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エーデルベルグの雪 ──北部山岳任務録──  作者: 有凪いちほ
特殊情報収集班:任務

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情報共有


 街から戻ると、マティアスは買い物袋をそのまま共有スペースの厨房へ運んだ。朝は軽かった袋も、途中で寄った店の分が加わり、いくつかは両手で抱えるくらいになっている。リヒターは冷蔵が必要なものだけ先に取り出し、空いている棚へ収めた。


「残り、置いとくんで」


「ありがとう。あとで片づけるわ」


 最低限の片づけを済ませると、リヒターは上着だけ脱いで共有スペースを出た。朝に得た情報は、ほかの用事より先にカイルへ上げるべき内容だった。廊下へ出たところで、ちょうど作戦室から出てきたカイルを呼び止める。


「少佐、少しいいですか」


 外出の目的は事前に伝えてある。カイルはリヒターの表情を見ただけで足を止め、作戦室の扉を開いた。


「中で聞く」


 二人で戻った作戦室には、直近の任務記録と支援先の一覧が机に広げられていた。リヒターは向かいの席につき、朝の情報源から確認できたことだけを選んで報告する。


「支援先を辿っている人間がいます。今のところ、確認できているだけで二人です。聞き方も接触した場所も違いますが、調べている範囲は近いです」


「今の拠点を探してるのか?」


「そこまではまだ分かりません。直接場所を聞いた形跡はありませんでした。ただ、私たちがどこを経由するか、その先に何があるかを辿ろうとしているようです」


「二人につながりは?」


「未確認です。依頼元も分かっていません。一人は名前が取れていますが、あとで情報源から届くことになっています」


 カイルは机の支援先一覧を手元へ寄せ、リヒターが挙げた地点を順に確認した。紙の上では離れているが、どちらも班が補給や移動の途中で関わった場所だった。

 現在地そのものではなく、その周囲にある支援の流れを辿られているなら、別の場所から行動範囲を絞られる可能性が出てくる。


「どこまで答えたかは分かるか」


「一部は確認できます。ただ、担当者個人への私的な聞き方も混じっているようなので、記録だけでは全部は拾えません」


「なるほどな」


 確認できていない部分を埋めずに残したまま、カイルは今判断できるところだけを切り分けた。


「班の情報を集めている可能性はある。ヴァイスが目的かどうかは、まだ分けておく」


「ええ。そこにつながる情報は出ていません」


「ロートは?」


「街までは一緒でした。接触中は離れた場所で待たせています。相手から姿は見えていますが、会話には入っていません」


「分かった」


 今の拠点が知られたと確認されたわけではない。それでも、支援先や経由の仕組みから班の動きを絞ろうとしているなら、リヒターとカイルだけが知っていればいい話ではなかった。


「全員に共有する」


「はい。ヴェルナー大佐にも、こちらから直接報告します」


「ああ。その前に全員集めよう」


     *


 ほどなくして五人が作戦室へ揃った。

 ヨナスは通信室から、エレジは資料整理の途中から呼ばれ、マティアスも車両庫へ向かう前に戻ってきた。先ほどの報告を最初から繰り返す代わりに、カイルが机の中央へ支援先一覧を広げ、現時点で五人が共有すべきところだけを示した。


「今の拠点が知られたと確認されたわけじゃない。ただ、支援先から班の動きを絞れる可能性がある。確認できてる人間は二人。目的も依頼元もまだ不明だ」


 ヨナスが気にしたのは、二件が同じ方法で探られているわけではないことだった。


「正式な照会なら記録が残るはずです。担当者個人への問い合わせと分けて見た方がいいですね。どこから正規の手続きを装ってきてるのか分かれば、使ってる情報の種類も見えます」


「頼む」


「分かりました」


 記録に残らない聞き方が混じっているなら、実際に応対した人間の記憶も拾う必要がある。マティアスは車両や補給を使った地点を見ながら、自分の担当を決めた。


「車両とか補給の担当にも聞いてみます。名前を知ってる前提で話してきたのか、それとも適当に探って当たったのかで違いますよね」


「そうだな。聞き方も取ってくれ」


「了解です」


 エレジには、地点そのものより、その間を班がどう移動してきたかの方が気になった。離れて見える二つの場所でも、移動経路を重ねれば別の共通点が出る可能性がある。


「地図に落としてみてもいいですか」


「何を見る?」


「場所だけ見ると離れてますけど、私たちが使った経路と重ねれば、共通する通過点があるかもしれません。まだ何もあるとは言えませんけど」


「やってくれ」


「はい」


 自分が狙われている可能性があるからといって、エレジだけ作業から外されることはなかった。彼女もそれを求めず、支援先の一覧を自分の端末へ送る。


 リヒターは情報源から届く名前と接触状況の補足を引き続き受け取り、カイルは各支援先へ直接連絡して、照会記録だけでなく実際にどこまで答えたのかを確認することになった。


