第38話 潮時
「もこ太...何を...?」
明かりがついたことに驚き、もこ太は慌ててリビングから逃げ出そうとする。
「何やってんだよ!!!」
もこたは片羽で浮遊し、もう片羽で拳銃を持っているため、あまりスピードが出ていない。
僕は走り、勢いのままもこ太に体当たりすると、もこ太はその衝撃でよろめいて、拳銃を落としてしまった。
僕は落ちた拳銃を拾い、本物かどうかを確認する。
(これは...間違いない。おもちゃなんかじゃない、本物の拳銃だ。弾丸が入っている。
しかもこの拳銃、教会であの悪霊が使っていた銃にそっくりだ...まさか、もこ太!!)
もこたは罰の悪そうな顔で俯いている。
「...どういうことだよ、もこ太」
「あー、いやぁ。これはだなぁ、その」
「どういうことだって、聞いてんだよ!!答えろ!!」
僕は怒りのままに声を張り上げ、普段使わないような強い言葉が出てしまった。
「お、おいやめろよ。でかい声出すなって。他のやつが起きるだろ」
もこ太は焦って、みんなが起きていないかと辺りを見渡し確認している。
一番近くにいる由実さんは、気にもしない様子でぐうぐうと眠っているようだ。
「ねえ、もこ太。この拳銃で、由実さんを撃つ...つもりだったの?それとも、由実さんだけじゃなくて、皆、殺すつもりだったのかな...ははは」
どうしてだろう。『笑える状況』ではないはずなのに、なぜか無性に渇いた笑いが喉から溢れてくる。
人はどうしようもない状況に直面した時、案外、こんな風に笑いが出てしまうものなのだろうか。
「違う、それは...」
「動くな!!」
僕の怒鳴り声に、もこ太は驚き固まっている。
お互いの様子を伺うように、一言も喋らず、一言も動かず、静寂の時間が続くが、もこ太は鼻でふっと笑うように口火を切った。
「なぁ...お前、今は丸腰だろ?ゴーストシューターは二階の自室にあるはずだ。それを取りに戻ってる間に、私に逃げられるとは思わないのか?」
「...もこ太って長時間飛び続けられないでしょ?外に逃げたって、そんなに遠くには行けないはず。
どこに逃げたって、探知機で探し出して、必ず追い詰めるよ」
「残念だったなぁ。お前がくれたハイドリングのおかげで、探知機にはほとんどひっかからない」
「今、着けてないけど?もこ太こそ、二階に置き忘れてきたんでしょ?」
「私のスピードなら...急いで二階に取りに行くことも...出来る!!」
そう言うと、もこ太は両羽を激しく羽ばたかせ、後ろの扉へと一目散に逃げようとする。
「もこ太...!!!」
(僕は、ただ君を)
「信じて...たのに...!!!」
憎しみで眉を歪め涙を流しながら絞り出すように声を出す。
(あの日、村上さんに君のことを『嘘つきだ』と言われて、正直、動揺したよ。
もこ太は何か大きな隠し事をしているのかもしれない。だって僕は、君の生い立ちも知らなければ、君が何を考え何を目的として動いているかなんて、分からないからね。
君を、疑った心が無かったといえば、嘘になる。
でも、君がたとえ『嘘つき』だとしても、僕はこの数ヶ月、君と一緒にいた。
その『嘘』はきっと、誰かを傷つけるような嘘じゃない。君がそういう性格だってことを、僕は信じていた。
君みたいな悪霊も世の中にはいるんだ。
そう、思えたことが、どれだけ僕の心の救いだっただろう。そう、思えたからこそ、他の悪霊も救いたいと、強く願ったのに。
その結果、君が人に銃を向ける結末に繋がるなんて)
「...ほんとさ、救いがないよね」
涙ながらに、全てを諦め吐き捨てるように小さく呟いた。
「逃げるな!!!」
逃げるもこ太の背に向けて、僕は由実さんのそばに落ちているふわプーのぬいぐるみを投げ飛ばした。
「お、おい馬鹿!それだけはやめろって...」
振り向いたもこ太の顔面にぬいぐるみがクリーンヒットする。
