第29話 合体する悪霊
「合体する悪霊〜?」
『これだけ覚えればOK!ゴーストファイターのお仕事
超入門編』という教材を読みながら、僕は首を大きく傾げている。
「おお、偉いな春野。朝からお勉強か?」
蓮さんは僕の椅子の背もたれに手をかけ、前屈みになり教材を覗き込んでいる。
「はい!僕は新米ゴーストファイターですから!勉強しなくてはいけないことがたくさんあるので!」
「ご立派な心がけだなぁ、で、何に首を傾げてるんだ?」
僕は『合体する悪霊』と大きな太字で書かれた部分を指差した。
「ここです!この合体する悪霊について書かれているページなんですが、えっと...、
『悪霊の中にはまれに、合体する悪霊がいる。
合体とは、片方の悪霊の体に、もう片方の悪霊が宿ることを言う。
悪霊同士が一つになり、合体した悪霊はお互いの能力が使えるようになる。
例えば、火を吹く悪霊と、風を操る悪霊がいるとする。
火を吹く悪霊の体に、風を操る悪霊が宿った場合、火を吹く悪霊は、火の能力と風の能力、どちらも使用することが可能だ。
ただし、悪霊は、人間と同じように睡眠を取ることで霊力を回復させる者がほとんどだ。
風を操る悪霊が寝ている間、もしくは何らかの理由で意識がない場合は、風の能力は使えない』
って書いてあるんですけど...。
デメリットはありますけど、2つの能力を使えるなんて、ほぼチートじゃないですか!」
僕は自分のデスクを両手でバンバンと叩きながら、理不尽さを熱弁した。
対して蓮さんは、興味がなさそうにあくびをしている。
「そうかー?でも、そもそもなぁ。合体している悪霊なんて滅多にいないぞ」
「えーー!?なんでですか!?悪霊からしたら、合体して強くなった方がいいじゃないですか!」
蓮さんは僕から教材を奪い取り、相変わらず眠そうな表情を浮かべながら、パラパラとページをめくっている。
「あー、『超入門編』だから、細かいことは書いてないのか」
「細かいこと、ですか?」
蓮さんはページを開いたまま僕の頭の上に教材を乗せた。勢いよく乗せたせいか、ぶつかった所が、ちょっと痛い。
「まず、弱い悪霊に関しては、意識や感情がはっきりしてないやつも多い。『合体して協力して敵を倒す』なんてことを、そもそも思いつかないんだろうな」
「でも、弱い悪霊の中には生前の頃の記憶や悪霊になってからの意識がはっきりしてる悪霊もいますよね?」
「そりゃ個体によってはそういう悪霊もいるけどさ。
結局、弱い悪霊同士が合体したところで、弱い能力が増えるだけだ。我々ゴーストファイターの敵ではない、だろ?」
蓮さんは自席に戻り、余裕の笑みを浮かべながら自分のゴーストシューターを掲げている。
「で、でもじゃあ、強い悪霊同士が合体するのはどうなんですか?」
「強い悪霊の方が意識や感情もしっかりしている分、そういう『勝つための作戦』として合体を試みる悪霊もいるだろうが...でもな、この西葉蓮様を見てみ?」
「え?」
蓮さんは人差し指で自身の顔を指差している。
僕は席から立ち上がり、蓮さんの顔を食い入るように見つめた。しかし、蓮さんの表情は、ふてぶてしくもあり、自信に満ちていて、それでいて人をちょっと小馬鹿にしているような、つまり、普段と変わらないいつも通りの蓮さん...のような気がする。
「おい、近い。見てみろってそういう意味ではない」
蓮さんに腹を拳で殴られ、僕は腹を抱えながらその場にしゃがみ込む。
「いったた...蓮さん、拳が重いです...」
「いいかー?春野。私は、このゴーストファイター業界では最強と名高い西葉蓮だ。他の有象無象の誰かと合体なんてしなくても、敵を倒すのには、この私一人で十分だろう」
蓮さんは、腹を抱えてしゃがんでいる僕を、机の上で頬杖をつきながら見下ろしている。『ドヤ顔』で検索したら、この表情を検索結果の一番最初に出して欲しい、と思うくらいの表情をしている。
「最強かどうかは知りませんけど...」
小声で抗うように呟いたけれども、実際、蓮さんの強さは業界では有名だ。この小さな事務所に仕事の依頼が絶えず来るのは、蓮さんの強さが信頼されている証だろう。
「そもそもプライドが許さないんだよなぁ。誰かと合体してまで何かをするなんて。強いやつはなんでも一人で解決できるから、合体なんてよっぽど追い詰められない限りやらないだろ」
「それは単純に蓮さんのプライドが高いだけじゃ...」
「それに、その本には書かれていない合体に関する別のデメリットも存在する」
「...と言いますと?」
「例えば、私とお前が悪霊になったとする」
「ちょっと!縁起でもないこと言わないでくださいよ!」
蓮さんの唐突な悪趣味すぎる例えに思わず声を上げてしまった。
「例え話だよ、た・と・え・ば・な・し!!
