観測点を決める
翌朝、五人が車両庫前へ出ると、シュミットはすでに地図を開いて待っていた。今日は候補になっている四か所を順に回り、実際に使える観測点を決める。センサーも持ち出すが、設置はしないことになっていた。
「一か所目までは車両で行けます。その先は歩きです」
マティアスは荷台に積んだ機材を見て、今日どこまで持って上がるのかを確認した。
「今日は全部持って上がらなくていいんですよね」
「通信確認に使う分だけでいい」
カイルの返答を受け、ヨナスは小型の受信機と中継器だけを選び直した。エレジも双眼鏡と地図を持ち、残りは車両へ置いていく。
一か所目は四つの中で最も高い場所だった。
斜面を上がるにつれて樹木が減り、最後は岩の多い開けた場所へ出た。足元から谷へ向かって視界が広がり、道路も山道もかなり遠くまで追える。
エレジは最初に双眼鏡を上げ、地図上で想定していた範囲と実際に見えるところを合わせた。
「道路は、南から入るところから北へ抜けるところまでかなり追えます。途中で少し木に隠れますけど、長くはないです」
「山道は?」
エレジは双眼鏡の角度を変え、道路とは別に東西の山道がどこまで追えるかを確認した。
「東側は見えます。西は斜面の向こうに入るので、その先は分かりません」
資料だけで見た時には、ここが一番使いやすそうに思えていた。実際に立ってみても、対象を見るという意味では条件がいい。
ただ、リヒターが確認していたのは観測対象ではなく、自分たちが周囲からどう見えるかだった。
「向こうからも見えるわね」
指した先には、谷を挟んだ斜面と道路の一部がある。
「人が立ってるだけならすぐ分かりますか?」
「天候によるけど、長時間いるなら分かる可能性は高いと思う。岩だけじゃ隠し切れないわ」
ヨナスも受信機で通信状態を確認し、見通しの良さが通信には有利でも、長時間の設置には別の問題があると判断した。
「通信はかなりいいです。中継点としてなら使いやすい。ただ、風が強いですね。機材を長く置くなら、固定をかなりしっかりした方がいいです」
実際、立っている間にも風が強まり、衣服の上からでも冷気が入ってくる。エレジは視界の広さに気を取られていた時には意識していなかったが、改めて周囲を見ると身を隠せる場所も少なかった。
カイルは観測条件だけでなく、見つかった場合にどう離れるかまで確認していた。
「退避が一方向に寄る」
「北側へ抜けられないですか」
「抜けられるが、下で一度開けたところを通る。見つかった後の経路としては使いにくい」
エレジは地図の一か所目へ、視界だけでなく退避と被発見の条件も書き加えた。
「一番見えるところが、一番使いやすいわけじゃないんですね」
「ああ。見るだけならいい。長くいる場所としては別だ」
二か所目は一か所目よりかなり低く、木立の奥にあった。
車両を置いてから歩く距離は短いが、観測位置へ入ると道路の一部しか見えない。エレジは最初、使える情報が少ないと思った。
「ここだと、南から来た車両は途中で消えます」
「その先でまた出ます」
シュミットは地図の少し北を示し、道路が再び見える位置を教えた。
「木の間で一度隠れますけど、北へ抜けるならあそこでもう一度見えます」
エレジは示された方向へ双眼鏡を向けた。最初は枝に遮られて見えなかったが、位置を少し変えると道路が短く現れる区間があった。
「本当ですね」
「全部見え続ける必要はないです。どこへ向かったかなら、この二か所で追えます」
地図では分かりにくかった高低差と木の密度が、実際に立つとよく分かった。エレジは見える区間を二つに分けて記し、その間に見えない範囲を書いた。
リヒターは、長時間使うなら現地側の人間に不自然に見えないことも必要だと考え、シュミットへ普段の出入りを確認した。
「ここ、普段人は通りますか」
「巡回は外れます。猟道に近いですけど、最近はほとんど使われてません」
