第37話 暗闇の中に
「愛美ちゃーん!!久しぶり!!」
「...由実さん!!」
由実さんは愛美を全身で大きく包み込むように抱きしめる。その後ろでは、酒やお菓子の袋を両手で重そうに持ち上げている榎本君がいる。
『由実さん』と呼ばれている彼女は、榎本君がお付き合いしている女性だ。
少し癖っ毛のある茶髪のショートヘアーに、デニム素材の青いトップスに鮮やかな黄色のロングスカートを履いている。
服装もそうだが、由実さんは榎本君とは違って明るい雰囲気を持つ人だ。見た目も華やかで、喋ると尚、明るさが際立つような人柄だ。
榎本君が事務所に入社したての頃、飲み会で、普段飲まないお酒を無理して飲んで体調を崩してしまったことがあった。
たまたま僕の家と飲み会の店が近所だったので、僕の家まで榎本君を運び、リビングのソファで彼を横にして休ませた。
その翌日、榎本君の彼女こと哀宮由実さんが、僕の家の最寄りの駅までわざわざ彼を迎えに来てくれた。
そこから、なんとなく流れで、僕と妻、そして由実さんと榎本君でご飯を食べることになり、愛美と由実さんはお互い『犬が好き』という話題で意気投合して、それがきっかけでプライベートでも連絡を取り合うほど仲良しになった。
そして、今日はテールのお別れかつ引き渡しパーティを我が家で開催している。
このパーティの言い出しっぺは、なんと愛美だ。
『複数で楽しくわいわいするパーティ』は、むしろ愛美があまり好まないイベントだと思っていたんだけど...。
『みんな、妊婦だからって気を遣ってくれるの。でも私は、久々に、思いっきり人と話して笑って、パーティみたいなことが...してみたい』
愛美のその言葉で、今回のパーティの開催が決定した。
名付け親である蓮さんも誘ったけど、忙しいという理由で断られてしまった...。
「愛美ちゃん、これから子供が産まれて大変だって時期に、パーティを開いてくれてありがとうね。久々に会えて嬉しい!!」
「由実さん、私も嬉しいです」
来訪者の匂いを嗅ぎつけたのか、テールが猛ダッシュで玄関まで走って行く。
見知らぬ二人のお客さんに、テールは大興奮状態。
元々人懐っこい性格ではあるが、今日は特別興奮しているようで、ちぎれそうなくらいしっぽを振り回して、由実さんに体当たりする勢いでぶつかっていく。
「あー!!この子がテール君だね!触ってもいい?」
「ふふ、人懐っこい子ですから、撫でると喜びますよ」
由美さんは慎重にそっと優しく撫でていたが、テールが嬉しそうにしているのを見ると我慢できなくなったのか、次第に撫で方が激しくなり、首の後ろや頭をわしゃわしゃと撫で回している。
「由実〜、それくらいにして、早くリビングに行くよ」
重い荷物から早く解放されたそうな榎本君は由実さんを止めて、二人でリビングに向かった。
---------------------------------------
「くぅ〜〜!!やっぱお酒は最高だね〜!!」
由実さんは缶ビールを掲げながら頬を染めて楽しそうに酔っている。
机にはスーパーで買ってきたご飯やお菓子、お酒が広がっている。
榎本君と愛美は、元々、お酒を飲むと体調を壊してしまう体質なので、僕と由実さんだけがアルコールを飲んでいる。
僕も、少し全身が熱ってきて、酔いが回ってきたようだ。
対して由実さんは缶ビールを4本も開けており、呂律も回らなくなってきて、すでに『出来上がってる』状態だ。
「おい由実...。あんまり飲みすぎるなよ」
榎本君が嗜めるように彼女の肩に手を置くが、由実さんはその手を振り払う。
「なーに言ってんのお!人生飲まなきゃ、やってられないれしょ!!」
酔っ払ってやさぐれている由実さんに、愛美は袋を差し出した。
「愛美ちゃん、これなあに?」
「これは、数ヶ月前にゲームセンターで取ったぬいぐるみです。ずっと由実さんに...プレゼントしようと思ってたんですけど、なかなか機会がなくて」
「どぅえ〜〜〜!!??」
由実さんが袋をあけると、中には可愛らしい薄茶色のトイプードルのぬいぐるみが入っていた。
「これ...これ私の大好きな『ふわプー』シリーズの旧型ぬいぐるみら!!ありがとうゔ〜!!愛美ちゃん大好き!!うれぢいよ〜!!」
由実さんは鼻をズビズビとすすりながらぬいぐるみを抱きしめている。
