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エーデルベルグの雪 ──北部山岳任務録──  作者: 有凪いちほ
籠の鳥と解放編

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それぞれの仕事


 中央のテーブルに地図を広げると、エレジは移転前の拠点で付けた印が、そのまま残っているのを見つけた。


 班の支援先と中継地点、その周辺を探っていた人物について、これまでに確認できたことが書き込まれている。窓から見える景色も、周囲に並ぶ設備も変わったが、昨日までの仕事はここから続けられる状態になっていた。


 マティアスが照会記録を地図の横へ並べ、ヨナスは壁際の端末で資料を確認していた。五人が揃うと、カイルは今日の分担を伝えた。


「俺は司令部で、今後の調査について調整してくる。ファルクは通信・解析部門で設備の確認だ。これまでの照会についても進められるところを進めてくれ」


「了解です」


「リヒターは保全担当との調整と、以前の所属への確認を頼む」


「ええ。分かったわ」


「ヴァイスとロートは、問い合わせの内容と過去の移動記録を照らし合わせてくれ。何を調べられていたのか、もう少し絞りたい」


「了解です」


 エレジには、移転前から気になっていたことがあった。支援先の名前を尋ねられた記録はあるが、それだけで、相手が実際の移動経路まで知っていたとは判断できない。


「輸送関係の記録も見ておいていいですか?」


「ああ。今ある分は使っていい。追加で必要なものがあれば、まとめておいてくれ」


「はい」


 五人は戻る時間の目安を決め、急ぎの連絡は班の共通連絡先へ送ることにした。


 カイルたち三人が出ていくと、作業室にはエレジとマティアスが残った。扉の向こうからは、ほかの部署へ向かう職員たちの話し声が聞こえてくる。


「じゃあ、中尉。俺たちはこっちから始めましょうか」


「はい。まず、同じ時期に問い合わせがあった場所を合わせてみましょう」


「了解です。俺は回答の一覧を出します」


 広いテーブルに二人分の資料を並べ、エレジは最初の記録に対応する地点を地図から探した。


     *


 司令部でカイルを迎えたのは、以前リヒターの配置について通信で確認した中佐だった。


「グレイ少佐。久しぶりだな」


「ご無沙汰しています」


「今度は五人まとめてこっちか。お前も忙しくなるな」


「調整先が増えた分、こちらの手間は増えそうですが」


「そのために呼んだんだろう。座れ」


 中佐は用意していた資料をカイルへ渡した。


 話し合うのは、各部署が持つ情報をどう班へ集めるかということだった。今後は五人がそれぞれ専門部署へ出向く機会も増える。そこで知ったことを班へ持ち帰り、必要な判断を五人で行えるようにしておかなければならない。


