第32話 最期の言葉
「教祖様...ああ、教祖様...。私の信じた、教祖様は、どこ...」
(まだ、成仏していなかったのか...)
先ほど撃たれた女性の悪霊が、天井に向かってうわごとのように呟いている。
僕の手によって撃たれた教祖は、全身がもうほとんど消えかけている。
しかし彼女は、霊力が多いせいで、まだ成仏し切れていないようだ。膝より下が消えているだけで、体の大半が残っている。
体の霊力が傷口から漏れ出すと共に、悪霊の体も少しずつ消えていく。そのため、霊力の少ない悪霊はすぐ消えてしまうのに対して、霊力が多い悪霊は完全に成仏するのに多少の時間を費やしてしまう。
彼女から溢れる霊力は、彼女の記憶も映し出している。
しかし、僕はそれを見ないで、倒れている彼女のそばに座った。
(蓮さんには、悪霊を救うことは考えるなって言われたけど。でも、僕はやっぱり、『あの悪霊』と、話し合えなかったことに、後悔があるんだ。
だから、今回こそは、消えゆく悪霊との、最期の対話をしたい)
「最初に僕を洗脳したのは、あなたじゃない、ですよね...」
彼女は僕に視線を合わせないが、うわごとのように呟いていた言葉がピタッと止まった。
「死を救済だとして、僕に死なせるように促したのは...あの教祖、ですよね。
あなたはむしろ...僕を捕らえることで、僕を守って...くれたのかな、なんて思っちゃったんですけど...。
へへ、こ、これは僕にとって都合の良すぎる解釈ですかね」
彼女はただ虚な目で天井を見ているだけで、返事はない。もこ太以外の悪霊と、真剣に話しをするのが初めてで、すごく緊張していてる。体全体から噴き出すように汗が出ている。
「今から言うのは、本当に僕のわがままで。ただ、あなたと話して、知りたいだけなので、答えなくても、大丈夫なんですけど...。さ、最後に一つ、教えてくれませんか」
彼女は体を動かさず、そのまま横目でこちらに視線を向けた。
「あなたの方が、強い能力を持っているのに、あなたはなぜ、あんな男のことを慕い、従っていたのですか?」
「......」
彼女は再び視線を天井に移し、何も答えない。
数秒の間、霊力が漏れ出すわずかな音だけがこの部屋に響く。
(やっぱり、殺し合いをした悪霊と話し合うなんて、無理なのかな...)
僕が諦めて立ちあがったその時、ついに、彼女が口を開いた。
「...私は、この世界で生きていけるほど、強くなれなかった」
「え?」
立ち上がり歩き出そうとした足を止めて、彼女を見下ろす。
彼女は相変わらず虚ろで、何もかも諦めたような目をしている。
「家族を失い...友人には裏切られ、職場ではひどい言葉を浴びせられ...私は、この世界には、辛いことがたくさんあると、知ってしまった。
その絶望から、どうやって立ち上がって、どうやって自分を幸せにしてあげればいいか、分からなかった。
たとえ今、目の前の不幸を乗り越えたとしても。
数ヶ月、いや数年経てば、また新しい不幸がやってくる。
何年も生きているうちに、人生は、それの繰り返しだと、気づいてしまった。
その事実に、耐えられなかった。
未来に希望を、見出せなかった。
死ぬ勇気もないくせに、幸せになる努力もせず、ただ、ただ、毎日死にたいと、心で...叫んでいた」
僕は再び腰を下ろし、彼女の話を静かに聞いていた。
「そんなある日、私は偶然、この教会を見つけた。
教祖様は、私の悩みを親身に聞いてくださり、そしてこう言った。
『私が告げる神の言葉を信じなさい。さすれば、あなたは幸せになれます』と。
幸せのなり方も、何を信じればいいかも分からなくなっていた私を、その言葉が、どれほど救ったか。
そして私は、毎日この教会に通い、教祖様とお話しして、祈りを捧げ続け、時間のある時は、他の信者たちと教会の教えについて熱く語り合ったりもした。
どんなに嫌なことがあっても、この教会に居る時だけは、自分は間違いなく、幸せになれるんだ、という気持ちになれた。
