第36話 超重要会議
「皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます」
僕と榎本君と蓮さんは、事務所の小さな会議室に集まり、協議を執り行なうとしている。
僕は大きなホワイトボードの横に立ち、この超重要会議の進行を担う。
「今日、皆さんに集まっていただいたのは他でもない、『あの事』について話し合うためです。
そう、それはこの事務所始まって以来の超重要事項...
ワンちゃんの名前を、決めるためです!!!」
僕は声を上げ、ホワイトボードに大きく下手くそな文字で『ワンちゃんの名前決め』と書く。
「先輩、そういう流れいらないんで、とっとと決めましょうよ...」
熱く語る僕とは対照的に、榎本君は冷めていて面倒くさそうにしている。
「いや、榎本。春野の言う通り、犬の名前決めは超重要事項だ。真剣に考えて決定を出さなければならない」
蓮さんは机の上に組んだ両手に顎を乗せ、真剣な表情で考え込んでいる。
(蓮さんもどうでもいいだろって言うタイプかと思ったけど、意外と乗り気なんだな...)
僕が一時的に引き取っているワンちゃんだが、事務所で事情を話したところ、なんと、榎本君が引き取ってくれることになった。
榎本君と同棲している彼女が、大の犬好きで前々から飼うことを検討していたらしく、今回の件を彼女に相談して話し合った結果、二人で引き取って家族に迎え入れよう、となったらしい。
ワンちゃんの名前に関しては、榎本君たちで決めていいよと伝えたが、
榎本君の彼女から「私たちって名付けのセンスないし、事務所の先輩たちと決めてきなよ!」と言われたらしく、そこで今日の会議が始まった。
僕はマーカーを手に取り、ホワイトボードに『ぽんた』
と書いた。
「名前は『ぽんた』がいいと思います!可愛さとかっこよさを兼ね備えた名前だと思うからです!」
動物病院に連れて行ってもらった時に、性別は男の子だと判明している。僕の中で男の子の名前で真っ先に思い浮かぶのが何故か『ぽんた』なんだ。
「いや、ダメだ。ぽんたは犬というより、たぬきにつける名前じゃないか」
蓮さんは険しい顔で首を横に振る。
「名前は『タケシ』だ。これで決まりだろう」
「蓮さーん、それはさすがに、名前に人間味が溢れすぎてませんか?」
今度は榎本君が首を横に振る。
面倒くさそうに振る舞っていた彼だが、なんだかんだで真剣に考えているようだ。
「オスなんだから、かっこよくて強そうな名前にしておけばいいんですよ。
対悪霊兵器ワン1号機なんてどうですか?」
「そ、それはこれから家族になるワンちゃんつける名前ではないと思うよ...」
今度は僕が首を横に振り、少しの間、沈黙が続いた。
「三人が三人の意見に反対で譲らないなら、話し合いは難しいな。私たちのセンスで決めるんじゃなくて、その犬の特徴から取ったらどうだ?」
「特徴、ですか?」
「そうだ、その犬の見た目とか、その犬の好きなものとかあるだろう?」
僕は蓮さんが出してくれたアイデアの通りに、スマホに保存している犬の写真と動画を二人に見せた。
「先輩、この動画は何ですか?」
「あー、これはね。この子、すぐにしっぽをブンブン振るんだよね。特に撫でているわけでも餌をあげているわけでもないのに、いつも何かに興奮したり喜んでしっぽを振ってて...。それが可愛くて、動画を撮ってたんだ」
しっぽを嬉しそうに振り続けている犬を見て、愛美と二人ただ笑いあっている動画が流れている。
「...テール」
「え?」
「いつもしっぽを振っているなら、しっぽの意味を持つ英語の『tail』からとってテールというのは...どうだ?」
動画を見ながら、蓮さんが小さく呟いた。
「おお、いいですね、蓮さん!」
「さっきのタケシやぽんたに比べたら100倍いいと思います」
全員の賛同が得られたので、僕はホワイトボードに大きく『テール 決定!!』と文字を書く。
「それでは、反対する人がいないので、テールで決定します!榎本君、テール君を可愛がってあげてね!!」
「まあ可愛がりますけど...犬が好きなのは僕より彼女ですけどね...」
と言いつつも、榎本君は僕のスマホから再生されている犬の動画を愛おしそうな表情で見つめ続けている。
(興味なさそうに振る舞ってるけど、絶対に家族として大切にするんだろうな...)
