少し離れたところでは、マティアスが「だからそこが分からないんですよ」と言い、ヨナスが「今説明してます」と返している。
エレジはそちらを見た。
「二人、ずっと話してますね」
「ああ」
「昨日から急に仲良くなった気がします」
「ロートが遠慮しなくなった」
「ファルク大尉も嫌そうじゃないです」
「むしろ楽しんでるだろ」
言われて見れば、確かにそうだった。ヨナスは何度話を遮られても説明をやめる気配がなく、むしろ話が細かくなっている。
「顔にはあまり出ないですけど」
「出てるぞ、あいつは」
「そうですか?」
「興味ある時だけ分かりやすい」
「少佐、よく見てますね」
「班員だからな」
エレジはしばらく二人の声を聞きながら、カップを両手で持った。
「五人でいるの、前より静かじゃなくなりましたね」
「嫌か」
「いいえ」
エレジは少し考えてから続けた。
「前より好きです」
エレジは口元を緩めた。それからも二人で話し、カップが空になる頃、廊下の奥からリヒターが現れた。
「準備できたわ」
それだけで四人とも立ち上がった。
訓練室へ入ると、エレジは思っていた以上の数に足を止めた。
中央の長い台の上に、大小さまざまな錠前が並べられている。南京錠だけでも形がいくつも違い、箱に取りつけられたもの、板へ固定されたもの、内部が見える透明な訓練用のものもあった。
見慣れた鍵穴の形もあれば、どう使うのかすぐには分からないものもある。
その横には、細い金属製の工具が種類ごとにまとめられていた。
「……本当に大量ですね」
マティアスが言った。
「言ったでしょう」
「全部この施設にあったんですか」
「一部は最初から。足りない分は訓練用の備品から持ってきた」
ヨナスはもう透明な錠前の前まで行っていた。
「これ、内部そのまま見えるんですね」
「初心者用だから」
「分解できます?」
「さっき言ったでしょう。今日はしない」
「確認しただけです」
「二回目よ」
カイルが台の端に置かれていた錠前を一つ持ち上げた。
「どこまでやる」
「今日は基礎だけ。鍵がない状態で、開けられる可能性があるかを判断できるところまで」
「時間かけて全部開ける訓練じゃないんだな」
「ええ、開けること自体が目的になったら困るから」
リヒターは四人が揃ったのを確認してから、台の上の錠前をいくつか前へ出した。
「任務中に施錠された場所へ入る必要が出ることはある。逆に、閉じ込められた状態から出る側になることもある。でも、そのたびに壊せばいいわけじゃないし、時間をかければいいわけでもない」
エレジは並べられた錠前を見る。
「開けられるかどうかだけじゃなくて、やる意味があるかも判断するんですか?」
「そう。壊した方が早いなら壊す。迂回した方がいいなら迂回する。誰かが鍵を持ってるなら、それを取った方が早い場合もある。解錠は選択肢の一つでしかない」
カイルが頷く。
「時間と痕跡も見る」
「ええ。開けられても、五分かかったら使えない状況はある」
その説明を聞きながら、エレジはリヒターが最初に「基礎だけ」と言った意味を理解した。
単に鍵を開ける技術を覚えるのではなく、使える手段の一つとして知るための訓練なのだろう。
「まずこれ」
リヒターは透明な訓練錠を手に取った。
「中が見えるから、一番分かりやすい」
ヨナスがすぐ横から覗き込む。
「構造は普通ですね」
「あなたは先に答え言わないで」
「まだ何も言ってません」
「今から言う顔してる」
マティアスが笑う。
「ファルク大尉、本当に顔に出るんですね」
「そんなに出てます?」
「興味ある時だけは」
ヨナスは少し納得していない様子だったが、それ以上は言わなかった。
リヒターは工具を一つずつ示しながら、鍵の内部で何が起きているのかだけ説明した。細かな手順を暗記させるというより、どこに抵抗があり、どこが動けば開くのかを実際に見せるためだった。
説明が終わると、そのまま実演に移った。
「見てて」
