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エーデルベルグの雪 ──北部山岳任務録──  作者: 有凪いちほ
籠の鳥と解放編

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輸送記録


 輸送部門の記録室には、エレジたちが到着する前から資料が用意されていた。


 窓際の机には運行記録と経路変更の記録が並び、その隣には、支援先への問い合わせにどう回答したかをまとめた書類が置かれている。

 前日にカイルを通して照会した期間のもので、記録担当者は二人が持参した資料と日付を合わせながら、それぞれの内容を説明してくれた。


「こちらが輸送の記録で、問い合わせへの対応はこちらです。グレイ少佐から、確認事項は受け取っています」


「じゃあ、俺はこちらを見ます。中尉、経路の方をお願いしていいですか?」


「はい」


 マティアスが問い合わせ記録を担当し、エレジは持参した地図の横へ運行記録を広げた。同じ支援先についての資料でも、作成した部署によって記録の付け方が違う。日付と支援先の名称を合わせ、どの記録が同じ移動を扱っているのか確かめる必要があった。


「この日の移動について、予定と実際の経路を確認したいです」


 エレジが示したのは、前日から気になっていた一件だった。


 予定表では北側の道を通ることになっているが、実際の運行記録には別の道が記されていた。担当者が取り出した変更記録には、北側の道の路面状態が悪く、輸送担当者の判断で経路を変更したことが残っている。


「では、通常の変更だったんですね」


「はい。変更の承認も記録されています。手続きに問題はありません」


 エレジは地図上の二つの経路を指で辿った。北側の道と実際に使われた道は途中で大きく離れ、通過する地点も違っている。


 支援先の名称や予定経路を知っていても、その日の車両が実際にどちらを通ったかまでは分からない。少なくとも、この移動については、予定表だけから実際の通過地点を特定することはできなかった。


「中尉、こっちも一件見つかりました」


 マティアスが調べていた問い合わせ記録からは、支援先への出入りを管理する部署と、その後の車両の移動を調整する部署が別だったことが分かった。


 最初の窓口では施設の利用については答えられるが、そこから先の移動予定までは扱っていないという。


「そういう場合、問い合わせた人には、別の担当窓口を案内するんですか?」


「必要があれば案内します。今回の記録にも、一件ありますね」


 担当者が示した書類には、支援先についての質問に答えたあと、続く移動については別の窓口へ問い合わせるよう伝えた、と残っていた。


「紹介した先へ、実際に連絡したかどうかも分かりますか?」


「そこまでは、こちらでは分かりません。紹介先で確認する必要があります」


「分かりました。窓口の名称を控えてもいいですか?」


「はい。ただし、そちらの記録は改めて照会してください」


 マティアスは名称を控え、エレジと共有した。


 相手が紹介先へ連絡していたなら、支援先だけでなく、その後の移動についても調べようとしていた可能性がある。今ある記録だけでは判断できないが、次に確かめる場所が一つ具体的になった。


     *


「この二つの部署は、実際にはどこで車両を引き継ぐんでしょうか」


 マティアスの質問には、記録担当者もすぐには答えられなかった。


 書類上では支援先への出入りと、その後の移動が別々に管理されている。ただ、車両を引き渡す際、誰がどの情報を共有していたのかまでは記されていない。


「そこは責任者にも確認します。少々お待ちください」


 担当者が連絡を取っている間、エレジは予定の経路と実際の経路を地図へ書き分けた。持参した地図には移転前からの印も残っているため、今日確認できた部分だけを区別しておく。


 ほどなく廊下から足音が近づき、担当者が一人の男性を伴って戻ってきた。


「お待たせしました。アーレンス中佐です」


 二人は席を立って挨拶した。


「ヴァイス中尉です。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


「ロート少尉です」


「アーレンスだ。こちらこそ、よく来てくれたね。そのまま座って続けよう。資料も広げておいてくれて構わないよ」


 アーレンスは担当者の隣へ座り、机に並んだ記録を確かめた。二人が調べていた資料を片づける必要も、説明を最初からやり直す必要もなかった。


「引き継ぎについて確認したいと聞いたけれど、どの部分かな?」


「支援先について問い合わせた人物が、その後の移動についても情報を得られたのかを調べています。こちらで次の窓口を紹介した記録があったので、その先で何を確認できるのか知っておきたくて」


 マティアスは該当する記録をアーレンスの側へ向けた。紹介した窓口の名称はあるが、その後の結果は載っていない。


「なるほど。紹介したことと、実際に次の窓口へ問い合わせたことは別だね。そこは分けて確認しよう」


 アーレンスは、紹介先に問い合わせの記録が残っているか確認するよう担当者へ頼んだ。


 調査そのものの詳しい目的を聞かれることはなかった。二人が知りたいことを説明すると、そのために必要な記録の話へ進めてくれる。


 エレジも、持参した地図でもう一つ確かめたいことがあった。


「中佐。こちらの地点についても確認していいでしょうか」


「もちろん。どこだい?」


「書類では一つの支援先になっていますが、車両が実際に使う入口や待機場所は、別々だと思うんです」


 エレジは施設へ通じる道と、車両が待機できそうな場所を地図上で示した。


「外から入口を見ていた人と、車両の待機場所を知っていた人では、分かることが違いますよね。相手が支援先の名前だけを知っていたのか、実際の車両の動きまで知っていたのか、分けて確認したいです」


