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エーデルベルグの雪 ──北部山岳任務録──  作者: 有凪いちほ
特殊情報収集班:任務

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失踪者


 休養日から数日後、五人は午前のうちに作戦室へ集められた。


 大型表示板には、見慣れない山域の地図が出ている。北部の中でもさらに山が深くなる地域で、現在使われている道路のほかに、細い林道や途中で途切れた古い道がいくつも重なっていた。地名として表示されているヴァルトベルクは、エレジも名前だけは知っているが、行ったことはない。


 カイルは全員が席についたことを確認してから地図の一部を拡大し、表示を失踪者の資料へ切り替えた。


「次の任務はヴァルトベルクだ。現地協力員が一人、二日前から行方不明になっている」


 表示された男は三十代後半で、ヴァルトベルク周辺に住み、林業関係の仕事をしながら必要に応じて軍へ道路状況や積雪、山中の通行状況を提供していた。軍属ではないが現地の地形に詳しく、これまでにも部隊の移動や調査に何度か協力している。


「最後に確認されたのは二日前の午後。予定されていた連絡が入らず、翌朝になっても自宅へ戻っていなかったため、現地側が確認を始めた。本人所有の車両は翌日、山中の林道で発見されている」


 カイルが示した地点はヴァルトベルクの市街地からかなり離れており、幹線道路を外れ、さらに林道へ入った先にあった。ヨナスは失踪から車両発見までの時間を確認してから、その後の捜索について尋ねた。


「車が見つかってから一日経ってるんですか?」


「ああ。ただし、周辺を大人数では捜索していない」


「どうしてです?」


「進行方向が分からない状態で人員を入れれば、残っている痕跡を潰す可能性がある。現地側は車両周辺の安全確認と最低限の捜索までで止めている」


 追跡を担当するリヒターにとっては、何人がどこまで入ったかも現場の痕跡を判断する材料になる。


「最低限というのは、どこまで?」


「車から半径百メートル程度。道路上と斜面の入口を見ている。車内にも一度入っている」


「何人?」


「最初に発見した二人。そのあと確認に入った者が三人」


 発見後に五人が現場へ入っている以上、残っている足跡や踏み荒らされた場所がすべて失踪者のものだとは限らない。エレジにも、リヒターがまず現地側の動きまで分けて確認する必要があるのだと分かった。


「今回の最初の目的は、失踪者を闇雲に探すことじゃない。車を離れたあと、どこへ進んだのかを特定する」


「救難捜索ではないんですか?」


 マティアスの疑問は、エレジにも分かった。人が二日戻っていないなら、普通ならまず生存を前提に探すように思える。


「必要ならそうなる。ただ、現時点では何が起きたのか分かっていない」


 表示板に出た車両は、林道の端へ寄せるように停められた四輪駆動車だった。大きな破損はなく、道路から外れた形跡も見えない。


「車は故障していない。燃料も残っている。衝突痕もない。本人は車内にいなかった。私物の一部は残っているが、携帯端末と業務用の小型端末は見つかっていない」


「端末は本人が持って出た可能性が高いんですか?」


「現状ではな」


「最後の通信は?」


「定時連絡が最後だ。それ以降、発信も受信も確認されていない」


「端末側の記録は現地で取れますか?」


「取れる範囲は渡される。基地局と中継局の記録も確認できる」


 ヨナスが通信状況を確認するため車両発見地点の周辺を拡大すると、谷が多く、中継設備から外れる場所も広いことが分かった。


「この辺、通信かなり切れそうですね」


「谷に入ったらかなり切れそうです。圏外に入っただけの可能性もあります」


「ああ。通信が切れた場所と、何かが起きた場所を同じだとは考えるな」


 通信が途絶えたという事実だけでは、失踪した時刻も場所も決められない。その点を確認したヨナスは、記録を受け取っても通信だけから答えを作らないつもりなのだろうとエレジにも分かった。


 エレジは車両発見地点から周辺の等高線を追った。北と西に斜面が上がり、南側には細い谷が続いている。現在の地図では一本の林道しか目立たないが、その外にも徒歩なら通れそうな地形はいくつかあった。


「この人、山にはかなり慣れてるんですよね」


「そう聞いている」


「だったら、単純に道が分からなくなったとは考えにくいですか」


「考えにくいが、除外はしない」


 カイルは事故を含めて可能性を残したまま、現在考えられる状況を整理した。


「今残っている可能性は大きく分けて四つだ。事故。本人の意思による移動。第三者との接触。強制的な移動」


「どれも残ってるんですね」


「ああ。本人が自分で車を降りた可能性もあれば、何かあって降りざるを得なかった可能性もある。誰かと会ったのか、連れていかれたのかもしれない。ただし、今はどれも確定していない」


