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エーデルベルグの雪 ──北部山岳任務録──  作者: 有凪いちほ
特殊情報収集班:任務

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西側を使うか


 五人は前日までに確認した情報の共有先を、補給基地の会議室でもう一度洗い直していた。

 変更後の輸送時刻は、名乗られた運送会社へ届く前に、基地側と積み荷を出す側の一部には伝わっていた。誰か一人が全体を見ていたとは限らない。台数、時刻、経路を別々の場所から拾っている可能性も残っている。


 机には、基地側、運送会社、積み荷側を線でつないだ一覧が広がっていた。前日より線は増えたが、その分、情報の流れも一つには絞れなくなっている。

 窓の外では朝の便が動き始め、車両置き場から出る大型車の音が、会議室の窓ガラスを低く震わせていた。


「今日は積み荷側を見ます。変更後の時刻を受け取る人が、実際には誰までいるのか。端末上の権限だけじゃなくて、現場で誰が聞けるかも分けた方がいいです」


「ああ。記録上の閲覧者と、実際に知る人間は別に見る」


 正式な通知先が数人でも、その場にいる作業員まで時刻を知っていることはある。逆に、端末を閲覧できても実際の輸送には関わらない者もいる。


 人物を先に決めるより、情報が通った場所を確かめる。その方針で、五人は港側の集積施設へ向かった。


     *


 積み荷を出す施設は、補給基地より港に近かった。


 広い倉庫の前には木箱や金属製の貨物容器が積まれ、搬入口では小型の運搬車が絶えず行き来している。開け放たれた扉の奥から機械音が響き、海側から吹き込む風が、受付脇に置かれた伝票の端を何度も持ち上げていた。


 変更後の時刻が通知された記録自体は、すぐに確認できた。


「受け取ったのは、この三人です。当日の作業責任者と、荷出しの担当二人です」


「その三人以外は、変更された時刻を知らないんですか?」


 エレジが尋ねると、施設側の責任者は名簿から視線を上げた。


「正式には。ただ、準備開始の時間を変えるので、現場には伝わります」


「具体的な出発時刻まで?」


「そこまでは言わないこともありますけど、今日は少し遅くなった、くらいは」


 一覧上では三人でも、実際の情報はそこで止まらない。


「外部の運転手もここへ入ります?」


 マティアスは、搬入口から倉庫内へ続く人の流れを見ていた。


「荷受けで来ることはあります」


「その時に作業予定が見える場所は?」


「掲示板があります。ただ、輸送便の番号までは出してません」


 ヨナスは、変更通知に使われる業務端末と回線の記録を確認していた。


「通知は全部この端末へ?」


「基本はそうです」


「転送は?」


「ありません」


 少なくとも、ここで使われている端末から外部へ自動で情報が流れる仕組みはない。


 リヒターは倉庫の出入口から休憩区画までを見た。作業員と外部の運転手が混ざる場所はあり、勤務中の会話が施設の中だけで完結するわけでもない。


「休憩の時は、外の店へ行く人も多い?」


「いますね。港側に何軒かあるので」


「仕事の話をする人もいるでしょうね」


「まあ、それは」


 責任者は否定できなかった。

 正式な共有先を絞っても、人の口まで同じ線で管理できるわけではない。エレジは名簿と倉庫内の様子を見比べた。


「一人を探すより、知れる場所を全部出した方がよさそうですね」


「ああ。人物を決めるのはそのあとだ」


 端末の記録だけを追っていたヨナスの端末が、そこで短く鳴った。

 補給基地からの連絡だった。


「別の人に接触がありました」


 さっきまで確認していた共有範囲の話が、そのまま現実の動きへつながった。


「どこだ」


「港側。輸送関係者です。今は店の中に避難してるそうです」


「追われてる?」


 リヒターが先に現在の状況を聞いた。


「今のところは。現地側が迎えに向かってます」


「何を聞かれた?」


 ヨナスが送られてきた内容を読み上げた。


「今日の便は予定通り出るのか、西側を使うのか」


 昨日までより、質問が一段具体的になっていた。カイルはその一言だけで目的までは決めなかった。


「ここは一度切る。接触場所を見る」


     *


 接触があったのは、港と旧市街の間にある通りだった。


 飲食店と小さな商店が並び、昼前でも人通りは多い。対象者はすでに現地警護の担当者と合流し、通りに面した店の奥へ入っていた。外からは店内の手前しか見えず、相手が戻ってきてもすぐには気づかれにくい位置だった。

