3話『聖女が私に跪いた』
王宮の大広間は、朝からどこか浮き足立っていた。
「本日、聖女アリア様がお見えになります」
侍女の一言で、あちこちから歓声が上がる。
「生きて聖女様に出逢えるなんて」
「王太子殿下と並ばれたら、どれほど素敵でしょうか」
「やはり未来の王妃は聖女様になっていただいた方が――」
そんな声が、耳に入ってくる。
私は小さく息を吐いた。
「……私だって、そう思っています」
聖女様こそ、レイアスの隣に立つべき方。
私ではない。
《予言の書》には、聖女のことは書かれていなかった。
だけど。
私より相応しい人が現れれば、殿下も婚約を考え直してくださるかもしれない。
それで、レイアスが死ぬ運命を変えられるのなら――
「どうか、聖女様と幸せになってください」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
――大広間の扉がゆっくりと開く。
白い法衣。
淡い金色の髪。
澄んだ青い瞳。
神々しいほど美しい少女が、静かに歩いてきた。
「聖女アリア様……」
誰かが呟いた。
空気が一変する。
まるで光そのものが歩いているようだった。
レイアスが一歩前へ出る。
「ようこそ、アリア」
「お久しぶりですね。レイアス殿下」
お互い柔らかく微笑む。
私は胸の前で手を重ねた。
今しかない。
「殿下」
「……どうした?」
レイアスがあからさまに不機嫌な顔をする。
あたかも、これから言われることが分かっているかのように。
「聖女様のようなお方こそ、殿下のお隣に相応しいと思います」
一瞬だけ、場が静まり返る。
「どうか私ではなく、聖女様と――」
その時だった。
アリアは、レイアスではなく、まっすぐ私の前へ歩み寄ると、その場に膝をついた。
「え……?」
私は思わず立ち尽くす。
そして。
アリアが深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。また、あなたを苦しめてしまって――」
広間が静まり返る。
何が起きたのか分からない。
周囲の貴族たちも、言葉を失っていた。
「聖女様が……跪いた?」
「あの悪役令嬢に?」
「――どういうことだ?」
誰も動けない。
私も動けなかった。
「あ、あの……」
ようやく声を絞り出す。
「―—初めて、お会いしましたよね?」
私の言葉に。
アリアはゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、涙が浮かんでいた。
「……はい」
震える声。
「そう思われますよね」
意味が分からない。
――初めてではない?
どこかで、会っていたというの?
私が首を傾げていると。
「アリア」
レイアスの低い声が響いた。
今まで見たことがないほど険しい顔。
「それ以上は言うな」
「申し訳ありません……」
アリアが俯く。
そして、それ以上は何も話さなかった。
……二人はどういう関係なの?
まるで――
私だけが置いていかれているみたいだった。
◇
その日の夜。
私は夢を見た。
冷たい雨。
崩れた城壁。
血の匂い。
誰かが私を抱き締めている。
腕が震えている。
「すまない」
聞いたことのある声。
「また君を守れなかった……」
頬へ、温かい雫が落ちた。
涙だった。
目の前にいたのは――
レイアス。
その胸は血で染まり。
泣きながら、私を抱いていた。
「リリネラ!! お願いだから……もう、死なないでくれ……」
悲痛な叫びが耳に響く。
「っ!」
私は飛び起きた。
肩で息をする。
「夢……?」
けれど。
頬を触ると。
指先が濡れていた。
涙だった。
「どうして……」
私は小さく呟く。
「今のは――本当に夢だったの……?」