「最初は車を見るんですね」


「ああ。現地へ着いたら、そのまま発見地点へ向かう。車両と周辺の痕跡を確認する。そこで進行方向を絞れるなら追う。ただし、初日から無理に距離を稼ぐ必要はない」


 痕跡が残っているかどうかを左右する天候について、リヒターが確認した。


「失踪当日の天候は?」


「大きくは崩れていない。夜間に気温は下がったが、降雪は少ない」


「その後は?」


「昨日の午後に少し降った。現地によっては古い痕跡が残っていない可能性がある」


「分かりました」


 降雪に加えて現地側の人間もすでに周囲へ入っている。最初から追える足跡が残っているとは考えない方がよさそうだとエレジは認識した。


 カイルは車両発見地点を中心に周辺地形を大きく表示し、現地で最初に見るものを各自へ割り振った。


「最初の重点を決める。リヒターは車両周辺の痕跡と移動方向。ヴァイスは地形と経路。現在使われていない道も含めて、徒歩でどこへ抜けられるかを見ろ。ヨナスは端末、通信記録、車載機器。ロートはその時必要なところへ入れ」


「便利屋ですね」


「お前が一番向いてる」


「褒められてます?」


「そう思っておけ」


 マティアスの役割だけ幅が広いのは、何かが見つかるまで必要な作業を絞れないからだろう。本人もそれを理解しているらしく、それ以上は役割を限定しようとしなかった。


「現場で人が見つかったら?」


「状態による。負傷していれば救護と搬送を優先する。第三者が近くにいる可能性があれば、先に周囲を確認する」


「相手がいた場合は?」


「接触を避けられるなら避ける。俺たちの主任務は制圧じゃない」


 現地で何が起きていても、相手を捕まえることから始める任務ではない。状況を把握し、必要なら安全を確保して戻るという班の役割は変わらなかった。


 リヒターは表示された現地基地の位置から、滞在中の動き方を確認した。


「拠点はここ?」


「ああ。ヴァルトベルク基地の一角を借りる。宿泊と装備保管もそこでできる。数日を想定しているが、必要なら延びる」


「日帰りで山へ入る形ですか」


「ああ。最初はそのつもりだ。状況が変われば変える」


 フェルゼンでは観測場所を決めて長く留まったが、今回は現地基地を基点にして毎日違う場所へ動く可能性がある。対象の動きを待つのではなく、自分たちが移動しながら残された情報を探す任務なのだと、エレジにも違いが見えてきた。


「旧道、多いですね」


 現在の道路より薄く描かれた線の中には、途中で消えているものや、今の地図では道として扱われていないものもある。


「昔の林業道がかなりある」


「現地の資料も持っていけますか」


「あるだけ全部見る」


「なら、今の地図と重ねたいです」


 エレジが考えていることを聞いたヨナスも、通信図と経路を合わせる必要性に気づいた。


「古い道路資料、データ化されてるなら俺も欲しいです。通信図と一緒に重ねられるので」


「現地へ要求しておく」


 エレジは車両発見地点から伸びる地形を改めて確認した。北へは斜面がきつく、西は尾根へ上がれるがその先で道がなくなる。南へ下れば谷沿いに旧道へ繋がる可能性があり、東は現在の林道をそのまま戻る方向になる。


「車の場所だけだと、まだかなり広いですね」


「ああ。だから、地図から答えを作るな。現地で何が残っているかを先に見る」


「はい」


 地形だけなら通れる場所はいくつも出せるが、失踪者が実際にそこを通った証拠にはならない。自分が見る地形は、リヒターが現場で拾う痕跡と合わせて初めて進行方向を絞る材料になる。


「リヒター大尉が、何が通ったかを見る。私は、その先にどこへ行けるかを見る感じですか」


「そうね。足跡が途中で消えても、地形的に行ける場所が限られていれば追える。逆に、痕跡だけ見ていても、先に何があるか分からないと意味が変わるから」


「分かりました」


 役割を単独で考えるより、その二つがどう繋がるのかを聞いた方がエレジには理解しやすかった。


「通信も同じですね。最後に繋がった場所が分かっても、そのあとどこへ行けたかが分からないと絞れないので」


「全部合わせるんですね」


「そのための五人だ」


 集合してから相互訓練で何度も互いの仕事を確認してきたが、実際の任務では、それぞれが別の種類の情報を取り、それを一つにまとめて次に見る場所を決めることになる。


 説明が一通り終わると、カイルは翌日の行程と装備について確認した。


「明朝〇六〇〇出発。現地到着後、荷物を置いてそのまま車両発見地点へ向かう。今日は準備だけにする」


「武器は通常装備で?」


「ああ。ただし最初から戦闘を想定して重くする必要はない。山へ入る装備を優先しろ」


「医療は私がまとめるわ」


「共通分は分けて持つ。お前一人に寄せるな」


「分かったわ」


 数日間現地基地を使える以上、最初から山中で長時間孤立する装備を持つ必要はない。

 一方で、失踪者が負傷している可能性は残っているため、救護や搬送へ切り替えられる準備は必要になる。五人はそれぞれの担当資料と装備を確認しながら、翌朝までに不足を揃えることになった。


 エレジは現在の道路図だけでなく、送られてくる予定の古い林業道の記録も端末へまとめた。山域そのものは広いが、最初に見る場所は一か所しかない。


 今回は一台の車から始まり、すでに起きたことを残されたものから遡っていく。

 誰かがそこまで来て、車を降り、そのあと何かをした。今の段階で確かなのはそこまでだった。


 作戦室を出る前に表示板へ残った地図を見ると、車両発見地点を示す印から複数の経路が伸びていた。そのうちどれを通ったのかも、本人が自分で選んだのかも、まだ分からない。




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