第42話 覆せない過去
もこ太はその気怠げな体を無理やり起こして、ゆっくりふわふわと飛び、本棚から赤い本を取り出した。
「この赤い本はいわば『分岐点』だ」
「分岐点...?」
「さっきと同じだ。ゲームで考えてみろ。
例えば、お前がRPGのゲームを遊んでいたら、途中で分岐ルートが出てきた。
お前はAとBの分岐ルートのうち、Bを選んだ。
その結果、ラスボスは倒せたが、味方の一人が死んでしまった。その付近でセーブをロードして何度やり直しても、Bルートを踏んだ時点で、その味方の死を変えることはできない。
味方の死を無かったことにするには、分岐点まで戻り、Aルートを選択しなければならない。
ゲームではよくあることだろう?この選択肢を選ぶと、結末も確定するっていうお決まりの、アレだよ」
もこ太は懐かしそうな表情で赤い本をさすりながら話しを続ける。
「最初はこの赤い本が何を意味するのかよく分からなくてな。何度も過去を遡って、ようやく判明したんだ。
この赤い本は、『大きく運命が変わる』出来事の分岐点なんだ、と。
そして、『大きく運命が変わる』、その運命を変えたい場合、緑の本に戻るだけではだめだ。分岐点である赤の本より前の日付に戻らないといけない。
『大きな運命』がどの内容を指すものなのか、私も全て理解しているわけではない。ただ、今までの経験上、自分の身近な人の死は、大きな運命に必ず含まれている。
逆にいうと、たとえば「昨日の晩御飯を変えたい!!」って理由で過去を遡る場合は、『大きな運命』にあてはまらないから、赤い本まで戻らなくても、直近の緑の本までも戻ってやり直せばうまくいくだろう。
...っと、まあ、この説明だけじゃ、頭がお利口じゃないお前には難しいかな〜?ははは」
僕がちんぷんかんぷんな顔で呆然としていたことに気がついたのか、もこ太は僕を小馬鹿にするように笑っている。
「うん!!まったく分からない!!」
カッコつけて理解した風を装いたかったけれど、僕は、早く真相を知りたい。悔しいけれど、ここは素直に赤い本について理解していないことを白状した。
「素直でよろしい。さっきの例え話で説明するから、よーく聞いとけよ。
お前が死んで、一週間前に作成された緑の本に戻ってやり直しても、どんなに頑張ってもお前の死は変えられない。必ず死んでしまう。
それは、どこかで作成された赤い本でお前の死が確定する分岐ルートに入ったからだ。
お前の行動、もしくは私の行動、もしくはその他の誰かの行動が、お前の死を確定させている。
一番直近の赤い本が、二ヶ月前だとする。
そうすると、私はお前を助けるために、その赤い本より前の日付の緑の本を使って過去に戻らないといけない。
しかもこの赤い本、厄介なのは「この赤い本の日が分岐点」ということは分かっても、どの行動が分岐に繋がっているかまでは分からないところだ。
し・か・も!!そのさらに二ヶ月前にも赤い本があるとする。そうすると、私からしたらどっちの赤い本が「お前の死に関わる」分岐点の本なのか分からないんだ。
つまりこのパターンだと、二ヶ月前の赤い本がお前の死の分岐点ではない場合、四ヶ月も前に戻ってやり直して、かつ、お前の死の原因になる行動を探さないといけないってことだ。
こうやって私がせっせと頑張ってもよぉ、途中でゴーストファイターに出会して、体に一発ゴーストシューターでも食らったら、ゲームオーバー。私はまた、振り出しに戻るってわけ。
どうだ?そんな万能な能力...でもないだろ?」
「たしかに...」
過去に遡って、やり直しができるという点では、当然、他の悪霊と比べても類を見ないほど強い部類に入るだろう。
しかし、結局のところ、人の死などの『大きな運命』を変えるには、ただ過去を遡るだけではなく、どの日が分岐点かを調べて、どの行動が原因になっているかを探り、そしてどうやってその問題を解決するかを考えなければいけない...。
その『解決』のために、一体、何度過去を遡らなければならないのだろうか。
(僕だったらこんな能力持っていても、使いこなせ無いよ...)