工具を入れてから、ほとんど時間はかからなかった。
小さな音がして、錠が開く。
マティアスが一度、開いた錠前とリヒターの手元を見比べた。
「……今ので終わりですか」
「終わり」
「早くないですか」
「簡単なのだから」
ヨナスが聞く。
「どのくらいやってるんです?」
「それなりに」
マティアスがすぐ反応した。
「その言葉、最近信用できなくなってきたんですけど」
リヒターが首を傾げる。
「何で?」
「昨日、ファルク大尉も同じこと言ってたんですよ」
「格闘技のことです」
ヨナスが補足する。
「それで?」
「全然それなりじゃなかったです」
「少佐にも言われました」
リヒターはヨナスを見た。
「じゃあ今度から『かなりできます』って言えばいい?」
「その方が正確かもしれません」
ヨナスが真面目に答えたので、今度はエレジも笑った。
「大尉、自分のことになると判断基準おかしくないですか」
「何が?」
「昨日の俺と同じこと言われてます」
「私はまだ一個しか開けてないでしょう」
「そういう問題じゃないんですよ」
マティアスの言葉に、リヒターも少し笑った。
「じゃあ、やってみれば分かるわよ」
そこから一人ずつ、簡単なものを触ることになった。
最初に手を伸ばしたのはマティアスだった。
説明を全部覚えているようには見えなかったが、とにかく自分で工具を入れ、感触を確かめながら動かしていく。何度か失敗したあと、急に小さな音がした。
「開いた」
本人が一番驚いていた。
「今の、何で開いたんです?」
「あなたが開けたんでしょう」
「いや、そうなんですけど」
リヒターは笑いながら錠前を受け取った。
「理屈より先に感覚で覚えるタイプね」
「それ褒めてます?」
「悪いとは言ってない」
次にカイルが試した。
工具の持ち方にも迷いがなく、何度か内部を探ったあと、マティアスより短い時間で開ける。
「少佐、やったことあるんですか」
エレジが聞いた。
「基礎だけな。現場で必要だったことがある」
「こういうのも?」
「これより雑なやつだ」
「雑?」
「壊さない方がましだっただけだ」
詳しく話すつもりはないらしく、カイルは錠前を台へ戻した。
ヨナスの番になると、少し事情が違った。開ける前から透明な錠前を持ち上げ、角度を変えて内部を見ている。
「ファルク」
リヒターが呼ぶ。
「はい」
「開けるの」
「見てます」
「それは分かってる」
「この形だと、ここの戻り方が――」
「あとで」
「はい」
それでも、実際に始めると早かった。
仕組みを理解した上で触っているせいか、途中で迷う時間が少ない。二度ほど工具を動かしたあと、錠が開いた。
「面白い」
「何がですか?」
「見えてる構造と、手に返ってくる感じがちゃんと一致するところです」
「普通じゃないですか」
マティアスが言う。
「普通だから面白いんですよ」
「分からないな……」
エレジは二人の会話を聞きながら、自分の前へ置かれた錠前を取った。
透明ではなく、中は見えない。説明された通りに工具を入れる。
最初は何も分からなかった。金属同士が触れる感触はある。それでも、どれが意味のある抵抗なのか、どれがただ当たっているだけなのか区別できない。
「開けようとしすぎないで」
隣からリヒターが言った。
「え?」
「今、自分が動かしてる方ばかり気にしてる」
エレジは手元を見る。
「返ってくる方も見て」
「見る?」
「感じる、でもいいけど」
エレジはもう一度、力を抜いた。
自分が工具をどこへ動かすかではなく、その結果として何が返ってくるかに意識を向ける。
わずかに違う抵抗があり、同じようにもう一度動かすと、さっきとは違うのがわかる。
そこから少しずつ、どこが動いていて、どこが動いていないのかを感じ始めた。
しばらくして、小さな音がした。
手の中で錠が開く。
「開きました」
「うん」
「思ったより、見るのと似てますね」
「何が?」
「自分から探しに行くより、変わったところを拾う方が分かりやすいです」
