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第25話 囚われの身

「うーん...」


目を覚ますと、僕は牢屋の中にいた。

灰色の壁と黒い鉄格子に囲まれて、小さな電気が一つ付いているだけの、とても薄暗い部屋だ。


「あ...れ?」


立ち上がろうとしたが、腕が何かに引っ張られるように戻されて、動けない。両手を確認すると、壁から鎖で繋がれている手錠に、しっかりと拘束されてしまっている。


辺りを見渡すと、右側の壁は少しひび割れていて、壁の破片が大きい物から小さい物まで、様々なサイズが散らばっている。

いくらひび割れていると言っても、この厚い壁を破壊して外に出るのは無理だろう。


(そもそも、手錠で動けないしなぁ...なーんにもできないかぁ)


絶望的な状況にも関わらず、僕は『ここからどうすれば抜け出せる』とか『助けを呼ぶにはどうしたらいい』とか、そんなことはまったく考えていない。

今の気分は、心ここにあらず、といった感じで、自分の心がどこか遠い空の向こうに行ってしまった気分だ。


『何も考えるな、何もするな、私に身をゆだねろ』

その言葉が、頭の中でひたすらに繰り返される。


(あー、そっか。自分で考えるから悩んじゃうし、疲れるんだ。

何もかも、この声に身を委ねて、何も考えずに、この声を信じれば良かったんだ。ああ、僕は今、なんて幸せなんだろう)


幸せを享受きょうじゅし、天を仰ぐように天井を見上げると......












「いっったあ!!!」


突然、右手に殴られたような痛みが走る。

脳の中の霧が一気に晴れて、眠りから覚めたように意識がはっきりとする。


右手を確認すると、壁の破片を使って僕の右手を殴っているもこ太がいた。


「ちょっと、もこ太!それ痛いって!!」


右手は血は出ていないが、赤くなっている。

もこ太の力が弱いのか、それとも手加減をしてくれているのかは分からないけど、もう少し強く殴られていたらどうなっていたことやら...。


「お、頭が覚めたか?」


もこ太は、持っていた破片をポイッと地面に捨て、ふわふわと飛んで鉄格子の隙間から牢屋の外に出て行った。


「ワン!!」


「しーっ!静かにしろ!」


「...え?犬!?」


牢屋の目の前には、犬がしっぽを振りながら、お利口さんにお座りをしている。


体は薄茶色の毛で包まれており、鼻は黒色、三角の耳は、折り曲げるようにして垂れている。

柴犬のように、くるっと巻かれた尻尾をフリフリとしているが、柴犬よりも大きく、胴体が少し長い。


(なんの犬種だろう...)


特定の犬種があるわけではなく、雑種なのだろうか。サイズは中型犬か大型犬くらいに見えるが、犬の知識がない僕には、正確には分からない。


その犬は、5つほど鍵が連なる大きめのキーリングの持ち手部分を口にくわえている。首にはショルダーバッグが斜めにかけられていて、頭にはなぜか、ハイドリングが置かれている。


(あの黒色の年季の入ったショルダーバッグ、僕のじゃないか...!?)


牢屋から抜け出したもこ太は、犬の頭を少し撫でてから、頭に乗っているハイドリングを取り、自分の体に身につけた。


「このハイドリングが鉄格子に引っかかってさー。もうちょっとスリムに作ってくれないもんかねぇ」


「いやいや、もこ太!今までどこ行ってたの!?あと、そのワンちゃんは何!?...あれ、そもそも、僕はなんで、こんな状況でぼーっとしてたの!?ああ!かばんがない!ゴーストシューターもスマホもないのはまずいよ!!」


