第34話 嘘つきの人生
「お礼、ですか...?あっ!!」
すっかり忘れていたが、教祖の悪霊を倒した暁には、村上さんから『神のお告げ』という特殊なお礼を貰える約束をしていた。
「そうでした、すっかり忘れてました!神様のお告げを教えてくれるんですよね!
いやー、僕、人生でそんな経験ないので、なんだかワクワクしちゃいます!」
心を躍らせて村上さんの言葉を待つ。村上さんは目を細め優しく微笑み、口を開く。
「ごめんごめん、俺さ〜、神の声なんて聞いたことないんだよね」
「......はい?」
村上さんの一人称は、突然『俺』になり、先ほどまでの丁寧でどこか神聖さを感じる話し方も無くなり、まるで別人になっている。
「やる気を出してもらおうと思って咄嗟に出た嘘なんだよね。そんなにワクワクした目で見られると、なんだか悪いことしちゃったな〜って思ってさ。
でも君、心配になるくらい人が良すぎるよ。
初対面で神の声が聞こえますーとかいうやつのこと信じる?」
「え、で、でも村上さんは神の声が聞こえたから、色んな人を救うために教祖を始めたって...」
「ん?教祖をやっていたのは事実だけど、神の声なんて聞こえたことなかったからさ、いつも適当にそれっぽいこと言って誤魔化してたよ、あははは!」
「えーーーー!!!???」
口を大きく開けて歯茎を見せながら大笑いする村上さんと、同じく口を大きく開け叫ぶ僕。側から見たら滑稽な様子だろうか...。
「あ、ちなみにね〜、『村上』も偽名なんだ。
別に、君に嘘つく必要はないかなって思ったんだけど。
普段から嘘をついてるとさ、染み付いちゃうんだよね、嘘が。鈴木か田中かで迷ったけど、昔の友人をふと思い出したから、咄嗟にその友人の苗字の『村上』を名乗っちゃって」
「じゃあ、つまり、その...。僕が対峙した悪霊の教祖も神の声が聞こえないパチモンでしたけど、あなたも...」
「そ!俺も正真正銘!!神の声が聞こえない、パチモンってこと!」
村上さんは屈託のない笑顔を披露している。
対して僕はがっくりと項垂れて深いため息を吐いた。そんな僕の肩をポンポンと叩き、「ごめんごめん!」と村上さんは大して悪びれる様子もなく謝っている。
「でも、村上さん。なんでわざわざ今、カミングアウトしたんですか?
僕へのお礼だって、それこそいつも通り、適当にそれっぽいこと言って誤魔化せば良かったじゃないですか」
「それもそうなんだけどさ。見てよこれ」
村上さんは自身の体を指差した。
「え、薄くなってる...」
指摘されるまで気が付かなかったが、初めて会った時よりも村上さんの体が薄く、透明に近くなっているように見える。
「そうなんだ。多分、俺、もうすぐ成仏しちゃうと思うんだよね」
自分がもうすぐ消えると分かっていても、村上さんは相変わらず笑顔を絶やさない。
「君はこの教会を救ってくれた恩人でもあるから、最期に嘘をつきたく無かったっていうのが一つと。
もう一つはね、成仏する前に、最期に俺の話を聞いて欲しかったんだ」
「話...ですか?」
「まあ、簡単に言うと自分語りってやつだよ!」
村上さんは笑いながらも、空を仰ぎながら少し悲しげな表情をしている。
「きっかけは、俺が小学生の時。弟を病気で亡くした友人に嘘をついたことだ。
友人は、弟が亡くなってからすっかり笑わなくなって、何度励ましても、ずっと落ち込んでたんだよね。
それでさ!俺、咄嗟に嘘をついちゃったの。
『あの世から声が聞こえる!弟さんは、あっちで幸せそうに大好きなぬいぐるみに囲まれて暮らしている!』って。
言った時は後悔したよ〜。あーやばい、絶対嘘だってバレたって。
でも俺の予想とは裏腹に、その友人は目に涙を浮かべ、喜んでいたんだ。
俺は勉強も運動もできない、不倫で出来た望まれない子供だったから、親からも愛されてなかった。
自分に何一つ自信を持てなかったけれど、その時、初めて自分の『嘘』に、自信を持っちゃったんだよね。
だってさ?俺の嘘一つで、今にも死んじゃいそうなくらい落ち込んでいた友人を、救えたんだから。
その後、俺は普通の大人になって、普通の会社に入って、普通に会社員として働いて。ちゃんとした『普通の大人』になっていった。
けれども、大人になっても、俺の嘘が友人の心を救ったことを、忘れてはいなかった。
ある日、会社の帰宅途中、泣きながら歩いている年配の男性を見かけて。
放っておけなくて話を聞いてみたら、奥さんが治らない病気にかかってしまい、悲しみに打ちひしがれ、涙を流していたらしい。
俺はここでも、咄嗟に嘘をついてしまったんだ。
『私には神の声が聞こえます。もっと奥さんに愛の言葉を伝えなさい。さすれば、あなたの心も、奥さんの病気も快調に向かうでしょう』
なーんて、適当なことをね。
そしたら、びっくり!!
