7話『最初から最後まで、君だけだ』
『悪役令嬢の始まり』
その本には――
この王国にまつわる歴代の悪役令嬢について記されていた。
『王国は滅びを恐れ、人々は災厄を一人の少女に背負わせた』
私は息をのんだ。
『少女は国民を守るため、自ら悪役令嬢となることを望んだ』
『人々の憎しみも』
『呪いも』
『すべてを、その身に受けるために』
ページは続く。
『初代悪役令嬢の死後、王国では代々一人の令嬢が悪役令嬢を継承する宿命となった』
『しかし、悪役令嬢にもいずれ終わりの時が来る』
『その最後の継承者には、かつてない程の災いが降りかかるであろう』
「最後の後継者? それって、もしかして……私?」
思わず声が漏れる。
「そうです。そして、その本に書かれていることが――この国が隠し続けてきた真実です」
気がつくと、聖女アリアが私の背後に立っていた。
「これは、アリア様が置いて行かれた物だったのですね」
「はい」
「悪役令嬢とは……」
「王国と国民を守るための人柱、悪く言えば生贄です」
言葉を失う。
「悪役令嬢は、人々の呪いを背負い――婚約破棄された瞬間、その呪いは完成します。そして、最後には命を失います……」
本を握る手に力が入った。
「だから、レイアス殿下は、あんなにも私の婚約破棄に反対を……」
アリアはゆっくりと頷いた。
私は本を閉じた。
もう迷わない。
「私の命に代えてでも、殿下には生きてもらいます」
◇
その日の王宮の大広間には国王をはじめ、多くの貴族が集まっていた。
私は一歩前へ出る。
「皆様」
静まり返る広間。
私は震える指で、一枚の羊皮紙を掲げた。
「私は本日をもって――」
一度だけ目を閉じる。
「王太子レイアス殿下との婚約を辞退いたします」
広間がどよめいた。
「婚約破棄だと!?」
「リリネラ様から?!」
「……いずれそうなると思っていましたわ」
周りの声には介さず、私はレイアスだけを見つめ続けた。
これでいい。
これでレイアスは助かる。
ゆっくりと歩み寄り、婚約破棄書を差し出した。
「お願いします」
レイアスは黙って受け取った。
今度は燃やさない。
(やっと、受け入れてくださる)
寂しい気持ちを無理やり抑え込みながら、私はそう思った。
しかし――
ぷつり。
「え……?」
レイアスは自らの指先を、ナイフで小さく切った。
赤い血が一滴。
『婚約破棄』と書かれた文字の上に落ちる。
そこから燃え上がった青白い炎は、一瞬で紙を灰へと変えた。
「ど、どうして……!」
レイアスは真っ直ぐに、私を見つめていた。
「君を死なせる契約には署名できない」
広間が静まり返る。
「死なせる……?」
「何の話だ?」
誰も理解できなかった。
レイアスはゆっくりと私の前に立ち――
肩から王太子の紺色のマントを外して、そっと私の肩にマントを掛けた。
王家だけが許される紺色のマント。
その行為はレイアスの覚悟そのものだった。
「私の婚約者は」
一呼吸置く。
「最初から最後まで……」
涙が込み上げる。
「君だけだ」
その瞬間だった。
頭の奥で何かが弾けた。
――雪。
白い世界。
膝をついたレイアス。
私を抱き締めたまま泣いている。
『殿下だけは、生きてください。それが私の願いです』
頭を押さえる。
「今のも――私……?」
脳が混乱する。
その直後――
「ごほっ! ごほっ!」
レイアスが激しく咳き込んだ。
赤い血が床へ飛び散る。
「殿下!」
レイアスが膝から崩れ落ちた。
「嫌です……死なないでください……」
私には血に染まったレイアスを、ただ抱きしめることしかできなかった。
◇
レイアスは意識を失ったまま、静かに眠っている。
もし、このまま死んでしまったらと想像するだけで、全身の震えが止まらなかった。
「どうして……」
涙が止まらない。
「どうして私は、全部忘れてしまったの……」
私が泣き崩れていると。
「これを――」
アリアが一冊の日記を、私に差し出した。
「これは……」
「レイアス殿下の日記です」
「日記……?」
「私は聖女なのに」
唇が震えている。
「九十九回も、お二人を救えませんでした」
アリアがゆっくりと目を閉じる。
「レイアス様が世界をやり直すたび、女神様は私にだけ記憶を継承してくださっていました」
涙が一粒、日記の表紙へ落ちる。
「だから私は――百回分のお二人を知っています」
私は震える手で、その日記を受け取った。
日記を開く。
最初のページには、滲んだ文字で、たった一文だけが記されていた。
『一回目。君を救えなかった……』