「なら、長くいても不自然には見えにくいわね」
通信も高所ほど強くはないものの、観測点として使うには十分だった。
「十分です。高所ほど強くはないですけど、切れるほどではない」
マティアスは観測位置から車両までの経路を実際に見て、交代時の負担も大きくないと判断した。
「交代も楽ですね。夜でも迷いにくい」
「ここは残す。主に使うか補助にするかは、全部見てから決める」
三か所目へ向かう頃には、午前もかなり進んでいた。
そこは谷へ降りた先にあり、木々に囲まれて隠れやすい。道路の一部と山道の分岐を同時に見られるため、事前資料では候補として評価が高かった。
しかし、ヨナスが到着してすぐ通信状態を確かめると、資料から想定していたより明らかに不安定だった。
「思ったより弱いです」
「資料では通ることになってる」
「通ってはいます。でも安定しない。今の状態だと、何度か落ちます」
予備の中継器も試すと、位置を高くすれば安定したが、そのためには観測地点とは別に機材を置く必要があった。
「予備を使えば使えます」
「使えるのは分かった。それで、ここを使う必要があるかは別だ」
「二か所目で代わりになります」
「通信も二か所目の方が安定してます。ここでしか取れない情報は、今のところないですね」
マティアスも車両からの距離と足場を比べ、三か所目を使うために増える負担を挙げた。
「荷物持って毎回来るなら、こっちの方が負担大きいです。夜も足元悪いし」
三人の意見を聞いたカイルは、三か所目を今回の常設候補から外した。
四か所目へ着いたのは昼を過ぎてからだった。
そこは一か所目ほど高くなく、二か所目ほど木に囲まれてもいない。斜面の途中にわずかな平地があり、前方の道路と山道の一部を同時に見られる。
エレジは双眼鏡で範囲を確認した。
「道路は全部は見えません。でも、南から入る車両はここで一度見えます。北へ行くなら、その先も少し追えます」
「山道側は?」
「分岐までは見えます。そこから先は、東へ行けば見えなくなります」
ヨナスが確認した通信状態にも問題はなく、天候が悪化した場合も二か所目より安定する見込みだった。
「中継器なしでも十分です。天候が悪くなっても、二か所目よりは安定すると思います」
リヒターは観測位置そのものだけでなく、周囲の経路と接近される可能性を確認した。
「巡回路から外れてるし、反対斜面からも直接は見えにくい。接近された時も、南と西の二方向へ抜けられるわ」
「荷物は?」
マティアスは車両からここまでの経路を思い返し、交代時にも無理のない距離だと答えた。
「車両から歩いて十五分くらいです。二か所目より遠いですけど、道はいい。交代で使うなら問題ないと思います」
どの条件も一番ではない。一か所目ほど遠くを見られず、二か所目ほど車両から近くもなく、三か所目ほど分岐へ近くもない。それでも、長く使うことを考えると最も欠点が少なかった。
「ここを主にする。二か所目を補助。高所は必要な時だけ短時間使う。三か所目は外す」
主観測点が決まると、ヨナスは通信状態と観測範囲をもとに機材配置の案を出した。
「主観測点に中継器は要らないですね。センサーは道路側と谷側に分けたいです。道路は移動検知、谷側は音を拾う方がいいと思います」
エレジは道路側の候補位置を地図で確認し、南北どちらから来ても拾える場所を考えた。
「そこだと、南側から来る車両は拾えますけど、北側から入ってきたものは手前で曲がると外れませんか」
「外れますね」
「もう少しこっちなら、両方通ると思います」
ヨナスはエレジが示した位置で通信が届くことを確認した。
「通信も届きます。そっちの方がいいです」
ただ、リヒターから見ると、その位置には発見されやすさの問題が残っていた。
「ただ、ここは人が通れるわ。頻繁じゃないけど、山道から外れて入ってこられる。少し奥へ置いた方が見つかりにくいと思う」
