三人でいること
街へ向かう車の中は、以前三人で出かけた時より静かだった。
マティアスが運転し、ヨナスとリヒターが後部座席にいる。行き先は買い物で、任務でもなければ特別な予定があるわけでもない。
今日は誰かが話し始めても長くは続かず、途切れたあとに次の話題が出てくるまで少し時間があった。
リヒターには理由が分かっていた。今はマティアスともヨナスとも二度身体を重ねている。フェルゼンでも、二人とまた触れ合いたいと思っていることを隠さなくなった。その状態で休養日に三人だけで街へ向かっていれば、意識しない方が難しい。
ただ、今日は買い物に行くだけだ。そのことまで特別な意味を持たせる必要はないと思っていたところで、隣の席にいるヨナスが自分を見ていることに気づいた。
「どうしたの?」
「大尉、三人で出かけてること、意識してますか?」
何を指しているのかは聞かなくても分かったし、誤魔化す理由もなかった。
「ええ、してるわ」
前を向いたまま聞いていたマティアスも、同じことを感じていたらしい。
「俺もしてますよ。さっきから何話せばいいか分かんなくなってます」
「それで静かなのね」
「たぶん。ヨナスもでしょう?」
「はい、俺もです」
三人とも同じだと分かると、それまで車内にあった妙な静けさの理由がすべて言葉になったように感じられた。
「前にも三人で出かけたでしょう」
「その時とは違うので」
実際、その通りだった。今は、隣にいる二人をどう思っているかも、二人から触れられることを自分がどう感じるかも、以前よりずっとよく知っている。
「買い物に行くだけなのに、三人とも同じなのね」
「大尉、このまま買い物だけして帰りたいですか?」
ヨナスに改めて聞かれると、答えは少し違った。買い物をして施設へ戻り、そのまま今日が終わることを想像してみても、それを望んでいるとは思えない。
「……ちょっと、物足りないかもしれないわね」
何をしたいのかまで決めたわけではない。それでも、少なくともそれだけで足りないことは三人とも分かった。
「じゃあ、戻る時間変えましょう」
ヨナスはそのまま施設へ連絡を入れた。昼食までに戻らないと伝えると、すぐに了承の返事があり、短く確認して通信を終えた。
いつもなら、予定が決まってから必要な時間を考えそうなヨナスが、今日は先に三人で使える時間を確保している。その違いに気づくと、リヒターには彼が何か考えているように思えた。
「それで、どうするの?」
尋ねると、ヨナスはホテルに行くのを提案した。自分の希望を先に出して二人へ確認している。リヒターは自分の気持ちを確かめるまでもなかった。
*
ホテルへ向かう途中、ヨナスが一度だけ車を停めてほしいと言った。
「少し寄っていいですか。買いたいものがあります」
マティアスはヨナスが示した店の近くに車を停めた。
しばらくして戻ってきたヨナスは、小さな袋を一つ持っている。中身までは見えず、リヒターもあえて聞かなかった。
*
ホテルの部屋へ入っても、三人はすぐに何かを始めることはしなかった。
リヒターは窓際の椅子へ座り、マティアスはベッドの端、ヨナスは向かいの椅子へ腰を下ろした。ここへ来ることは三人で決めた。
それでも今日は、その先についてヨナスが何か用意していることだけは分かっている。
「何か考えてるでしょう、教えてくれる?」
「俺も聞きたいです」
二人に促されても、ヨナスには迷っている様子はなかった。むしろ、ここまで自分で考えてきたことをようやく話せるのが嬉しいように見えた。
「今日は俺が主導してみてもいいですか?」
その提案自体が、リヒターには一番意外だった。
「あなたが主導するの?」
「はい。フェルゼンにいる時から、少し考えてました。二回とも、大尉がよかったって言ってくれたでしょう。大尉がまたしたいと思ってくれてるならと思って、色々調べました」
ヨナスが何かについて「調べた」と言う時、少し見て終わりにする人間ではないことをリヒターは知っていた。
興味を持てば関連する情報まで辿り、必要なら比較し、本人が納得するところまで調べる。その性質を思い出すと、今の一言だけで少し警戒が生まれた。
「……あなたの『色々調べた』は怖すぎるんだけど」
「俺も今ちょっと怖いです」
「二人とも同じ反応ですね」
「それで、何を調べたの?」
「色々です。ただ今回は、大尉が自分の感覚だけに集中できるようにしたいと思います」
思っていたものとは少し違う答えだった。
「大尉、相手のことよく見るでしょう。前も俺が分からない時は教えてくれたし、マティアスがどう反応してるかも見てたし、自分がされてる時でも相手がどうしてるか気にしてました」