『ふわプー』は、ロイカラスという会社が制作しているふわふわ素材のトイプードルのぬいぐるみだ。
触り心地が抜群に良くて、僕も愛美も大好きなシリーズのぬいぐるみだ。
僕の寝室と愛美の寝室にも、同じふわプーシリーズのぬいぐるみを一体ずつ置いている。
ふわプーシリーズは20年以上も続く大人気のぬいぐるで、昔は今よりも、もう少し丸っこいぽっちゃりした形が主流だったが、時代を経てだいぶスリムなデザインへと変わって行った。
由実さんはいわゆるその『旧型』のデザインが大好きだ。ぽっちゃりとした丸みを帯びている旧型のデザインを愛美がたまたま近所のゲーセンで見かけて、
試しにワンプレイだけやってみたら、なんと一発で取れてしまったらしい。
旧型シリーズの大ファンである由実さんに渡すために、ずっと家の棚に大切にしまっていた。
酔いの興奮と大好きな旧型のぬいぐるみを貰った興奮からか、由実さんは愛美に、ふわプーシリーズについて息をする間もないほどに早口で熱く語っている。
その横ではテールが、犬用のお菓子を無我夢中で頬張っている。
みんなの様子を微笑ましく眺めていると、榎本君がそっと僕に近寄ってきた。
「先輩...すいません。由実、父親が亡くなって以来、酒癖が悪くなって...。
ほっといたらそのまま勝手に眠り始めるので、今はうるさいと思いますけど、温かい目で見てやってください...。奥さんに迷惑かけて、すいませんっす...」
いつも僕には軽口ばかり叩く榎本君だが、今日は珍しく本当に申し訳なさそうにしている。
「大丈夫だよ、榎本君。迷惑どころか、むしろ嬉しいよ。愛美、久しぶりにあんなに楽しそうに笑ってる...。だから心配しないで」
榎本君は少し安心したような顔をして、僕たちは二人で
由実さんと愛美が楽しそうに話している姿を見守っていた。
---------------------------------
その後、榎本君の予想通り、由実さんは酔いのせいか眠さがピークに達して、ソファで眠りについてしまった。
榎本君は明日、ゴーストファイター協会に自分の発明した成果物を発表しなければならないので、朝早く起きなければならないし、成果物が家にあるので、一度帰らなければならない。
終電の時間も迫ってきて、明日の仕事のこともあり、榎本君はなんとか由実さんを必死に起こそうとするも、由実さんは爆睡していて、全く起きる気配がない。
僕と愛美は、『そのままうちで寝かせてあげて構わないから、気にしないで』と伝えた。
榎本君は本当に申し訳なさそうにしていたが、『せめて後片付けだけはやります!!』と言って、僕たちと一緒に片付けをしたのちに、深々とお辞儀をして、テールを連れて帰って行った。
僕は由実さんにブランケットをかけて、リビングの電気を消した。
時間も遅かったため、僕も愛美も眠くてふらふらしている。
僕たちはそのまま、それぞれの寝室に戻り眠りについた。
------------------------------------------
(...ん?)
何かの物音が聞こえて、目を覚ました。
普段は些細な物音だけでは起きないが、お酒を飲むと眠りが浅くなって、わずかな物音でも目が覚めてしまう時がある。
(なんか...喉が渇いたな...)
寝起きの喉が、まるで砂漠のように渇いて、ひりひりする。痛い。
僕は飲み物を求めて、階段を下りリビングに向かった。
リビングの扉を開けると、由実さんの寝息が聞こえる。
電気をつけず、ゆっくり起こさないように忍足でキッチンに向かう。
が、その途中、由実さんの目の前に小さな青黒い霊力が浮かんでいることに気がついた。
(なっ...!!!悪霊の霊力が!!)
僕は慌ててスイッチまで走り電気を付ける。
「誰だ!!今すぐ由実さんから離れろ!!!
...って、なんだ。もこ太か」
由実さんの前に浮かんでいたのはもこ太だった。
もこ太は僕よりも先に、部屋の隅で寝ていたはずだが、途中で起きてしまったのだろうか。先ほど聞こえた物音も、もこ太が部屋を出て行った時の物音だったのかもしれない。
「もう、もこ太。驚かせないでよ。こんな時間に何をして...え?」
眠い目をこすりよく見ると、もこ太は由実さんに向かって拳銃を構えていた。