「えへへ〜!!ふわプーだ!ふわふわで可愛いなぁ」
もこ太は先ほどとは打って変わって、満面の笑みで両羽でふわプーを抱え、幸せそうにしている。
もこ太が最初に家に来た時、僕の寝室に置いてあるふわプーのぬいぐるみを見て、彼はまるで子供のようにはしゃいでいた。
本人曰く『可愛い犬のぬいぐるみを見ると体が勝手に反応してしまう』らしく、即刻、視界に入らない場所に片付けるよう命じられて以来、寝室のふわプーは僕のタンスの中でおねんねしている。
子供化したもこ太からぬいぐるみを奪い、そのまま片手でもこ太の体を掴み、動けないように取り押さえる。
「お、お前!!このやり方は卑怯だぞ!!!」
もこ太は僕の手から逃れようと、必死に体を動かし抵抗している。
「何が...卑怯なんだよ...」
「あ?」
「僕には、分からないよ。
人殺しをしようとしているやつに、卑怯なんて言われたくない」
僕は、止まらない涙を片手で拭い、先ほど拾った拳銃の弾丸を全て捨ててから、ポケットにしまった。
そして、暴れるもこ太を握り締めながら、ゴーストシューターがある二階の階段を上がっていく。
「このまま二階に連れて行く。そこで...君を撃つよ」
もこ太と目も合わせず、ただ下を向きすべてに絶望しながら自分の寝室へと向かって行く。
僕は頭の中で『 悪霊は、みな全て総じて『悪』そのものだ』という蓮さんの言葉を思い出していた。
(蓮さんの言う通りだ。
結局、悪霊はみんな、悪いやつなんだね。
それを...最初から知っていれば...仲良くなんて、しなかった。最初から知っていれば、今、こんなに苦しく無かったのかな)
もこ太は手の中でじたばたと暴れたが、どうにもならないと察して観念したのか、抵抗しなくなった。
二階の自室に入り、ゴーストシューターを手に取ったその時、もこ太がため息混じりに口を開く。
「...はぁ、そうか、分かったよ。このタイミングなんだな。ここがそろそろ...潮時なんだろうな。
お前に真実を話すよ」
「そんなこと言って、時間でも稼ぐつもり?」
「はは、時間か。そんなの散々、稼いできたけどな」
僕は片手でもこ太をベッドに押し付け、もう片方の手でゴーストシューターをもこ太の頭に突きつけた。
もこ太は暴れることも震えることも怖がる様子もなく、ただ一点、僕を見つめている。
(...ダメだ、ダメだ、ダメだ。震えるな、震えるなよ...!!)
子供誘拐事件で、あの強い悪霊と対峙した時も僕の手は震えていた。でもなぜだろう。もこ太なんて、比べ物にならないほど、弱いはずなのに。
今の方があの時よりよっぽど、心臓の鼓動がうるさい。手の震えも、汗も、収まりそうなない。
(思い出すな...何も思い出すな...!!)
君と初めて出会った日。僕は君に命を救われた。
悪霊と戦っていたのに、悪霊の君に命を救われる。
不思議な体験をしたと思った。
君は本当に口が悪くて、子供っぽくて...と思えば、途端に核心をつくような発言もする。
君は僕と対等に話をしてくれるまるで友達のような存在でもあり、僕のダメな部分を諭してくれる先輩のような存在でもあった。
不器用で素直じゃない君だけど、一人で寂しく寝落ちする愛美に、優しく布団をかけてくれたことも覚えている。
君が助けに来なければ、僕は一生、あの教会の牢屋の中で過ごすことになっていただろう。
(全部全部、覚えちゃってるんだよぉ...忘れたいのに...!!!)
君は悪霊だ。いつか君は成仏しなければならない。
もしかしたら僕の手で...なんて、考えたこともあった。
(でもまさか。こんな形だとは思わなかったよ)
震えの止まらない手で握られているゴーストシューターは、照準がブレて狙いが定まらない。
(撃たないと、う、撃たないと由実さんが、他のみんなが...!!!)
僕が引き金を引こうとしたその時...
