第21話 幽霊と悪霊
この世には2種類のゴーストがいる。
一つは『幽霊』と呼ばれるゴースト。
幽霊の霊力は淡い白い色をしており、悪霊とは違い特別な力を持たず、ただこの世を彷徨っている。そのため、社会に悪影響を及ぼす存在ではない。
もう一つは『悪霊』と呼ばれるゴースト。
悪霊の霊力は薄暗くて冷たい黒と紺色の間のような色をしている。そして、幽霊とは違い特別な力を持っており、現世に悪い影響を与えることがほとんどだ。
また、悪霊はこの世に未練や憎しみを持っている人が多く、自らで成仏できない。成仏できる悪霊もいるのかもしれないが、記録として残っていないため、ほとんどの悪霊はこの世に留まり続ける、と考えられている。
「私の名前は村上陸善と言います。見ての通り、この世に未練があり、成仏できない惨めな幽霊です」
「そう...なんですね」
幽霊は、生前の記憶を持たず、意識もはっきりしていない人が多い。ごく稀に、村上さんのように会話が成立するレベルで生前の記憶も意識もはっきりしている幽霊がいると聞いてはいたが、実際に見るのは初めてだ。
幽霊は悪霊とは違い、自分の意思とは関係なくある程度時が過ぎると、勝手に成仏していくが、村上さんのように、しっかりと意識がある幽霊は、成仏できない場合がある...と、どこかの本で読んだ記憶がある。
ただ、それは本当にレアケース。よほどのしっかりした意識と強い未練がない限り、幽霊は自然と空へと還る。
村上さんは...何か、よほどの未練があるのだろうか。
「初対面の方に、お話しする内容ではないと理解していますが、どうしても...あなたに、聞いていただきたいのです」
村上さんは、神妙な面持ちで僕を見つめている。
「それは、どのようなお話しですか?」
「はい。実は、私は...神の声が聞こえるのです」
「え!?か、神!?」
想像の斜め上をいく話だったため、露骨に驚き声をあげてしまった。
もこ太も驚いているだろうと思ったが、興味無さそうに水遊びをしている。
「はは...信じられませんよね、神の声が聞こえるなんて」
「あ、いえいえ!!その、えっと」
正直、初対面の人から『神の声が聞こえる』と言われても、信じられない気持ちが大きい。信じる、信じない、というより、何か怪しい話を持ちかけられているのではないか、という不安が勝ってしまう。
「初めは、皆同じ反応をするのです。
『こいつは何言ってるんだ』『神の声が聞こえるなんて頭がおかしい』『詐欺か何かか』と」
「い、いやぁ!まさか、ぼ、僕はそんなこと!...へへ」
自分の気持ちを言い当てられてしまい、動揺してヘラヘラと答えてしまう。
「あなたに信じていただくために、あなたのご職業をここで当てて見せましょう。あなたのご職業は、ゴーストファイターではありませんか?」
「えー!!??どうしてそれを!?」
驚いて勢いよく立ち上がり、湯船が大きく跳ね上がる。
近くにいたもこ太の顔にお湯がかかり、明らかに不機嫌そうな顔で僕を見ている。
「ああ、やはり...やはりあなたでしたか!!神から、今日、この時間、この場所にゴーストファイターがやってくると言うお告げを賜っていたのです。
私は...、私は、ずっと待っていました。この地に、ゴーストファイターが来るのを。どうか、話だけでも聞いていただけないでしょうか」
「はい、僕でよろしければ!!」
「私は生前、神の声を代弁する宗教活動を行っていました」
「宗教活動...」
『宗教』と聞くと、榎本君の話を思い出す。
榎本君が付き合っている彼女は、母親が悪い宗教に入信し、お金も『幸せのための献金』といい搾り取られ、母親の精神も見る見る内におかしくなっていったと、以前話してくれた記憶がある。
宗教が全てそうではないと分かっているが、榎本君の話や、テレビが報道している宗教の事件など、僕の中ではマイナスなイメージが大きい。
「...ふふ、そんなに分かりやすく、嫌な顔をしないでください」
「え、ぼ、僕、顔に出ていましたか!?」
恥ずかしくなって両手で顔を覆う。
「あなたがおかしい訳ではありません。むしろ、世間一般では、宗教に悪い印象を持っている人が多いと、私自身も実感しております。
しかし、私は、たとえ周りからどう思われようと、神からのお告げを少しでも多くの人に伝え広め、人々の幸せの役に立ちたいと、心から切に願っておりました」
胸の前で祈るように両手を重ね、天を仰ぐ村上さんは、少し神秘的に見えた。
「この温泉地より30分ほど歩いた先に、小さな教会があります。そこで私は神の声を人々に広めていました。
お金目的ではなく、人々の幸せを祈ってやっていたことです。儲けはほぼありませんでした。信者の数も少なかったです。
