二人だけの時間
翌朝、エレジが目を覚ました時には、外はすでに明るくなっていた。枕元へ置いた時計を見ると、普段ならとっくに起きている時間だった。
フェルゼンにいる間は、勤務に合わせて夜中に起きる日もあれば、昼まで眠る日もあった。それでも目覚めれば次に何をするかが決まっていて、起きる時間を自分で気にしなくていい朝は久しぶりだった。
しばらくベッドにいたあと着替えて一階へ下りると、施設の中は静かだった。廊下を誰かが行き交う音もなく、共有スペースにはカイルしかいない。彼は端末を開いていた。
「休養日なのに仕事してますね」
「急ぎだけ確認してる。もう終わる」
「本当ですか」
「ああ」
エレジが向かいへ座ると、カイルは最後の連絡へ返答し、端末を閉じた。
「終わりだ。お前はよく寝たな」
「目覚ましかけませんでした」
「疲れてたんだろ」
「たぶん。でも、起きた時に何時か分からないの、久しぶりでした」
フェルゼンでは、起きる時間が違っても必ず誰かの勤務に繋がっていた。今朝は起きたあとに待っている予定がないため、それだけで同じ睡眠でも身体の休まり方が違うように感じる。
少ししてヨナスも下りてきたが、そのまま通信室へ向かおうとしたところでカイルに止められた。
「どこへ行く」
「通信室です」
「昨日見ただろ」
「見ましたけど、二週間空いてたので、一度通常状態で――」
「今日は休め」
昨日一通り確認して問題がなかった以上、今日まで続ける必要はないとヨナス自身にも分かっていた。
「……はい」
「すごく行きたそうですね」
「気になります。でも昨日、一通り確認して問題なかったので、今日やる必要はないです」
その答えを聞いたところで、入口からリヒターの声がした。
彼女は冷蔵庫を開けたまま中を確認し、朝食以降に使える食材がほとんど残っていないことに気づいた。
「本当に何もないわ。朝食くらいは作れるけど、昼以降は無理そう」
棚にも残っているものは少なく、保存の利く食品と飲み物だけで、野菜や肉はほとんどなかった。
「今日、買い物行きます?」
「そうするわ。次の補給はまだ先だし、何日か持つくらいは買っておきたいわね」
その頃になって、ようやくマティアスが下りてきた。
席へ座りながら時計を見たマティアス自身も、思っていた以上に眠っていたことに気づいた。
「思ったより寝ました」
「昨日あれだけ寝てたのにね」
「まだ足りなかったみたいです」
「じゃあ今日も寝る?」
「買い物行くんですよね?」
自分から同行するつもりらしいことが意外で、リヒターは理由を聞いた。
「行くの?」
「荷物持ち要員いるでしょう」
「自分から言うなら連れていくわ」
ヨナスもその会話を聞きながら、自分に必要な物と施設の備品を思い出した。
「俺も行きます」
「何か欲しいものあるの?」
「あります。それと、施設の備品で切れそうなものも見たいです」
「休養日なのに、そこまで仕事に寄せなくていいのよ」
「でも必要です」
結局、買い物へ行くのはリヒター、マティアス、ヨナスの三人になった。
簡単な朝食を五人で取ったあと、出かける準備をしていたリヒターがエレジへ聞いた。
「何か欲しいものある?」
「果物があったらお願いします。あと、甘いもの」
「どっちかじゃなくて?」
「両方です」
マティアスには、休みの日のエレジが任務中より欲しいものをそのまま口にしているように見えた。
「中尉、休みの日になると分かりやすいですね」
「何がですか」
「欲しいもの」
「聞かれたので答えただけです」
「わかったわ、楽しみにしてて」
リヒターはそう言って三人分の買い物袋を用意した。
カイルは行かず、エレジも残る。三人が玄関を出ていくまでは、そのことを特別に意識していたわけではなかったが、扉が閉まり、車両が離れていく音が聞こえなくなると、施設の静けさがそれまでとは違って感じられた。
今、この建物には二人しかいない。
「やっと二人ですね」
「そうだな」
フェルゼンでも同じ宿舎にいた。数日間まともに話せなかったあと、一度カイルの部屋へ行き、抱きついてキスをした。その先へ進みたかったのに、眠気に負けてそのまま寝た。
あの夜からも、勤務が合う時に短く話すことはあった。それでも、誰かが廊下を通る時間や翌日の勤務を気にせず二人でいられることはなかったため、エレジは自然にカイルのところまで行って身を寄せた。
「フェルゼンでは、全然足りなかったです」
「何が」
意味を分かって聞いているのだろうと思った。
「少佐といる時間です。触るのも、キスも」
「全部か」
「はい」
「俺も足りなかった」
その答えを聞くと、エレジは迷わず抱きついた。
フェルゼンでは、誰かに見られないよう部屋へ入り、戻る時間まで考えた。今はその必要がなく、抱きしめられたままどれだけ長くいても次の勤務に遅れることもない。
エレジは顔を上げた。
「今日は眠くないので、この前みたいに寝ません」
「そこまで宣言しなくても分かる」
「でも、あの時は途中で寝たので」
「あれは寝た方がよかった」
「今日は?」
「好きにしていい」
それなら自分からしていいのだと受け取り、エレジは口づけた。カイルもすぐに応じ、短く終わらせるつもりがないことは互いに分かった。
離れればまた近づき、二週間の間に足りなかったものを一つずつ確かめるように、エレジはカイルの肩や首に触れ、そのまま服の上から身体へ手を滑らせた。胸の前からお腹、腰へと流れていく。
触れられるだけでも嬉しいが、今日は自分から触れたかった。
「今日はかなり積極的だな」
「足りなかったって言いました。少佐は?」
「同じだ」
次に抱き寄せられた時には、フェルゼンで抑えていた分まで距離がなくなった。時間を気にする必要も、廊下の音を聞く必要もない。
どちらかが眠くなる前に終わらせる必要もなかったため、エレジは自分がしたいと思うままカイルへ触れ、カイルもそれを急かさず受け取った。
*
しばらくして、エレジはカイルのベッドで横になっていた。身体にはまだ疲れが残っているはずなのに、フェルゼンから戻った時よりずっと軽く感じる。
隣にいるカイルの腕へ触れたまま、エレジは今の感覚をそのまま伝えた。
「満足しました」
「それならよかった」
「少佐は?」
「ああ、俺もだ」
今すぐ起きる理由はなく、二人でしばらくそのまま過ごしたあと、エレジは自室から持ってきた鞄と、その中に入っている地図のことを思い出した。
「まだ嫉妬してます?」
「少しな」
「私、少佐が嫉妬するの少し嬉しいですけど、嫉妬させたいわけじゃないです」
「分かってる」
「シュミット中尉のことはそういう意味で好きなわけじゃないです。地図の話をするのは好きですけど」
エレジの中では、そこははっきりしていた。知らない道を教えてくれることも、現地の話を聞くことも楽しかった。
自分の興味を理解して資料を探してくれたことも嬉しいが、それと恋愛として彼を求めることは別だった。
「それなら嬉しい」
カイルが素直にそう答えたことの方が嬉しくなり、エレジは地図から手を離してまた彼へ近づいた。
フェルゼンでは足りないまま終わった時間を、今日は誰にも急かされずに使える。何時までここにいるかも、次に何をするかも決めなくていいことが、エレジには久しぶりに嬉しかった。