否定できなかった。自分にとっては特別なことではない。誰かと一緒にいるなら、その相手が何を望んでいるのかを見るのは昔から当然だった。
「今日は、それをしなくてもいい状態にしたかったんです」
ヨナスは途中で買った袋を開け、中から柔らかい布製のアイマスクを取り出した。
「これを買いに行ったのね」
「まずは視覚を使わない方が、触られてる場所とか感覚の方に意識が向きやすくなるので。
それと、次がわからない方が、感じ方が変わることもあるらしいので」
「それを試してみたいのね」
「はい。でも、目が見えない状態が嫌ならしません」
具体的な内容が分かると、マティアスにも興味が出てきたらしい。
「俺も触るんですよね?」
「はい、二人でやります」
リヒターはもう一度アイマスクを見た。
二人の姿が見えなくなれば、普段のように、相手がどんな顔をしているのか、どういうつもりで触れているのかを確かめることもできない。ただ自分が触れられてどう感じるかだけを受け取ることになる。
「やるわ。あなたが言ったことは私も気になるもの」
「嫌になったらすぐ外します。大尉を困らせたいわけじゃないので」
その答えなら、リヒターも安心して任せられた。
「それで、私はどうすればいいの?」
「ベッドに横になってください。最初は服のままでいいです。どこまでやるかは、その時に決めましょう」
最初から最後まで予定を固定しているわけではないらしい。リヒターはそれにも納得し、ベッドへ移った。
仰向けになると、左右にいる二人が視界へ入る。ヨナスが持ってきたアイマスクを手にしたところで、マティアスもベッドの近くへ座った。
ヨナスがアイマスクを持って近づき、きつくならないよう目元へ当てた。
「つけますよ」
「ええ」
柔らかい布が目元を覆い、後ろで固定される。完全に視界が暗くなると、さっきまで目の前にいた二人の位置まで急に分からなくなった。
知っている相手しかいない部屋なのに、見えなくなっただけで意識の向き方が変わる。
「きつくないですか?」
今度はマティアスの声だった。
「大丈夫よ」
声の方向から、おおよその位置は分かる。それでも、どちらが次に近づいてくるのかまでは分からない。
「じゃあ、始めます」
最初に触れられた時、リヒターが意識したのは、どこに触れられたかより、相手の姿が見えないことだった。目隠しをしていなければ、相手の表情も、次に何をしようとしているのかも自然に見ていただろう。
自分がどうされているかと同時に、相手がどう思っているのかまで確かめる。それはこれまでほとんど無意識にしてきたことだったが、今はそれができない。分かるのは、触れられた時に自分がどう感じるかと、近くにいる二人の声だけだった。
しばらくするとマティアスも加わり、相手によって感触が違うため、誰なのか分かる時もあったが、リヒターは途中からそれを確かめようとすること自体をやめた。相手の反応を探ることも、次に何が来るのか予測することもやめてみた。
すると、自分の方が思っていた以上に忙しかった。それまで気にも留めなかったことで身体が反応することがあり、逆に、もっと意識すると思っていたことが何でもないこともある。自分の身体なのに、知らなかったことがいくつもあるように感じられた。
はっきり反応した時だけ、ヨナスが確かめた。最初のうちは聞かれてから答えていたが、何度か繰り返すうちに、少しずつ、口にする言葉も変わった。
細かく理由を説明する必要はなく、二人もそれを求めてはいなかった。好きだと言えば、その言葉をそのまま受け取る。もっと続けてほしいと言えば、応じる。
それを何度か経験するうちに、リヒターは相手が何を望んでいるかより、自分がどう感じているかを先に考えられるようになっていた。
リヒターも、心地よいと思えばそれを隠さなかった。以前なら、自分の反応を見た相手がどう思うのかまで気にしていただろうが、今はそもそも二人の表情を見ることができない。
ヨナスも最初のように反応を一つずつ確かめるだけではなく、調べてきたことをリヒターに合わせて試すようになっていた。
胸元や身体の中心に近いところへ触れる時も、強く刺激するのではなく、手のひら全体でゆっくり感覚を高めていく。どこへどう触れるかを細かく意識するより、一定の動きが続くことで身体の奥まで熱が残っていくような感覚の方が強かった。
最初はただ心地いいと思っていたものが、続けられるうちに少しずつ変わった。呼吸が浅くなり、次第にそこへ意識を持っていかれる。もう少し続けていてほしいと思い始めたところで、ヨナスの手が離れた。
