第30話 洗脳
(ああ、懐かしいな。僕が事務所に入ってまだ数ヶ月の頃、合体する悪霊について教えてもらったなぁ...。実際に見るのは、これが初めてだ)
教祖の腹から出てきた女性の悪霊に、後ろに突き飛ばされた僕は、ゆっくりと体勢を立て直した。
女性の悪霊は、僕から視線を逸らさず、そして教祖を庇うように右手を前に出している。
僕の読んだ教本の通りであれば、合体する悪霊は二つの能力が使えるはずだ。
おそらく、今回の場合、二つの能力のうち一つは『人に化ける能力』。そして、もう一つの能力が...
(そうか!!それが『洗脳』だったのか...!!)
もこ太と話した時に感じた違和感。人に化ける能力と洗脳では、能力の内容があまりに乖離している...と思っていたけれども、『1人の悪霊の能力』ではなく、『別々の悪霊の能力』であるなら、全く違う能力を持っていることにも納得がいく。
この女性の悪霊は、見たところ通常の悪霊より霊力が多い。僕の経験上、人に化ける能力しかない悪霊が、ここまで霊力を持っているというパターンを、見たことがない。
つまり、『人に化ける』能力は教祖で、『洗脳』はこの女性の悪霊である可能性が高い。
僕が初めて会話した時もすでに、二人は合体していて、教祖の体で洗脳を発動させていたのだろう。
でも、分からない...。どうして...。
(『逆』なら、しっくり来るんだけどなぁ。
どうして、強い能力を持つ女性が教祖の体に入って、教祖に力を貸しているんだろう。
女性からしたら、教祖を洗脳させて、自分の体に取り込んで自由に能力を使えばいいだけなのに...)
教祖は、女性の悪霊の背後で足を小刻みに震わせながら、人差し指で僕を指差している。
「お、おいぃ、お前!!!あ、あいつを、つ、捕まえたのではなかったのか!?だから私は、あ、あれほど、殺せと言っただろ!!」
教祖は唾を飛ばしながら、早口で捲し立てるように女性を責める言葉を吐く。女性は焦る様子はなく、静かに片膝をつき跪いている。
「申し訳ございません、教祖様。あの者から情報を抜き取るために、牢屋に捕らえたはずですが...どうやら、何らかの方法を使って脱獄してきたようです」
「だ、だから、お前!!あ、あれを、どうするんだ!!」
「教祖様は、すぐに後ろの扉からお逃げください。その間に、私があの者を始末いたしますので」
女性は教祖に対し跪く姿勢は崩さずに、そのまま視線を後ろに向けて僕を睨みつけている。
「ああ、ああ。そうだ。お前は特別だ!!他の悪霊たちとは違う!!」
その言葉を聞いた瞬間、ほんの一瞬だけ、女性の顔が緩み微笑んでいるように見えた。...すぐに僕を睨みつける形相に戻ったけれども。
「そうだ、お前がやるんだ!!神に背くあの者に天罰を与えるのです!!」
そう言うと、教祖は震える足で何とか立ち上がり、後ろの扉に向かって走り出した。
(逃がしてたまるか...!!)
僕は近くにあった机を持ち上げ、教祖を向かって渾身のフルスイングで投げ飛ばした。
「ひ、ひぃ!!!!」
教祖には当たらず、机は扉に直撃してドアノブがひしゃげている。教祖は腰を抜かし、またも足をガクガクと震わせている。
「教祖様!!!大丈ですか!?」
女性が後ろを振り向き、教祖の安否を確認する間に、僕はすかさず近づき銃を撃とうと構える。
が、女性はすぐに僕に視線を戻し、距離を取りながら後退し、奥の木箱から何かを取り出した。
(あれは...拳銃だ。悪霊ではなく人を殺す...そう、ここでは僕を殺すための、武器だ)
僕が、一瞬だけ拳銃に怯んだその時-------
「命令だ、“私と教祖様の楽園を穢すな”」
女性のその言葉が、僕の頭に何度も鳴り響き、思考力が低下してぼーっとするような感覚に陥る。
(これは、あの時と同じだ。洗脳が、発動された...?)
自分の体はまだ動く。
僕は、洗脳を解除するために、牢屋から持ってきた壁の破片を自分の足に突き立てようとする。が...
「っ...いったーーい!!!」
破片が足を突き立てるよりも早く、僕の腕を銃弾をかすめた。その痛みで、破片を落としてしまった。
「こんな時に、破片を大事そうに握っているなんて、不自然。それを見れば、あなたが私の『洗脳』を警戒しているということくらい、容易に分かる」
僕は腕を押さえながら床に座り込んでいる。
先ほど落としてしまった破片が目の前に落ちていて、僕すぐに手を伸ばしたが、女性が先に取り上げ、遠くへ投げ捨ててしまった。
「破片が...!!!」
「“動くな”」
その言葉が耳に入ると、再び、頭にモヤがかかり、体が重くなる。
(もっと長いクールタイムがあると思ったのに...!!数秒程度のクールタイムで洗脳を発動させることができるの...!?)
僕は足に力を入れて何とか立ち上がるが、すぐに力無く崩れるようにして、また床に座り込んでしまった。
女性はゆっくりと近づき、洗脳で体の動きを封じた僕の頭に向かって、拳銃を構える。
「...教祖様を信じ、教祖様のために生きていれば、あなたも幸せになれたのに」
その言葉を最後に、引き金を引こうとした。
その瞬間----------
僕は素早く立ち上がり、拳銃を構える女性の腕を掴み、ゴーストシューターを構える。
(....これなら、絶対に外さない)
腕を掴まれ動けなくなった女性の頭を、僕はゴーストシューターで撃ち抜いた。
「な、なぜ!!??ど、どうして、動ける...!!」
女性の悪霊は、訳が分からないといった表情で目を丸くし、そのまま天井を仰ぐように仰向けで倒れていく。
僕は、蓮さんと比べて、霊力が少ない。
どれだけ頑張っても、一日に撃てる弾の数が、蓮さんを越えることはないだろう。
子供の頃から武道を習っていた蓮さんとは違って、僕には対した戦闘スキルもなければ、体力や反射神経もまだまだだ。
蓮さんみたいに、霊力の量と戦闘スキルで敵を圧倒して勝つことができたら、きっと、凄くかっこいい。ゴーストファイターとしては最高の姿だ。
いつも軽口を叩く榎本君からも称賛されるだろう。
けれど、『弱い』僕にはそれができない。
僕は、蓮さんと同じ戦い方では、駄目なんだ。
それでも、勝たなければならない。
勝たなければ、悪霊からこの世界を守ることができない。
勝たなければ、家に帰って、愛美に「ただいま」と伝えることができない。
勝たなければ、もうすぐ生まれてくる子供に、「愛してる」と伝えることも、できない。
弾の数は、残り二発。
それを確実に当てるには、僕なりの戦い方で、戦うしかないんだ。
「ああ、痛かった...」
僕は片方の靴を脱いで逆さまにした。靴から音を立てて、大量の小さな破片がボロボロと落ちていく。