ヨナスは二人の意見を合わせて位置を少しずらし、改めて地図上で条件を確認した。
「これならどうですか」
「それで試す。実際に設置する前に、明日もう一度現地で確認する」
機材の種類を決めるのはヨナスでも、それをどこでどう使うかは一人では決まらない。エレジは、それぞれが違うものを見ているからこそ、同じ場所でも評価が変わるのだと実感した。
*
施設へ戻ったのは夕方だった。
五人は第二作戦室へ入り、今日確認した四地点をそれぞれの記録から照合した。
エレジは紙の地図へ、見えた範囲と見えなかった範囲を色分けせず記号で分け、反対斜面や道路からこちらが見えそうな方向も、リヒターの確認した内容を別に書き込んだ。
ヨナスは通信状態と、予備中継器を使った時の結果を整理した。マティアスは車両を置いた位置から各地点までの移動時間と、荷物を持った時に負担になりそうな区間を記し、リヒターは巡回経路と、人が偶然入り込む可能性がある場所をまとめた。
カイルは四人の記録を確認した上で、翌日の設置方針を決めた。
「明日は主観測点と補助点へ設置する。高所には置かない。必要な時だけ人を上げる」
「三か所目は完全に外しますか」
「今回はな。条件が変われば使う」
「了解です」
エレジは今日の記録を見直した。一か所目に着いた時には、あそこが一番いいと思っていた。それでも、五人で確認した結果、最終的に選んだのは別の場所だった。
その時、作戦室の扉が開き、シュミットが入ってきた。
「今日の分、まとまりました?」
「だいたいは」
シュミットはエレジの返答を聞くと机の地図を見て、最終的に四か所目を選んだことに気づいた。
「四か所目にしたんですね」
「はい。二か所目を補助にします」
「俺もその二つが使いやすいと思います」
さらに書き込みへ目を向け、見える範囲と見えない範囲まで分けて残していることに興味を示した。
「そこまで細かく残すんですね」
「あとで自分が見ても分かるようにしたいので。それに、私以外の人が使うこともあります」
「自分の記録なのに、他の人が見る前提なんですね」
「今回は特に。私が寝てる時間の方が長いですから」
シュミットにとっては、個人の記録を最初から他人が使う前提で残すやり方が珍しいらしく、その書き方を参考にしたいと申し出た。
「そういう書き方、参考にしていいですか」
「もちろんです」
少し離れた場所でカイルも二人の会話を聞いていた。地図の話をしているだけなら口を挟む理由はないが、シュミットが昨日より自然にエレジへ話しかけるようになっていることには気づいていた。
一方、リヒターのところにはクルーガーが来た。
「高所は使わなかったんですね」
「短時間なら使うかもしれないけど、張り付くには向いてないわ」
「見えるから、そこにするかと思ってました」
「見えるだけで選んだら、こっちも見られるでしょう」
「あなたならそう言うと思ってました」
「まだ一日しか話してないでしょう」
「でも、外周の話してた時から、見つける方より見つからない方を先に気にしてたので」
「そう?」
「ええ」
仕事の話としては自然だったが、クルーガーは説明を終えてもすぐには離れず、明日の巡回線についてもう少し確認したあと、必要なら自分も途中まで案内すると言った。
「明日は設置があるから、時間が合えばお願いするわ」
「分かりました」
マティアスはその会話を聞きながら、クルーガーがリヒターと話す時だけ少し長く残っている気がした。ただ、まだそれ以上考えるほどではないと思い、目の前の記録へ戻った。
*
夕食後、五人は翌日の分担だけを確認した。
「設置はファルクとヴァイス中心。俺とロートで機材を運ぶ。リヒターは周辺を見ろ。主観測点が終わったら、そのまま補助へ移る」
「了解」
「はい」
ヨナスは設置する機材を一覧にし、エレジは今日確認した位置へ印を付けた。