リヒターは少しだけ考えた。
「あなたにはそっちの覚え方が合ってるかもね」
エレジは開いた錠前をもう一度見た。
昼間の観察とは全く違うものを扱っているのに、使っている感覚の一部は近い。
自分が何をしているかだけではなく、その結果として周囲がどう変わったかを見る。それだけで、さっきまで分からなかったものが少し見えるようになった。
そこからは、最初よりずっと早かった。
全員がいくつかの錠前を試し、リヒターが必要なところだけ手を入れる。マティアスは失敗してもすぐ別の方法を試し、ヨナスは一つ開けるたびに構造について質問する。
カイルは途中からリヒターと「現場ならどこまで時間を使うか」という話を始めていた。
予定していた分を一通り終えたところで、リヒターが時計を確認した。
「今日はこのくらいでいいと思うけど」
誰もすぐには動かなかった。
ヨナスは台の端に残っている別の錠前を見ている。マティアスもまだ手元の一つを返していない。
「これだけ、もう一個やっていいですか」
マティアスが聞く。
「別にいいけど」
「じゃあ俺も」
ヨナスが言う。
「あなたはさっきからずっとやってるでしょう」
「まだ触ってない形式があります」
「全部今日やらなくていいって言ったんだけど」
エレジも台の上を見た。自分がまだ触っていないものがいくつか残っている。
帰る理由はある。明日も訓練があるし、もう正式な訓練時間ではない。それでも、もう少しだけやってみたいと思った。
「私も、あと一つやりたいです」
リヒターがエレジを見る。
「ヴァイス中尉まで?」
「さっきのと構造が違うなら、触ってみたいです」
カイルも台の端から別の錠前を一つ取った。
「俺もこれだけ見る」
リヒターは四人を順番に見てから、諦めたように息をついた。
「……分かった。じゃあ訓練は終わり。あとは勝手に触って」
「それ、残っていいってことですよね」
マティアスが確認する。
「片づける時に戻せばね」
その言葉で空気が少し変わった。さっきまでは、リヒターが教え、他の四人が習う訓練だった。
でもここから先は、もう誰かにやれと言われているわけではない。それでも誰も部屋へ戻らなかった。
最初に動いたのはヨナスだった。
「じゃあ、これ借ります」
さっきから気にしていた錠前を一つ持ち上げる。
「何でそれなの?」
リヒターが聞くと、ヨナスは内部の見えない金属製の錠前を指先で回した。
「さっきのと感触が違いそうなので」
「もう完全に遊んでるじゃない」
「訓練の延長です」
「便利な言い方ですね」
マティアスが言うと、ヨナスは少し考えた。
「ロート少尉もさっき使ってましたよ。格闘技で」
「俺はそんな理屈っぽい言い方してません」
「意味は同じです」
エレジは二人の間に入らず、自分が選んだ錠前を手元へ引き寄せた。さっきまで触っていたものより厚みがあり、鍵穴の奥で返ってくる感触も少し違う。開けられるかどうかより、何が違うのかを確かめたくなっていた。
隣ではカイルも黙って一つ試している。
訓練が終わったと言われたあとも、五人が同じ台を囲んでいる。それまでなら、終われば自然に解散していたはずだった。
しばらくは誰もそのことを話題にしなかった。
金属の小さな音と、時々交わされる質問だけが続いた。
「リヒター大尉」
「何?」
「これ、さっきのより戻り強くないですか」
マティアスが聞く。
「強い。だから同じ感覚でやると動かしすぎる」
「そういうの先に言ってくださいよ」
「聞かなかったでしょう」
「普通、教える側が言いません?」
「自分で分かるかなと思って」
「絶対分かってて黙ってましたよね」
「ええ」
マティアスが何とも言えない顔をしたので、エレジは笑った。
「中尉、笑ってますけど、さっき大尉に同じことされてませんでした?」
「私は聞きました」
「そういう問題ですか?」
「聞かなかったマティアスが悪いんじゃないですか」
