帰路と憶測の話
現地部隊への引継ぎと返却を終え、五人は来た時と同じ車両に荷物を積み込んだ。
基地を離れてしばらくは、左右に針葉樹林が続く狭い道路を走る。斜面の向こうには、捜索で入った山域がまだ近くに見えていた。
数日前には、その中のどこへ失踪者が入ったのか分からないまま地図を見ていた場所だったが、今は旧道も管理小屋も、本人がそこへ至った経路まで分かっている。
運転はカイルが担当し、助手席にはヨナスが座っていた。後部座席ではマティアスが窓側に寄り、リヒターとエレジがその隣に座っている。
山を下るにつれて道路の幅が少しずつ広くなった。林の切れ目から民家が見えるようになり、作業用の車両ばかりだった対向車にも一般車が混じり始める。
エレジは窓の外を眺めながら、ヴァルトベルクへ入った時には目に留まらなかった小さな集落や、斜面の途中に作られた畑を追っていた。
車内では、ヨナスが現在地と経路を確認し、マティアスが途中でどこか休めそうな場所がないか前へ聞いていた。
リヒターは現地でもらった飲み物が思ったより甘かったと話し、それにヨナスが銘柄を尋ねている。
一時間ほど走ったところで、カイルが街道沿いの小さな休憩所へ車を入れた。
駐車場の脇には数軒の売店が並び、その前に簡単な屋台が出ていた。昼時が近いこともあり、焼いた肉やパンの匂いが駐車場まで流れている。
観光客向けというより、この道を通る車や近くの住民が使う場所らしく、作業着姿の人間が紙袋を持って車へ戻っていくのが見えた。
「十五分」
カイルが告げると、マティアスは車を降りながら屋台の方を見た。
「少佐、あれ買ってきていいですか」
「十五分で戻れるなら好きにしろ」
「じゃあ行きます」
リヒターも屋台の並びへ目を向け、エレジを誘った。
「行く?」
「行きます」
助手席に残ったヨナスは端末を確認していたが、マティアスが窓越しに声をかけた。
「ファルク大尉、何かいります?」
「冷たい飲み物があれば」
「種類は?」
「甘くないものなら何でも」
「一番困る頼み方ですね」
「任せます」
マティアスはそれ以上注文を聞かず、リヒターとエレジのあとを追った。
屋台には、薄い生地に肉と刻んだ野菜を挟んだものや焼いたソーセージ、その場で切り分ける焼き菓子が並んでいた。蜂蜜を塗って砕いたナッツを散らした菓子が目に入り、エレジは少し足を止めた。
「それ、甘いですか」
「かなり甘いよ」
店の人間が答えると、エレジはもう一度並んでいる菓子を見た。
「じゃあ、一つください」
隣ではリヒターが別の菓子を選んでおり、エレジが受け取った包みを見て尋ねた。
「それにしたの?」
「はい。おいしそうだったので」
「一つもらっていい?」
「もちろんです」
少し先では、マティアスが肉入りのパンを二つと、蓋の付いた冷たい飲み物を受け取っていた。
「二つ食べるの?」
「一つは少佐です」
「頼まれてないでしょ」
「でも食べると思います」
車へ戻ると、カイルは差し出された包みとマティアスを交互に見た。
「俺のか」
「はい。要らなければ俺が食べます」
「なら食う」
「ほら」
リヒターが笑い、マティアスは自分の分を開けながら後部座席へ戻った。ヨナスは渡された飲み物を一口飲んだ。
「どうですか」
「甘くないです」
「そこしか感想ないんですか」
「条件は満たしてます」
休憩所を出てからしばらく、車内には紙袋の音と焼いた肉や蜂蜜の匂いが残っていた。
エレジは焼き菓子を半分ほど食べたところでリヒターへ渡し、返ってきた残りは包み直して膝の上に置いた。
道はさらに下り、山の間隔が広がっていく。集落の数が増え、道路沿いに整備工場や小さな商店が見えるようになった。
ヴァルトベルクの奥へ向かっていた時には途切れがちだった通信も安定し、ヨナスは端末に入ってくる情報を時々確認していた。
後部座席では、休憩所で見かけた店の話から、施設へ戻ったあとの食事当番の話に移っていた。その途中でマティアスの返事が途切れた。