急に感覚が途切れたことで、リヒターは思わず身体をわずかに動かした。
「どうしました?」
「……なんでもないわ」
まだ自分から続きを求めるほどではないと思って答えたが、離れたことを惜しいと思ったのは確かだった。
少しして同じように触れられると、今度は最初から身体がその感覚を覚えていた。さっきより早く気持ちが高まり、今度こそそのまま続くと思ったところで、また手が離れる。
二度目には、偶然ではないことが分かった。
「ヨナス、わざと?」
「少しだけです。こういうやり方もあるみたいなので。でも、嫌ならやめます」
ヨナスは急がず、また同じように少しずつ高めていった。けれど、また気持ちが高まったところで離れられ、リヒターはさすがにそのままにしておけなかった。
「……やめないで」
それまでより素直な言葉が出たことに、自分でも少し驚いた。
それを見ていたヨナスが声の調子を変えて聞いた。
「大尉、この先も続けたいですか?」
何を聞かれているのかは分かった。ここで終わることもできる。それでも、今はまだ終わりたいとは思わなかった。
「続けて、やめないで」
口にした時には、迷いはほとんど残っていなかった。今日は、自分が二人をどう喜ばせるかを考えなくていい。二人が自分へ向けているものを受け取り、嫌なら止め、好きならそう言う。
それだけでいい。そう思えるようになると、リヒターの中に残っていた力もさらに抜けた。
二人の側も、それまでより迷わなくなったようだった。声や触れ方からしか分からなくても、リヒターが受け入れていることを何度も確かめたことで、最初にあった遠慮が少しずつ薄れているのは伝わってくる。
自分が何かを返さなくても、二人は離れない。そのことを意識するほど、リヒターは相手のために何かをしようとする癖から離れていった。
どれくらいそうしていたのか分からなくなった頃、近くにいたマティアスの気配が一度止まった。
「大尉、目隠し外していいですか」
「どうしたの?」
「顔が見たいです」
理由を聞いた瞬間、リヒターの中に少し違う意識が生まれた。ここまでずっと、自分だけが二人を見ることができない状態だと思っていた。けれどマティアスもまた、自分と目を合わせられないことを意識していたらしい。
「いいわよ」
マティアスが目隠しを外すと、急に入ってきた光に目が慣れるまで少し時間がかかった。
彼は目隠しを外したあともリヒターの顔を見ていた。その視線はまず彼女の表情を確かめることへ向いている。
リヒターも彼を見返すと、目隠しをしている間にはなかった視線のやり取りが二人の間に戻り、それだけなのに、さっきまでとは距離の感じ方が違った。
マティアスはしばらくリヒターを見たあと、ゆっくり顔を近づけた。嫌なら避けられるところで一度止まり、彼女の反応を待ったが、リヒターは目を逸らさなかった。
それを見たマティアスが残った距離をなくし、口づけた。
目隠しを外した理由が、ただ表情を確認したかっただけではなかったのだと、その時になってリヒターにも分かった。顔を見たかった。目を合わせ、そのうえで自分にキスをしたかったのだろう。
さっきまで二人から向けられていたものが、今はマティアス一人からまっすぐ自分へ向けられているように感じた。リヒターは自分から距離を詰めなかった。それでも拒むことなく、その口づけを受け入れた。
自分が何かを返そうとしなくても、マティアスはすぐには離れなかった。彼がそうしたいから自分に触れている。そのことが、目隠しを外して彼の顔を見たことで、かえってはっきり分かった。
少し離れたあともマティアスは近くにいて、リヒターもその距離を嫌だとは思わなかった。
「嫌じゃないですか?」
「嫌じゃないわ。もう一回して」
離れたことを惜しいと感じたまま口にすると、マティアスの表情が明らかに変わった。
「はい」
今度は迷わず距離が縮まり、もう一度口づけられた。自分は望んだことを言っただけだった。それなのに、マティアスは明らかに嬉しそうだった。そのことが、リヒターにはまだ少し不思議だった。
少し離れたところから見ていたヨナスにも、二人の近づき方は自然なものに見えた。
普段から、リヒターがマティアスの隣を選ぶことはある。マティアスも、それを特別なことのようには扱わず受け入れている。
三人でこういう関係になるより前から、二人の間には、自分とは少し違う形で距離が縮まっていくところがあった。
この先、二人が今よりもっと近い存在になることはあるかもしれない。それが恋人という形になるのか、それとは違うものになるのかまでは分からない。
