4話『もう時間がありません』
聖女アリアの歓迎会は、その翌日、王宮の大広間で開かれた。
豪華な料理。
煌びやかなシャンデリア。
音楽隊の演奏。
誰もが笑顔で杯を交わしている。
その中心にいるのは――聖女アリアだった。
「やはり聖女様はお美しい」
「神話のようだ」
「王太子殿下とも幼い頃からの縁があるみたいよ」
そんな声が次々と聞こえてくる。
私は小さく微笑んだ。
――これでいい。
私などではなく、殿下には、本来こういう方が隣にいるべきなのだから。
しばらくして、私はレイアスへ歩み寄った。
「殿下」
「どうした?」
私は出来るだけ穏やかに笑う。
「今日こそはアリア様をエスコートしてあげてください」
一瞬だけ沈黙が流れる。
周囲の貴族たちも耳を傾けていた。
「断る」
「え……?」
あまりにも即答だった。
空気が凍る。
「座ろう」
そう言って自然に椅子を引く。
「あ、ありがとうございます……」
私は戸惑いながら腰掛ける。
「これは温かいうちに食べた方が美味しい」
レイアスは私の好きな料理を皿へ取り分けた。
「飲み物も替えよう」
空になりかけたグラスへ、新しい果実水を注いだ。
その行動が、あまりにも自然体で――
まるで長年連れ添った夫婦のようだった。
「殿下……」
「食べないのか?」
「いただきます……」
周囲から小さなどよめきが起きる。
「聖女様ではなく、あの悪役令嬢を……」
「殿下は相変わらずだ……」
私は恥ずかしくなって俯いた。
その時――
静かに食事をしていたアリアが口を開いた。
「レイアス殿下……」
レイアスが視線を向ける。
「もう時間がありません」
その一言で。
レイアスの笑顔が消えた。
優しさも。
一瞬だけ全てがなくなる。
「……分かっている。ごほっ」
レイアスが少し咳をした。
何故か、私にはそれが妙に気になった。
「殿下、お風邪ですか?」
「心配しなくていい」
「お身体は――お大事にしてくださいね」
「ああ」
◇
その日の夜――
私は一人で礼拝堂へと向かった。
そこには、祈りを捧げる聖女アリアの姿があった。
「聖女様」
彼女が静かに振り返る。
「少し……お話しできますか?」
「もちろんです」
私は真っ直ぐにアリアを見つめた。
「――アリア様は私の未来を知っているのですか?」
「いいえ」
「……嘘です」
私は首を横に振る。
「あなたは私に謝りました。初めて会った人に謝るはずがありません」
沈黙。
やがてアリアは悲しそうに笑った。
「私が知っているのは、未来ではありません――過去です」
「……過去?」
そこまでだった。
「アリア」
低い声が礼拝堂へ響く。
レイアスだった。
静かに歩いて来る。
「約束を破るな」
アリアは目を閉じる。
「リリネラ様……今、私から伝えられるのはここまでのようです――」
それ以上は話さず。
お辞儀をして、アリアは礼拝堂から去って行った。
◇
次の日の朝。
アリアは震える声でレイアスに尋ねた。
「……いつまで隠すつもりですか?」
「最後までだ」
「ですが……」
「俺は誤解されたままでも構わない。その方が――彼女は生きられる」
そう呟いた直後だった。
「ごほっ……!」
突然、レイアスの身体が揺れた。
口元を押さえる。
赤い雫が指の隙間から零れ落ちた。
白いハンカチが、一瞬で真紅に染まる。
「レイアス!」
アリアが駆け寄る。
「もう寿命が……!」
レイアスは苦しそうに息を整えながら、それでも微笑んだ。
「……まだ、大丈夫だ」
大切な幼馴染のその笑顔が――
どうしようもなく儚く見えて。
アリアは堪えきれず涙を流した。
百回目の運命も、静かに終わりへと近づいていた。




