第20話 露天風呂の先客
もこ太の姿を確認して、すぐに自分のリュックに目線を向けると、少しだけチャックが開いている。ちょうど、もこ太がすり抜けられそうなくらい...。
「もこ太!また勝手にリュックに入ってたでしょ!」
「いっつも気づかないお前が悪いんです〜」
もこ太の体には僕が貸したハイドリングがついている。持ち主の霊力を少なく見せる効果があるこのリングのせいで、もこ太の霊力をほとんど感知できないことが多く、リュックの奥底に忍び込まれてもなかなか気がつくことができない。
「もこ太...こうやって悪さをするなら、そのハイドリングは返してもらうよ?」
僕はもこ太から無理やりハイドリングを引き剥がそうとする。
「おい、や、やめろ!触るな、セクハラだぞ!!コンプラ違反だ!コンプラ勉強しただろ!」
「変な言い方しないでよ!ハイドリングを返してもらうだけ!セクハラじゃない!」
もこ太の体を掴んでハイドリングを外そうとする僕と、僕の手の中で必死にジタバタともがいているもこ太の攻防が繰り広げられている。
「あ、あのお客様...その、お一人で何をされているか分かりませんが、他のお客様もいるので、その静かに...」
...駅員さんに、怒られてしまった。それも、1人で『セクハラじゃない!』と騒いでいるところを、見られてしまった...。
「あ、ごめんなさい」
僕は恥ずかしくなって、耳まで真っ赤にして謝罪した。僕が油断したその一瞬の隙に、もこ太は僕の手をすり抜け、手の届かない高さまで飛んでいる。
「悪かったよ、もこ太。もう無理やり剥がそうとしないから、降りてきてくれ」
周りの人に聞こえないように、そっと小声で話す。
もこ太は警戒してしばらく降りてこなかったが、飛び疲れたのか飽きたのか分からないけど、ゆっくりと落下するように落ちてきた。
そしてそのまま、再び窓台で寝そべっている。
「ねえ、もこ太。今日、僕が温泉に行くことになったのをどうして知ってるの?昨日は僕のカバンに隠れてなかったから、事務所での話を盗み聞きできないでしょ?」
「あ?お前がニヤニヤしながらスマホで温泉のことを調べてたからに決まってんだろ。抜け駆けで温泉行こうとしたって、私の嗅覚はごまかせねーぞ?」
もこ太は鼻(がありそうな部分)を羽で指差し『ここ、ここ』と言ってるが、いったい、もこ太のどこに鼻があるんだろうと思うばかりだ。
「それより、セクハラした詫びにお前のそのオレンジジュースを飲ませろ」
「え、やだよ。というか、悪霊って飲み物の味分かるの?」
僕の言葉を無視して、もこ太はストローごとコップの蓋を取り外した。
「これ、邪魔だわ」
そう言うと、もこ太は先程まであれほど外すのを嫌がっていたハイドリングを自ら外して窓台に置いた。そして、自分の体をコップの中にねじ込むように入れて飲もうとしている。
「...........はまった」
「え?」
「...助けろ」
どうやらもこ太はコップにピッタリとはまって抜けなくなっているらしい。もこ太の顔はコップに埋まりお尻(というか背面)だけが見えているという、なんとも面白い状況になっている。
「ふふ、しばらくそこで今までの悪行を反省したら?」
「てめーー!!ふざけるなー!!出せー!!」
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最寄駅に着いた僕らは、さらにバスに乗り神草温泉宿に向かう。
バスの中は人がほとんどいないし、少し暑い。
汗を拭こうとハンカチを取り出したが、先ほどもこ太がハマって暴れ回ってオレンジジュースをこぼしてしまったせいで、ハンカチにはジュースの匂いが染み付いている。僕は仕方なく、ティッシュで汗を拭いた。
そして、僕はまた、窓から外を眺める。佐瀬市よりも植物で生い茂った光景が広がっている。
「自然が多くて静かな場所だね」
「温泉以外何もねーってことだな」
「ちょ、そんな言い方しないの!」
そんな風に、もこ太とたわいもない話をしている間に僕たちは神草温泉宿に到着した。
女将さんに出迎えられ、僕たちは蓮さんが予約してくれた部屋へ入る。
部屋の中は畳が敷いてあり、畳特有の香りが鼻を刺激する。僕はこの匂いが、結構好きだ。
部屋を見渡すと、山の絵が描かれている掛軸や、名前の分からない花が生花として飾られている。
想像していたより部屋が広くて綺麗で、今日は良い一日を過ごせそうだと思ったのと同時に、愛美と一緒に来たかったなと少し寂しい気持ちになった。
(1人分で予約してたらしいから、仕方ないけどね...。子供が産まれて少し落ち着いたら、3人で行きたいなぁ。あ、その時はもこ太も連れて行かないと怒るかな?)
未来のことを考えて心躍る気持ちになるのと同時に、ふと疑問が湧いた。
(...あれ?もこ太って、いつまで家にいるんだろう?)
もこ太は悪霊だ。いつか成仏するだろう...というか、いつかは成仏すべき、...だろう。
僕は、もこ太がいなくなる未来を想像してしまい、ほんの少し、寂しさを...覚えてしまった。
「なにボケーっとしてんだよ。早く露天風呂に行くぞ」
もこ太は先陣を切って足早に露天風呂へと向かう。僕も駆け足でついて行くと、入り組んだ廊下を抜けた先に露天風呂のための更衣室が用意されていた。
「こんな所にあるのかー。この宿は広いから、もこ太がいなかったら絶対迷ってたよ。よく場所が分かったね!」
「ああ?...お前が方向音痴なだけだろ。ほら、早く着替えて行くぞ!」
もこ太に急かされた僕は、のんびりする暇もなく大急ぎで着替えた。
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「はあ...生き返る気持ちぃ...」
「そうだな...いいなぁ...」
僕ともこ太は露天風呂に浸かって至福の時間を満喫している。もこ太に関しては、浸かっていると言うか水面を浮いているような状態だけど...。
「悪霊も、温泉が気持ち良いって感覚があるんだね。いやー、しかも今日はこの広い露天風呂を貸切なんて最高だよ」
辺りを見渡しても、僕たち以外お客さんはいないようだ。そう、実質『貸切』のようなもの。
「まあ、平日の真っ昼間だしな。客は少ないだろうな」
「そうだよね〜。いい時間に来れたなぁ。はぁ、やっぱり温泉は最高だ〜」
「本当に最高ですよね〜」
「っどっひゃ!!??」
突然、背後から知らない男性に声をかけられ悲鳴をあげてしまった。
「あはは。すいません、突然、話しかけてしまって」
色白で、髪の毛は肩につくほど長く、年齢は30歳か40歳くらいだろうか。人の良さそうな笑顔を見せて、申し訳なさそうにこちらに頭下げている。
「いえいえ、こちらこそ、気が付かずに貸切だなんて言ってごめんなさい!」
「良いんですよ。私はこの温泉が気に入っていて、よく来るんです」
「そうなんですね...あ、あれ?」
突然のことで、一瞬気がつかなかった。
よく見ると、この男性は温泉に入っているのに服を着ている。
そして、僕が何より気になったことは、この人は僕たちには無い、白い霊力を纏っている。
つまり、この人は...。
「おや、どうやら、もうバレてしまったようですね。私を視認出来た時点でお気づきになるのではないかと思っていました。私が、幽霊だということを」