「打ち明けてくれてありがとう。
もこ太の能力については、なんとなく分かったよ!
でも、さっき言ってた『振り出しに戻る』の『振り出し』っていつ?」
「それは、私が戻れる過去の範囲で、もっとも古い日付だ。タイムループの初日ってやつだな。
そもそも、私が過去を遡れるのは、初日から1年間までだ。それ以降は、私がゴーストファイターにやられていなかったとしても、強制的に初日に戻される。
自分がこのループを終わらせたい!!と思えば終わるのかもしれないが...私は目的を達成するまでは、決して、終わらせる気はない...!!!」
覚悟を決め毅然とした顔つきのもこ太は、強い悪霊と戦う前の蓮さんの表情に、少し、似ている。
「なるほど...。それで、その『初日』って何月何日なの?」
「まあ...半年以上前...いや、数ヶ月以上前...だったかなぁ」
もこ太は目を泳がせながら、歯切れの悪い回答をする。
「いやいや、そうじゃなくて!ちゃんと日付を教えてよ!重要なことでしょ!」
「うるせーな!知らなくていいんだよ!」
もこ太は突然不機嫌になり、そっぽを向いて不満げに頬を膨らましている。
「なんでそんな頑なに言わないの!!」
「言ったらな...お前が落ち込んでめんどくさいからだよ!」
「え?」
「いいか!?お前にとってはこの空間は初めてのことかもしれない。でも!!過去に何度も、お前に真実を打ち明けようとして、ここに呼んだことがあるんだよ!
教えてやるよ、このタイムループの『初日』ってのはなぁ、私が死んだ日の前日だよ。
それが何月何日かってのを、教える度にお前は、『その日、僕が蓮さんを助けることが出来たら...』とか『その日、僕が残業して残っていれば...』とか、うじうじ言って、すげー落ち込むからめんどくさいんだよ!!」
「過去にも...ここに...?」
僕の記憶の奥深くを呼び起こそうとしとも、この図書館に懐かしさは感じない。初めて見た景色、初めて聞いた、真実だ。
でも、もこ太からしたら、これすらも、何度も繰り返していることなのか...。
「...分かったよ。じゃあ、他の質問させて。
もこ太は、悪霊になってるってことは、死んでるんだよね?もこ太...いや、蓮さんは、なんで死んじゃったんですか!?」
込み上げる涙を必死に抑えて、訴えかけるようにもこ太に質問した。
「さっきも話したが、このタイムループで、一番古い日...それは私が死んだ日の前日だ。
私は、偽物の西葉蓮に殺されたんだよ」
「そんな…もこ太が、いや、あの蓮さんが...悪霊にやられたってこと!?」
蓮さんといえば、僕にとってはゴーストファイターの大先輩として、憧れの存在でもある。
が、それは僕だけではなく、蓮さんの圧倒的な強さは界隈では有名な話だ。蓮さんに羨望の眼差しを向ける他事務所の若手ゴーストファイターは少なくないだろう。
強い悪霊と戦っても、蓮さんはかすり傷一つなく帰ってくるのが日常茶飯事だった。
(その蓮さんが...悪霊に殺された!?)
「当然、私は最初にこう思ったよ。『まず、自分の死を無かったことにしたい』って。
私が死んだ日の前日、つまりこのタイムループの初日の本は、幸いにも緑の本だ。何度でもこの日に遡ることが出来る。
でも...ダメだった。あいつの強さは化け物級で、到底敵わねーってなったんだよ」
もこ太は僕の後ろにある幾つもの本棚を指差した。
先ほどもこ太が本を取り出した本棚よりも、古びた棚が多く並んでいる。
「そこの本棚はな、私がこの世に生まれた時から、私が死ぬ二日前までの本が、綺麗に日付順にずらーっと並んでるんだよ。
ほんっと、誰が並べたのか知らねーけどさ。つまり、そこにある大量の古臭い本棚は、私がタイムループ出来ない区間の本ってこと」
もこ太はその古臭い本棚の中から、比較的新しそうな赤い本を取り出した。
「これは、私が死ぬ二週間前の赤い本だ。...おそらく、この日に私の死が確定してしまったんだろう。
残念だが...、私の持ち合わせている霊力では、私は自分の死の前日、それ以上前に遡ることが出来ねーみたいだ。
もっと霊力があればな〜、さらに過去に戻れたのかもしれないけど、仕方ないな。これが私の限界だ。
私の死を根本から覆すには、この赤い本より前に遡らなければならない。しかし、私にはそれが出来ない。
だから、私の死は覆せないんだ。...ある方法を除いては」
「え、覆せる方法があるんですか?」
「お前、前に事務所で『我々は地球に生かされている』っていう本について、あの偽物と話してただろ?」
「あっ...」
もはやすっかり忘れていた本のタイトルが突然出てきてびっくりした。
内容をあまり覚えていないので、頭を抱えながら必死に思い出そうとする僕の姿に、もこ太は呆れるようにため息をついた。
「おーまえ、どうせ覚えてないんだろう?