それでも、私は嬉しかった。たとえ少人数でも、私の活動で救えることが出来るのなら」
真剣に話を聞く僕とは対照的に、もこ太は「露天風呂だぁ〜!久々だな!饅頭早く食べたいよ〜」と言いながら水遊びしており、完全に子供化していた。
「その後、私は事故で死にました。死んであの世に行くことがこの世の条理。すぐに成仏して神の元に行くはず...でしたが、どうしても残された信者のことが気になってしまい...。
私は、何度も何度も迷いました。この世に残り続けようとするその心が、神の意志に反するのではないか、と。
しかし、どうしても成仏の決心が出来ず、私は、幽霊になって数ヶ月後、自分の教会を訪れたのです。
そこには...驚く光景が広がっていました」
村上さんは悲痛な表情を浮かべ、手が震えている。
何か『トラウマ』を思い出そうとしているのだろうか。
「見ず知らずの男が、新しい教祖と名乗って自分の宗教活動を継続していました。
私の意志を組んでくれているなら、良かったのですが...違ったのです。
彼は、幸せのためには献金が必要と言い、信者から多額の金を巻き上げ、自分の私腹をこやしているのです。
そしてお金がなくなると、死こそ救済だと言って、信者を追い詰め死に追いやっているところさえ見てしまい...。
私は...、自分の教会がこのような穢れた使い方をされていることが許せません。
ここは温泉で有名な土地とは言っても、観光地としてはまだまだ知名度が低い場所。こんな田舎にわざわざ悪霊を探しに来るゴーストファイターは、来ないのではと思っていましたが...。
ようやく今日、神のお告げの通り、あなたが来てくれた、ということです」
「えっと、ちょっと待ってください。この話ってゴーストファイターと関係あるんですか?」
偽りの教祖がしていることは、許されない行為だ。すぐに成敗されるべき!!とは思うけれども、僕は警察ではない。生きた人間に手を出すことは出来ない。
「申し訳ありません。説明が不足していましたね。
新しい教祖は、普通の人間の姿をしています。しかし、私は聞いてしまったのです。彼が他の悪霊と話すところ、そして自分自身のことも、悪霊だと言っていたことを」
「つまり...人の姿に化ける悪霊か」
初めてもこ太に出会った時も、人の姿に化ける悪霊だった。
悪霊の能力は、生前の想いが反映されるのではないかという考えがある。
『生きていたかった』『人としてまた暮らしたい』などの、人としての未練を強く待つ悪霊は、人の姿に化けたり、死んだ人間に取り憑く能力になるのではないかと言われている。実際に、人に化ける能力の悪霊は多い。
このタイプの悪霊は、人に化ける以外、能力がないことがほとんどなので、正体さえ暴けば簡単に勝てる可能性が高い。
「私は、このような惨状を目の当たりにして、何もせず、信者を残して成仏出来ません...。
初対面のあなたに、こんなお願い不躾だと承知しております。ですが、どうか、どうか...救っていただけないでしょうか」
「任せてくだざーーーーい!!!!!」
僕は大号泣しながら拳を高く突き上げた。再びお湯が飛び散りもこ太の顔にかかり、楽しく水遊びしていたもこ太は一気に真顔になって僕を睨んでいる。
「あなだは...なんて優しい方なんですがぁ!!死んでもなお...うっ、信者さんのことを心配ざれているなんてぇ!!僕に任せてください!必ずあなたの教会を救ってみぜまずぅ!」
号泣しながら話していたせいで、鼻声になり上手く話せない。そして、長くお湯に浸かっていたことと、号泣したことで、体の水分がなくなり、クラクラして重心を保てない。
「おい、しっかりしろよ」
ふらつく僕を、もこ太が後ろから仕方なさそうな顔で支えてくれた。
「ああ、ありがとうございます!!せめてものお礼ですが、神の声をあなたに届けることはできます」
「神の声がお礼、ですか?」
「はい。先ほど証明した通り、私は死後も神の声を聞くことが出来ます。とは言っても、生前よりも神との繋がりは薄くなってしまい、はっきりと聞こえないことも多いのですが...。
もし、あの教祖を退治していただけるのであれば、神からあなたへのお告げを賜り、あなたにお伝えすることができるでしょう。今後のあなたの人生に、少しでもお役に立てるかと」
「おーすごいです!!俄然やる気がでましたよー!任せてください!」
お礼が無くても引き受けるつもりだったけど、人生できっと二度とないであろう『神の声』を教えてもらえるなんて、僕のやる気は鰻登りだ。
「...そんな人間に都合の良い神なんて、いんのかね」
もこ太は1人、小さく呟いた。