「いつからそっち側なんです?」
「そっち側って何ですか」
その横で、ヨナスが自分の錠前を開けた。
「開きました」
「早いな」
カイルが言う。
「さっきより構造が単純です」
「見えないのに分かるんですか」
エレジが聞くと、ヨナスは錠前をこちらへ向けた。
「だいたいです。途中の反応が少ないので」
「見せてください」
エレジが手を伸ばすと、ヨナスはそのまま渡した。
「中尉なら多分、こっちの方が分かりやすいと思います」
「何でですか」
「違いが少ない方が拾いやすいでしょう」
言われて触ってみると、確かにさっきより変化がはっきりしていた。
「本当ですね」
「でしょう」
「ファルク大尉、そういう時だけすごく嬉しそうですね」
マティアスが言う。
「どういう時です?」
「自分の予想が当たった時」
「別に普通です」
「今ちょっと笑ってましたよ」
「笑ってません」
「笑ってました」
「見間違いです」
エレジは錠前を触りながら、二人のやり取りを聞いていた。
「ファルク」
カイルが呼んだ。
「はい」
「これ、どう見る」
カイルが持っていた錠前を差し出す。ヨナスは受け取るとすぐに覗き込んだ。
「触っていいですか」
「そのために渡した」
少し試したあと、ヨナスは首を傾げた。
「これ、内部が少し傷んでますね」
「分かるのか」
「多分。反応が均一じゃないです」
リヒターが横から手を出した。
「貸して」
ヨナスが渡すと、リヒターも短く触ってから、頷いた。
「本当ね。少し引っかかる」
「俺はそこまで分からなかった」
「少佐、こういう細かい機構はファルクの方が向いてると思う」
「だろうな」
カイルは特に悔しがる様子もなく答えた。エレジは、そのやり取りを少し意外に感じた。
誰かが得意だから任せる。それ自体は共同訓練でも何度もやっている。それでも今は、役割としてではなく、単純に「分かる人に聞く」という形になっていた。
「これ、開けたあと中見てもいいですか」
ヨナスが再び聞く。
「まだ言うの?」
リヒターが呆れたように返す。
「傷み方を確認したいです」
「それは分解しないと分からないでしょう」
「だから」
「今日はしない」
「明日は?」
「訓練内容による」
「じゃあ保留ですね」
「何でそこまで見たいの」
「気になるので」
リヒターは一瞬だけヨナスを見たあと、笑った。
「まあ、そうね」
それからもしばらく、誰かが開ければ別の誰かが同じものを試した。最初は一人一つだった錠前が、いつの間にか行き来するようになっていた。
マティアスが苦戦していたものをエレジが触り、エレジが分からなかったものをヨナスが確かめる。
カイルはリヒターと、壊さずに開ける価値がある場面について話しながら、時々手元の錠前を交換した。
いつの間にか、誰が誰に教わっているのかも曖昧になっていた。
「少佐、それもう二回目ですよね」
マティアスが言う。
「ああ」
「まだ開かないんですか」
「開かないな」
「少佐でもそういうことあるんですね」
カイルが顔を上げる。
「お前は俺を何だと思ってる」
「大体何でもできる人です」
「そんなわけあるか」
「でも昨日ファルク大尉と普通にやり合ってたし、今日これもできてたじゃないですか」
「できることと、全部一回でできることは別だ」
「それはそうですけど」
マティアスは納得しきっていないようだった。エレジはその会話を聞きながら、少し笑った。
気づけば、訓練室にいる時間がかなり長くなっていた。
最初にそれへ気づいたのはマティアスだった。
「喉乾きません?」
「今さら?」
リヒターが聞く。
「今まで集中してたんで」
「じゃあ一回休憩にする?」
「もう訓練終わってるんじゃなかったですか」
マティアスが言うと、リヒターが一瞬黙った。
「……そうだった」
訓練を終わらせた本人まで、そのまま残っている。
「飲み物持ってきます?」
エレジが聞く。
「そうね。ここで飲むより、いくつか向こうに持っていく?」
