休憩の場所
作業室の中央に広げられた地図には、移転前からの印に加え、この数日で確認できた地点が書き込まれていた。
壁際の端末もすべて使えるようになり、各自の席には資料や必要な機材が収まっている。最初の朝には保管場所を確かめながら仕事をしていたが、今は必要なものを迷わず取り出せた。
エレジが共有の記録を開くと、アーレンス中佐の部門から新しい資料が届いていた。先日取り寄せを頼んだ、支援先の当時の配置図だった。
「少佐、配置図が届いています」
「ああ。確認した。今ある分から進めてくれ。ロートは前回の応対について、担当者への聞き取りを続けてくれ」
「了解です。先方と時間は合わせてあります」
カイルは自分の予定も含め、五人の動きを確認した。
今日は司令部での会議があり、ヨナスは解析部門から頼まれている確認を進める。リヒターにも別棟での連絡が入っていた。
「急ぎのものは班の連絡先へ送れ。午後には一度、ここで結果を合わせる」
「昼はどうします?」
マティアスの問いに、ヨナスが答えた。
「俺は向こうの担当者と確認が続くので、そのまま食堂へ行くと思います」
「私も戻れるか分からないわ。先方の都合で時間が変わるかもしれないから」
「俺も会議次第だ。昼は各自で取ってくれ」
「了解です」
エレジは午後の集合時刻を自分の予定へ入れた。
*
「中尉、途中まで同じ道ですよ」
マティアスに呼ばれ、エレジは配置図を収めた鞄を持って作業室を出た。
廊下には各部署へ向かう職員が行き交い、掲示板には施設内の連絡事項が増えている。最初の頃は案内図を開いて確認していた分岐も、今は曲がる前から次にどの建物が見えるか分かるようになっていた。
中庭に面した通路へ出たところで、向こうから来た軍人がマティアスに声をかけた。
「ロート少尉。ちょうどよかった」
「あ、おはようございます。先日の件ですか?」
「そうだ。お前が聞いていた車両の取り扱い、確認が取れたぞ。昨日送った資料で足りたか?」
「はい。ありがとうございます。あとは実際の運用を聞きたいので、今日もう一度担当者のところへ行く予定です」
「また質問を増やして帰るつもりか」
「一回で聞き終わるつもりだったんですけどね。聞いたら次が出てきまして」
「なら仕方ないな。次に何かあれば、俺のところへ持ってこい」
「助かります。今度こそ、まとめて持っていきます」
「期待しておくよ」
上官は笑いながら別の建物へ向かった。
「もう顔を覚えてもらったんですね」
「何度も聞きに行ってますから。あの方、車両関係のことなら結構詳しく教えてくれるんですよ」
「そうなんですね」
「中尉も、配置図で分からないところがあったら言ってください。聞けるところは俺も聞いてきます」
「ありがとうございます。今のところは大丈夫です」
二人が向かう先は、次の分岐から違っていた。
「じゃあ、中尉。午後に」
「はい」
マティアスは中庭を横切り、エレジは配置図を入れた鞄を持ち直して、記録室へ続く通路へ入った。
*
エレジが作業室へ戻ると、中央のテーブルには朝に広げた地図だけが残っていた。
配置図の確認は一区切りつき、続きは午後に届く予定の資料と合わせればいい。壁の時計は昼の休憩に入れる時刻を示していたが、ほかの四人の席は空いている。
端末にはそれぞれから連絡が届いていた。
カイルは会議が延び、リヒターも別棟での確認が続いている。ヨナスは解析部門の担当者と食事を取り、マティアスも聞き取りを終えた先で昼を済ませるらしい。
エレジは地図を傷めないよう端を揃え、資料を片づけて食堂へ向かった。
昼の食堂には、食事を受け取る人の列ができていた。食器の触れ合う音や話し声が続き、空いた席には入れ替わりに別の人が座っている。
エレジも食事を受け取り、空いていたテーブルへ着いた。
一人で食べている人も珍しくはなかった。近くの席では同じ部署らしい三人が午後の予定について話しており、少し離れたところでは、食事を終えた二人が飲み物を片手に話し込んでいる。
