西側の理由
ヨナスが大型表示板へ出した車両の登録情報には、補給基地とも運送会社とも関係のない名義が載っていた。
「名義人は実在します。ただ、本人はこの期間アイヒフェルトに来てません。勤務記録も確認が取れてます」
灰色の小型貨物車が借り出されたのは、最初の不審な問い合わせより二日前だった。返却予定は一週間後で、貸出記録上はまだ返却されていない。
「本人が貸した可能性は?」
「今のところ出てません。身分情報を使われたこと自体、知らなかったそうです。ただ、本人が嘘をついてる可能性まで消えたわけじゃないので、そこは現地側が確認を続けてます」
貸出日と、最初の問い合わせの日付には二日の差があった。
「先に車を用意して、そのあと必要な情報を集め始めた可能性はあるわね」
「可能性として残す。車だけで全部つなげるな。先に、取られた情報を並べる」
カイルの言葉で、表示板の中心が車両情報から問い合わせ記録へ切り替わった。
最初に聞かれたのは、補給基地へ入る便の台数だった。その次が出発時刻。さらに経路。直接接触では普段使う道を聞かれ、二日前には「今日の便は予定どおり出るのか」「西側を使うのか」と、特定の便を前提にした質問まで出ている。
エレジは、それぞれの質問の横に並ぶ共有先を追った。
便があること自体は、基地と取引のある会社なら知れる。変更後の時刻は積み荷側にも伝わる。普段使う道は、出入りする運転手や担当者から聞ける。西側を使うかどうかだけは、直前の運用に近い。
「全部知ってる人を探してましたけど、全部を一人から取ったとは限らないですよね」
その見方に変えると、情報の線が一人へ集まらないこと自体が不自然ではなくなる。ヨナスは問い合わせ時刻と、各情報が外部へ出る可能性のある時刻を重ねた。
「むしろ、その方が合います。最初の台数は公開されてる取引関係からでも取れる。変更時刻は積み荷側。経路については直接聞いてる。情報ごとに入口が違います」
「一人ずつには、大したことを聞いてないものね。『何台ですか』『今日は遅いんですか』『いつもどっちを通るんですか』。それぞれ単独なら、答えた側も輸送全体を渡した感覚は持ちにくいわ」
これまで一つにまとめようとしていた線が、複数の場所へ分かれたまま意味を持ち始めた。一人の内部協力者から予定表を丸ごと抜いたのではなく、必要な部分だけを別々の場所から拾っていたとすれば、問い合わせの形とも合う。
「じゃあ、最後に欲しかったのが西側か」
マティアスの言葉で、表示板には西側補助路の地図が出た。
初日に確認した主経路より細く、山裾に沿って曲がっている。途中では通信が弱くなり、固定監視の範囲から外れる区間もある。
エレジは、前回の実地確認で記録した所要時間を地図の横へ置いた。
「便が出る時刻と、西側を通ることが分かれば、この辺に入る時間はかなり絞れます。主経路より速度も落ちます。ここで曲がって、その先も勾配があります」
「積載状態なら、基地を出てからここまでの誤差はそんなに大きくないです。出発時刻が分かってれば、ずっと道路を見てなくても済みますね」
「待ってる時間が短くなるから、西を使うか知りたかった?」
「説明はつく。輸送に対して何かするために時間を絞ってる可能性は高い。ただ、止めたいのか、荷に触りたいのか、追うためなのかはまだ分からない」
西側という言葉が、単なる経路確認ではなくなった。それでも目的まで決めるには、相手側の行動がまだ足りなかった。
*
午後、五人はもう一度西側補助路へ出た。
前回は、輸送車両が通る道として見た。今回は、外からその車両を待つ側の視点で見る。
同じ道でも、見る場所は変わった。
山裾を回る区間では道路の片側が低い斜面になり、その先に使われなくなった作業道が残っていた。舗装は途中で途切れているが、小型車なら少し奥まで入れる幅はある。
エレジは本線から距離を取り、木立の中から道路が見える位置をいくつか確かめた。東側から来る車は、曲がりへ入る前から見える。反対に道路上を走る側からは、木の奥までは見通せない。
