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第35話 不完全なあなた

「ふう...ただいま〜」


僕は、もこ太と犬を連れて、愛美の待つ家へと帰宅した。


「あ、もこ太!!」


家に着くなり、もこ太はすぐにカバンから飛び出して、僕の部屋に向かって行った。


(なんだよ、起きてたのか...)


犬は見知らぬ家に興奮しているのか、ハアハアと息遣いが荒く、手当たり次第に匂いを嗅ぎ回っている。


村上さんが成仏した後、しばらくしてもこ太と合流したので、僕たちは温泉宿に戻り、宿の電話を借りて一番近くのゴーストファイターの事務所に連絡をした。


もこ太はその間も、ずっと呂律の回ってない口調で

「ふかれた」と言い、僕のカバンの中で眠っていた。

多分...『つかれた』と言いたかったのだろう。


その後、僕が電話をかけたゴーストファイターの事務所から、僕のスマホや財布などの所持品が事件現場から見つかったという連絡があり、温泉宿まで届けてくれた。


僕が宿の部屋の布団でぐったりしている間に、女将さんが犬を動物病院に連れて行ってくれた。

検査の結果、特に異常はなし。女将さんは犬が大好きらしく、ずっと可愛いねと言いながら撫でていた。


あの教会が...どうなるかは分からないけれども、宗教の存続は厳しいだろう。

それに、犬を世話していた悪霊が全員成仏するなら、あの子を教会に置き去りにすることはできない。


(そもそも、どうしてあんなところに犬が居たのかも、謎だけど...)


そのため、犬好きの女将さんに引き取ってもらおうと思ったが、宿でペットを飼うことは出来ないとのことだったので、新しい引き取り手が見つかるまでは、一旦僕が引き取ることになった。


その後、帰路の途中も、もこ太はカバンの中で目を閉じていた。

村上さんの最期の言葉が、ずっと胸に引っかかって、何度かもこ太に話しかけたけど、返事は返ってこなかった。疲れて眠っているのだろうと思っていたけれど...


(...起きていたのなら、無視しないで返事してよ。まあ、部屋に直行するってことは、やっぱり疲れてたのかな)


荷物を床に置き、玄関に腰かけて大きなため息をつく。

足や腕が痛くて、昨日もあまり眠れなかった。


(さすがに...疲れたな)


「おかえり」


「あ、愛美」


愛美は心配そうに僕の前に立っていた。


「ただいま、お饅頭買ってきたよ」


僕は温泉宿で購入した12個入りのお饅頭を手渡した。


(あとで、蓮さんと榎本君にも渡さないとな...)


愛美は喜ぶ様子はなく、お饅頭の袋を手に取りながらもずっと不安そうに僕を見つめている。


(あれ...?お土産、嬉しくなかったのかな)


犬は興奮がピークに達しているのか、猛ダッシュで玄関を抜けリビングまで走って行った。


(事前に連絡はしたけど...。もしかしたら、急に犬を預かることになって、怒っているのかも...)


いくら犬好きの愛美と言えど、これから子供が生まれる大変な時期に、夫が急に犬を預かると言い出せば、嫌な気持ちになるのも当然かもしれない。僕の配慮が足りていなかった。


(すぐに...謝らないと)


「ワンちゃんのことなんだけど、急にごめんね。


その、一時的に、預かるだけだから!

子供が生まれたら、ペットに不慣れな僕たちで両方の世話をするのは難しいだろうし...。その...ごめん、勝手に、ごめんね。


新しい引き取り先が見つかるまで、愛美は何もしなくていいからね!全部、僕が世話をするから!」


愛美は眉間に皺(しわ)を寄せ、表情はより一層険しいものになってしまった。


(ええ...!?めっちゃ怒ってる...??ぼ、僕はどうすればいいんだ...)


「ごめん、泊りだったから、昨日は家事は全部愛美にお願いしちゃったよね!

今日は僕がやるから。さっそく洗濯物と料理をやるね!」


愛美に機嫌を直してもらおうと、急いでリビングに向かう僕の腕を、愛美が掴んで引き止めた。

愛美は俯いており、前髪で隠れているせいで表情が見えない。


「え...?」


頬を伝(つた)うように、涙が一滴零れ落ちるのが見えた。


「愛美、なんで、泣いてるの...?」


「...足、引きずってる。また、怪我して帰ってきたでしょ...」


愛美は涙を腕で拭き取りながら、僕の片足を指差した。


「ああ、これ?大した怪我じゃないよ!だから大丈夫、気にしないで...っぎょえ!!!」


突然、愛美に強い力で腕を握られた。握られた、というよりは、握り潰す勢いに、思わず悲痛な叫びが出た。


(おおぉおお...!!そこは銃弾がかすって怪我したところおぉ...!!)


「ここも、怪我してる。なんで...隠そうとするの」


(な...!?ちゃんとバレないように長袖で傷を隠したのに、ど、どうして...)


心配させまいと隠していたはずの傷を見透かされて思わず息をのんだ。


「仕事で少し怪我をしてね。でも、本当に大したことないんだよ!!」


愛美はずっと俯いて、目を合わせようとしてくれない。


「昔は、なんでも言ってくれたのに。疲れた、とか怪我して痛い、とか」


「それは...僕もまだまだ新米のゴーストファイターだったし、若かったからだよ!