リヒターが共有スペースの方を示した。
「壊れやすいもの以外なら大丈夫」
それで自然に、全員がいくつかの錠前を持って訓練室を出ることになった。
共有スペースのテーブルに、さっきまで訓練道具だったものが並ぶ。
エレジとリヒターが厨房から飲み物を持って戻ると、マティアスはもう椅子を逆向きにして座り、ヨナスの手元を覗き込んでいた。カイルは向かい側で別の錠前を触っている。
「本当にまだやってる」
リヒターが言うと、マティアスが顔を上げる。
「大尉も持ってきたじゃないですか」
「私は片づけるため」
「それなら台に置かなくてもよかったでしょう」
リヒターが自分の前に置いた錠前を見る。
エレジは自分のカップを置いて、リヒターの隣へ座った。
訓練室にいた時より、空気はさらに緩んでいた。
錠前を開ける必要はもうない。明日の訓練に必要な確認でもない。
それでもヨナスは何かを説明し、マティアスは途中で口を挟み、カイルも自分の経験を話す。リヒターも時々それを聞いて、知らないことには普通に質問していた。
「この形式、寒冷地だとどうです?」
ヨナスが聞くと、カイルが答える。
「凍結したらかなり面倒だ」
「内部まで凍るんですか」
「湿気入ってればな。山じゃ鍵以前に扉が開かないこともある」
「それ、解錠技術関係ないですね」
「だから壊す判断もいる」
「なるほど」
リヒターが横から言う。
「私は雪の中でこれ使ったことないわ」
「意外です」
エレジが言うとリヒターがこちらを向いた。
「何でもやってると思ってる?」
「ちょっと思ってました」
「ヴァイス中尉まで?」
「だって、色々出てくるので」
「それは否定できないですね」
ヨナスまで加わる。
「あなたに言われたくない」
「俺は解錠は今日初めてです」
「でもすぐ開けたでしょう」
「構造が分かりやすかったので」
「またそれだ」
マティアスが言う。
話題はそこから、鍵そのものより、任務で見た変わった設備や古い建物の話へ広がっていった。
カイルが以前入った山中施設の錆びた扉の話をし、ヨナスが古い通信設備の保守構造について話し始める。マティアスは途中まで聞いていたが、専門用語が増えたところでエレジへ顔を向けた。
「中尉、今の分かります?」
「半分くらいです」
ヨナスが説明を止める。
「どこから分からなかったですか」
「ファルク大尉、説明やり直すつもりですか」
「分からないままにするよりいいでしょう」
「長くなるやつだ」
「必要なところだけにします」
そう言いながら、ヨナスは結局かなり細かく説明したが、誰も止めなかった。
自分が使ったことのない機械、知らない構造。ヨナスの話は途中から少し難しくなったが、それでも質問すれば必ず戻って説明してくれる。
リヒターも途中で一つ質問し、ヨナスがそれに答える。
ふと時計を見ると、思っていたより針が進んでいる。
「もうこんな時間ですか」
その一言で、全員が時計を見た。マティアスが最初に息をつく。
「誰も終わりって言わないから」
「私は一回言ったわよ」
リヒターが返す。
「でも大尉も残ってたじゃないですか」
「あなたたちが帰らないからでしょう」
「じゃあ俺たちのせいですか」
「半分くらい」
「残り半分は?」
「私も少し楽しかったから」
リヒターがそう言うと、マティアスは一瞬黙ってから笑った。
「じゃあ同罪ですね」
「何の罪よ」
ヨナスはまだ手元の錠前を見ていた。
「これだけ最後までやっていいですか」
「駄目」
「あと少しです」
「明日」
「……はい」
今度は素直に置いたのを見て、カイルが立ち上がる。
「片づけるぞ」
それでようやく全員が動いた。
訓練室へ戻すものを分け、工具を確認し、テーブルを空ける。それぞれが自然に手を出したので、片づけはすぐに終わった。
その夜、エレジはベッドに入ってもなかなか眠れなかった。
人とこんなふうに過ごしたことはあまりない。さっきまでの時間を思い返して、ふふと笑った。