もこ太は僕の手の隙間から、なんとか片羽だけを出して、その片羽をそっと優しく、僕が撃つのを止めるように銃の上に添えた。
「おい、落ち着けって。震えすぎてブッレブレじゃねーか」
「...はぁ、はぁ...」
もこ太の言葉に言い返すことが出来ず、乱れた呼吸を整えるのに精一杯だ。
「なあ、お前、私の最期の言葉は聞いてくれないのか?」
「...」
「お前は悪霊を救いたいんだろ?だったら、せめて私の最期の言葉を聞いて、このもこ太様を気持ちよく成仏させてくれよ」
僕が悪霊を救いたい、最期の言葉を聞きたいなんて話、もこ太にしてないのに。なぜ知っているのだろうか。
少しだけ落ち着きを取り戻し、僕はゆっくりと深呼吸して、息を整えながら話した。
「...僕と、仲良くお友達ごっこして、最後に拳銃で撃ち殺そうとしていたやつを、気持ちよくなんか...ははっ、できるかな」
「そんなさ...悲しい顔すんなよ。さらに言いにくくなるじゃん」
「...うるっ、さい!」
僕は覚悟を決めて、逃げられないように、さらに強くもこ太を取り押さえる。
「痛い痛い...そんな強く押すなって」
「君の...最期の言葉くらいなら聞いてあげるよ。
最初に出会った時、君が僕の命を助けてくれた...その恩を返せって言ってたよね。
これが、恩返しだ。そしてこれで、僕たちは終わりだ」
もこ太は少し気まずそうな、言いにくそうな顔をして僕から目線を晒したのち、覚悟を決めた表情で再び正面を向き、まっすぐに僕を見つめている。
「人に化ける...悪霊は多いよな」
「...それが、何?」
「初めてお前を助けた時も、子供に化ける悪霊だった。そしてこないだの教祖も、人に化けていた」
「...そんな当たり前のことが最期に話したかったの?
人に化ける悪霊が多いことくらい、僕だって知ってるよ」
「子供に化ける悪霊に関しては...、霊力も完全に人間の霊力に化けていた。そういう悪霊も、多いんだろうな」
「...なに?だから、知ってるって言ってるじゃん」
僕には、もこ太の意図が分からなかった。
最後の言葉だというのに、なぜ僕の知っている、いや、ゴーストファイターであるなら誰でも知っているような当たり前の常識の話を始めるのだろうか。
「そうだよな...知っているはずだ。ゴーストファイターなら、誰しもが知っているはずなんだ。
でも、知っていたとしても、いざ自分の身近にそんなやつが紛れ込んでるなんて、人間、思わないんだよなぁ」
「...なに...言ってるんだよ」
その時、僕は、『ある人』が、頭に...浮かんでしまった。
「あぁ...お前はほんと、頭が良いタイプではないけど、勘は良いよな。私の一言だけで、もう気がついてしまったんだろ?」
「何言って...。何も...僕は何も、分からない!!」
先ほどとは別の理由で、僕の全身が震えている。
「いるだろう、お前の身近に。ここ最近、変わった奴が。そいつは『その人物』になりすましている」
「ふざけるな!!そんな人はいない、絶対にいない!!
もこ太、最期の言葉がそれでいいの!?君の嘘なんかに、僕は惑わされない!!」
村上さんはもこ太のことを嘘つきだと言っていた。
(そうだ!!もこ太は嘘つきなんだから、きっとこれも僕を動揺させるための嘘だ!!)
僕は、自分に都合の悪い現実を受け止めきれず、もこ太の嘘だと、決めつけようとした。
「...おぉい、頼むよ...。事実を、受け止めてくれよ」
「だから...誰もいない!!悪霊が化けてる人なんて、いないんだ!!」
もこ太の嘘だ。嘘に決まっている。
そのはずなのに、頭の中では、もこ太が誰のことを指しているか、気がついている自分がいて、吐き気がする。
「お前はもう気が付いているはずだろう?“偽物”の存在に」
「そんな...そんなわけ、ない!!!違う、違う!!!
蓮さんは!!!偽物じゃない!!!」