 怪我はなく、追跡もされていなかった。


「最初から聞かせて」


「店を出たところで声をかけられました。仕事関係の人みたいな感じで」


「何て?」


「『今日の便、予定通り出るんですか』って。答えなかったら、『西側を使うんですか』って聞かれました」


「会社名とか、誰かの名前は出した?」


「何も」


「あなたの名前は?」


「呼ばれてません」


 前回の接触と似ていた。相手側から自分の情報をほとんど出さず、こちらに答えさせようとしている。


「答えなかったら?」


「『分からないです』って言ったら、それ以上は聞かれませんでした。そのまま港の方へ」


「近づいてきた? 進路を塞いだりは?」


「いえ。普通に話しかけられただけです」


 服装の特徴は、前日の監視映像に映っていた人物と近かった。帽子、暗い色の上着、体格も大きくは違わない。


「同じ人だと思う?」


「分かりません。昨日の人を直接見たわけじゃないので」


「それでいいわ」


 リヒターが話を聞いている間に、ヨナスは周囲の監視設備の位置を確認していた。通りの角に二台、港側へもう一台。映像が残っていれば、相手が離れた方向は追える。


「人通りは多いですね。昨日より消えやすい」


 マティアスの言葉どおり、通りは少し下った先で二つに分かれていた。片方は倉庫街、もう片方は駐車区画へ抜ける。


「徒歩だけなら、どっちにも行けますね」


 エレジは接触地点から先の道を見た。人の流れに入れば姿を隠せるが、どちらへ向かったかまでは周囲の映像で拾える可能性がある。


 カイルは現地側へ監視記録の確保を頼み、五人もその場で確認できる範囲を追った。


     *


 最初の映像には、それらしい人物が残っていた。


 対象者と接触したあと、港側へ歩いている。次のカメラにも同じ特徴の人物が映ったが、帽子と角度のせいで顔までは取れていない。


「こっちです」


 ヨナスがさらに先の映像へ進めた。

 人物は倉庫街には入らず、駐車区画の方へ曲がっている。その数分後、同じ区画から灰色の小型貨物車が出ていた。


「乗ったところは?」


「ちょうど死角です」


 人物が映像から消えた位置と、車両が停まっていた場所は近い。ただ、実際に乗ったところまでは映っていなかった。


「同じ車だと決めるには弱いですね」


「ただ、時間は合います」


 車両の側面には社名も目立つ標識もない。後部のナンバーも、一部が車体の反射に潰れていた。


「後ろ二桁は取れます。車種も絞れますけど、該当はかなりありますね」


「昨日は歩いて旧市街へ入った。今日が同じ人なら、離れ方は変えてることになるわね」


「同じとはまだ決まってないですよ」


「ええ。だから、同じなら、よ」


 映像から言える範囲を越えないまま、使える情報だけが残っていく。

 カイルは車両の特徴と読めた番号だけを現地側へ渡した。


「追えるか」


「市街地出口と港側の監視記録を当たります」


「無理に追跡はするな。記録だけ拾ってくれ」


 車両はすでに現場を離れている。

 今から五人が車で追えば、見つけられないまま相手にこちらの動きを見せる可能性もある。残っている映像をつないだ方が確実だった。


 対象者は現地側が基地まで戻すことになった。追加の接触がなく、周囲に同じ人物も見当たらないことを確認してから、五人も補給基地へ戻った。


     *


 午後、現地側から車両について続報が入った。

 同じ特徴の車が、市街地の東側から外へ抜ける映像が残っていた。


 登録先は、アイヒフェルト市内の短期車両貸出会社だった。借りた人物の確認にはまだ時間がかかるが、少なくとも補給基地や運送会社の所有車ではない。


 会議室の地図には、これまで別々に扱っていた情報が同じ面に並んでいた。