でもある日、教祖様は突然この教会に来なくなった」
「え、でも教祖はさっきまで...」
「私の言っている教祖様は...初代の方。あなたがさっき戦った教祖様とは別の人...。
私は、教祖様が来なくなっても、ひたすらここで祈り続けた。何日も何日も。
自分のことなんてどうでもよくて、とにかく教祖様が無事に帰ってきますようにって。
正しく生きて、祈り続ければ必ず幸せになれる、それが教会の教えだったから、その教えに則り、私は祈り続けた。
それでも、教祖様は帰ってこなかった。私たち信者は、教祖様に見捨てられたのだと、悟った。
私の、小さな幸せの日常は、戻ってこなかった。
次は何を信じればいいのか、何に縋って生きればいいのか、私は再び分からなくなってしまった。
私の日常に、再び、不幸が帰ってきた。
人生というのは、やはり、終わらない不幸の連鎖なんだ。そう思い、深く絶望していたある日、新しい男がこの教会にやって来た。
その男は、初代の教祖様と同じように、神の声が聞こえると説明し、そして、今日から自分がここの教祖を務めると言い出した。
私と教祖様と信者たちの...思い出の場所に、知らない男が急に入ってきて、教祖を務めると言い出して...
当然、嫌な気持ちが無かったわけでは、ない。
でも私は、こう思ってしまった。
『良かった、私はまた、縋れる』と」
彼女は話しながら、目を瞑り、祈りを捧げるように、両手を胸の前で合わせいる。
「あなたには...分からないかもしれない。
世界には、私のように、何かに縋らないと、生きていけない人がいるってことを。
何かで自分の脳を『洗脳』しないと、幸せを信じられない人がいることを」
彼女は目を開き、僕と目を合わせる。
涙は流していないものの、瞳は揺れていて今にも泣きそうな表情をしている。
「私は教祖様に見捨てられ、新しい教祖様も神の声が聞こえない偽物だった。
私が信じていたものはどこにもなかった。世界はみんな嘘つきで、私もきっと...嘘つきだ。
とどめを刺して...早く、全てを忘れたい」
彼女の最期の懇願に、報いてあげたい気持ちはあるが、僕はもうゴーストシューターを撃てない。
このまま何も出来ず、ただ、彼女の霊力が尽きて成仏するのを見届けるしかない。
(本当に、僕にはそれしか出来ないのかな...?)
「...最後に僕を、洗脳して、質問してくれませんか」
何も信じられないという彼女の最期に、希望を与えることはできないのだろうか。
「なぜ...今...そんなことを...」
彼女は不思議そうに僕の顔を見ている。
「どうしてここに来たか、と僕に質問してください」
きっと、僕が何を言っても、彼女は僕の言葉を信用できないだろう。
僕の言葉が嘘偽りないものだと、信じてもらうには、これしか、ないから。
彼女は少し考えるように黙り、小さな声で呟いた。
「...“どうして、ここに来た?”」
洗脳が発動され、再び、頭に霧がかかるような感覚になる。何も考えられないくらい思考力は低下して、僕は質問に対して、ありのままを答えた。
「ここに来たのは、仕事ではありません。頼まれたからです。ここの、本来の教祖に。悪しき男に乗っ取られた教会を救ってほしい、と。
彼は事故で死んだ後も、ずっと、皆さんを心配していました」
「そんな、教祖様が...?」
彼女の体は、もう首から下がない。もうすぐ、全ての霊力が尽きて成仏するだろう。
その最期の瞬間、彼女は初めて僕の前で笑顔を見せた。
「嘘じゃ、なかった。あの方は、ずっと見守ってくださっていた...。
ああ、教祖様、ありがとう、ありがとうございます。
不束者ですが...私も、今から、そちらに向かいます」
柔らかい笑みを浮かべた彼女は、ついに全ての霊力が尽きてしまい、消えてしまった。
天井へと舞いゆっくり消えていく霊力を眺めながら、僕は、黙祷し、両手を合わせ祈りを捧げる。
(最期に、彼女は幸せに逝けただろうか...)