「お前は本当、いっぺんに騒がしい奴だな。夏のセミだってもうちょっと静かだぞ」


「わ、分かったよ。もうミンミン鳴かないから、ど、どうか、助けてください、もこ太さぁん...」


もこ太は呆れたようにため息をつき、犬が咥えているキーリングを片手(というか、片羽)で取り、その中から牢屋の鍵を選んで開けてくれた。

さらに、そのキーリングには手錠の鍵も付いていたらしく、僕は、両手についていた鎖付きの手錠からも解放された。


「ありがとうぅ、もこ太〜〜!!」


僕はこうべを垂れて涙ながらに感謝する。


「というか、そのキーリングの中に牢屋と手錠の鍵があるってよく分かったね」


「あーまあ、天才だからな」


「すごい!さすが!天才、もこ太様!よっ、日本一!」


「お前って、調子の良いやつだよなぁ...」


再度、呆れたようにため息をつくもこ太の隣で、犬はずっと尻尾をフリフリと動かし、楽しそうにしている。


「私は、お前とは別行動でここの建物内を探索してたんだよ。その間に鍵を見つけたってわけ。ほら、これも取り返してきたから」


もこ太は、犬の首にかかっているショルダーバッグから、ゴーストシューターを取り出し、僕に投げ渡した。


「ぎゃー!もこ太さんありがとうございます!一生、推します!!」


「推すな、気持ち悪い」


「気持ち悪いって言われるのは、普通に傷つきますよもこ太さん!あとスマホもあれば完璧でした、もこ太さん!」


「わがまま言うな!スマホは別の場所に保管されてるみたいで、どこにあるか見つからなかったんだよ!助けてもらっただけ、ありがたいと思え!」


「すいやせんしたぁ!!!」


僕は再び深々と頭を下げた。

取り返してくれたのは、ショルダーバッグとゴーストシューターの二つ。

ゴーストシューターがあれば悪霊と戦うことが出来るため、この最悪の状況を大きく好転させる武器には違いないのだけど...。


「もこ太、この牢屋に来るまでに、建物内に悪霊は何人いた?」


「私をなめるなよ?ちゃーんと探索してきたから。

悪霊は、教祖をのぞいて、だいたい15人くらいいたな。まあ、どいつもこいつも霊力は少なかったし、雑魚の寄せ集めなんだろうけど」


「15人...悪霊が一つの場所に集まって群れているなんて、僕、ゴーストファイターをやってて初めて遭遇したよ」


「本人の意志でここにいるのかどうか分かんねーけどな。全員虚な目で『教祖様...教祖様...』しか言わないし」


僕が捕まった時、悪霊たちは、教祖の『皆さん!!罪深き者が現れました!!すぐに浄化を始めるのです!!』という声を聞いて、一斉に襲いかかってきた。

教祖が『悪霊たちに指示できる』ことを考えると、ここにいる悪霊たちを取り仕切っているのは、あの教祖なのだろう。


今日、僕はすでに6発ほど撃っている。ゴーストシューターは持ち主の霊力から弾を生成するため、1日で撃てる弾には限りがある。


スマホがあれば、別のゴーストファイターに助けを求めるということも出来たが、スマホのない今、助けが来る可能性は絶望的だ。

スマホを見つけ出して連絡を取る、という方法もあるが、先に探索していたもこ太も見つけられなかった場所にあるとなると、闇雲に探して体力を消費するのはいい作戦と言えないかもしれない。そもそも、探している間に悪霊と鉢合って、弾を消費してしまう可能性がある...。


そうすると、残りの選択肢としては、


①出来るだけ隠れながら出口まで向かい、戦闘は最低限避けて、外に出てから増援を呼ぶ。


②教祖を成仏させてしまえば、他の悪霊も襲ってこなくなると考えて、最優先で教祖を狙いに行く。村上さんに頼まれたそもそもの目的も果たすことが出来る。


僕は普段あまり使わない頭で必死に整理して、この状況からの打開策を2つ考えた。


(ここは、カッコよく②を選択するぞ!!)


と、言いたいところだけど...


「今日撃てる残りの弾数、4発くらいなんだよなぁ」


僕はすでに霊力を消費して、その分がまだ回復していない。蓮さんだったら、あともう20発くらいは余裕だろうか。


(いや、ここはあえて、一晩、この牢屋で寝て、霊力を回復するという第3の作戦も...!?)


という奇策が一瞬頭をよぎったが、一晩ぐっすり寝ている間に、万が一にも殺されてしまったらおしまいだ。


「4発?なんだぁお前、もうそれしか撃てないのか?へなちょこな霊力だな」


もこ太は体全体を小刻みに揺らしながら、ケラケラと馬鹿にした笑いをしている。


「もこ太だけには言われたくないんですけど!

 そ、それに、なんというかこう、全身に力をいれて、無理をすれば、10発くらいは撃てるかも!」


「おいおい...やめとけよ。霊力を回復するには、回復するためのエネルギー源になる霊力が必要なんだぞ。

つまり、ある程度一定以上の霊力を残して置かないと、霊力を回復することもできず、お前は寝込んで廃人になってしまうってこと」


「よ、よく知ってるね...」


村上さんにカッコつけたいがために②の作戦を選びたかったけど、教祖がいる部屋に辿り着くまでの道のりに悪霊が何体いるか分からない。

そもそも、教祖を成仏させたら、他の悪霊が絶対に襲って来ない!という保証もない。

残りの弾数が少ないことも考慮して、安全なのは①の作戦だろう。


僕が足りない頭をフル回転して今後のことを考えている間に、もこ太は突然何か思い出したように、ふらっと部屋の扉から出ていき、そして30秒後にまた扉からこの部屋に戻ってきた。


「んー、確認してみたけど、やっぱりダメだな」


「もこ太、急に何?何がダメなの?」


犬は、暇なのか、床で背中をこするようにゴロゴロしている。お腹の白い毛がむき出しになっていて、撫でたくなる可愛さだ。


もこ太は羽で扉を指差しながら話し続ける。


「この部屋に来る道さ、一本道なんだよ。曲がり角とかあるけど、道自体は一つでさ」


「うんうん、なるほど」


「で、今、壁に隠れながらこーーっそり、奥の方の廊下を見てきたんだけど...やっぱ想像通り、女の悪霊がわんさかいたわ」


「うんうん...げ!?」


「10人くらいかな?私が来た時もそれくらいいたし。

まあ、普通に考えたら、お前が逃げ出さないように監視の意味でいるんだろうな。はははっ、良かったなお前!ハーレムだぞ!」


もこ太はお腹を抱えて楽しそうに笑っているが、僕は何も楽しくない。なぜこの状況で笑えているんだろう、とほんの少し苛立ちさえ覚えている。


「なんにも楽しくないよ!だってそれって、この建物内にいる悪霊の半数以上が、僕がこれから、絶対通らなければならない道にいるっていう意味でしょ!?」


「おう、その通りだ」


(お、終わった...僕はここから出られず、ジ・エンドだ...)


僕は膝から崩れ落ちた。青ざめた僕の顔を見て、犬が心配そうに僕の頬をぺろぺろと舐めている。


僕の今日の弾数は残り4発。悪霊を10人も倒せるわけがない。


(ふざけて考えていた奇策の、一晩ぐっすり睡眠作戦!!をやるしかないかもしれない...)


「あれ?」


一つ、疑問が頭に浮かんだ。

この窮地の救いになりそうな、一つの疑問が。











「たくさんの悪霊がいる中で、もこ太はどうやってワンちゃんを連れてここまで来たの?」



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