 アーレンスは運行記録に記された施設名と、エレジの示した位置を見比べた。


「つまり、施設へ来たことを知っているのか、どの入口を使ったかまで知っているのか。その違いだね」


「はい。今の一覧では、そこまでは分からないので」


「それなら、施設名だけの一覧では足りないね」


 アーレンスは担当者へ、当時の施設の配置図と、車両を引き継いだ際の記録も探すよう頼んだ。


「入口と待機場所が分かるものがあれば、ヴァイス中尉の地図と合わせられるだろう」


「承知しました。ただ、当時の配置図は取り寄せる必要があります」


「それで構わないよ。今の配置と同じとは限らないからね」


 エレジが懸念していたのも、その違いだった。現在の配置図では、調べている当時に同じ入口や待機場所を使っていたかどうか分からない。


 すぐには揃わない資料でも、何を確認してほしいのかを理解してもらえたことで、エレジはもう一度、自分の地図を見直した。


「紹介された窓口の記録も、正式に照会すれば調べてもらえますか?」


 マティアスも引き続き確認すると、アーレンスは担当者と相談したうえで答えた。


「もちろん。ただ、記録が残っているかどうかは確認が必要だよ。まずは窓口を通して依頼してくれるかな」


「ありがとうございます」


 その後もアーレンスは二人の質問を順に聞き、分かることはその場で説明した。すぐに答えられないものについては、どの資料を確認する必要があるのかを担当者と相談してくれた。


 エレジは初め、追加の質問をどこまでしてよいか迷っていた。けれど、彼は答えを急がせることも、途中で話を打ち切ることもなかった。

 地図から読み取ったことを説明すると、何を確かめたいのかを聞いたうえで、必要な資料を一緒に考えてくれる。


 最初は記録の番号が並んでいただけの手元の用紙にも、今は具体的な確認事項が書き込まれていた。


     *


 机の上には、確認を終えた資料と、追加の回答を待つ資料が分けて置かれていた。


 エレジの地図には予定と実際の経路が描き分けられ、マティアスの一覧には新しい照会先が加わっている。当時の配置図と紹介先の記録については、後日回答を受けることになった。


「追加資料は、揃い次第、正式な窓口からそちらの班へ回答するよ。配置図は少し時間をもらうけれど、確認できたものから送るようにする。また地図を使った説明が必要なら、時間を取ろう。窓口へ連絡してくれれば調整できるから」


「ありがとうございました。確認したかったことが、かなり整理できました」


「こちらも、何を探せばいいか分かって助かったよ。続きは確認しておくね」


「よろしくお願いします」


 マティアスも礼を述べ、二人は記録室を出た。


 作業室へ戻る道では、昨日覚えた建物の配置が早速役に立った。ほかの業務棟へ向かう人たちと途中まで同じ通路を歩いたあと、エレジが選んだ分岐を曲がる。

 建物の間から自分たちの作業室がある棟が見えると、マティアスは持ち帰った資料を確かめながら話しかけた。


「中尉、今日は結構進みましたね」


「はい。実際の経路も分かりましたし、次に確認するところも決まりました」


「あの配置図があれば、中尉の方でも調べやすくなりそうですね」


「そうですね。中佐が確認してくださることになって、助かりました」


 すべての疑問に答えが出たわけではない。それでも、今朝までは分からなかった経路が一つ確定し、問い合わせの記録からは次に確認すべき窓口が見つかった。


 エレジは持ち帰る地図を鞄へ収める際、アーレンスが追加で取り寄せてくれることになった資料の一覧も、すぐ取り出せる場所へ入れた。


     *


 中央のテーブルには、カイルたちが使っていた資料も並んでいた。


 エレジとマティアスが持ち帰った記録を広げると、ほかの三人も手元の仕事を区切って集まった。昨日の朝にはまだ物の少なかった作業室も、今は五人それぞれの資料が席に置かれ、壁際の端末には共有の記録が表示されている。


「一件、予定とは違う経路を使っていたことが確認できました。理由も記録されていて、通常の変更だったそうです。なので、支援先の名前を知っていたとしても、当日の車両がどこを通ったかまでは判断できません」


 エレジは地図上の二つの道を示した。


「問い合わせの方は、次の調整窓口を紹介した記録がありました。ただ、相手が実際にそちらへ連絡したかどうかは未確認です」


 マティアスが紹介先を伝えると、カイルは班の照会一覧へ追加した。


「分かった。その窓口にも照会できるよう調整する」


「紹介された時期は、こちらの記録とも合わせてみます」


 ヨナスは、以前から確認していた別の問い合わせと日付が重ならないか、調べることになった。


「それと、中佐にも途中から説明していただきました。当時の施設の配置図や、車両を引き継いだ時の記録が残っているか、確認してくださるそうです」


「あら、中佐にも会ったのね。気のいい人だったでしょう?」


「はい。質問にも丁寧に答えてくださいました」


「こっちが何を知りたいか、すぐ分かってくれましたね」


 マティアスも加わると、リヒターは笑った。


「私も以前、輸送の調整で助けていただいたことがあるの。相談しやすかったでしょう?」


「はい」


 その評価には、エレジもマティアスも異論がなかった。話題はそのまま持ち帰った記録の整理へ移り、五人は今日分かったことを共有一覧へ反映した。


 エレジは地図を中央へ寄せ、当初の予定経路と、実際に車両が使った経路を別々に描き込んだ。変更の理由が分かった箇所には確認済みの印を付け、二つの道を取り違えないようにする。


 その隣には、今日見つかった新しい調整窓口の名前を書き加えた。


 そこだけは、まだ未確認の印が残った。問い合わせた人物が紹介された先へも連絡していたのか。次に調べるのは、そこで何を尋ねていたかということだった。



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