少し前まで話に入っていたのに、何かを思い出したらしく考え込んでいる。
やがて前の席へ声をかけた。
「少佐」
「何だ」
「この班が嫌いそうな話してもいいですか」
ヨナスが助手席から振り返った。
「どういう前置きですか」
「すごく憶測の話です」
「言ってみろ」
マティアスはエレジの方を見た。
「中尉、お兄さんが亡くなったの、六月二十二日ですよね」
「はい」
「ハシュヴァルトが来たの、二十八日でしたよね」
朝から何度か思い出していた六月二十二日へ、別の日付が重なった。エレジはそこで初めて、兄の死亡からハシュヴァルトが施設へ来るまで六日しかなかったことを数えた。
「そうですね」
「あの時、あの人、中尉の価値が今後上がる可能性があるって言ってましたよね」
「言ってたわね」
リヒターも話の先を考えるようにマティアスを見ていた。
「もし繋がってるなら、兄が死んだことで中尉の何かが変わったってことになりません?」
エレジはすぐには答えなかった。
ハシュヴァルトが来た日には、家族についていくつも質問された。そのあと、自分の価値が今後上がる可能性があると言われたことも覚えている。
兄がその六日前に死亡していたことだけが、今までそこへ加わっていなかった。
ヨナスも前を向いたまま考えてから話した。
「兄の死で、中尉自身の何かが変わったとは限りません。中尉を必要としている側の事情が変わった可能性もあります。兄から確かめるつもりだったことが、確かめられなくなったとか」
「何を確かめたかったのかも、誰が必要としてるのかも分からないわね」
「はい。そもそも、兄の死とハシュヴァルトの話が関係しているかも分かりません」
「だから憶測です。ただ、日付を聞いた時に近いなと思って」
カイルは運転を続けながら、今出た情報だけを並べた。
「兄が六月二十二日に死亡した。ハシュヴァルトが来たのは二十八日で、その時にヴァイスの価値が今後上がる可能性があると話した。今分かっているのはそこまでだ」
「そうですね」
エレジも、兄の死亡日とハシュヴァルトが来た日が近いことは気になった。ただ、そこから先に何があるのかはまだ分からない。
ヨナスが少し考えてから口を開いた。
「ヴァイス中尉、聞いてもいいですか。お父さんは?」
「亡くなっていると、母には言われたことがあります」
「そうですか」
「父のことは、ほとんど知りません」
ヨナスはそれ以上聞かず、マティアスもさっきの仮説を広げなかった。
「俺も、今のところは日付が近いってだけだと思ってます。ただ、忘れない方がいいとは思います」
「はい」
それで話はいったん終わり、ヨナスは端末へ戻った。リヒターはさっき返した焼き菓子について、やっぱり自分でも買えばよかったとエレジに言った。
残りがまだあると包みを見せると、施設へ着くまで取っておきなさいと返され、そのまま別の話へ移った。
昼を過ぎる頃には交通量が増え、山の稜線も次第に遠くなった。途中で一度給油に寄り、その後は大きな休憩を取らずに走る。
街道沿いの建物が増えたあと、再び林の多い地域へ入り、見覚えのある分岐が少しずつ現れ始めた。
やがて金属柵と簡素な検問が木々の間から見え、車両は敷地内へ入った。
カイルが所定の位置へ車を止めると、五人はそれぞれ荷物を持って降りた。ヨナスは端末ケースを二つ抱え、リヒターは医療バッグを肩に掛ける。マティアスは共用品の入った袋と、休憩所で買ったものが残っている紙袋までまとめて持っていた。
「それ、まだ残ってたんですか」
「一個あります。中尉、食べます?」
「何ですか」
「肉のやつです」
マティアスは共用品と一緒に紙袋も持って玄関へ向かい、ヨナスとリヒターもそれぞれの荷物を運んでいった。
エレジは自分の荷物と途中で残した焼き菓子を持ち直し、カイルが車両を施錠するのを待ってから、四人のあとを追って建物へ入った。