「次の移動予定については、今の共有先を一度洗う。不審な問い合わせは各自で返さず、指定した窓口へ回してもらう」


 まだ何かが起きたわけではない。それでも、以前より班の内側に近い情報へ手を伸ばされている可能性がある以上、同じ運用を続ける理由はなかった。


     *


 五人での共有を終えたあと、リヒターは通信室からヴェルナーへ回線をつないだ。


 先ほどの内容を簡潔に報告すると、ヴェルナーは途中で推測を挟まず、最後まで聞いてから必要な点だけを確かめた。


「確認できているのは二人か」


「はい」


「同じ経路から情報を取っている?」


「そこまでは分かっていません。聞き方も違いますし、接触した先も完全には一致していません」


「そうか。ただ、探している範囲は近いんだね」


「はい。そこはそう見ていいと思います」


「今後の予定を直接聞かれた者はいる?」


「一人います。ただ、具体的な日付や行き先までは答えていません」


「班ではもう対応を始めているか?」


「はい。少佐の判断で、照会履歴と実際に答えた内容の確認を始めています。正式な照会と私的な問い合わせを分けて、次の移動予定についても共有先を見直します。不審な問い合わせは指定窓口へ回すよう連絡する予定です」


 班側がすでに初動へ入っていることまで確認すると、ヴェルナーは次に必要な情報だけを指定した。


「分かった。名前が届いたら、こちらにも回してくれ」


「承知しました」


「こちらでも確認しておくよ」


「ほかに必要なことはありますか」


「今はない。何か出たらまた連絡する」


「分かりました」


 仕事上の確認は簡潔だったが、リヒターへの話し方そのものは普段と変わらなかった。通信を終えたリヒターは記録を保存し、まだ確認できていない項目だけを残して端末を閉じた。


     *


 午後の拠点では、午前中に分けた確認作業がそれぞれ進んでいた。


 通信室ではヨナスが支援先から届いた照会記録を分類し、マティアスは車両と補給の担当者から、記録に残らない会話まで拾っていた。エレジの端末には過去の移動経路と接触地点が重ねられ、カイルのところには支援担当からの回答が順に集まっていく。

 夕方までに、それまでの見方を変えるような新事実は出なかった。


 リヒターが共有スペースへ戻ると、朝に買った食材が冷蔵庫の棚をかなり使っていた。夕食に使う分を調理台へ並べていると、朝と同じ声が後ろから聞こえた。


「それ、今日使うんです?」


「ええ。せっかく買ったから」


「荷物持った甲斐がありましたね」


「そこまで重くなかったでしょう」


「俺が持ったからですよ」


 マティアスの調子は、高台へ行く前と何も変わっていなかった。

 リヒターは包みを開きながら一度だけ隣を見る。朝、一緒に過ごした時間が本人を目の前にすると妙にはっきり戻ってきた。


「何です?」


「……なんでもないわ」


 以前なら間を置かずに返せたはずなのに、ほんの少し遅れた。マティアスはそこを追及せず、調理台の上に並んだ食材へ話を戻した。


「何かやります?」


「じゃあ、それ洗ってくれる?」


「了解です」


 マティアスが流しで野菜を洗い始めると、水音が厨房に続いた。リヒターはそのすぐ隣で残りの食材を切り分け始めた。


     *


 夕食の片づけが終わったあとも、五人は共有スペースに残っていた。

 食器のなくなったテーブルには、それぞれのカップと昼間に集めた簡単なメモだけが置かれている。照会の仕方や担当者の記憶にいくつか確認すべき点は増えたものの、大きな新事実はまだ出ていなかった。


 作戦室の内線が鳴ると、カイルが席を外した。戻ってきた時にも四人は同じ場所にいて、ヨナスは届いた記録の一部を端末で見直し、エレジは地図上の経路を確認している。


「明日、ヴェルナーが来る。十四時頃だ」


「ここまで来るんですか?」


「ああ。五人とも予定を空けておけ」


「今日の報告の件ですか」


「それも含む。他にも話があるそうだ」


 ヨナスの確認に答えたことで、リヒターにも意味が分かった。自分への追加確認だけなら、今日と同じように通信で済ませられる。それをヴェルナー本人が来て、五人全員へ話すということは、班そのものに関わる用件がある。


「何の話かは聞いてないの?」


「まだだ」


 エレジは手元の地図から顔を上げた。


「何か準備しておくものはありますか」


「今日確認した範囲だけまとめておけばいい。照会履歴、支援先への回答内容、地図で分かったこと。まだ出てないものまで埋める必要はない」


「分かりました」


「ファルクは照会記録、ロートは担当者から取れた話。ヴァイスは地図。リヒターは名前が届けば追加してくれ。俺が全体をまとめる」


 明日の用件そのものについては、今の五人には材料がなかった。カイルも推測で埋めず、今日分かったことだけを揃える方を選んだ。


 話が済むと、共有スペースにはまたそれぞれの時間が戻った。ヨナスは飲みかけのカップを手元へ寄せ、エレジは地図をもう一度確認するため端末を持って立ち上がる。マティアスは今日連絡した担当者のうち、明日もう一度話を聞く相手を確認していた。

 リヒターは四人の様子を見ながら、自分のカップに残った飲み物を口にした。



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