いいか、説明するのがめんどうだからすっごーーく簡単にだけ話すぞ?
あの本はある仮説を立てていた本だ。
地球は大きな霊力に包まれていて、その霊力を生き物に分け与え、かつ、生き物が死んだ時に、地球はその生き物の霊力を回収しているのではないか。
そして、地球が霊力を回収する時に、もしかしたら地球は誰から回収するかを決めているのではないか。一日で何人分の命を回収するかをすでに決めていて、どこの世界の誰が死ぬ、その運命は、実は地球に握られているんじゃないかっていう、クソみたいな仮説の本だよ」
「クソみたいって...」
「私はな!!自分の運命を自分じゃない誰かに握られるなんて真っ平御免なんだよ!!」
その言葉がもこ太...というより、あまりにも『蓮さん』味溢れるワードだっため、彼にバレないようにクスリと笑ってしまった。
「ただな、ここで一回、この仮説が正しいと考えよう。腹立つけどな!
正しいと仮定した場合、私の死が確定したのも、もしかしたら地球が私から霊力を回収するためかもしれない...よな?
私が過去を変えて生き残ったら、私の分の霊力が回収で出来なくなる。でもさ、こうも思わないか?
私の代わりに誰か死ねば、地球はそいつから霊力を回収できるって」
「...まさか...!!」
“他の誰かを、自分が生き残るために身代わりにした?”
その言葉は、僕の喉につっかえて、出てこない。
「あー落ち着けよ。安心しろ、誰も身代わりになんかしてない。
ただ...一度だけ、お前が私を庇って...死んでしまったことがあってな。
そのルートでは、私は死を逃れることが出来たんだよ。
いやー面白かったな!なんてったって、自分は死んでないのに、時を遡る悪霊の力は持ったままだったからな!!
お前が死に、私は生き残った。
地球は霊力を回収する。
代わりに他の命を差し出せば、本来死ぬ運命だった人は救われる......かもしれない。
まあ、私とお前じゃ霊力量に雲泥の差があるけどなー。
...でも、差はあれど、誰か死ねば霊力は回収できるわけだしな...」
「もこ太...まさか、可愛い後輩である僕を身代わりにするのが、そんなに耐えられなくて...!!」
「ちげーよ馬鹿!私はただ、自分が生きるために、誰かを犠牲にするのが、許せなかっただけだ!あと、お前は別に可愛くない!」
もこ太は僕の発言がよほど不快だったのか、般若のような形相で僕を睨みつけている。
(今にも身代わりに殺してきそうな形相してるんですけど...)
「でも、それじゃもこ太の今の目的って、何?自分の命を...諦めたのだとしたら、目的はやっぱり、偽物の蓮さんへの復讐?」
「復讐?そんな安い目的じゃねーよ。私の目的は、あいつの悪行を止めることだ」
「悪行...。偽物の蓮さんは、いったい何を?」
「あいつはこの天才西葉蓮様を殺してんだぞ?それだけでも、立派な世界的悪行だろ。
でも、それだけじゃない。あいつは他にもたくさんの人を殺している。
なぜならあいつは、ここ最近、ニュースで話題になっている『佐瀬市連続殺人事件』の犯人だからだよ」




