第33話 本当の教祖様
「いてて...」
破片のせいで怪我をした足が、歩くたびに痛い。僕は、痛みに耐えるため歯を食いしばりながら、階段を下りていく。
地下室の悪霊の足止めのために、もこ太たちが頑張っているはずだが、今はどうなっているのだろうか。
そもそも、地下室の悪霊たちの様子から見るに、洗脳されいたと思うが、能力者が成仏したので、もう、洗脳は解けたのだろうか。
(もこ太もワンちゃんも、無事だと良いけど...)
階段を下りて地下にたどり着いた時、男性の話し声が聞こえた。
(教祖以外に、男性の悪霊なんていたっけ...?)
僕は慎重に壁に身を潜めながら、こっそり様子を覗いてみる。
「え!?」
そこには珍妙な景色が広がっていた。
なんと、地下の廊下には、僕にこの教会の悪霊退治を依頼をした、本来の教祖である村上さんが立っていた。
他の悪霊は、村上さんの前で横二列に並び正座をしている。村上さんは皆の前に立ち、両手を広げてまるで演説をするかのように語りかけている。
「皆さんは悪しき者に洗脳されていたのです。皆さんに、罪はありません。
そして、皆さんは一度死んだ身、本来、この世に存在すべき魂ではないのです。
...安心してください。皆さんの魂は、すでにあの世で神が迎入れる準備が出来ています。
私たちは、この残酷な世界を生き延び!!そして、死後も洗脳されて良いように使われて!!
多くの地獄を...味わってきました。
しかし、私たちは!!神の手によって、ようやく救われるのです!!
さあ、みなさん。あとほんの少しの辛抱です。成仏するその時まで、神に祈りを捧げましょう!!」
その言葉を聞くと、悪霊たちは一斉に両手を胸の前に合わせ、祈りを捧げ始めた。
僕はこの状況が飲み込めず、口を開きぽかーんと間抜け顔をして固まってしまった。
「遅かったなぁ」
いつの間にか僕の肩に、もこ太がいた。
「あ!!もこ太!よかった、悪霊に襲われて羽でも引きちぎられてたら、どうしようかと思ってた!」
「おーい、物騒なこと言うなよ...。お前のご期待に添えず申し訳ないが、傷ひとつない綺麗な体だよ」
両羽を広げ体全身を見せびらかすもこ太に、僕は思わずクスリと笑ってしまった。
さっきまで悪霊と戦って、生きるか死ぬかの争いの後に、もこ太の偉そうな態度を見ると、なんだか、日常に戻ってきた気分だ。
「ところで、もこ太。これは一体、どういう状況?」
壁際から再度、村上さんたちの様子を確認しようとした、その時......
「...ぎゃー!!!」
突然、僕の目の前に村上さんが立っていた。僕ともこ太の話し声が聞こえて、ここに隠れていることがバレてしまったのだろうか。
「春野さん!!無事だったんですね!!」
村上さんは僕の両手を握りしめて、嬉しそうにブンブンと激しく上下に振っている。片腕はさっき銃弾をかすめた傷があるので、ちょっと痛い...と思いつつも、村上さんの嬉しそうに笑っている姿を見ると、なんだかこっちも嬉しくて、止めることはできなかった。
「村上さん、どうやってこの地下に?」
村上さんは少し興奮した様子で、後ろを振り向き大きな声を上げた。
「皆さーん!!このお方が、教会を救ってくださったゴーストファイターの春野さんです!!
そして、この方が皆さんの魂を、神のおわす神聖なる地へと導き浄化して下さる方です!!さあ、敬意と感謝を!!」
そう言うと、先ほど正座し祈りを捧げていた悪霊たちが、一斉にこちらに押し寄せてきた。
「春野様!!どうか私に救済を!!」
「神の元に逝かせて下さい!!」
悪霊に襲われると思って身構えたが、むしろその逆で、僕に成仏を懇願するその言葉に、僕は動揺して頭の整理が追いつかない。
「えっと、ごめんなさい。今はもう、霊力が足りなくてその、銃を撃てないので...。少し、休まないと...」
すると、村上さんは悪霊たちの前に立ちはだかり、手を広げて彼女らを制止した。
「春野さん、大変失礼致しました。
皆さん、春野さんはたった今、あの忌まわしき悪の教祖と戦ったばかり。体力を消耗しておられます。
春野さんには、しばしの休息が必要です。どうかその間、皆さんはここでお静かにお待ちください」
悪霊たちは言われた通りに大人しく去っていった。
「さあ、春野さん。とりあえず上の部屋で休みましょう」
僕は相変わらず呆然として、口を開けたまま、再び階段を上がった。
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「春野さん、怪我は大丈夫ですか?」
「あ、はい。大したことないので、大丈夫です」
僕と村上さん、もこ太、そして大活躍してくれたワンちゃんは、階段を上がり、僕と教祖が戦った部屋で休息をとっている。
「おーい、ここに大量の札束があるぞー。これ持って帰っていいのかー?」
もこ太は、教祖がばら撒いた札束を体の下に履いて、まるでベッドのように寛いでいる。
「ダメだよもこ太。それは信者から取り上げたお金だと思うし...僕たちが勝手に貰うのは間違ってるよ」
「なーんだよ、教祖を倒したんだから報酬ってことで貰っても良いと思うんだけどなぁ」
僕はベッドに腰かけ、タンスの中から探し出した包帯を腕に巻きつける。その横で、犬は体を丸めてぐっすりと眠っている。
「あの、村上さんは外で待っていたはずだと思うんですけど、どうして地下に...?というか、どうやって、地下に入ったんですか?」
「地下室は、私が教祖を務めていた頃からありまして...。あの地下室と外を繋ぐ隠し通路があることを事前に知っていたのです。
春野さんがなかなか帰ってこないので、心配で心配で...。地下から侵入して状況を確認しようと思ったのが理由です」
「え!外につながる出口があったんですか!?」
それが本当だとしたら、僕は段ボールに隠れながらこそこそする必要もなかったし、命懸けで教祖と戦う必要もなく、外に逃げて助けを呼べば良かったのでは...。
と、一瞬、後悔がよぎったが、僕が逃げてる間に教祖が逃亡しない、という保証もない。
僕のしたことが、きっと最良だ!!...と、思っておこう...。
「すいません、地下のことは事前にお伝えするべきでしたよね。
私が生きていた頃にも地下室はありましたが、牢屋も無かったですし、あそこまで整備されておらず、完全に物置としか使っていなくて...。
そこまで重要な場所ではないだろうと思い、話していませんでした...」
村上さんは申し訳なさそうな表情を浮かべ、僕に深々と頭を下げた。
「いやいや、大丈夫ですよ!!謝らないでください!