悪霊になった私たちは、ゴーストファイターたちに対抗するために、合体することにしたとするだろう?私の体にお前が宿る形でな」
「そこは逆じゃダメですか?」
と、一応聞いてみたが、プライドの高い蓮さんが、蓮さんより弱い僕の体に宿る形で合体...ということは、絶対にしないだろう。例え話だとしても...。
「私が?いやいや、私より弱い若造の体に入るなんてお断りだよ」
「はいはい、ですよね〜」
僕は両手で軽く手を叩きながら、蓮さんの言葉を受け流した。
「なんだか腹立つ顔してるな...まあいい。それで、春野。合体した後、私はどうすると思う?」
「え?どうするって...僕の能力と蓮さんの能力を使って、二人で協力して、ゴーストファイターに対抗するんじゃないんですか?」
「少し違うな。もし私なら、まず言葉巧みにお前を騙し合体まで誘導する。
そして、お前の意思は全て無視してお前の能力を勝手に使う。お前が『今は使わないで下さい!お願いします!』と言っても無視して好きな時に使う。
その後も、一生、合体を解除せずお前の能力をこき使い続ける!!!」
「酷いですよ蓮さん!このひとでなし!!」
(尊敬している上司から出てくる言葉が、これなんて信じたくない...!!)
と、心の中で叫んだものの、蓮さんは根は優しい人だ。
本気で言っているわけではなくて、あくまで例え話。合体のデメリットを僕に教えるために、わざと大袈裟に言っているだけだ...と...信じたい。
「これで分かったと思うが、仮に強い悪霊同士で合体したとしても、力の差があればデメリットも生じる。
前にな、大手のゴーストファイターの事務所で働いていた時に、合体に関する過去の資料を読んだことがあるんだよ。
合体した悪霊はお互いの自我がぶつかりあり、どちらの意思も体に反映されお互いで殺し合いをしたり、片方が片方の意識や能力を丸ごと乗っ取った、なんてことも記録されていたよ。
まあ、お互いがお互いを尊重し合えるような関係なら上手く行くのかもしれないが、そんな関係を築ける悪霊なんて、果たしているのかねぇ...」
蓮さんは、『そんなものはいない』と嘲笑うかのように鼻で笑っている。
「蓮さんの説明を聞いて、合体する悪霊がどうして少ないか理解した気がします。ありがとうございます、蓮さん!今日は一つ賢くなれた気がします!」
僕は背筋を伸ばし、蓮さんに一礼をする。
「よし、今日は賢くなれたから勉強はここまで!」
僕は自分の席に戻り、一旦休憩を取ろうとしたその時、
自分のデスクの右端に、突如、分厚い本の詰め合わせタワーが置かれた。
「おーい新米、覚えることは、まだまだあると思うぞ?」
タワーを持ってきた張本人の蓮さんは、ほくそ笑みながら、タワーのてっぺんの本を撫でている。
(そ、そんなぁ〜......!!!)