食べ終えて時刻を見ると、午後の約束まではまだ時間があった。
いつもなら、食べながら誰かの話を聞いている。今日は皿が空になっても、飲み物が半分ほど残っていた。エレジはコップを取り、残りをゆっくり飲んだ。
食器を返却口へ運び、食堂を出た。
作業室へ戻っても仕事を始められるが、休憩を切り上げなければならないほど急ぐものもない。エレジは業務棟へ向かい、途中で、まだ通ったことのない廊下があるのを思い出した。
*
主な通路から外れると、人の行き来が少なくなった。
案内表示の先には、小さなラウンジがあった。低いテーブルと布張りの椅子がいくつか置かれ、山側の壁には大きな窓が設けられている。
窓際の席は空いていた。
作業室から見えるのは、隣の業務棟と、その上に続く斜面の一部だけだった。けれど、ここからは建物に遮られることなく、遠くの山並みまで見渡せる。
手前の針葉樹林の向こうにいくつもの尾根が重なり、谷の奥は青みを帯びていた。高いところには岩肌が露出し、日が当たる面と影になった面がはっきり分かれている。
エレジは窓に近い椅子へ座った。
正面の尾根は、途中からなだらかに高さを落とし、隣の山との間に深い谷を作っている。朝に確認していた地図の範囲とは違うが、山の起伏を見ていると、自然に道や方角を考えたくなった。
あの谷へ入る道は、こちら側にもあるだろうか。尾根の向こうには、どんな斜面が続いているのだろう。
廊下を人が通る音がした。少し離れたところで扉が閉まり、複数の足音が遠ざかっていく。
もう一度、正面の尾根を見た。
その向こうにある峰の方が高い。谷の入口は、手前の森に隠れて見えない。
しばらく山並みを追っているうちに、どこに道があるのか考えることもやめていた。
高いところにかかっていた薄い雲が風に流され、その下から岩肌が少しずつ現れていく。エレジは椅子の背へ身体を預け、雲が通り過ぎるのを眺めた。
端末で時刻を確認すると、午後の資料確認に向かう頃になっていた。
エレジは席を立ち、来た時と同じ廊下を戻った。主な通路へ出れば、また職員たちの往来が続いている。彼女もその中に加わり、次の仕事へ向かった。
*
午後の作業室では、中央のテーブルに新しく届いた配置図が広げられていた。
五人が集まると、エレジは配置図を元の地図の横へ並べた。
「この入口は道路から見えます。でも、こちらの待機場所は建物の内側なので、外から見ているだけでは、車両がどこに停まったかまでは分かりません」
エレジが示した二つの場所は、配置図の上では近いものの、外からの見え方が違っていた。
「なので、紹介先から回答が来た時に、相手が入口について尋ねていたのか、内部の待機場所まで確認しようとしていたのかを分けて見たいです」
「ああ。それで進めてくれ。紹介先の記録が届いたら、今日の配置図と合わせよう」
ほかの四人も、それぞれ確認できたことと回答を待っていることを伝えた。五人の資料が中央の一覧に加わり、午前中には空欄だった箇所にも新しい情報が入った。
その確認を終えたところで、カイルの端末に司令部から連絡が入った。
「悪い。俺はもう一度向こうへ行ってくる。追加の確認は班の連絡先へ送ってくれ」
「了解です」
カイルが作業室を出たあと、残った四人もそれぞれ手元の作業へ戻った。
エレジは自分の席で、今日届いた配置図を整理した。返却する資料を選び、元の順序に揃えて鞄へ収めた。
*
返却先へ向かう廊下には、勤務の区切りが近づいた時間でも人の往来が続いていた。
書類を抱えた職員とすれ違い、開いた扉の向こうからは打ち合わせの声が聞こえてくる。エレジが向かう部署は、次の分岐を曲がった先にあった。
その手前で、昼に歩いた廊下の奥から、窓を通した光が床へ差しているのが見えた。
あの先に、山側のラウンジがある。
今は立ち寄らず、エレジは資料を抱えて予定していた通路へ進んだ。