ただ、マティアスがわざわざ目隠しを外してリヒターの顔を見たがり、目を合わせてから口づけたことには、触れるだけでは足りなくなった何かがあるように見えた。リヒターもそれを拒まず、もう一度を自分から望んでいる。
ヨナスは、それを嫌だとは思わなかった。自分もリヒターに触れたいし、三人でこうしている時間も好きだった。それと、マティアスとリヒターの間に自分とは違うものが育っていくことは、別の話なのだと思っている。
二人の口づけが終わるまでそのまま待ってから、ヨナスも再び二人の近くへ戻った。そのあとも、三人の間にあるものは崩れなかった。誰かが誰かを取り合うわけでもなく、片方へ気持ちが向いたからといって、もう片方が外へ押し出されるわけでもない。
リヒターはその中で、最後まで自分から二人を喜ばせようとはしなかった。ただ二人から向けられるものを受け取り、心地よいと思えばそう言い、まだ終わってほしくなければ続けてほしいと伝えた。
それを言うたびに二人の方が少し嬉しそうになる。その繰り返しの中で、リヒターはいつの間にか、自分がどちらへどう応えればいいのかを考えなくなっていた。
二人が自分を求めていて、自分はそれを受け入れる。好きだと思えば好きだと言い、もう少し欲しければそのまま伝えた。
*
三人が落ち着いた時には、最初にホテルへ入った時よりかなり時間が経っていた。
リヒターはベッドに横になったまま、まだ少し乱れた呼吸を整えていた。身体には二人に触れられた感覚があちこちに残っていて、それを確かめるようにしばらく動きたくなかった。隣にはマティアスがいて、ヨナスは反対側で身体を起こしている。
「どうでした?」
最初に感想を聞いたのは、やはり今日のことを考えてきたヨナスだった。
「すごくよかったわ」
今度は考え込まずに答えると、隣からマティアスも声をかけた。
「俺もよかったですか?」
「よかったわよ。もう一回してって何度も言ったでしょう」
「あれ、かなり嬉しかったです」
その答えで納得したらしいマティアスを見ながら、リヒターは今日自分がしたことを思い返した。
ほとんど何もしていない。触れられ、口づけられ、求められるままに身体を預けた。それでも二人は満足していて、むしろ自分が何を好きだと言ったかを覚え、それを喜んでいる。
少し休んでから時計を確認すると、昼食にはかなり遅い時間になっていた。
「お腹すきました」
「あなた、ホテルに来る前にもそれ言ってなかった?」
「その時より減りました」
「何か食べに行きましょう。買い物もまだですし」
ヨナスに言われて、リヒターもようやく今日の本来の目的を思い出した。
「食材、最後に買うんだったわね」
「はい。先に買わなくて正解でした」
急ぐほどではないため、三人は順番に身支度を整えてホテルを出た。
遅い昼食を取ったあと、最後に食料品を扱う店へ向かった。施設を二週間空けていたため、次の補給までの分として野菜や肉、卵、乳製品を中心に選び、保存できるものもいくつか足していく。
「ヴァイス中尉、果物って何がいいって言ってました?」
「種類までは言ってなかったわね。何種類かにするなら、食べ切れるくらいにして」
ヨナスもすでに籠へ入っている量を確認しながら、甘いものも頼まれていたことを思い出した。
「それは私が見るわ」
リヒターが菓子の棚へ向かうと、二人もそのままついてきた。
「二人とも選ぶの?」
「俺も選びます」
「俺も一つ選びたいです。三人で買った方が喜ぶんじゃないですか」
「それ、あなたたちが選びたいだけでしょう」
二人とも否定しなかったため、結局、エレジが一人で食べるには少し多い菓子と果物を買うことになった。
店を出た時には午後もかなり進んでいたが、それでもヨナスがカイルへ伝えた時間には十分間に合う。
帰りの車では、行きよりも三人とも静かだった。ただ、ホテルへ向かっていた時のように、互いを意識して何を話せばいいのか分からない静けさではない。
リヒターは後部座席でヨナスの隣に座りながら、前を運転するマティアスを見た。さっき自分からもう一度キスを求めたことも、触れてほしいと言ったことも、今になって恥ずかしくなったわけではない。
むしろ、言わなければ二人には伝わらなかったことがいくつもあった。気持ちいいことも、好きなことも、もう一度してほしいことも、自分が口にすれば二人は喜んだ。
相手を喜ばせるために何をするかを考えることには慣れていた。自分が好きだと言うだけで相手が嬉しそうにすることには、まだ慣れていない。けれど、それも悪くないと思った。