「各部署が勝手にお前の部下を使うようになっても困る。仕事の依頼はどう扱いたい?」


「専門的な確認は各員が直接行って構いません。ただ、依頼の範囲が広がる場合は私を通してください。班の仕事に支障が出ないよう調整します」


「分かった。向こうにもそう伝えておく」


 中佐は、カイルが持参した照会一覧にも目を通した。


「この二つは同じ部署で確認できるな。まとめて回答させよう」


「助かります。こちらでも項目を整理します」


 親しい間柄ではあるが、扱えない情報については、以前と変わらず明確な線引きがあった。カイルも必要以上の開示は求めず、今の調査を進めるために何が必要なのかを伝えた。


「ファルク大尉には、解析部門の方からも相談したい仕事があるそうだ」


「班の業務と支障がない範囲なら構いません。内容を確認してから判断します」


「それでいい。リヒター大尉にも別系統の連絡があるだろうが、班に関係する情報は共有させてくれ」


「本人とも確認しています」


 中佐はそれ以上、リヒターの以前の所属については尋ねなかった。


 必要な調整を終え、カイルが資料をまとめていると、中佐が声をかけた。


「新しい部屋はどうだ」


「広さは十分です。各員とも、使い始める前から確認したいことが多いようですが」


「それは結構。お前のところは、五人とも自分の仕事を分かっているからな」


「そうでなければ困ります」


「その五人をどう使うかは、お前の仕事だ。必要なことがあれば、早めに持ってこい」


「ありがとうございます」


 カイルは中佐と別れ、班へ持ち帰る確認事項を整理した。


     *


「この二つ、移動先だけは一致していますね」


 エレジは地図に印を付けた支援先と、マティアスが並べた記録を見比べた。


 同じ場所についての記録だったが、一方には移動に使う予定だった経路があり、もう一方には、その場所について問い合わせがあったことしか書かれていない。


「ここへ行く道は一つじゃありません。支援先を知っていたからといって、実際にどの道を使ったかまで知っていたとは限らないです」


「なるほど。じゃあ、移動の記録をもう少し確認したいですね」


「はい。それに、予定と違う道を使った可能性もあります。天候や車両の都合で変更したかもしれません」


 エレジは地図上の二つの道を確かめた。北側の道は短いが、途中には幅の狭い場所がある。別の道を選んでいても不思議ではなかった。


「俺、担当者へ聞いてみます。実際にどう運用していたか、記録だけじゃ分からないところもありますし」


「お願いします」


 マティアスは担当部署へ連絡し、エレジはその間に、ほかの問い合わせ記録を整理した。


 やがて通話を終えたマティアスが、確認できた内容を伝えた。


「予定と違う経路を使った場合は、理由を別の記録に残すそうです。ただ、その記録が今もあるかどうかは、輸送部門へ聞いてほしいと」


「それなら、そこを確認したいですね」


「あと、問い合わせに対して答えたのは、通常の利用条件までらしいです。個別の運行予定を教えた記録はないそうです」


「相手が何を尋ねたのかは?」


「それも、もう少し詳しい記録を確認しないと分からないみたいです」


 分かったのは、誰かが支援先について問い合わせたという事実だけでは、その人物が五人の移動や支援経路をどこまで把握していたかは判断できないということだった。


「輸送部門に確認したいこと、まとめましょうか」


「そうですね。俺は問い合わせの内容を整理します。中尉は経路の方、お願いできます?」


「はい」


 二人は必要な記録と質問をまとめた。

 予定されていた道と、実際に使われた道は同じだったのか。問い合わせた人物は、どんな情報を求めていたのか。


 確認先がはっきりすると、地図に付けていた未確認の印にも、それぞれ次に調べることを書き加えられた。


     *


 ヨナスが戻ってきた頃には、作業室の端末も一通り使えるようになっていた。


「接続は問題ありません。引き継いだ記録も確認できました」


「お疲れさまです。新しい機材は見られたんですか?」


 マティアスが尋ねると、ヨナスは嬉しそうに設備一覧を開いた。


「ええ。前の拠点より使いやすいところが多いです。今まで別々に確認していた記録も、こちらなら照合しやすくなります」


「よかったですね」


「それと、以前の解析結果について、向こうの担当者から意見を求められました。俺が前に扱っていた仕事を知っている人がいたので」


「じゃあ、大尉は向こうでも忙しくなりそうですね」


「相談だけなら構いませんよ。班の仕事と重なる部分もありますし」


「少佐に確認するものは、ちゃんと持って帰ってきてくださいね」


「そこは分かってます」


 リヒターもほどなく戻ってきた。保全担当との確認は済み、以前の所属へ連絡した件については、一部の回答を待つことになったという。


 カイルが司令部から戻ると、五人は中央のテーブルにそれぞれの資料を集めた。


「今後の照会先は確認できた。必要な情報を班で受け取れるように調整してある」


「少佐、解析部門からも追加で確認が来ています。回答していいか、あとで見てもらえますか」


「ああ。内容を確認する」


 カイルには司令部からも別の連絡が入っていた。リヒターも、保全担当から渡された資料を見直している。


 エレジは三人が持ち帰った話を聞きながら、それぞれが自分の知らなかった仕事の世界を持っていることを感じていた。


 ヨナスには、以前の仕事を知り、専門家として意見を求めてくる相手がいる。カイルは司令部の中佐と仕事の進め方を相談し、リヒターにも、班とは別につながっている人たちがいる。


 元の拠点にいた時から知っていたことだったが、ここでは三人が実際に別の場所で仕事をし、その結果を持って帰ってくる。


「中尉、こっちの番号も入れていいですか?」


 マティアスが示したのは、午前中に調べた支援先に関する別の問い合わせだった。


「はい。ただ、何を尋ねたのかはまだ分からないので、未確認にしておいてください」


「了解です」


 エレジは地図へ印を追加した。

 自分たちがこの部屋で進めた仕事も、三人が持ち帰った情報と一緒に、中央のテーブルへ並んでいた。


     *


「輸送部門へ確認したいのは、今のところこの二つです」


 マティアスがまとめた資料を全員へ見せた。

 一つは、記録にある予定の経路と、実際に使われた経路が同じだったかどうか。もう一つは、支援先について問い合わせた人物へ、どこまでの情報が渡っていたのかということだった。


「日時の照合なら、俺の方でも進められます。ただ、実際にどの道を通ったかまでは、こちらの記録だけでは分かりません」


 ヨナスの説明を受け、エレジは頷いた。


「はい。だから、輸送の担当者から直接説明を受けたいです」


「それなら、当時その地点を誰が管理していたかも確認した方がいいわね」


 リヒターが地図上の中継地点を示した。


「書類上の担当者と、現場で対応していた人が同じとは限らないから」


「分かりました。それも入れます」


 エレジとマティアスが項目を追加すると、カイルは内容を確認した。


「輸送部門への照会は、俺から正式に調整する。まず記録が残っているか確認して、そのあと実際の運用について説明を受けよう」


「私も説明を受けていいですか?」


「ああ。お前が経路を調べているからな。ロートも同席してくれ」


「了解です」


 カイルが担当部署へ連絡すると、ほどなく翌日の資料確認について案内が届いた。


「アーレンス中佐、ですか」


 マティアスが担当責任者の名前を読んだ。


「知っているわ。以前、輸送の調整で何度かやり取りしたことがあるの」


「ああ。明日はまず、そちらの担当者から説明を受ける。中佐本人との面会が必要になれば、改めて調整する」


 エレジは翌日持参する地図を選び、マティアスは質問を一つの一覧にまとめた。ヨナスは自分の設備で確認できる情報を整理し、リヒターは追加で確かめるべき担当者を記した。


 中央のテーブルには、移転前から使っていた地図と、今日新しくまとめた資料が並んでいる。

 五人は翌日確認する内容を一通り合わせ、輸送部門で何を尋ねるのかを確認した。



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