照会
翌朝、五人が作戦室へ入った時には、前夜から現地部隊が進めていた照会の結果がまとまり始めていた。
失踪者は医療区画で経過を見られている。右足は骨折ではなく、強い捻挫と靱帯損傷が疑われる状態で、しばらく歩行を制限されることになった。脱水は改善し、朝には通常に近い受け答えができるまで戻っている。
五人に残っていたのは、旧管理小屋まで失踪者を追ってきたもう一人の確認だった。現地部隊の担当者は、前日にマティアスとヨナスが確認した足跡の続きから説明した。
小屋の北西へ離れた痕跡は古い支道を経て現在の管理道路へ出ており、その先では追えなくなっていた。
しかし、周辺の通行記録を調べた結果、失踪当日の午後、この区域への登録がない車両が一台入っていたことが分かっていた。
「車両番号から所有者まで取れています。小規模な測量会社です。使っていた男にも昨夜のうちに連絡がつきました」
「旧道へ入ったことは?」
「認めています。ただし、会社からこの区域を調査するよう指示された事実はありません」
男は以前、山林関係の下請けとしてこの周辺で働いたことがあり、その時に見た古い資料から旧道や作業区画の存在を知っていたという。
現在使える経路がどの程度残っているのかを個人的に確認しており、正式な立入り申請はしていなかった。
失踪者と接触し、その後を追ったことについても否定しなかった。
「本人の説明では、声をかけられて無断立入りが知られたと思った。管理側へ報告されるか確認したくて後を追った、ということです」
「経路を変えたあとも?」
「そこも認めています。小屋付近まで行ったこともです」
「負傷していることには気づいていたのか」
「歩き方がおかしくなったことには気づいたと話しています。ただ、小屋まで行った時には相手が自分をかなり警戒していると分かった。
それ以上近づけば騒ぎになると思って離れた、と。そのあと、自分も無断で入っていたことが問題になるのが怖くなって、そのまま現場を離れたそうです」
直接暴力を加えた形跡はなく、失踪者本人も触れられたとは話していない。武器を所持していたことを示すものも確認されていなかった。
「危害を加えるつもりはなかった、というのは本人の供述です」
「そこは供述として扱ってください」
男が無断で旧道へ入り、失踪者の後を追い、小屋の近くまで行ったことは、双方の話と現場の痕跡が一致している。
一方で、なぜそこまで追ったのかについて確認できるのは本人の説明までであり、カイルがその点を分けるよう求めると担当者も同意した。
五人はその後、医療区画で失踪者にも男の写真を確認してもらった。前日より顔色は戻っており、受け答えも安定していたが、写真を見せられると表情にはまだ警戒が残った。
「……この人です。たぶん間違いない」
現地部隊の担当者から、男が無断立入りを知られたくなくて後を追ったと話していることを聞いても、失踪者はすぐには納得できない様子だった。
何も言わずに経路を変えてまで追ってきた相手の意図を、あの時の自分が知ることはできなかったのだろう。それ以上の聞き取りは現地部隊へ引き継がれ、五人は作戦室へ戻った。
前日に本人から聞いた経緯と合わせれば、移動についてはほぼ整理できていた。
現地部隊が以後の聴取と無断立入りについての処理を引き継ぐことになり、五人の捜索任務はそこで終了した。
「助かりました。通常の捜索だけなら、旧道に入るまでかなり時間がかかったと思います」
「本人が見つかったなら十分だ」
カイルはそこで成果の話を広げず、撤収予定の確認へ移った。翌朝にはヴァルトベルクを離れ、午後は記録と装備を整理し、現地側へ渡す資料をまとめることになった。
*
夕方、リュウは自分に割り当てられた部屋で端末を開いていた。ヴァルトベルクへ来た本来の仕事とは別に、昨日から二件の照会をかけていた。
きっかけは、食堂でエレジと再会した時の会話だった。
母親は元気かと聞くと、エレジは現在連絡を取っていないと答えた。兄についても同じだった。その場ではそれ以上聞かなかった。エレジ自身が昔のことを話したくないと明確にしていたし、リュウにも無理に聞き出すつもりはなかった。
ただ、その二つの返答はあとになっても残った。
十六歳で軍へ入ってきた頃から、エレジの家庭環境が一般的なものではないことは知っていた。細かな事情を本人から聞かされたわけではない。
当時のエレジは、自分から家庭の話をすることがほとんどなかった。休暇中に家へ帰る話もしなければ、家族から連絡が来たと周囲に話すこともない。だから、今も連絡を取っていないこと自体は意外ではなかった。
母親についても、兄についても、疎遠になったとも、もう会わないとも言わなかった。ただ、現在は連絡を取っていないと答えた。
昔のエレジなら、それで時間が止まったままでも不思議ではなかった。
リュウは、当時そこへ踏み込まなかった判断を今さら後悔しているわけではなかった。本人が家庭のことを話さず、助けを求めてもいないのに、自分が勝手に掘り下げる理由はなかった。
それよりも、軍の中で若いエレジが不当に扱われないようにする方が、当時の自分には現実的にできることだった。
最初に母親の記録を確認したが、そちらは古い登録情報のあとで居所を特定できる記録が途切れていた。
死亡記録は見つからないものの、現在どこにいるのかは確認できない。通常の照会範囲で辿れるのはそこまでだったため、リュウはそれ以上追わなかった。
兄の方には、はっきりした記録が残っていた。
以前から問題を抱えていたことは知っていたが、その後どうなったのかまでは追っていなかった。現在記録を照会すると収監歴が表示され、刑務所名と収容時期に続いて、現在の状態の欄には、死亡と記載されていた。
リュウは氏名を確認し直した。
同姓同名ではない。生年月日も本人識別番号も一致している。エレジの兄だった。
詳細を開くと、収監中に死亡したことが分かった。死亡日は六月二十二日となっている。
食堂で兄について聞いた時のエレジは、ただ連絡を取っていないと答えた。それ以上の感情を外から決めることはできないが、少なくとも兄の死を知ったうえで話しているようには見えなかった。
親族への通知欄には処理済みの記録がある一方で、エレジ本人へ確実に通知されたことを示すものは見つからなかった。誰に連絡が渡り、その後どうなったのかも、この画面だけでは分からない。
リュウは、そこで終わらせず死因の記録も確認した。
表示されているのは、収監中に死亡したことを示す簡単な記載だけだった。死亡に至るまでの経過を示す項目はあるものの、詳細は別の記録へ分けられており、現在の権限では開けない。
刑務所内の死亡記録として、それだけで異常だとは言えない。詳細な医療記録や内部記録への閲覧権限が分けられていることもあり得る。
それでも、リュウは一度、収監中の経過まで遡った。
死亡直前まで長期の治療を受けていた記録はない。重い持病が継続して管理されていた形跡も、今見られる範囲には見当たらなかった。その状態から六月二十二日に死亡しているのに、何が起きたのかを確認するための部分だけが現在の照会では見えない。
病死や事故を否定できる材料はなかった。その理由を確かめようとして記録を追うほど、簡単な死亡通知だけでは済ませにくくなっていく。
収監中に何かが起き、誰かによって死亡させられた可能性も、確認すべき範囲に入るところまで来て手をとめた。
まだ疑うための材料が揃ったわけではない。リュウは詳細記録へ辿るための照会先を確認し、追加の確認をかけた。