「ここなら、来るのは見えます。ただ、道路側からこの場所を見つけるのは難しいです。立ってれば動きで分かるかもしれませんけど、ずっと隠れてるだけなら」
「退路は?」
「後ろから作業道へ出られます」
別の地点では、ヨナスが通信状態を測っていた。表示の数値は少しずつ落ち、カーブの内側へ入ったところでデータ通信が不安定になる。
「ここから弱くなります。完全に切れるわけじゃないですけど、データは遅れますね」
「どのくらい?」
「車両の速度なら、抜けるまで長くても数分です。ただ、一回の連絡が遅れるには十分です」
マティアスはカーブの先まで見える位置から、本線の幅と勾配を確認していた。
「ここ、止めなくても遅くなりますね。前に遅い車が一台入ったら、この先の広いところまで抜けないです」
「完全に塞ぐ必要はないってことか」
「そうですね」
リヒターが見ていたのは、本線ではなく作業道の奥だった。
「人だけなら、こっちから抜けられるわ。車を少し奥へ入れても道路からは見えにくい」
一か所だけが明確な襲撃地点というわけではなかった。それでも、便の時刻と西側使用を知っていれば有利になる条件は、短い区間にいくつも重なっている。
ヨナスの端末に現地側から通信が入ったのは、その確認を終えかけた時だった。
「灰色の車、見つかったそうです」
「どこだ」
「市街地東側。昨日の映像で抜けていった方向です。乗り捨てられてました。あと、道路カメラを追加で追ったら、同じ車が西側方面へ何度か出てる記録があります」
「いつだ」
「最初の問い合わせより後です。二回。昨日も一度、この道路の入口まで来てます」
送られてきた画像には、灰色の小型貨物車が山側へ入る道路を通過するところが残っていた。撮影地点を地図へ重ねると、五人が今確認している区間からそれほど離れていない。
「ここ、来てますね」
「ああ。西側を聞いた理由は、これで説明がつく」
問い合わせで経路を探り、その前後に同じ車両で現地を見ている。車がここへ来た理由そのものはまだ分からなくても、それぞれを偶然として切り離すには重なりすぎていた。
*
基地へ戻ると、現地側との打ち合わせには、西側区間の地図がそのまま使われた。
道路を観測しやすい地点。通信が弱くなる範囲。大型車が速度を落とす場所。作業道へ抜けられる位置。灰色の車両が通った時刻と、直接接触した人物の特徴。
五人が確認したものを渡し、翌日の便への対応は現地側の警護部門が決める。
「経路は?」
「直前まで共有を限定する。西側を使うなら、今日渡した区間を重点的に見てくれ。ただし、相手を出すために経路を選ぶ必要はない」
「通常運用の中で見る?」
「ああ。輸送を守るのが先だ」
相手を捕まえるために、便を危険な方へ寄せることはしない。相手が本当に輸送へ手を出すつもりなら、これまで集めた情報を使って動く。その時に見落とさないだけの配置と通信を整え、その日の作業はそこで終わった。
*
対象便が基地を出る頃には、五人は西側区間の周辺へ分かれていた。
エレジが取ったのは、道路から距離のある斜面側の観測位置だった。東側から来る車両と、作業道へ入る側の両方が木々の間から見える。
少し離れた位置ではリヒターが現地要員と動き、マティアスは車両で予備に入っている。ヨナスが通信をまとめ、カイルには各位置と輸送車の進行状況が集まる。
どちらの経路を使うかは、出発直前まで共有範囲を絞っていた。
『対象便、西側へ入ります』
ヨナスの声が端末から届いた。
エレジは道路の東側から作業道の入口までを順に確認したが、対象車両はまだ見えない。
作業道の入口から二十メートルほど離れた場所に、一人いる。道を歩いているだけなら不自然ではない服装だったが、移動せず、何度も道路の東側を見ている。
「一人います。作業道入口から北へ二十メートル。暗い上着、帽子。前の接触者と特徴は近いです」
『同一確認は?』
「できません。顔は見えないです」
『そのまま見ろ』
人物だけを追えば、周囲の変化を落とす。エレジは一度視界を広げ、道路の先まで拾った。