 一度目の直接接触地点。二度目の接触地点。問い合わせに使われた会社。車両がいた可能性のある駐車区画。そして、前日に確認した西側補助路。

 エレジは問い合わせ記録を古い順に並べ直した。


「聞いてることが変わってます」


「どう変わった」


「最初は台数です。その次が出発時刻。最後の電話で経路まで聞いてる。直接会った時は普段どの道を使うか。今日は、便があることを前提に、西側を使うか聞いてます」


 最初は輸送予定そのものを探っていた。それが少しずつ狭まり、今は特定の便がどの経路を通るかに質問が寄っている。


「少なくとも、質問の範囲は狭くなってますね」


 並べた記録を見る限り、相手の関心が輸送予定全体から、特定の便と経路へ寄ってきていることまでは言えた。


「輸送そのものに近づいてる可能性はある。ただ、何をするためかはまだ決めない」


「横取りとは限らない?」


「ああ。妨害かもしれないし、監視だけかもしれない。別の目的で輸送時刻を知りたい可能性も残る」


 リヒターは今日の聞き取り記録のうち、接触後の動きへ目を戻した。


「答えなかった相手を追ってないのも気になるわね。今のところ、人を押さえて無理に情報を取るつもりには見えない」


「まだ情報を集めてる段階?」


「そう見える」


 マティアスの問いに、カイルは結論を広げなかった。


「何のための準備かは決めない」


 相手が今も情報を取りに来ていること自体は、もう一件ずつ切り離して考えにくくなっていた。


 だからこそ、こちらが先に目的を決めれば、その後の動きまで同じ答えに見えてしまう。

 次に相手が何を取りに来るのかを見る必要があった。


     *


 その日のうちに、現地側と輸送側の運用を一部変更した。

 翌日の対象便は出発時刻をずらす。使用経路は出発直前まで共有範囲を限定し、外部からの問い合わせは指定した窓口へ集約する。輸送担当者の退勤も、同じ時刻と出口を繰り返さない。


 ただし、輸送自体は止めない。現地での警護と運行管理は基地側へ戻し、五人は新しい問い合わせや接触が出た場合に記録を受け取ることになった。


「運用はこれで変える。あとは現地側に任せる」


 翌日の輸送表には、変更された出発時刻だけが入っていた。経路欄は空白のままで、必要な人間にだけ直前に共有される。


「次に動きがあれば見る。こちらから答えを作りにいくな。相手が何を取りに来るかを見る」


     *


 夕食後も、共有スペースの机には翌日の輸送表が残っていた。

 窓の外では港の照明が水面近くに並び、少し開けた窓から入る風が、机の端に重ねた紙を時折浮かせる。ヨナスの端末には、昼間の監視映像から切り出した灰色の車両の後部が拡大されたままだった。


「ここ、もう少し読めそうなんですよね」


「休む気あります?」


 マティアスは夕食の残りを食べながら、端末から離れないヨナスを見ていた。


「ありますよ」


「それ、休む人の返事じゃないですよ」


「あと少しです」


「それも休まない人が言うやつです」


 二人のやり取りが続く横で、リヒターは翌日の警護変更が記された紙を読み、エレジは新しい輸送表を確認していた。

 出発時刻はすでに変更されている。その下の経路欄だけが空白だった。


「明日の経路、決めるのはいつですか」


「出発前だ。必要な人間にだけ渡す。それまでは空けておく」


 昨日までなら、予定を確定させるために埋めていた欄だった。今は、そこを空けておくこと自体が情報の扱い方になっている。


 現地側から新しい連絡が入った場合の受け方だけ確認し、その日の作業を終えた。新しい輸送表は端末へ保存され、出発時刻の下にある経路欄は空白のまま残った。



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