僕はこれなら、パパになるんだからね。

これくらいの傷で痛いのなんの言ってられないよ!」


僕は自分の元気を見せつけるかのように、腕を上げマッスルポーズを取る。


『何それ、変なポーズ』そう言って愛美が笑ってくれる、と思ったが、ようやく顔を上げて僕を見上げた愛美は、瞳が涙で一杯になるほど潤んでいた。


「...お父さんになったら、痛いの一言も言えなくなっちゃうの?」


溢れる寸前だった涙が止めどなく溢れ始め、愛美の服にポロポロと落ちる勢いで流れている。


「いや、言っちゃいけないって、わけじゃ...ないけど...、でも!!でも僕は、完璧なパパになりたくて...」


愛美に心配をかけたくない。


これくらいの傷、なんてことない。


だって、子供が生まれたらもっと大変なんだ。

少しの傷で狼狽(うろた)えていては、完璧なパパになれない。


「...世間一般的に、私は可愛げがない、らしい」


「へ?」


唐突な話の路線変更に、驚いて気の利く言葉をかけることが出来ず、ただ呆気に取られてしまった。


「顔だけは良いって言われるけど、素直じゃないし、冷たいし、甘え下手で、いつも何考えてるか分からない...らしい」


「どうしたの、愛美?そんなことないよ」


「親とかに...甘えられる環境じゃなかったから、人にどうやって甘えたりとか、自分の感情をどう、伝えたら良いか、分からない。


好きとか、愛してる、とか。ありがとうでさえ、伝えるのはいつも、難しいし...恥ずかしい。


でもあなたは、私には出来ないことが、簡単に出来てしまう」


愛美は僕の右手を両手で優しく、包み込むように握る。


「あなたは素直で、自分の思っていることを、言葉に伝えるのが上手なの。


あたなは私よりも、あったかくて...私が、冷たい態度をとっても、あなたはいつもと変わらず優しく接してくれる。


でもそれは、私が好きだからって理由じゃない。


だってずっと見てきたから...分かる。あなたは、私以外の皆に優しい。

誰にでも平等に優しくしようとするあなた。

私だけに...して欲しいってちょっと、嫉妬するけど、それ以上に、その...そ、尊敬..してる...ます...」


普段、他人を褒めるようなことを愛美は言わない。


それは愛美が他人を見下したり他人を嫌っているからではない。


愛美の両親は厳格な人で、教育も厳しかった。

愛美がどんなに頑張って成果を出しても、両親から褒められることはなかった。


その環境で育った愛美は、他人への褒め方もよく分かっていないだけだ。


僕はそれを知っていたし、そもそも別に、褒めて欲しいとも思っていなかった。

でも、愛美が勇気を出して顔を真っ赤にして僕のことを、褒めてくれている。


(嬉しいし...可愛い...)


今すぐ全身を強く抱きしめたい。けれども、愛美は口をもごもごと動かしており、まだ話したいことがあるようだ。


「あなたは、何でも器用にこなせるタイプじゃないから、家事も仕事も最初は...手間取ってばかり。

それに、本当に臆病で小さなことも怖がる。ビビり...ビビり野郎...。


でもあなたは必ず諦めない。

仕事も家事も、努力して、どうやったら出来るようになるか勉強して、必ずやり遂げようとする。


どんなに臆病でも、覚悟を決めたあなたはいつも、強い。


あなたは、私とは、全く違う性格で...良いところも悪いところもたくさんある、私と同じ不完全な人...

そんなあなたを、心から愛してる。


だからね、あなたが...あなた自身をそんなに粗末に扱わないで」


言い終えると、愛美は両手で僕の体を強く抱きしめた。

愛美の顔が僕の胸あたりに深く埋まるほど、強く強く抱きしめている。


「愛美...僕は」


「疲れた時は疲れたって、痛い時は痛いって...言って欲しい。


子供が出来たら、言いにくい日も、言えない日もあると思う。だから別に...毎日逐一、報告しろって言ってるわけじゃないけど...」


「ふふ、分かってるよ」


僕は微笑みながら愛美の頭を優しく撫でた。


「でも、そういうのを...ずっと我慢して押し黙っているのが『完璧なパパ』なら、私、そんなパパ...嫌だから!!」


愛美は再び僕を目一杯に強く抱きしめた。

僕もそれに応えるように、強く、強く抱きしめた。


「ごめんね、愛美。心配させたくなくて、隠そうとしてた」


「どうせ隠したってすぐバレる。隠したって無意味だから。今日はもう、休んでて」


「ありがとう、愛美は優しいね」


「何言ってるの、私は優しくない。これは作戦。


次、私が疲れた時に今日の分の家事を押し付けるための作戦、だから。

...だから今日は、もう休んで大丈夫だから...」


「ふふふ、そうなんだね、ありがとう」


僕は、照れて顔をあげられない愛美の頭を、愛しくて愛しくてたまらないものを、壊れないように優しく、優しく撫でた。


いつも小説をお読みいただき、ありがとうございます!


次回から、ラストスパートに入ります。


とにかく途中で投げ出さない!必ず完結する!をモットーに書いてきて、ようやくここまで来たか、という気持ちです。


最終話に到達するには、まだもう少し時間はかかりますが、最後までお付き合いいただけますと嬉しいです!

頑張るぞ!

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