それで、地下にいた悪霊に、村上さんは一体何をしたんですか...?」
「地下に入って、『教祖様...教祖様...』と言いながら虚な目をしている悪霊たちを見て...。なぜだか、私は、いてもたってもいられなくなって。
この人たちを救わなければならないと。
正しい神の導きを伝えて、成仏という名の救済を与えねば、と思ったのです。
私はただ、その気持ちと神の声を皆さんにお伝えしただけです。皆さんは神の導きを理解して下さり、成仏が救いだと、気づいてくれました」
「そ、それは...」
それは、洗脳の能力が切れたから出来たことなのか、それとも洗脳に上書きするほどの説得力があったからなのだろうか。
どちらにせよ、あの集団をまとめあげた村上さんには、感服するばかりだ。
「さすが元教祖様だったよ。話術だけは一丁前でさぁ」
いつの間にか僕の耳元で飛んでいるもこ太が、僕にしか聞こえない声で囁いた。
「と、とりあえず、外に出ますか!
この部屋から外につながる扉は、僕が机を投げ飛ばしたせいでドアノブがひしゃげて開かなくなってますし...。
村上さんのおかげで、地下の悪霊たちに襲われずに済むなら、一旦、地下から外に出ましょう!」
地下の悪霊たちを放っておくわけにもいかないが、弾を撃てない僕がここに残るよりも、外に出て近くのゴーストファイターの事務所に連絡したほうがいいだろう。
(包帯は巻いたけど、まだまだ痛いし、とにかく温泉宿に戻って休みたいな...)
「そうですね、春野さんの怪我がもう大丈夫そうでしたら、私が出口まで案内いたします」
僕たちは、再び地下に戻り、村上さんの案内についていった。
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村上さんが案内してくれた隠し通路を通り、僕たちは外に出た。
僕は外の明かりの眩しさに目を細める。
時間はそれほど経過していないはずなのに、久しぶりに外に出た気持ちだ。空も、地面も、こんなに広かったのか。
「...受付の人、大丈夫かな」
この教会で、最初に僕と話してくれた受付の女性。あの人は悪霊ではなく、生きている女性だった。そして、あの人は教祖のことを心から信頼しているようだった。
(何かに縋らないと生きていけない人が、この世界にはいる、か)
女性の悪霊の、最期の言葉を思い出す。
受付の人は...地下の悪霊たちとは違いこれからも生き続ける。心の拠り所でもあった教会がなくなって、大丈夫なのだろうか。
僕が俯き不安そうにしていると、村上さんは笑顔で答えてくれた。
「受付の女性ですよね。私もこの教会が心配で...窓からこっそり覗いていたことがあったのですが、彼女はいつも笑顔で、教会の本を真剣に読んでいました。
この教会がなくなったら、彼女は酷く落ち込み、絶望するでしょう。
しかし、私は、何度も見てきました。絶望した人々が、私の言葉を聞き、立ち直るところを。
私は、もう生きてはいません。
でもきっと、私に代わる誰かが、彼女を救ってくれるでしょう。それは、宗教とは関係なしに。
人は皆、そうやって支え合って生きていくものです」
「そうか...そうですね。きっと、そうだ。
ねえ、もこ太もそう思うよね...ってあれ??もこ太??」
気がつくと、もこ太の姿がない。犬が可愛らしくしっぽをぶんぶんと振っている姿だけが僕の視界に入っている。
「あーもー!!また勝手にどっか行って!!」
僕はすぐに来た道を戻り、もこ太を探しに行こうと歩き出したが、その道を塞ぐように村上さんが立ちはだかった。
「村上さん...?」
「春野さん、本当にありがとうございました。
『お礼』の話をしたいので、このまま二人っきりで、お話しませんか?」