さらに離れた路肩の広い場所に、暗い色の乗用車が一台停まっている。灰色の貸出車ではない。
「もう一台。道路脇に車両。乗員は見えません」
ヨナスが現地側へ登録照会を回した。
『対象便、あと六分』
道路脇の人物も、停車している車も動かない。今の時点では、どちらもそこにいるだけだった。
やがて木々の間から、大型車の上部が見え始めた。
「対象、視認」
ほぼ同時に、停車していた車両の前灯がついた。
「待機車、動きます」
暗い車が本線へ出る。対象便よりかなり前方ではあるが、進行方向は同じだった。速度を上げず、そのまま西側のカーブへ向かっていく。
『距離は?』
「このままなら対象の前に入ります」
大型の輸送車が追いつけば、カーブと勾配のある区間で速度を落とすことになる。
作業道近くにいた人物も、それまで留まっていた位置を離れ、斜面側へ下り始めた。
「徒歩の一名も動きました。作業道側へ入ります」
それぞれ単独なら説明はつく。だが、対象便が見える距離まで来た瞬間に、二つが同時に動いた。
『現地側、動け』
カイルの指示とほぼ同時に、配置されていた現地側の車両が待機車の前方から本線へ入り、後方でも別の一台が動いた。
対象便には近づけない。暗い車両は前方を塞がれたことに気づき、速度を落とした。
作業道へ入った人物は、現地要員の動きを見たところで引き返した。
「徒歩一名、戻ります。北側へ」
『リヒター側で取る』
木々の間に見えていた人物が走り出し、その後を別方向から現地要員が追った。エレジの位置から見えるのは途切れた輪郭だけだったが、作業道の先へ抜ける前に進路を変え、その先でもう一組の要員に挟まれた。
道路側では暗い車両が完全に止まっている。
対象便は現地側の誘導で十分な距離を保ち、そのまま区間を抜けた。
『輸送車、通過。異常なし』
対象便はすでに警戒区間を抜けていた。物資にも乗員にも異常はない。
確保された人物と車両の処理は現地側へ移り、五人がその場で追うものはなくなった。
*
基地へ戻った頃には、確保された二人への一次聴取が始まっていた。
夕方、会議室の表示板には、対象便の記録と、確保された車両、二人の人物が別々の欄に並んだ。前日には推測として置いていた線のいくつかが、今は実際の行動と結びついている。
「輸送を狙っていたことは認めたそうです。目的は積み荷の一部。便全体を持っていく予定ではなかったと」
「何を取るつもりだった?」
「指定された荷だけです。ただ、本人たちは中身を知らないと言ってます。荷番号だけ渡されていたそうです」
積み荷一覧から該当番号を確認すると、通常の補給品に混ざった機材の一つだった。記録上、それだけが特別目立つ品には見えない。
「依頼主は?」
「知らないそうです。直接やり取りしてたのは仲介役だけ」
「接触してた人と実行役は別?」
「はい。今日押さえた一人が、これまで聞き回っていた人物と同一かは照合中です。ただ、情報を集める役と車を動かす役は分けていたと言ってます」
「情報は?」
「業務上の接点から少しずつ取った、と」
前日に五人が組み立てた形と一致した。
一人の協力者から輸送予定を丸ごと受け取ったのではない。会社、積み荷側、担当者、それぞれから必要な部分だけを拾い、最後に西側を使うかまで確かめていた。
「じゃあ、そこから上はまだ?」
マティアスが見ている先には、仲介先として聞き取られた名称が残っていた。
「まだだな」
記録と今日の動きで裏づけられたのは、輸送物の横取りを計画していたこと、西側区間を事前に確認していたこと、複数の経路から輸送情報を集めていたことまでだった。
誰が最終的に依頼したのか。なぜその荷を指定したのか。仲介役の先に誰がいるのか。
そこから先は、まだ確認できていない。
「ここからの聴取は現地側に任せる。俺たちは明日、確認済みの事実と残った照会先を整理して引き継ぐ」
ヨナスが仲介先として出た名称と連絡番号を、未確認事項の欄へ追加した。
表示板から対象便の進行表示は消え、代わりに右端には仲介先――照会継続という一行が残っていた。