「それじゃ、名前も決まったことですし、僕は仕事に行ってきます!」
無事に名前も決まって一区切りついたところで、会議室から出て行こうとする僕を、蓮さんが引き留めた。
「お、おい、待て春野。お前、温泉宿で事件に巻き込まれて、またを怪我をしたらしいな」
「そうですけど、大丈夫ですよ。もうあれから数日経ちましたので、ピンピンしています!」
足と腕を拳銃で撃たれたといっても、銃弾は掠っただけで、幸いにも大した怪我にはならなかった。
休日にゆっくり家で休んだこともあり、僕の体力は十分に回復している。
「いやいやお前...大丈夫って、拳銃で撃たれたんだろう?」
「掠っただけですって!本当に大丈夫ですよ!」
「春野、お前はここ最近、ずっと怪我続きだろう。そんな無理しなくても...」
「もうどうしたんですかー、蓮さん!らしくない!いつも働け働け!っていうのに」
いつもの蓮さんなら、よほどの怪我ではない限り『甘えるな!動けるやつは働け!!』と口うるさい。それなのに最近の蓮さんは、やけに心配症になっている。
『らしくない』と指摘されて、蓮さんは口を閉ざしてしまった。
「大丈夫ですよ、蓮さん。
僕はここ最近の悪霊退治で一皮むけましたから!
今はなんていうか、アドレナリンが溢れているというか、なんでも上手く行きそうな感じなんです!
だからそんなに心配しないでください。
それじゃ僕、悪霊退治に出かけてきまーす!」
「...あまり無理をするなよ」
蓮さんの心配をよそに、僕は元気よく会議室を飛び出して行った。
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「蓮さーん」
仕事に向かう春野の背中をただ眺めているだけの私に、後ろから榎本が声をかけてきた。
「いいんですかぁ?先輩に聞かなくて」
「...何をだ?」
「まーた、とぼけちゃって。さっき、先輩が関わった宗教の事件の、後日調査をしているゴーストファイターの事務所から連絡があったじゃないですか。
調査した結果、春野さんの証言と一致しないところがあるって。
『事件現場から拳銃は見つかりませんでした』って」
「......」
「聞けばいいじゃないですかー、先輩に。もしかして先輩、拳銃盗んだのー?って」
「...春野がそんなことするわけないだろう」
「まあ、自分も、先輩が拳銃を盗めるほど度胸のある男だと思ってないですけどね。でも、無いもんは無いんですから、それだけでも伝えたらいいのに」
榎本の言う通りだ。
現場から拳銃がなくなっている。
これがどんな理由であれ、本来は、事件に深く関わった春野に伝えるべきだろう。しかし私は...
「...どのみち、また後日、春野は事情聴取されるだろう。今は、いらない心配をかけないほうがいい」
本人は元気だと言っていたが、怪我続きで体も心も疲労しているはずだ。
拳銃がなくなったと知れば、彼はその行方を心配し、自分で探しに行ってしまうかも知れない。だから、今はまだ、知らなくてもいい。これが私の判断だ。
でも、もし。
そのなくなった拳銃が、春野が盗んでいたとしたら。
彼の憧れる理想の上司「西葉蓮」は、どういう言葉で、彼を叱責し、どう導くのだろうか。
(...上に立つ者っていうのは、悩み事が絶えなくて大変だな...)
私は深いため息をつきながら、春野が消し忘れたホワイトボードの文字を端から綺麗に消した。