俺の言ったことを数ヶ月実行したら、なんと、本当に奥さんの病気が治ったらしい。
俺と男性は再び同じ道で出会い、そのことを教えてくれた。そして、そのお礼として俺はこの古びた教会を貰ったんだ。
『あなたさえ良ければ、ぜひここで、神の声を伝え広め、皆を救ってくれ』と言われて。
断ることもできた。でも、俺は断らずに、そこで教祖になり、偽りの言葉を吐き続けた。
聞こえもしない神の声を騙り、責任も取れないのに、祈れば助かると嘘を吐き捨てて。
さあ、ここでクイズだ、ゴーストファイターさん。
君には、俺がなんでそんなことをし続けたか分かるかな?」
「それは、やっぱり…金儲けですか?」
正直に聞いていいことなのか分からず、少し気まずそうに答える僕の目の前で、村上さんは右手と左手の人差し指をクロスして『×』を作っている。
「残念!不正解、金儲けが目的ではありませーん!
俺は、仕事でいい成績も残せないし、かと言って仕事以外で何か特技があるわけでもない。
大切な恋人や愛する家族がいるわけでもない。
簡単に言うとね、俺には何もないし、何も出来なかったんだ。
でも、そんな俺でも、嘘で人を救うことは出来た。
二つの嘘の成功体験のせいで、俺は自分が社会で役立つには、俺の『嘘』しかない、って思っちゃったんだよね。
今思うと、ただの言い訳だったのかもしれない。
真っ当に勉強して努力して、社会に貢献すれば良かったのに、俺はただ、楽な道に逃げただけなのかもしれない。
でもね、たとえ俺の言葉すべてが嘘だったとしても、俺を信じて縋る人が、あそこには居たんだ。
そして、その人にとっては俺のこの嘘だらけの言葉一つ一つが救いになったんだよ。
だから、俺は嘘を吐き続けた。
......でもきっと、罰が当たったんだろうなぁ。
あっけなく車に轢かれて、死んじゃったよ。
この世に未練なんかないって思ってたけど、どうしても自分の教会...信者たちが気になって、一目だけでもと思い、確認しに行ったら...
あの教祖が占領して酷い有様になっていたんだ。
俺はとんでもない嘘つきだからさ、とても善人とは言えないよ。でもね...信者たちを見捨てることも出来なかった。
だから、俺はひたすらに祈った。この地にゴーストファイターが来ることを。
...いざ、自分が『祈る立場』になったらさ、祈ることがこんなにも無力だとは、思わなかったよ。
それでも何かしてないと、心がおかしくなりそうだったから、祈り続けたんだ」
「そう、だったんですね...」
過去の日々を思い返し感傷に浸っているのか、村上さんは胸に手を当て、目を閉じている。
「死んだ時は最悪だーー!!って思ったけど、まさかこんなにお人好しのゴーストファイターに出会えるなんて!死んでみる甲斐があるってもんだね!
...ありがとう、春野さん。
死後の人生、ここまで悔いのないものに出来たのは春野さんのおかげだよ!」
村上さんは、嘘つきだ。だから、この感謝の言葉も嘘かもしれない。それなのに...
(やばっ、めっちゃ嬉しくて泣きそう...)
村上さんの言葉に心を打たれ、僕は涙目になっていた。
この言葉が嘘か本当か分からないけど、この人はこうやって、自分の言葉で誰かを救ってきたんだなと、その説得力が彼の言葉には確かに存在した。
「報酬としてお金を払うことは出来ないけどさ、一つ、良いことを教えてあげる。
俺は今までさんざん嘘をついてきた。だからこそ、分かることがある」
村上さんは僕のそばに近寄り、耳元でそっと囁いた。
「あのもこ太とかいう...ピンクの悪霊は、何か嘘をついている」
「え?」
「同じ『嘘つき』だから、俺には分かっちゃうんだよね」
そう言って歯を見せながら笑うと、村上さんの体はゆっくりと、天に召されるように消えていった。




